夢で逢えたら
Worldシリーズ。執筆者:水花サイドの物語です。「Answer」ではスティールとローレンスが中心でしたが、こちらではスティールに恋するもう一人の少年シャールが中心になります。
時間も空間も越えて、君に逢いに行くよ。
「わ~ん、ディーンってば、どこにいるんだろう~」
ここはスティールの自室である。夕暮れのオレンジ色の光が、大きく取られた窓から差し込んでいる。
今日もこの世界のどこかにいるディーンを探して、街中を歩き回ったスティールは、疲れてベッドに突っ伏していた。紅茶色の髪の毛が、白いシーツの上で、ばさりと広がった。
「さあ?まあこの世界のどこかには居るんでしょうよ」
窓際に羽を休めたリルフィは、あくまでクールに答えた。ディーンを探すのに効果的な方法について、実はスティールに内緒にしている事があるのだが、自分から言い出すのは禁じ手であるため、口を噤んでいる。
「そうだね~意外に近くに居たりしてね。で、もしかしてもう会ってるかも?」
スティールの机を、とことこ歩きながら、ジルファは言った。ジルファももちろん、リルフィに倣っている。
ジルファの場合、所詮他人の恋路という面が、あったりもする。
「二人とも、意地悪っ!」
「あら。アナタのお願い聞いて、ディーン探すの手伝ってる私に、そんな事言うの?」
「ああほら、手伝っているのは“私たち”だよ、ここは訂正入れるよ?」
「入れなくっていいわよ!何一括りにしてるのアンタはっ!」
「え~・・・そんな、照れなくっても」
「だれが、照れてるですってっ。その目は節穴かしら」
いっそ抉ってしまうわよ?しゃーと金の羽を逆立てて威嚇するリルフィに、空気読む?何ソレ美味しいの?と真顔で煙に巻くジルファはふっと笑って、海の青とも空の蒼ともつかぬ羽を振った。
人型であったならば、気障ったらしく髪の毛でもかきあげてるんだわとリルフィは睨む。
空気を読まずとも、いや、流れていた空気を自分の都合のいいように変える男は、真顔で答えた。
「君が望むのなら何だって差し出すけどね・・・でも、この目は上げられないな。だって、まだまだ君を見ていたいからね!」
ジルファの言葉が終わるや否や、びりびりとした振動が部屋に走り、スティールは突っ伏していたベッドから飛び起きた。
「えっ、何ごとっ?地震っ?」
逃げなきゃっ。クッションを抱えて今にも飛び出しそうなスティールに、のんびりとジルファは羽を振った。
「違うよ。今のは、リルフィのした事だよ」
「・・・え、っと・・・リル・・・?」
振動は収まったが、リルフィは肩をいからせて(鳥の肩ってどこなんだろう)小刻みに震えていた。
見た目は愛らしい、美しい金の鳥なのに。何やら彼女の方からおどろおどろしいモノが立ち上っている気がして、スティールは声をかけるのを躊躇ってしまった。
少し突付けば破裂する風船みたいだ。
けれど。ジルファは少女の躊躇いなど、木の葉の如く蹴散らして、駄目押しの言葉を。
「おやリルフィ・・・感動して、言葉も無いかい?嬉しいね!」
ジルファは、さあ僕の腕に飛び込んでおいで!的に羽を広げた。
あ、・・・今ぶちって音がしたわっ。スティールはクッションを抱え込み、固唾を呑んでジルファとリルフィを交互に見た。
いや、そもそも、何で自分の部屋で固唾なんて呑まなきゃいけないんだか。
スティールの頭の中、冷静な部分はそう突っ込みを入れた。
「~~~っ、誰が感動なんてするものですか!今のは気色悪くて、鳥肌がたったわよっ!スティール!」
「っ、ひゃいっ?」
突然自分の名前を呼ばれ、裏返った声で返事をするスティール。
「今晩は帰らないわっ!いいこと、わたしが帰ってくるまでに、そいつの羽を毟って、焼き鳥にでもしておしまいなさいっ」
「って、ちょっとリルっ、」
少女の制止も聞かず、金の鳥は窓から空へと飛び立った。鮮やかな金の影は、見る間にオレンジ色の空に溶け、すぐに見えなくなった。
「・・・ふっ、照れちゃって」
可愛いだろう?焼き鳥と言う彼女の言葉に動じたふうは全く、毛ほどもなく、ジルファは優雅にさえ感じられる動きで、さっきまでリルフィが止まっていた窓際へと舞い降りた。
