ひみつのおかたさま
コメディータッチのSSですv
「あら、これは何かしら」
ねえチェスミー?金の界を治める金の君は、白い細い指先で、一枚の紙を摘みあげ、ひらひらさせ・・・己の傍近くに仕えるチェスミーに尋ねた。
「さて・・・私も気がつきませんでした。一体誰が置いたのでしょう」
もしかして、曲者がっ。そう言うや否や、腰の武器に手を伸ばそうとする彼女を、金の君は笑いながら押し留めた。
「いやね、チェスミー。もしそんな不届き者が居れば、すぐに気付くでしょう?誰かの・・・いえ、何処からかの、他愛ない質問状よ」
はあ、そうですかとチェスミーはいささか気が抜けたような声で答えた。
金の君は他の界に比類なき統治者であるが、やたらと面白がりな所があり、傍仕えの者は振り回される破目になる。今度は一体何だろうと、警戒心を強めるチェスミーを他所に、金の君は手にした紙に目を落とし・・・読み上げた。
「ええと、何々?“質問その一。金の君は何歳ですか?”」
ぴしっ。静寂に満ちた宮に、なにやら不穏な音が響いた気がして、チェスミーは腰を浮かす。
「・・・ほほ、下らない質問ね。この界を始原から治めているわたしに向かって。次に行きましょう」
金の君は優雅に微笑んだ。いい度胸じゃないというドスの効いた声を、チェスミーは聞かなかったフリをした。
「“質問その二。ジルファとはどういう関係ですか”」
まあ、何だかとても答えるのが難しい質問ばかりが続くわね。
金の君が滝のように肩を滑り落ちる金の髪を指で梳きながら、ため息をつくのを見て、チェスミーはおやと首を傾げる。
ジルファといえば、リルフィに好きだの愛してるだのを連発しては、迫っている男だった。風変わりな男ではあるが、そうわるい男ではなかろう、と彼女は思っていた。その根拠はなんなのよっ、とリルフィが聞けば喚くこと間違いなしだろうが、チェスミーなりの根拠はあった。
友人には言っていないけれど。
そのジルファが、御方様とどう関係するのかしら。時々ジルファがこの宮を訪れては、御方様と何やら話をして、そしてリルフィをからかい混じりに口説いていく姿なら、飽きるほど見てきたのだけど。
チェスミーが答えを待つ間、金の君はじいっと質問状を睨み、そして、ふっと笑った。
「可愛い子を攫っていく、憎たらしい奴かしらね」
言ってみれば、嫁と姑かしら・・・あらやだ、わたしが姑・・・なの。
自分で言っておいて、眉を潜めている金の君だった。
チェスミーは思わず噴出してしまった。
だって、本当のこと言うわけにいかないじゃない。
ジルファとわたしの関係なんて。元々は、一人の同じ存在でした、なんてね。
内心ごちる金の君。そして、質問状に目をやると、そこには最後の質問があった。
「“質問その三。金の君の性別は?”」
ごごご・・・低い地鳴りのような音が響き、宮自体が揺れている。今度こそチェスミーは立ち上がり、腰の武器を手に取り辺りを警戒する鋭い視線を投げた。
「御方様!なにやら異変が起きております!お気をつけ下さいっ・・・・御方、さま?」
金の君は細い肩を小刻みに震わせていた。長い金の髪が頬にかかり、美しい容貌を覆い隠していて、チェスミーからは窺えなかったが。
低い呟きが赤い唇から零れるに至り、彼女は背筋に冷たい汗を感じる破目になる。
「・・・まあ、なんて無礼な質問ばかりなんでしょうねえ・・・何処の誰が、こんなもの寄越したのかしら。ねえ、見つけたら、ただじゃおかなくてよ?」
ふふふと低い声で呟きながら、金の君はそれはそれは、美しくも物騒に笑ったのだった。
チェスミーの必死の叫び声が届かなかったら、金の君の住まう宮は、原因不明の崩壊をしていたかもしれない。
「御方様っ、どうか正気に返って下さいっ」
「ほほ、わたしはいつだって正気よっ、加えて、いつだって本気ですとも!」
「尚更まずいです御方様っ」
後に。あの時は心底どうしようと思ったわよと、深いため息をつきながら、チェスミーは友人に語ったものだった・・・。