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百年の眠り  作者: 水花
SS
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むかしはものを おもはざりけり

記憶を取り戻したディーンと幸せそうなスティールを見て切なさに身を焦がすシャール。

 なぜこんなに心が揺れるのか、誰か教えて。


「・・・今日も雨が降っているね」

「そうですね、これでもう六日目です」

「・・・この雨、僕が降らせているのかな・・・」

「あなたがそう思うのなら、そうなんでしょう。何故、ご自分が降らせていると思うんです?」

「わからないけど。でも、胸が重くて苦しいんだ。雨を降らせているあの雲みたいに」

「まるで・・・空が泣いているみたいですね」

「泣いて・・・る?」

「あなたは・・・泣きたいんですか?」



 界を渡るのは、瞬き一つほどの間の事。特に渡りがし易いように、結節点を作っている場所においては尚更。

 狭間の界においては散歩でよく行く河原、銀の界においては草原のように、シャールはあらかじめ渡し場を築いていた。そうすることで少ない力で界を渡ることが出来るし、また界の磁場にも影響は少ない。

 君が不在の狭間の界では、他の界の君の力がどのような影響を与えるか、予想が出来ないための予防的措置でもある。

 それは、念のためにはね、とジルファが片目を悪戯っぽく瞑り、提案したものだ。

渡し場を築き、さらに力が零れださないよう保護膜を張る。

 その保護膜自体もまわりに影響を及ぼさないよう、細心の注意を払って作られた。バランスを崩しちゃいけないからねと、ジルファに教えてもらいながらシャールは渡し場や保護膜の作り方を習った。

 リルフィはその様子を眺めながら、感心しているのかどうなのか、微妙な事を言ったものだ。

「流石あちこちに渡し場を作っただけあって、実感こもっているわね」

「それは君にすぐ逢いたいがためにだよ。君の通る道沿いにあれば、すぐ飛んでいけるからね」

「ふうん。やっぱりアレ、あんたが作った渡し場だったのね・・・いつぞやか先回りされたわね」

「どこかな?金の君の宮の傍かな?それとも森の近く?それとも・・・」

「ちょっとアンタ、そんなに作ってたの?閉じなさいよっ」

「あはははは~イヤだね~君の頼みでもきけないな~」

「・・・力ずくで閉じてやる、壊してやるわっ」

 ジルファとリルフィの会話は、途中からいつもこんな感じだ。ジルファのからかうような言葉に、リルフィが毛を逆立てた猫のように反応する。最後には怒り心頭のリルフィに追いかけられる破目になっても、ジルファは楽しそうに笑っている。それでもシャールは二人の様子を見るにつけ、ああ仲がいいんだなあと思ってしまう。だっていつでも話しかければ返事がある。応えてくれる誰かがいる。

 それが、自分にとって大切な人だったら・・・もっと嬉しい。

自分の一番大切な人は、いつもは自分の傍に居ないから。

それは・・・彼女が居るべき界でしたい事、夢があるのと同じように、自分にも己の居るべき界で、しなければならない事があるのと同じように。だから、仕方ないと受け入れて、いつかはまた、一緒に暮らせる日がくればいい・・・くるのだろうといつかの日を夢見ていた。

 朝が来て夜が来て・・・やがてその繰り返しのあと、訪れるはずだと疑いもなく。


 けれど。

「僕の傍に君が居ない・・・そんな未来もあるんだ」


「シャール、元気だった?」

 声とともに、勢いよく少女に飛びつかれ、後ろにひっくり返りそうになるのをなんとか堪えたシャール。

 狭間の界に渡るとき、シャールはスティールといつも散歩に行っていた河原を渡し場に選んだ。よく知っている場所でもあるし、また時間帯を選べば人通りが少ない場所という利点もあったからだ。

