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栞アバター

佐藤直人に"はなむけ"を 〜栞アバター 麗羅〜

作者: 荒尾ナユタ
掲載日:2026/05/05

深夜二時のコインランドリー「あじさい」。

入り口に置かれた古びた鉢植えの紫陽花は、雨に打たれて色を失った土色に見えた。

土壌の性質で色を変えるその花は、まるで置かれた環境で容易に変質してしまう今の自分の心のようだと佐藤直人は思っていた。


二十六歳のシステムエンジニア。かつて「神童」と呼ばれた輝きは、深夜まで続く単調なバグチェックの海に溶け出し今や濁った灰色だ。テーブルの上には読み返すのが辛くなった『アルジャーノンに花束を』が読みかけのまま伏せられている。


「……僕もチャーリイと同じだ」

知能が退行しかつての自分が理解できなくなる恐怖。直人は自分が手に入れたはずの「知性」という色がゆっくりと抜け落ちていく感覚に怯えていた。

乾燥機が終了を告げる甲高い電子音を鳴らした。

直人は重い腰を上げ熱を持った洗濯物をカゴに放り込んでいく。作業に没頭し、数分間本からは目を離していた。

全ての洗濯物を詰め終え本を置いたテーブルへ戻った直人は息を呑んだ。


「いいの? こんなところに一番大切な友達を置き去りにして」

いつの間に座っていたのか。

そこには漆黒のジャケットを纏った女性が直人の本を勝手に手に取りページを捲っていた。艶やかな黒髪、そして射抜くようなサファイアブルーの瞳。彼女――麗羅は、直人の驚きなどお構いなしに、一瞥して静かに告げた。


「あ、それ……勝手に触らないでくれない?」

直人のかける言葉など聞こえないかの様に麗羅は指先で本の表紙をなぞった。その視線は、直人の足元の汚れや酷く隈の浮いた目元を静かに観察しているようだった。

「これ、今のあんたそのものね。……過去の輝きに囚われすぎて今あるものまで全部を無価値だって決めつけてる。……もったいないわ、そんなの」

「……何を知ってるんだ。君に何がわかる」

思わず声を荒らげた直人を彼女は冷徹に、けれどどこか悲しげに射抜いた。

「わかるわよ。本は読み手に心を開いてもらうのをずっと待ってる。……あんた、チャーリイが最後に何を願ったか忘れたの? 彼は自分が失うものに怯えるのをやめて、もっと大事なものを思い出そうとしていた。……今のあんたに欠けているのは、能力じゃないわ。誇りよ」


麗羅はふいっと視線を逸らすと、ジャケットのポケットから一枚の栞を取り出した。

黒を基調としたシックな地色。そこには驚くほど精緻なタッチで、不敵な笑みを浮かべる彼女自身の姿が描かれていた。

「……これ、あげるわ」

挿絵(By みてみん)

彼女は栞を物語の終盤、チャーリイの祈りの直前のページに深く差し込んだ。そして、閉じた本を直人の方へゆっくりと滑らせた。

「あんたがあまりに見てられない顔をしてるから……この栞は再出発する人への『はなむけ』」

少しだけ、彼女の白い頬が蛍光灯の下で赤らむ。

「……勘違いしないで。私は価値ある言葉が、届くべき人に届かないままなのが嫌いなだけ。本を愛する者としての、ただのプライドよ」


直人が言葉を返そうとした瞬間、自動ドアが開いた。雨は上がっていた。湿った風が入り込み、直人は思わず瞬きをした。視界が開けた時、椅子には誰もいなかった。自動ドアのセンサーは静まり返り、濡れたアスファルトに彼女の靴跡はない。だがテーブルの上には、先ほど彼女が指先で滑らせた一冊の本が確かに残されていた。


(……はなむけ、か)

直人は椅子に座り直した。

ふと入り口の紫陽花に目を向ける。街灯の光を浴びたその花は、いつの間にか土色から深い夜明け前の青色へとその色を変え始めていた。

土が変われば花の色も変わる。ならば自分の心の色だってきっと。彼は祈るような心地で本を手に取った。吸い込まれるようにページを開くとそこには彼女が差し込んだあのクールで不器用な姿が描かれた漆黒の栞が、確かな重みを持って挟まっていた。

直人は彼女が指し示したページに目を落とした。


翌日、会社へ向かう駅のホーム。

いつもなら俯いて歩くはずの直人は、鞄の中にある栞の感触を確かめ、少しだけ背筋を伸ばした。

彼女が言った通り、最後に結末の色を選ぶのは、自分自身なのだと信じて。


佐藤直人にはなむけを。

その栞が彼の新しい物語の始まりだった。


挿絵(By みてみん)

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※現状のアプリは localStorage のみ で動作しているため、以下の制限があります:

❌ ブラウザを変えるとデータが消える / 共有できない

❌ パスワードが平文で localStorage に保存されている(セキュリティリスク回避のため他サービスとのパスワードの共用は避けてください)

❌ 端末を跨いだ同期不可



栞アバター リク

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栞アバター ひまり

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栞アバター Kai

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栞アバター 麗羅

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