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百年の眠り  作者: 水花
百年の眠り
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5


 なんか・・・変だよね。スティールは釈然としない思いを抱えていた。ここしばらく、シャールと会えないのだ。

『今まで毎週会っていたけど、これからはもう少し間隔空けない?スティールも色々用事あるだろうし』

『そんなの、シャールと会う時間なら、あたし、作れるよ?』

『うん・・・それは凄く嬉しいし、僕も会いたいんだけどね。スティールに会っちゃうと、僕、甘えてしまうから』

 もう少し、色々頑張りたいんだとシャールが言ったので、スティールとしてはそれ以上何も言えない。

『シャールは十分、頑張ってるよ・・・?』

 シャールは静かに微笑んだ。(ヒトの顔は、犬だった頃よりは見慣れていないけど)その顔は急に大人びたように見えて、いつも一緒に居て、転げ回って遊んだ自分からしてみれば、何だか寂しい。

 同じように育った兄弟から、置いて行かれたような気持ちになる。

 優しげに見える彼だが、一度言い出したら引かない強情さも持ち合わせているので、彼女は頷くしかなかった。

 それ以来・・・シャールと会う回数は減ってしまった。それでも、短い時間ならば、通信で話す事が出来るし、銀の界へと行くジルファに、伝言を頼んだりも出来た。

 会えないなんて寂しい・・・そう、思っていたスティールだが、いつしか会えない事が常の、環境に慣れてしまっていた。けれど、忘れているはずなどない。

 時々、シャールは今どうしているかなあ・・・ちゃんとご飯食べてるかなあ。今度会ったら、上手くできたお菓子、持って行こうかなあ・・・。あ、これ美味しい。今度シャールにも食べさせてあげようっ。

 ふとした生活の折々に、物言わずとも瞳で雄弁に語る・・・すこし寂しげな目の色を思い出すから。

 うん、シャールはシャールで、頑張りたいんだね。

 それなら、あたしが出来ることは・・・時々は立ち止まってゆっくりお茶でもしようよ、そう誘うことだよね。

 スティールは、そう思うことにした。

 いまだ不安定な銀の界を立て直すべく、奮闘する彼の負担にならぬようにと。

「でも・・・こんな長い間、会えなかったこと、ないよ・・・?」

 そういえば、いつからあたし、シャールに会ってないんだっけ?

会ってない期間を数えて、驚いたのだ。最後の通信からでさえ、2ヶ月以上が経過している。ジルファに伝言を託していたのだが、それすら本当は届いていたのかどうか・・・わからない。ジルファは、“シャールは元気だったよ、今度会えるのを楽しみにしていたよ”今思えば当たり障りのない言葉しか、くれなかった。

シャールから直接通信が入る事はなく、またリルフィに繋いでもらっても、あちらと回線が繋がることはなかった。繋がらないことを、忙しいんだろうなという理由で、納得してしまって、いた。

 いくら、自分の事で忙しかったからって・・・あたしって何て莫迦。何かとても大事な事を見落としていたんじゃないだろうか。

 自分の迂闊さを悔やみ、胸の奥が焼けるように痛むが、こんな時に限ってリルフィもジルファも居ない。

 スティールが起きた時には、彼らは何処に行ったのか、すでに姿が見えなかった。あたしに何も言わず、ジルファさんは兎も角も、リルまで何処に行ったんだろう。

スティールに出来ることは、じりじりしながら彼らが戻るのを待つことだけだった。

 今にも雨が降りそうな・・・曇り空も、彼女の心を重く塞ぐ。ベッドの上でクッションを抱えて座り、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 かつん、と窓を叩く音か聞こえた。窓際に駆け寄ると、外には金の鳥と青い鳥が翼をはためかせている。

 美しい羽も、いつの間にか降りだした雨のせいで、色を濃くしていた。

 スティールが窓を開けると、二羽の鳥は部屋の中に、滑るように入ってきた。それぞれ止まり木に羽を休めると、ぷるぷると飛沫を払う。

「ふう、疲れちゃったわ~雨には降られるし、もう最悪」

 金の鳥・・・リルフィはそう零すと、毛づくろいを始める。

「おや、雨の中の散歩も、晴れの日とは違う趣があっていいものだよ。特に君と一緒ならね!」

 青い鳥・・・ジルファは、晴天もかくやという晴れ晴れとした調子で話す。リルフィは額を押さえるのにも似た仕草をした。

「・・・あんたと一緒ってのが、余計疲れる原因なんだけどね・・・」

 彼らの遣り取りは、いつもと変わりない。彼らの様子を見ていると、自分の不安なんて、たいしたことじゃあ、ないような気がするけど。そう・・・思い込もうとしたけど、拡がるこの不安は何?

