~GIFT~
「じゃあ、またね」
パソコンのモニターごしに手を振れば、画面に映るシャールも、またねと手を振りかえしてきた。銀の界に居るシャールとは、スティールには簡単に連絡出来ない。急ぎの用でなければ、時々銀の界に行くジルファに伝言を頼むこともある。そして急ぎの用事の時は、リルフィかジルファに頼んで、銀の界へと自分の声と姿を届けてもらっていた。
何、こちらの通信と似たようなものだよ。ジルファは器用にウインクして、どういう仕組みなのと尋ねたスティールに、そう答えた。
そうね、同じようなものかしらね・・・現象においては。リルフィはそっけなく、言葉を付け足した。
起動させて繋げば・・・相手の姿を見ながら会話が出来る。それが“同じこと”。介在するものが、こちらの界であれば機械と電波なのに対し、あちらの界であれば通信球と呼ばれる“魔法”が作ったモノと“君の力”であるというのが・・・“違うこと”ね。
ふうんとスティールはことりと首を傾げる。結果出来る事が似ていても、成り立ちや経過がえらく異なるモノなんだなあと思った。それでも、結果が似るという事は・・・“そういうモノがあったらいいな”と思う事自体は、どの界においてもあまり変わらないのかもしれない。
この界には通信球がないから、この機械から銀の界へ通信できるようにしておくね。ただし、いつもは使えないよ、私かリルフィに頼んで、あちらと繋いでからでないとね。
ジルファがのんびりと言ったとき、リルフィは目を剥いて驚いていた。
え、そんな事出来るの?というか、こちらの機械とあちらの力って・・・馴染むのかしら?反発がありそうだけどと首を捻るリルフィに、あはは、それが出来るんだよとジルファは羽を振った。
ちょっと小さな部品を付け加えるだけで、オッケーなのさ。何、疑ってる?
いいええ~?疑うってより、胡散臭いだけ。まあいいわ、それ安全なんでしょうね?トラブってスティールが怪我でもしてみなさい?その顔抉るわよ。
ひどっ、私ってそんなに信用無いかい?安全なのにねえ・・・。
何故だか・・・その時ジルファは視線を上のほうに向けた。
仕組みはスティールにはさっぱり分からない。リルフィも、「・・・多分、こちらの機械とあちらのモノを馴染ませるための・・・媒介があるんでしょうよ」と唸っていた。あの男、やっぱり胡散臭いわと低く呟いた声は、ちょっと物騒で、聞こえなかった振りをしたスティールである。
シャールと話ができるんだと、嬉しく思ったスティールだったけど、こちらの界での長電話のようにはいかない。何しろ話している間中、リルフィかジルファに繋いでいて貰わないと駄目であるから・・・滅多な用事では使うのも気が引けるのだ。
まして通信を使わなくても、週末ごとに会っていたから・・・いつも傍にいた温もりがない寂しさはあったものの・・・それで十分と思っていた。
今回リルフィに繋いで貰ったのは・・・ユキさんの子どもが産まれたかどうか、気になっていたからだ。
通信を切り、クローゼットを開けて服を引っ張り出していると、怪訝そうな声でリルフィが尋ねた。
『これから出かける気なの?』
日はまだ高いが・・・何処かへ出かけるには些か時間が足りないのではと思う。
「うん、ちょっと買い物。リル、繋いでくれてありがとうね」
『どういたしまして、お安い御用だわ。でも買い物ってなに?』
「へへ、ユキさんの赤ちゃんのお祝い、買いに行くの」
探しに行くの、ではなく、買いに行くのと言う少女に、リルフィはおやと思った。
『あら、もう目当てはあるのね?なあに』
「あのね、赤ちゃんの名前が、スズなのね。だから、綺麗な音の鈴、あげようと思って」
お家の窓辺につるしてもらってもいいし、お店のドアにつるしてもらってもいいかなあって思うんだけど。
お店だと、お客さんが来る合図にもなるしねっ。
嬉しそうに話す少女を見ていると、自分まで心が和む。リルフィはいいんじゃないと同意した。
『いいんじゃない?それに、知ってるかしら?鈴の音は魔除けにもなるのよ』
「ほえ?そうなの?じゃあ丁度いいねっ」
適当に選んだカットソーの上に丈の短い上着を羽織り、ジーンズを穿いて、財布の入ったポシェットを肩から掛ける。部屋を出る前に大きな姿見の前でくるりと一回転して、自分の姿をチェックする様は・・・少し前までは少女になかった行動の一つだ。
すっかり年頃の娘らしくなっちゃってと、内心リルフィが思っていることなど、勿論スティールに分かるわけもなく。
「じゃあ行ってくるね」と元気な声を残し、少女は出かけていった。
『スズ・・・ねえ・・・』
止まり木に止まり、ひとりリルフィは聞かされた名を呟く。魔除けの力があると言うモノの名。そして魔除けの力があるという・・・金属自体の名。
『何を思って・・・そんな魔除けの力を込めた名を贈ったのかしら、ね?』
その子自身に、どんな災厄も降りかからぬようにと祈って?
それとも・・・その子自身が、降りかかる災厄を祓うものになればいいと望んでか?
まあ・・・どちらを思って名づけたにせよとリルフィは窓越しの空を見上げて呟いた。
『いい名前ね』