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百年の眠り  作者: 水花
百年の眠り
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7


 兄のレンに、長老会での出来事を話すと、レンは言った。

「・・・まあ、長老さま方は、そう考えるだろうな」

 確かに、この気温は異常だとレンは頷く。このまま低温が続けば、折角蒔いた種も芽を出さず、出したとしても豊かな実りは望めないだろう。気候への不安・・・そして、不作への不安は、暴動への引き金になりかねない。

「でもね、最長老さまは、もしかしたら、この気候の狂いは、シャールが眠ったことにより、起きた事だと思われているのかしら?」

「そうかもしれない・・・私も実は、そうではないかと思っていた。気候が狂いだした時期と、彼が眠った時期が同じだ。長く銀の君や王妃の所業、力を見てきた最長老さまは、君の力についてもお詳しいだろうからな」

 そうねとリンは呟き、茨の繭を見つめる。拍動する茨の繭に守られ、眠り続ける彼。

 あたしたちには、何も出来ないのかしら・・・と。



 そこには変わらぬかの人の・・・微笑む姿があった。描かれたものの上でも、そして記憶の中でも、微笑む以外のかの人を、思い出せない。その微笑のとおりの、穏やかで幸せな人生を送るはずだった、彼女。

 自分自身の手で彼女を幸せに出来ない事はわかっていたから、せめて近いところで彼女の微笑を、幸せな暮らしを見守ってゆければいいと思っていた。

 それなのに。

「人の人生はわからぬものだ・・・」

 今は氷の館と呼ばれる館の主は、そっと画布に伸ばしかけた指先は、触れる寸前でとどまり、躊躇する。指を握りこみ、触れるのを拒んだ。

 触れるのを恐れたのだ。

 そこへ。扉を外から叩く音が聞こえ、続いて家令の声が聞こえた。

「御館さま。客人がお見えですが・・・いかが、なさいますか」

「ほう・・・それはまた、珍しいな。どんな客だ?」

「年若いお嬢様と、金の髪の青年、それと、金の鳥を連れておられます」

「面白い組み合わせだな・・・いいだろう、会ってみよう」

 鈍い銀の髪をかきあげ、面白そうだと主は呟く。多少でも気晴らしになればいいと、主は思ったのだった。



 高くそびえる壁や門を見、暗い廊下を長いこと歩かされ、スティールは少し古びた館が持つ雰囲気に呑まれているように見えた。

 シャールと銀で会うにしても、たいていが草原か、もしくは賑やかな城下町だったから、時間の重みやそこで暮らした人の思いが圧し掛かるような、独特の雰囲気を醸し出す古い館は気後れするのだろう。

 ましてこの館は、人を拒絶する雰囲気を隠しもしない。狭間の界から銀の界へと、朝早くにスティール、ジルファ、そしてリルフィの三人は界を渡ってきた。

 緊急事態だからねとジルファは言い、館に程近い場所へ界渡りをする。いつもならば、界へ与える影響を考慮して、あらかじめ築いてある結節点を利用するのだが、今はその時間がなかった。

 こちらへどうぞ、主が会うと申しております。

 ぴっちりと閉じられた門の前で、何度か呼ばわると、館の家令であろうか痩せた老年の男が現れた。ジルファが用向きを告げると、男は一旦門の内側へと戻り、しばらくして戻ってきて、言った。

男は、陰気な声で門を開け、彼女らを中に通した。閉じる門の音が、軋みながら重い音をたて、まるで、外界と館とが切り離されたようにも感じられた。

 スティールは硬い顔で、長い廊下を歩いている。肩に金の鳥のリルフィを乗せて。

リルフィは彼女を安心させるように、小さな頭を彼女の頬に摺り寄せた。僅かに少女が微笑んだのも束の間、前を歩いていた家令が扉の前で立ち止まる。姿勢を正し、控えめに扉を叩く。

「御館さま、客人をお連れいたしました」

「入れ」

 内側から、低い男の声がして、家令が恭しく扉を開く。さあ、元凶とのご対面だわとリルフィは喉の奥を鳴らした。

 通された部屋は、質素ながら使い込まれ、磨きこまれた調度品が品よく配置された、居心地のよさそうな居間だった。ビロードばりのソファも、金糸銀糸で刺繍が施されたソファも、精緻ながらくどくはない文様が散らされている。丸いテーブルの上には白地に青で彩色された、首の細い花瓶が置かれていた。ただ、そこに花は飾られてはいなかった。絨毯は過ぎ行く時間を映し、いささか褪せていたものの、織り込まれた文様の美しさは窺える。

 扉の正面には大きな出窓か取られており、館の周りを取り囲む木々に遮られなければ、日がよく差し込むだろうと思われた。また壁面には暖炉と飴色の飾り棚が置かれ、暖かな雰囲気を強めている。

 飾り棚にはオルゴールや器、雑貨があるように見えた。

「わたしの書斎が、よんどころない事情で使えなくてな、こんな狭い部屋で済まないが」

 どうぞ、好きにかけるがいい。椅子をすすめながら、鈍い銀の髪と青灰色の瞳を持つ主は言った。館の主、と言う肩書きから想像していたよりも、だいぶ若いわねとリルフィは思った。三十代前半くらいかしら。

何度かシャールの居る所へ様子見には行ったのだが、主の姿はついぞ見かけなかったからだ。これが初対面になる。主は膝まで届く、黒の上着の裾を払いながら、窓を背にした椅子に足を組んで座る。肩につくほどの、緩く巻いた鈍い銀の髪、青灰色の目、暗い衣装と、そして何よりも笑わない目が相まって、酷く冷たい印象を与える人物だった。

 リルフィは内心首を捻る。この居間は、そんな彼が使うとは思えない、柔らかな雰囲気の場所なのだ。

 ごく親しい者だけを招く、こぢんまりとした、その分濃やかな気遣いで満ちた優しい場所。

 配された調度品や装飾から、それを読み取ることが出来る。おそらく、彼の趣味では無い場所。

此処は本来、一体誰が使っていたのかしらね?