「ねえリル・・・何処行ってたの?何も言わずに出かけるって、珍しいね」

 リルフィはあらそうかしらと、首をぐるりと巡らせる。

「そう?ちょっと出かける所があったのよ。あんたよく寝てたから、わざわざ起こさなかっただけ」

「ふうん・・・ジルファさんと一緒に出かけたの?」

「え・・・?いやね、一緒のはず、ないじゃない!たまたま帰りが一緒になっただけよ!」

 嫌な事言わないでちょうだいと、羽を逆立てる様子はいつものリルフィだ。でも・・・スティールは何か変だと感じていた。微かな違和感。

「ねえ・・・疲れてるとこ悪いんだけど、あたしシャールと連絡取りたいんだ。通信、繋げてくれる?」

「シャールと?ジルファがこの間顔見に行ったら、元気そうにしてたって、言ってたじゃない。悪いけど今日は疲れてるの。また今度にしてくれないかしら」

 リルフィは一瞬答えに詰まった後、明るい調子で答えた。スティールは、自分の不安が確信に変わるのを、感じていた。

 それなら、とリルフィと距離を置いたところで、毛づくろいしていたジルファに話しかける。

「ジルファさん、シャールに通信、繋いでくれませんか?どうしても、あたし、シャールと話がしたいの」

「彼は元気そうだったよ?そうだ、近々君に逢いたいから、都合を聞いておいてくれって頼まれたんだ。君はいつが都合いいかな?」

 この間成功したお菓子を持って会いに行ったら、彼はきっと、とても喜ぶよと。ジルファは片目をつぶって、いい考えだと提案したが、スティールは首を横に振った。また、でも、今度、でも無くて。

 あたしは。

「今、シャールと話がしたいの。あたし、長いことシャールの顔見て話してないの。今頃気付いたあたしも莫迦なんだけど・・・凄く不安なの。何か悪い事が起きているんじゃないかって。これがあたしの思い違いならいい。だから、それを確かめるために、シャールと直接話がしたいの」

 だからお願いします。二羽の鳥に、スティールは一歩も退かない気で言った。

「スティール・・・」

 リルフィがため息混じりに自分の名前を呼んだ。これは、あたしを何とかして宥めようとする時の癖だ。

「リル、あたしに何か隠してない?それってシャールの事なの?シャールに何か起きているの?」

 矢継ぎ早に問うスティールに、とうとうジルファが笑い声をあげた。きっ、とリルフィがジルファを睨む。

「リル、君の負けだよ。スティールは気付いているようだ。これ以上隠していても仕方ないだろう」

 リルフィはスティールとジルファを交互に見やり・・・そしてもう一度ため息をつく。そうやって自分を納得させたようだった。

「ええ、もう仕方ないわね・・・あんたに言わなくてすむよう、事態が変わらないかと思ったんだけど」

 そう前置きをして話し始めたリルフィ。聞かされた内容に、スティールは言葉も無かった。


 嘘でしょう?目を零れんばかりに見開き、口元を両手で覆って、少女はうずくまった。

「シャールが、そんな事になってたなんて・・・」

 あたし、何にも知らなかった。知らなくて、他の人と笑ったり楽しいことしたりして、過ごしていた。

 シャールに会ったらこんな話しようかな、これ作ってみようかな、なんて、他愛ないこと考えていた。

 悔やむ少女に、リルフィは言った。

「そういう後悔の仕方はよくないわ。誰だって・・・先に何が起こるかなんて予想できない。誰かが笑っている瞬間にも、誰かが命を落としている。それは厳然とした事実。いつか起こるかもしれないことを愁い、常に心を悲しみで塞ぐわけにはいかないでしょう?」

「そうだよ。君が笑って過ごしていることが・・・彼にとっても望みであることは、間違いないんだからね。さて、その彼だが・・・」

 ジルファはどう言ったものかとしばし思案した。異常を感じてすぐさま銀の界へ渡り、シャールの力の気配を辿って、氷の館へと翼を駆り、破れた窓越しに見た光景は、彼にしても言葉を失ってしまうものだった。

「・・・茨の繭に閉じこもって・・・そろそろ二月が経とうとしている。外からの呼びかけに全く答えず、茨に触れようとすると攻撃すらするようだ。リンとレンの兄妹の名前は、君も聞いたことがあるだろう?」

 スティールは顔も上げず頷く。僕の仕事を手伝ってくれているんだと、嬉しそうに話してくれた。

 いつか紹介するねと、約束してくれた。よく似た双子の兄妹だという・・・。

「彼らにしても、手の打ちようがなくて、困っているようだよ。今銀の界では“力”を使える者などいない。不用意に他者が近づかないようにと、彼ら二人で見守っているけれどね・・・」

