魔王城のキッチン
――アナスタシアの墓石を探せ。
魔王城の地下にある書物庫から出てきた遺言状は、確実に魔王の心を動かしていた。
大杉は異世界に慣れてきたのもあってか、率先してひとりでキッチンの掃除をしていた。
ヨミルからの指示がなくて大杉自身が暇になったのが大きい。
居場所をなくした地球には帰りたくないという意識も少なからず残っている。
この世界に居てもいつ殺されてしまうか分からないのが怖いが、魔王の役に立てたならそれで良いと割り切れる自信もあった。
ヨミルはダンジョンの探索を行うギルドと行動しておくべきだと呟いて魔王城の外に出ており、現在は留守にしている。
先日接触したレジスタンスや教導のこともあるのか、地の四天王がいたダンジョンの警戒を強めている。
ヘルライダー大杉を置いてけぼりにしているが、大したことない。
各組織の動きや報告はあとで必ず耳に入ってくるだろう。
一方でナギはというと、読書することに夢中になっており、掃除を始めようとした大杉が声を掛けても応対がなかった。
「しっかし……あれだ、ホコリほんと多いな」
汚れても問題ない鼠色の布を濡らした大杉は、こびりついている汚れに苦戦を強いられていた。
ヨミルは二百年以上も眠っていたと発言があった。
もしもこの頑固な汚れが二百年以上も経過しているとしたら、普通ならば掃除なんて諦めても良いレベルであるが、大杉は簡単には諦めていない。
ただ、あまりにも時間が経ち過ぎている。
汚れが落ちない。
「どうしたものか……」
大杉はため息を吐くと、足音が聞こえてきた。
キッチンに誰かが入ってきのだ。
そして、当たり前のように声を掛けられる。
「新入りさん、お困りのようですか?」
「ええっと……そうだが」
声が聞こえた方向に振り向くと、白いベレー帽を被っている、クリーム色の三つ編みの女の子がいた。
彼女はオレンジのメイド服を着用しており、当然さながらヨミルとは一目で判別できるるくらいの違いがあった。
「誰だ……?」
「アタシは魔獣ヒュドラ卜でーす。……魔王様からのお告げで、なかなか顔を出せなくてごめんなさいネ」
「ヨミルが言っていた、ヒュドラ卜か……」
困惑する大杉は、彼女に対してお辞儀をした。
彼女の背筋がしっかりと伸びており、しっかり者という印象が頭の中を横切った。
魔獣がどうして人の姿をしているのかは謎だが、大杉が好きなアニメや漫画、ゲームには当たり前のように擬人化したモンスターが出てくるので驚くことはなかった。
ヘルライダー大杉自身も似たようなものなので、理解も早かった。
そんな大杉の冷静な姿をみたヒュドラ卜は、大杉を褒め称えようと両手を合わせる。
「アタシが顔を出すと、だいたいのモンスターは怯えてしまうのだけど、新入りさんは凄いネ」
「俺は慣れていますので」
「慣れかぁ、アタシの知らない世界でもあるのかなー」
「そうだな。……俺のこと、いろいろ喋っても良いが、まずは掃除だ」
大杉は手を動かす。
汚れは取れないが、綺麗にすることをまだ諦めていない。
そこにヒュドラ卜が右手を出して、腕を掴んでくる。
「はい、新入りさん。ストップしてくださいナ」
「……どうしたんだ?」
「これからキッチンを頻繁に使うようになるでしょう。それなら新調しようかなと思いましテ」
「新しいものを用意するのか……どうやって?」
「魔王様からのお告がありますよー」
「ヨミルから伝言されていたことでもあったのか……?」
「ご立派なキッチンを作成できる職人が、隣の国に滞在しているらしいのデス」
「ふーん……」
隣国か。
そこに行けってことかな。
肩の力が抜けた大杉は、少しばかり隣国に興味を湧かせる。
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