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百年の眠り  作者: 水花
SS
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水面下の攻防

死の間際の〈銀の界〉王様ファミリーのSS

 ゆっくりゆっくり、水の中に沈んでいくように、意識は遠くなっていく。視界も暗くなり、何の音も聞こえない。ああ、これで本当に終わりなんだなとディーンは諦めや安堵や・・・悲しみなどが複雑に入り混じった気持ちを抱えていた。生に対する未練なら、そりゃ山ほどあるが、自分が出来うる限りの事は為した。守りたいと心から望んだ少女を、守ることが出来た。最後に見たのが・・・泣き笑いの表情だったのが、少し悔やまれるけれど。

 あの少女と・・・もっと違う場所で会えたなら、こんな悲しい別れじゃなくて、もっと違う未来を望むことが出来ただろうか、と暗くなる意識の片隅で思う。

 たとえば、他愛ない話をして、笑いあって過ごす、そんな未来など。

 意識が遠のき、拡散してゆく。水の中に落としたインクが拡がって・・・薄まるように。

 この“銀の界”を維持するため、ディーンの中の“力”は全て水の中に吸収される。

 ディーンの体も意識も・・・魂すら水に溶け込んで、何も残らない。

 そのはず、だった。


「おい、オヤジ、一体何考えてんだよ!」

 まだ血迷ってんのか?弟の・・・エリックの怒鳴り声が聞こえてきて、はてここは何処だとディーンは首を傾げた。自分の意識も何もかも、溶けて消え去るはずではなかったか。

「血迷うとは、酷い言い草だな。私は正気だ。お前たちにせめてもの償いがしたい、そう願っただけじゃないか」

「自分で正気だと言い切る奴の方が、信じられないんだよ」

 苛立たしげな弟の声とは対照的に、よく響く低い声の持ち主・・・父であり、かつての“銀の界”の王は、いっそ朗らかであるとさえ言える声で答えていた。

 弟のみならず、父の声まで聞こえるとは・・・これは消えゆく意識が見せる夢なのか。

 どうせ夢を見るなら、あの少女の笑顔が見たいものだ。

 ディーンがそんな事を考えていると。弟の尖った声が自分に向かってきたのだ。

「おい、兄貴!聞こえてるんだろ、目を覚ませ!」

 目を覚ませとは、これまた異なことを・・・私は死んだはずなのになあ。

この期に及んで、のんきにディーンが考えていると、いつの間に傍に来たのか、エリックに胸元を掴まれ、力いっぱい揺さぶられてしまった。

「何をするんだっ・・・て、あれ?」

 “目を開けて”みると、目の前、それこそ、鼻先には険しい顔をした弟がいて、少し離れたところには父が居る。やれやれと言いたげに肩を竦めている。

 そして更に離れた所には、少し心配そうな顔でこちらを見ている、シャールの母が居た。

 これまた、何という組み合わせだろうか。現実では有り得ないし、夢でもまず考えられないなあ。

「おや、エリックに、父上・・・確か、私は死んだはずではなかったですか?」

 此処は何処なんだい、完全に消え去る前の、一瞬の夢かなと弟に尋ねると、エリックは兄の胸倉を掴んだまま、脱力したようなため息をこぼした。

「きっぱり、この上もなくアンタは死んでるさ。ついでに言うなら、俺もオヤジも、もちろんシャールの母親もな。ここはあの毒の水の底だとよ」

 ディーンはぽんと両手を打ち鳴らす。

「そうだ、それで、私たちはこの水に溶け込んで、この“界”を守る礎になるはずじゃあ、なかったかい?」

 水の中に沈みながら・・・夢現のように、“聞こえた”声。崩壊寸前のこの界を維持するため・・・“銀の君”に連なる血と力をすべて、水に溶かし込み・・・雨となって地を潤そう、と。

あの声は“金の界”からの客人だったか。

「それがな・・・そこの傍迷惑なオヤジが、また我侭なこと言い出しやがったんだよ!」

「我侭とは、一体なんだい?私にも判るように説明してくれないかな」

 話が見えないよと先を促したが、エリックが口を開く前に、弦を鳴らすような音楽的な声があたりに響いた。

「我侭とは実に酷い。何度も言うように、私はお前たちに償いがしたいだけだと言っているじゃないか」

 何故素直に受け取ってくれないものか。実に嘆かわしいと、瞼を押さえる父王。

「それが胡散臭いんだよっ」

 ディーンの胸元から手を離し、エリックは顔を顰めて反論する。あんた、今まで何やってたか忘れてるのかと怒鳴っている。あんたが何言ったって、簡単に信じられるはず、ないだろうと。

まったくもって、ディーンには話が見えなかった。父と息子の他愛ない言い争い(内容がどうであれ、血を見るようなものにならない限りにおいては、他愛ないと言っても過言ではなかろう)。