「何か、シャールが起きないことで、困る事が他にもあるの?」

 言いよどんだジルファに、スティールは顔を上げた。ジルファも・・・リルフィも苦い顔をしている。

「おそらく、シャールが眠ったことで、春が来ないのよ。いつまで経っても温かくならない。このままだと、種まきの時期を失って・・・銀の界は酷い凶作になる恐れがあるわ」

「・・・そんな・・・」

 まだ不安定な銀の界だ。そこへ食料不足が起これば、どんな事態になるか、想像するだけでスティールはぞっとした。シャールが懸命に建て直しを図っていた銀の界。目覚めて・・・シャールが酷く荒れ果てた世界を見たとしたら、どんなに後悔することか。眠ったことが自分の力の暴走を止める手段であったとしても。

 結果として何も変わらなかったのだと。

「シャールの力の波動を感じて、わたしたちが銀の界に行ったときは、もう遅かったのよ。それ以来、状況に変化がないかと何度も行ってみるものの・・・膠着状態ね。いえ、気候に影響を与えているという点では、悪化すらしている」

 それなのにね、とリルフィは肩を竦める。彼女に似合わず自嘲気味に言う。

「わたしたちには、何も出来ない。他の界の事象に介入できない。まあ、前回はかなり介入したけれど、それは“あなたの願いをかなえるため”っていう名目があったからこそ、出来た離れ業ね」

 もしこのままシャールが眠り続け、結果として銀の界が滅んだとしても、わたしたちには何も出来ないの。

 見ていることしか。

「そう。互いに不干渉が、三界の取り決めであったからね。長い時の果てで、狭間は君の“力”が住人の内に拡散し、銀では己の血筋というものを作り、それにより伝わるものにした。かつてのままの“君”が居るのは、ただ金の界のみとなったけれど・・・それでも」

 不干渉の取り決めは、厳然と生きている。不用意に干渉すれば、干渉者は己の命を引き換えにせねばならないだろうほどに。

「・・・そんな・・・」

 スティールは告げられる事実に打ちのめされた。リルフィもジルファも、彼女がシャールをどれほど大切に思っているか知っている。力が貸せるような状況であれば・・・シャールを救う手立てを取ってくれたはずだ。

 疑いなく彼女は思う。けれど、彼らには越えられない理があって・・・。

 ぎゅっと目を閉じ、頭を抱え込んだ。長い紅茶色の髪の毛が手の中でぐしゃぐしゃになっても、気にしなかった。

 今までで一番長いね。どこまで伸ばすの?

 さらさらとスティールの髪を梳きながら、眩しそうに笑った彼。

「・・・ねえ、リル」

「なあに」

「なんで、あたしに何にも教えてくれなかったの・・・?あたしが聞かなかったら、黙っているつもりだった?」

「ええ、そうよ。最後まで黙っているつもりだった。だって、あなたに何が出来るの?特別な力なんてない、普通の女の子に」

「でも、前、銀の界に行った時だって・・・っ」

「ええそうね。でもあの時は、“もう一度シャールに会いたい”が、あんたの望みだった。それくらいなら・・・何とか叶えることが出来ると思った。危険な事にも巻き込まれたけど、助け手も現れたしね」

 でも、今回は、助け手は期待できないわ。だから、黙っていたのよと金の鳥は静かに言った。

 スティールは唇を噛み締め、きつく両手を握り締めた。リルの言うとおり、自分には特別な力などない。銀の界へ界渡り出来たり、そこにいるシャールと・・・本来二度と会えないはずの彼とあったり話したり出来るのも、全ては他の人の力によるものだ。

 何が出来るの?

 リルフィの言葉は、胸に突き刺さるけれど・・・抗いようのない事実だった。でも・・・それでも。

スティールは顔を上げて、リルフィと正面から向き直る。

「あたしには特別な力はないよ。何も出来ないんだと・・・分かってる。その上で、あたしはあなたに頼むわ。

銀の界に、界渡りさせて・・・シャールにもう一度、会いたいの」

「スティール・・・あんたは、もう・・・」

 諦め顔でリルフィはため息をついた。少女がそう言い出すことを見越していたのだろう。その横で、いや、と言い出したのはジルファだ。

「いや、もしかしたら、君の声には反応するかもしれないね。何せ君と彼の間には、深い絆があるから。誰が呼びかけても駄目で、最早誰も近づけない。もしかしたら、君の声にも反応せずに、君をも攻撃するかもしれない・・・それでも、行くかい?」

 スティールの心はもう決まっていた。

「行く」

 行かなければ後悔する。何も出来ない結果に終わるかもしれないけれど・・・やらずに後悔するより、遥かにマシだと思う。少しでも、彼が目覚める可能性があるのなら。

 短く、けれどはっきり答えた少女に、リルフィは仕方ないわね、と呟いた。

「仕方ない、銀へと連れてってあげる。今からだと遅いから、明日の朝早くに出るわよ。いいわね?」


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