そうして彼女の消えた空を眺めている様子だった。
スティールはクッションに顎を埋め、うう~ん、照れているのとは、違うんじゃないかなあと思っていた。
鈍いと言われる(主にリルフィから)少女でも、同じような遣り取りが何度も繰り返されれば、流石にわかってくるというものだ。
ただ、少女がわかるのは、其処までで。それ以上をジルファに尋ねても、彼はのらりくらり、または煙に巻くので、明瞭な答えは得られずじまいであるし。リルフィに聞くことは、流石に少女もしなかった。
毛を逆立てて嫌がる姿が、容易に想像出来たからだ。
何ソレ、あんたわたしに嫌がらせでもするのっ。
盛大に非難を受けそうでもあった。
スティールは再び、クッションごとベッドに突っ伏した。今の遣り取りで、余計疲れが増したようだった。
「ね~・・・ジルファさん。リルもだけど、あたしのハナシ真面目に聞いてなかったでしょ~?」
そんな事あるもんかとジルファは答えたけれど、目線は空に向けたまま、スティールの方を振り返りもしなかった。とてもじゃないが、その言葉を額面通りには受け取れなかった。
少女は年に似合わぬ、深い大きなため息をつき、いいもん、一人だって探すもんと呟いた・・・。
『君とおなじ時を生きたいんだ』
束の間、シャールの体を借り受けて狭間の界に現れたディーンは、少女を真っ直ぐに見て、言った。
それが叶うなら・・・なんと素晴らしいことかと少女は思う。
賑やかに、他愛ないことで笑って、日々を過ごせるのならば・・・それは、彼と初めて出会った世界では、到底叶わないことであったから。
彼自身は納得して受け入れた結末であっても、思い返せば今でも涙が零れるほど、少女にとっては哀しい出来事であったから。
『あなたのこと、好きよ』
少女は頬を染めて答えてくれた。
けれど、その“好き”の意味は、少女自身、まだわかっていなかった。
好きに色々な意味があることすら、よくわかっていなかった。
少女自身判らぬことを、彼は知っていたのだが・・・再び出会えた後の、己の行動次第だとも思っていた。
魂に、誰にも奪わぬよう過去の記憶を刻みつけ・・・少女の住む界へと生まれることが出来たなら。
その時こそ・・・己の唇で、声で、君に告げるよ。君を。
ふわふわと雲のような・・・霧のような白い靄がたゆたっている場所を、スティールは歩いていた。
何処を歩いているのか、歩いた先に何があるのかもわからないほど、視界がきかない場所である。足元も綿を踏んでいるようにふかふかしていて、落ち着かなかった。
霧が晴れたかと思えば、横合いからさあっとレースみたいな七色の光が差し込んだり、頭上からキラキラ光りながら星が零れ落ちたりする。
食べたら甘そうな、金平糖のような星。こつんと頭にあたり、驚き空を見上げたスティールは、星を撒いたような濃紺の空とそこに架かる大きな虹を見て、目を丸くした。
虹の上を、魚が跳ねたわ。一匹、二匹、ああ、何匹も。
その空も、たちまち白い雲に隠されてしまったのだけど。
ああ、これは夢なのねと、スティールは納得する。こんな荒唐無稽な光景が広がっているんだもの、と。
夢とわかって、夢を見ているなんて、ヘンな感じだわ。
ぽん、と足元の雲を蹴る。すると雲は色を変え形を変え・・・やがて、色とりどりの花になった。
「わ~綺麗・・・って、え」
白いワンピースの裾を引きずるのも気にせずに、スティールはしゃがみこんで花に触れた。月の雫を受けたような、光沢を放つ花は、うっとりするほど美しかった。
花々に見蕩れている時、さあっと霧が一気に晴れ・・・まっすぐな道が目の前に広がり、スティールは目を瞠る。
「何が起こったんだろ・・・?」
首を傾げる彼女は、道の向こうに見えた人影に目をこらして・・・それから、ワンピースの裾を揺らして駆け出した。
「・・・ディーン・・・!」
これは夢なのに。でも、夢でも構わない。
また、逢えるのならば。
目覚めたとき、心が潰れそうなほど悲しくても。
「ディーン!よかった、また逢えた」