 こんな光景、どうせなら生きているうちに見たかったなあと思いつつ、さてこの現状を誰に聞いたものかと視線を巡らせ・・・ディーンは笑顔を浮かべた。

 呆れたような・・・けれど、愛しそうに父をみる女性に。

「先程は私と弟が、大変な失礼をしまして・・・お詫びいたします」

 女性・・・シャールの母、リーディアは、いいえと首を振る。

「貴方たちにも、それぞれの事情あっての事でしたから。私は一目でも・・・少しの間でもあの子に会うことが出来ました。その事を感謝すらしています」

「いいえ、感謝などはどうか、なさらないで下さい。元はと言えば・・・」

 ディーンの言葉は、そっと微笑んだリーディアの笑みで封じられた。それ以上はもう言わないで下さい、お互いに沢山傷を負いました、そう彼女の笑みは語っていたから。

 ディーンは話題を変えることにした。そう、今一番知りたいことに。

「・・・ところで、此処はあの毒の水の底だそうですが・・・私たちは何故、水に還らずに意識を保っているんでしょう?」

 リーディアは王とエリックとを等分に眺め、答えた。

「あの人が、願ったからです・・・あなたたちの転生を」



「・・・・・・それはまた、大技ですねえ」

 あまりに意外な答えに、ディーンにしても反応がいささか遅れてしまった。

「あの人は、あなたたちに償いがしたいと。そして、転生ならば、この界の理には反しないからと、あの人は言うんですが・・・本当にそうなんでしょうか?」

 リーディアは不安そうに胸の前で両手を握り締め、ディーンを見上げる。もう、どんな小さなことでも、かつての伴侶に罪を犯して欲しくないのだろう。

 ディーンは彼女を安心させるように、笑顔で答えた。

「ええ、この界で死んだものを、この界で生き返らせるというなら・・・界の理に触れますが、たとえば他の界へ転生させるならば・・・理に触れませんね」

 そうですかとリーディアは、安堵の笑みを浮かべるが。

 ディーンは黙っていた事がある。確かに理には触れない・・・触れない、が。

 理を飛び越えてしまうだけの、話であるのだ。いわゆる、抜け道を探すようなものだ。だから、まずそういった力の行使は、されないのだが。

「・・・エリックが、“我侭なこと”って、言うはずだよなあ・・・」

 小さくリーディアに聞こえないように呟いた。視線の先では、まだ父と弟は言い争っている。

「・・・だからっ、俺はあんたの言葉なんか、胡散臭くて信じられないしっ、第一転生なんかしたくないっ!」

「何故だね。新たな命を得て、新たな生を始められる・・・もう一度生きたいとは思わないのか?」

「別にもういいさ・・・このまま終わった方がいい」

 うんざりなんだよとエリックは吐き捨てるように答えた。同じことなら、新たな生なんぞ真っ平ごめんだ。

 おやとディーンは首を傾げる。弟の言葉に、微かな引っ掛かりを感じたからだ。享楽的に生きていた弟ならば・・・新たな生を得られると聞けば、一も二もなく頷くかと思われたのだが。

 エリックは父に背を向けて、歩き出した。

「じゃあな、俺はもう行くぜ」

 兄貴とも今度こそお別れだな。そのままディーンの脇を通り過ぎ、揺らめく水の向こうへ足を踏み入れ・・・エリックは自ら水の中へ溶け込もうとしたのだが。

「仕方ない。強行させて貰うぞ」

「はあ?って、何だコレ、体が引っ張られてる・・・・ぅわあああああ」

「おい、エリック?おい、体が光ってるぞ・・・・?」

 問答無用。王が力を行使し、エリックを転生させたのだった。エリックの体はまばゆい光に包まれたかと思うと、手のひらに乗るほどの小さな珠になり・・・一際強く輝いた後、何処ともなく消えた。

「父上・・・エリックを、何処に転生させたのですか?」

 転生を酷く嫌がっていたようですが。ディーンの質問に父は答えた。

「せめてもの償いだと言ったのだがな・・・何故ああも嫌がったのか私にはわからん」

「そうですね、私にも、何故嫌がるのか理由が思い当たりませんが・・・ところで父上、一体どこに転生させたのですか?」

「金の界だ」

「・・・・それはまた、“金の君”が気付かれたら、酷く憤慨されることでしょうねえ・・・」

 まさか、父の嫌がらせではとディーンは思ったが、口にはしなかった。

「ところで、お前はどうしたい?」

 そう、父が聞いてきたから。


 ディーンはにこりと笑った。答えはもう、決まっていた。

「もちろん・・・・」


 あの少女に再び会うためなら、抜け道的力の行使であっても、すこしも気にしないディーンだった・・・。


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