 スティールはシャールが現れると大抵飛びついて・・・犬のシャールにするように、頭を抱きかかえて髪の毛を撫でてくれる。この日も同じだった。躊躇いなく抱きついてくれる温かさと柔らかさをシャールは嬉しいと思う。自然と笑顔が浮かんだ。

「スティールも元気だった?」

「うん、あっいけない、バスケットがあっ」

 何時もの事ながら、放り出してしまったらしい。笑顔でシャールに答えた後、途端にへにゃりと眉を下げた少女に、シャールはまた笑みがこぼれた。スティール、あんたいい加減にその粗忽なトコ直しなさいよと呆れ果てたリルフィの声が頭の上から聞こえる。何事にも一生懸命なのがスティールのいい所だよとフォローを入れるのはジルファ。ああ、いつもの場所に来れたなあとシャールは嬉しくなった。頭を撫でてくれるスティールの優しい手。お返しのように、シャールもスティールの紅茶色の髪を撫でる。髪の毛が随分と伸びて、今までで一番長いんじゃあないだろうか。

「今日は何作ってくれたの?」

「えっとね、紅茶のクッキーと、チョコチップ入りのスコーンなのっ。うえ~ん、せっかく上手く焼けたのに~」

「大丈夫だよ。少しくらい割れても味は変わらないしね」

慌てて抱きついていたシャールから離れ、バスケットを拾いに行こうとするスティールより先に、それは他の人の手によって拾い上げられた。

 離れていく温もりを寂しいと思いながら・・・シャールはその声の主の姿を見た・・・いや、本当は初めから気付いていた。彼がこの場に居たこと。

 以前のままの姿で転生し、そして以前の記憶も取り戻した“彼”が居たことに。少しの間だけでも、気付かない振りをしていたかったのだ、とシャールは後になって思ったのだ。


 少女と彼が二人並んで居るところへ迎えられる自分など。そんなのは。


 はいどうぞ、今度は落とさないようにねと、彼・・・ディーンはバスケットをスティールに手渡した。

「ありがと、ディーン」

「落とす、じゃなくて、放り出すの間違いでしょ~?」

「ちょっと、リルっ」

 少女の肩に止まった金の鳥は、ふふんと嘴を反らす。顔を赤くしながら、スティールは反論出来ないでいるようだ。それはいつも見る・・・見てきた光景のはずなのに。ディーンは少女を優しい目で見ているから。

 ふと羽ばたきが耳元でしたかと思うと、左肩に重みが載った。深い青の羽持つ鳥・・・ジルファが止まったのだった。ジルファは何も言わないけれど、シャールは沈みそうになる気分をなんとかしようと思った。

 沈んだ顔をスティールに見せるわけにはいかない、元気そうに笑っていなきゃ。

 それに。

「また会えて嬉しいです。記憶が戻ったんですね」

「私も、こうして君に会えて嬉しいよ。君にも色々力を貸してもらったお陰だ。ありがとう」

「いえ、僕は何もしていません。頑張ったのはスティールですよ」

 ディーンが礼を言うのに、シャールは首を横に振る。自分が少女に貸した力など、たかが知れている。砂の中から一粒の宝石を見つけ出し、そしてそれを再び輝かせるほどのことを、彼女は結局、一人でやってのけてしまった。自分にできたのは精精、助言くらいのものだった。

 そして、助言をする自分が心の底で何を願っていたか、自分はよく知っているから。余計その感謝の言葉は受け取れなかった。

「それでも・・・君の助けがなければ、僕はいまこの場に居ない。本当にありがとう」

 真摯に深紫の瞳で見つめられ、シャールは目を逸らし、緩く頷いた。心の底を見透かされそうで、とても目を見ていられなかった。

 優しくて誠実だった人。この人とまた会えて嬉しいと思う気持ちは、確かに自分の中にもあるのに。

「ところで、いつまで此処に居るんだい?そろそろ移動しないと、一目についちゃうよ?」

 ジルファが言う。

 さっきまで朝焼けが広がっていた空も、徐々に青みを増している。いくら早朝の河原とはいえ、他の人も通りかかる頃だろう。今日はどうするのとシャールが尋ねる前に、スティールがあのねと言った。