「スティール?君が、何故ここに?」
躊躇いもせず青年の胸にしがみついた少女は、彼の驚いた声に顔を上げる。彼は少女が初めて会ったときの姿・・・背の高い、青年の姿をしていた。
つきんと胸の奥が痛むけれど、スティールは青年の体を抱きしめる。夢の中なのに、体温さえ感じられる気がして。
「スティール?」
ああ、彼の声だ・・・また会えたら、あたしは何と言おう?言いたいこと、気持ちが沢山あり過ぎて、その時が来るまでに整理できるといいんだけど。
「スティール?」
これはあたしが見ている夢なのに、ヘンね、何故彼はこんなに困ったような声を出しているのかしら。
彼の体に抱きついたまま、スティールが首を傾げていると。大きな手で肩を掴まれ、そっと引き剥がされた。
彼の顔を見上げると・・・彼は優しい顔で、少し困った風に笑って言った。
「これは、一体誰からの贈り物だろうね。とても幸せな夢だよ」と。
いささか生殺し状態ではあるけれど、と呟いた彼の声は、サイワイなことに驚いた少女には届かなかったらしい・・・。
「これはあたしの見ている夢よ?あなたも、同じ夢を見ているって言うの?」
スティールの呟いた言葉に、ディーンは腑に落ちたと返した。
「夢とわかって、見ている夢じゃなかったかい?そして、奇妙な雲が出ていたりして」
「そう。夜空に虹が架かっていたり・・・ねえ、ディーンは、此処が何処かわかるの?」
これは、夢じゃないのと尋ねた少女に、これは夢じゃないよと答えることが出来たなら、どんなによかったことだろうとディーンは思った。首を振って、答えた。
「何処とは言えない場所。何処に在るか判らなくても、何処かに存在していると言われている・・・夢が集まる場所だよ」
私も話には聞いたことがあったけれど、訪れる事があるとは思わなかった。
なにより・・・此処で、君に会えるなんて思わなかった。
そう・・・笑う彼の顔は、笑顔は、声は・・・スティールがもう一度会いたいと思っていた、あの時のままの彼で。
「・・・何故泣くの」
「わからないわ。なんでか涙が出てくるの」
「泣かないで」
「かなしいんじゃないの。それだけは言えるけど」
「・・・じゃあ、嬉しい?」
「うん、多分、それが一番近いとおもう」
あとから後から零れるスティールの涙を、ディーンは指先で拭う。きらきらと・・・星の欠片のように零れるそれを、全て拾い集めて・・・目覚めた向こうに持っていくことができればいいのにと思った。
涙をこぼす少女は、安心したように笑っているので。
それでも・・・彼女が涙を零すさまを見るのは、辛い。泣き顔ばかりさせた最後のときを思い出してしまうから。
せめて、彼女が泣き止んでくれますようにとディーンは彼女の涙を拭いながら願った。
すると。
「おや・・・ほらごらん、君の涙が花に変わったよ」
スティールが零した涙が、あかい花に変化した。驚き目を瞠るスティールの耳元に、ディーンはその花を挿してやった。
「よく似合う・・・可愛いよ。おや、ようやく笑ったね?君は笑っている方がいい」
「ディーンが手品なんてするから、驚いたの」
「手品じゃないよ・・・魔法でもないけどね。ここは夢が集まる場所って言っただろう?夢の中では、どんな事でも叶うから」
「じゃあ・・・ディーンに、此処でまた会いたいって願えば、それも叶うの?」
「いいや・・・おそらく、叶わないだろうね。僕たちが此処に来られたのはどんな偶然の力が働いたものかわからないけれど、此処は誰かが見た夢が集まる場所・・・そうして集まった夢が、再び世界を巡るのに集う場所。
水が循環するようにね」
「それって、どういう事?」
「つまり、夢見る者自身は、来られない場所なんだ・・・そう、言われている」
僅かではあるが、此処に来た者が居るからこそ、伝えられてきた場所ではあるけれど。
「私たちはおそらく、界渡りするみたいに、お互いこの場所へやって来たんだろうね」
夢を伝い、渡り・・・飛んできた。互いに逢いたいと願っていたから起こった、これは一つの奇跡、なんだろうか?それとも、誰かからの贈り物?
