表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百年の眠り  作者: 水花
チカラノウタ
27/28

~空を指す~

 ぽかんと目をまん丸にして、あたしを見上げるひと。

とてもじゃないけど、年だけでいうなら、あたしの父親でもおかしくない人っていうのが、信じられないくらいの、幼いと言ってもいいような表情を浮かべている。

 予想外の言葉を聞かされて、言葉の意味をもう一度確かめるみたいな。

 言葉の意味を何度も確かめる、子供みたいな。

 あたしは笑い出しそうになるのを堪えた。だって、ここで笑ったら、全部おしまい。今までの関係を崩すかもしれない、そんな危険を承知の上で、言ったことが無駄になってしまう。

 宝珠みたいに綺麗な目も、眩い銀の髪も、あたしが小さかった頃から全然変わらない。違うとすれば、髪の毛が、今は背中の真ん中辺りまで長く伸びていることくらいしか。

 お前はちっとも変わらないなあ、俺は見ろ、こんなに白髪が増えてさあと、以前は黒々としていた髪に、だいぶ白いものが混じり始めた父さんに、この人はなんと言っていたっけ。

 どうやら僕はそういう質みたいだね。仕方ないんだよと。

 そう言って笑った・・・言葉の意味と、表情の意味。あのときわからなかった事が、今ならわかるわ。


 そのうえで、あたしは言っているのに。


 この人は・・・困惑した視線を上下左右に泳がせて、仕舞いにはあたしから視線を外してしまった。あたしが真っ直ぐに見つめているのに。俯く様子は、まるで物慣れない、途方にくれた子供のようですらあって、あたしは罪悪感なんて覚えてしまうけど。困らせるつもりじゃないけど・・・ねえ。

 それでも。

「ねえ、あたし、まだ返事を聞いてないんだけど」

 イエスかノーか、その二つしかないでしょ、答えてくれないの?返答をねだるあたしの言葉に、顔をあげて力なく微笑む。

「・・・僕は駄目だよ・・・」

「駄目ってなにが」

「君よりもだいぶ年上だし、君を生まれる前から知っているし、お父さんお母さんだって承知しないだろうし・・・」

 並べ立てられる“理由”に、あたしは鼻で笑った。そんなの、は。

「理由になんないわ。ねえ、二つしかないでしょ?あたしが好きなら受け入れて。で、あたしが嫌いなら、どうぞ断ってくれていいわ。ね、至極簡単。何も難しいことなんてない」

 難しく考える必要なんて無い。違うの?

 追い詰められたような白い顔で立ち尽くす人の手を、あたしは取り上げる。細い白い指先を、体温を分けるように握りしめる。逃げ場なんか、作ってあげない。何か言いかけて、でも唇を噛み締める人は・・・それでもあたしの手を振り解きはしない。

 ねえ・・・あたしを諦めさせる為の嘘も吐けないなんて。

 それを知っていて、答えをねだるあたしが、きっと一番酷いのかもしれないけど。

「ねえ、もう一度言うわ。あたしはあなたが好きなの。あたしと一緒になって下さい」

 返事はない。冷たくなった指先が震えていて、動揺を知らせる。あたしが握る程度の力なんて、あなたなら簡単に振り払えるはずでしょうに。しばらくして、掠れた声が呟く。

「・・・駄目だよ」

「それじゃ答えにならないわ。あたしが嫌い?」

「嫌いなはず、ないじゃないか」

「なら、あたしが好き?」

 綺麗な目に、揺れる感情すべてを映して、あたしを見下ろす人。生まれたときからあたしを知っている、生まれたときから、あたしが知っている人。

 返ってきた言葉は、なかば予想していたものだった。

「・・・生まれた時から知っていて、家族みたいにつきあってきたんだよ・・・嫌いなはず、ないじゃないか」

 家族。その言葉で、あたしは気持ちを拒絶すらしてもらえないの。

 それって、とても酷いわ。この人は酷い事を言っているって・・・気付いているのかしら。

あたしの気持ちは駄目だと言う。そして嫌いではないとも言う。

 かといって、好きだとは言ってくれない。

 酷いけど。・・・そうね、半分は予想していた答えだけど。なら、いいわ。

 あたしは握った指先を持ち上げ・・・唇を落とす。途端に、慌てたようにあたしの名を呼んで、それでも指先を振り解こうとしない人は・・・顔を赤くしていた。

「あなたはあたしを、あくまで家族みたいにしか見られないっていうなら。あたしは、あなたがあたしをちゃんと好きになってもらうように行動するわ。家族じゃなくて、って意味でね」

 これは、そのための宣言よと、にこりと笑ってみせる。好きになった人が、どんな人か・・・物心つく前から傍に居たあたしは知っている。あたしに隠した本心も多分。

 でも、あたしが知っているってこと、まだこの人には言わない。言わない方が、きっと、いいのよ。

 

お願いだから・・・色んな事を諦めてしまわないで。

 もっともっと、我侭に望んでくれていいのに。

 そんな願いは綺麗に胸の奥に仕舞い込んで、あたしは勝気に笑ってみせるわ。


「スズ・・・きみ、何処でこんな口説き文句、覚えてきたの・・・?」


 落ち着かなさげに・・・空いた手で、銀の髪をしきりにかきあげた後・・・諦めたようなため息とともに、ようやく笑ったひとに。

 

あたしは、何処でもないわよと、澄まして答えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