「突然の訪問をお許しいただき、ありがとうございます」

 如才ない笑みを浮かべ、主に挨拶するのは、ジルファ。シャールが眠っているのが人の館だしね、交渉するのに、流石に鳥の姿じゃカッコがつかないしと、この界へ渡ると同時に、元の姿へ戻ったジルファだ。

 リルは、もとの姿に戻らないの?スティールが尋ねたが、リルフィは戻らないわよと答えた。

 あの男と元の姿で並び立つなんてごめんよ。つれないねとジルファは笑っていたが。

 主は物憂げに頬杖をつき、硬い表情で椅子に腰掛けるスティールと、その肩に乗る金の鳥、そして金糸の髪を背に流し、にっこりと微笑む男を見上げている。

 さあ、何だか鬱屈したものを溜め込んでそうな、館の主に、どう切り出すのかしらね。お手並み拝見と、リルフィは少女の肩で高みの見物を決め込む事にした。

「前置きは要らん。訪問の目的は何だ?私が言うのも何だが、わが館は閉鎖的でな。滅多に客人などない。それが一度に二人で、珍しい鳥まで連れているとなるとな。どうも胡散臭くて仕方ないな」

 あら、先制攻撃されちゃったじゃない。まあ、無駄に美形の青年に(美形ってのはわたしの主観じゃないわよ、もちろん一般論!なんだか悔しいけど)、少女に、金の鳥。この取り合わせ事態で、通常の訪問じゃないって感づかれるか。

 ジルファは主の言葉に動揺したふうもなく、ますます微笑みを深くした。

「私達を不審にお思いで?まあそれも無理はない。常ならば・・・館の主を尋ねるような、取り合わせではないでしょうからね。常なら、ば」

 ジルファの碧の瞳が、主からすっと外される。ある一点を注視するに当たって・・・リルフィは気付いた。

 あれは、主の書斎がある方向だと。

 同じく主も気がついたのだろう。唇に酷薄な笑みをたたえ、両手を組みテーブルの上に肘をついて、体をのりだすようにして、ジルファに尋ねた。

「常ならば、と言うか。それならば、今は常で無い・・・非常時だとでも?」

「あなたが、非常時のままで構わないと言っても、私達は力ずくでそれを打ち破りますよ。そして“彼”を起こして、連れ帰る」

 にこやかなまま、宣戦布告ともとれる台詞を吐くジルファに、リルフィはいっそ頭を抱えたくなった。

 なにが、交渉は私に任せろよっ。まるで直球勝負じゃないのよっ。

 スティールは主とジルファの遣り取りを、はらはらして見守っている。

 ジルファの碧の瞳と、主の青灰色の瞳が交錯する。にらみ合ったのは長くない時間だったが、先に視線を外したのは主の方だった。

「何処で“彼”の事を知った?」

「この目で状況を見ましたので」

「“彼”とはどういう関係だ?どういう思惑があって、“彼”を起こそうとするのだ?」

「私にとっては、言うなれば“知人”。でもこの子にとっては“彼”はとても大事な存在です。それは“彼”にとっても同じ事。会えなくなるのは辛いと思うのは、当然でしょう」

 主は目を眇めてスティールを見た。頭の上から足先までを、品定めでもするかのように。その視線にスティールが居心地悪そうに身じろぎした。

「何処にでも居るような、普通の娘に見えるがな。取り立てて美しいわけでもなく、際立ったものも感じない、つまらない娘だ。そういう娘に、“彼”は執着すると言うのか?信じられんな」

何ですって~?ジルファの目配せがなかったら、リルフィは怒り心頭で叫んでいただろう。

スティールを目の前にして、酷い侮蔑の言葉を吐いた主は、あまりの言葉に凍りつく少女に冷たい目を向けるばかりだ。

「人の内面は見た目だけではわからない。まして、あなたは彼女についてよく知る時間もないでしょう?今判断を下すのは早すぎると思いませんか?きっと、あとで後悔しますよ」

 ジルファは苦笑いを浮かべて答える。ええ、あとで泣いて平伏して謝っても許さないわよっ。覚悟してなさい。

 爛々と目を光らせてリルフィは報復を胸に誓う。心無い言葉でスティールを傷つけた報いは、きっちり受けてもらうわ。ああ、スティール、こんな莫迦な男の言葉は忘れるのよ。青褪めた少女を勇気付けるように、リルフィは何度も頭をこすり付けた。

そして主はふんと鼻を鳴らし、優雅に椅子から立ち上がった。

「館を破壊されるのは困るな。これでも愛着があるゆえ。よかろう、ついて来るがいい、“彼”の元へと案内しよう」

 さあ、何をするつもりか知らんが、面白くなりそうだ。背中を向け、そう嘯いた主に、リルフィがしゃあっと羽を広げ、威嚇したのは言うまでも無い・・・。


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