「夢の中では・・・時間も空間も、関係ないからね」
さて、私はこの姿になるまで、あとどれくらい時間が要るだろうねと呟くディーンに、スティールは首を傾げた。
「なあに?時間がかかるって、どういうこと?」
「何でもないよ。夢の中でも、君と逢えて嬉しいよ」
「あたしもだよ。あたしね、あなたの事探しているよ。きっと貴方を見つけてみせる。貴方がもしあたしを忘れてても、見つけるから・・・だから、待っててね」
ディーンは深紫の瞳を瞠り・・・そうして、優しく笑った。スティールがとても好きな、笑い方で。
「私こそが、君に待っていてと言うつもりだったんだけどね。先を越されてしまったね」
「だって、まだ胸を張れるほどの大人の女性になれてないんだもの。もう少し待っていて欲しいなあ、なんて」
ふふ、と笑った少女の体を、ディーンは思わず抱きしめていた。
ディーン?驚く少女の体は、細くて未だ未発達だ。けれど柔らかい肌の感触も、温かな体温や、確かな鼓動さえ感じられるのに。
これは、夢なのだ。
「ディーン?どうしたの?顔を見せてよ」
少女の声に抱きしめていた腕を緩め、顔を覗き込む。すると少女は自ら腕を伸ばし、彼の体にしがみついてきた。
「あのね、今度逢えたら、もっと色んなところに行って、色んな話をしようね。貴方に見せたい景色が、まだまだ沢山在るし、貴方と一緒にしたい事だって、同じくらい沢山。貴方に逢えたら何を話そう、何をしようって、考えるとあたし、とても楽しくなるの」
少女の温かい体と、明るい声で・・・ディーンは自分の胸に湧いた暗い雲がたちまち消えていくのを感じていた。彼女は再会できる日を夢見ているというのに、記憶を抱いて生まれてくると大見得を切った己がここで挫けてどうする、と。
「貴方を探すわ。行き当たりばったりで出会えるほど、狭い世界じゃないでしょって、もっと頭使いなさいよって、リルには呆れられてるんだけどね、まだ、よく探す方法、わかってないけど、でも」
あなたに逢いたいから・・・だから、探しているから。
待っていてね。
「君が見つけてくれるのを、楽しみに待っているよ」
ディーンの、その言葉が、合図のように。
キラキラと光る粒を纏った、霧が渦を巻いた。
抱きしめていた筈の腕が離れ、声も遠くなっていく。
「ディーン!」
「スティール!また逢える日を、待っているよ」
願ったからといって、その願いが叶うとは限らない、けれど。
願わなければ・・・何も始まらないのだ。だからディーンは強く願う。
どうかどうか、あの愛しい少女と、また逢えますように。
今度こそ夢の中でなく、現の世界で・・・ああでも。
夢の中で出逢えたこと・・・それは、なんと甘美な“夢”だったことでしょう。
「ふわ~よく寝た」
けたたましく鳴る目覚まし時計を止め、スティールはベッドから身を起こし大きく背伸びをした。
「なんか夢、見てた気がするけど・・・なんの夢だっけ」
とてもいい夢だったはずなのに、目覚めると忘れてしまったような。
寝起きの、あちこちが跳ねた頭のまま考えていると、羽ばたきの音が聞こえ、するすると窓が開いた。
「おはようスティール。朝っぱらから、何考え込んでんのよ」
リルフィが帰ってきたのだった。いつも何処に行くのか、尋ねても答えてくれないが、こうして帰ってきてくれると安心する。
ジルファは、では私も野暮用あるから、出てくるよと言って、夕闇迫る空を飛んで行ってしまったきり、まだ戻っていない。
「お帰りリル、そんでもって、おはよう。や、考え込んでるっていうか、なんかいい夢見た筈なのにさっぱり思い出せなくてね」
「ふうん・・・あら、あんた、頭に何付けてるの?」
「へ・・・?」
「耳元の、それ・・・赤い奴。何なの?」
赤いモノ?スティールが両手で耳元を触ると、柔らかな感触が指に触れた。
目の前に持ってきて、首を傾げる。萎れかけているが・・・鮮やかな、あかい花であったから。
「なに、この花・・・」
呟いたスティールは、その瞬間、優しい腕と声を感じた気がしたけれど・・・ほんの一瞬のこと。
夢の中に仕舞いこまれた“記憶”は、彼女の現に浮かび上がることは、ない。
リルフィは、首をかしげ、もしかしてあんた・・・と呟いたきり、まあ、いいでしょうと自己完結した。
リルフィには、その花がどういう性質のものか、わかったけれど。
少女が思い出さない夢の記憶ならば・・・夢の中に眠らせておけばいい。
いつか、現でその“夢”を叶えれば、いいのだから。それまで、“夢の記憶”が少女の心を影から支えるだろう。
「・・・あの王子、かなりスティールに惚れてるのね・・・」
夢を渡って逢いに来るくらいなんだから・・・いや、互いに夢を渡り合ったというべきなのかしら。
「何か言ったリル」
「いいええ、何も。アンタところで早く着替えないと遅刻するわよ」
「え・・・うええっ、もうこんな時間?まずいわっ」
遅刻、の言葉を聞いた途端、騒々しく動き出す少女を見・・・リルフィはため息をついた。色気もなにも、あったもんじゃない。
この様子をディーンが目にすれば、百年の恋も一度に覚めるに違いない、と。
「じゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね、慌てて転ぶんじゃないわよ」
「は~いっ」
元気に家を出る少女に声を掛け、さて、とリルフィは指定席の窓辺に羽を休める。
「夢から何かを持ち出せたなんて、前代未聞よね」
ほ~んと、あの子といると、驚かされることばっかりだわ。
くすくすと、ひそやかに笑いながら、リルフィは少女の机の片隅を見やる。
そこには、硝子のコップに挿された、一輪のあかい花があった・・・。
いつかあなたに逢いに行く。
だからそれまで・・・待っていてね。
あたしが、おとなになるまで。