「あのね、シャール。今日はディーンのお家に行ってもいいかなあ」

「ディーンの、家?」

 首を傾げてシャールは少女を見、そしてディーンを見上げた。彼は穏やかに笑って言葉を続けた。

「君とも色々話をしたいんだけど、外だと立場上厄介な事が多くてね。それで私の家に来て欲しいんだけど・・・いいかい?」

「それに、私たちも居るからね!」

 シャールの肩でジルファが主張する。

「わたしたち、って勝手に一括りにしないで頂戴!」

 スティールの肩ではリルフィがしゃーっと羽を広げて威嚇する。

「・・・いいですよ、勿論」

 シャールはそう答えたのだった。

 ジルファとリルフィ、それぞれがそっとため息をついたことなど、シャールは気付かなかった。



「じゃあね、スティール」

「うん、シャール、またね。今度はもっとちゃんと作るから」

「アレはアレで、美味しかったよ」

「ううううう~慰めてくれなくていいから」

 クッキーは焼きすぎて、少し焦げていたし、スコーンはバターが上手く混ざっていなくて、ぱさぱさとしていた。それでも自分のために、と思って作られたモノを、シャールは嬉しいと思う。

「今日は楽しかったよ。また会おう」

「・・・ええ、また」

 スティールの傍らに立つディーンに、シャールは答えた。少女の隣に立つ彼を見ていると形にならない何か黒いものが沸き上がってくる。自分でも見たくない何かが。

 少女は狭間の界の住人で、今は彼も同じ。銀の界に還らねばならない自分は、ずっと彼女の傍には居られない。

 その間も・・・彼は少女の隣に居ることが出来る。

 今も。

「ねえスティール、これから銀の界に来ない?」

「ふえ?な、何言ってんの?」

「だって、明日も学校休みって言ってたでしょ?ヤツカの新作お菓子あるし、ユキさんもお腹だいぶ大きくなったよ?」

「ううう~すっごく行きたいけど、ごめんね、明日は用事があるんだ~」

「何の用事?」

「ディーンと、パパとママと皆でご飯食べに行くの」

「・・・そうなんだ」

「うん。ヤツカさんとユキさんによろしくね。今度遊びに行くからって」

「うん・・・じゃあ、またね」

 ぼうっと渡り場が発光する。またねと手を振る少女と、隣に立つ青年。

またねと手を振りかえして・・・彼らに背を向けた。

肩から青い鳥が飛び立った。

 意味の掴めない言葉を残して。



「あなたは、泣きたいんですか?」

「わからない。ただ、笑っていたいとは思うよ。泣けばあの子が心配する」

「泣くのを我慢するのを見ても、心配するんじゃないんでしょうか」

「そうかな・・・そうだといいな。別に、心配させたいわけじゃないけど。あの子に、笑っていてほしいのは本当なんだけどね」

「そうですね、どの気持ちにも嘘はないんですよ。あなたが持っているたくさんの気持ちのどれ一つとして。ただ・・・」

「ただ、なに?」

「取り出して並べてみると・・・矛盾があるというだけの、それだけの話です」

「そうだね、言ってみればそれだけの話だ。ねえ、こんな言葉を聞いたのだけど、どういう意味か分かる?」


 あひ見ての のちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり


「・・・貴方に会ってからの、この切ない今の気持ちに比べると、以前は何も物思いをしなかったものだという意味の・・・ふるい歌ですね」

「歌、だったんだ」

「ええ。ふるい、恋の歌、です」



「おや・・・雨が上がりましたね」


 この気持ちにはそういう名前があるの?

 あまくて苦くて、かるくて重い。

 今まで知らなかった味。知りたいと思ったこともない、味だった。



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