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波濤  作者: 河崎浩


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波濤(イングランド編)

【タイトル】

波濤(イングランド編)

Background:慶長遣欧使節団~(文禄慶長の役)

時代:慶長一八年九月一五日(1613年10月28日)- 元和六年八月二四日(1620年9月20日)慶長の役伊達藩と朝鮮・朝鮮の奴隷階級の若者



【登場人物】

主人公:兼本甚八郎眞乘(さねのり)(藩主と直接目通りが適う召上・理論派、語学や理論に優れ拳法が出来る。体がデカイ、朝鮮語など各国語が使える、頭脳派)

主人公2:江藤三八郎儀輔(ぎすけ)(一番座で足軽・鉄砲組頭/武闘派、剣術と兵法(用兵)のに優れる。)

副主人公:金本宗右衛門(帰化朝鮮人で元白丁身分。ソウォン、眞乘の配下で士分となる)

村田仁八:伊達藩の眞乘麾下の足軽大将(剣や武術も達者で、料理や刀の修理もできる)

服部稲造(服部半蔵・伊賀者)

ミア(眞乘のフランス人妻)

モリスコ=ニハル (スペイン語morisco)キリスト教に改宗したイスラム教徒を指す名称。

領主ビュルシャール(ツールーズの領主)

リシリュー(後のフランス宰相ルイ13世の育ての親、カソリック司教から枢機卿になるがプラグマティスト)

フランス国王ルイ13世

王立海軍大佐キャプテンサー・ウィリアム・マコーミック

ジェームズ1世 (イングランド王)

海軍大尉(Lieutenant)ケビン・ギルバート

海軍中尉フォークス(故ガイ・フォークスの甥・ロンドン子)

ロバート・セシル (二代ソールズベリー伯)。父は国王秘書長官/大蔵卿

フランシスベーコン(ジェームズ1世の助言者であり、経験主義者でありながら、現実的な選択を好む哲学者)

東インド会社のオランダ人スペックス

フレデリック・ヘンドリック:オランダ総督、オラニエ公。ウィレム1世の末子で、マウリッツの異母弟。

徳川家康

服部半蔵

伊達政宗


【目次(イングランド編)】

(イングランドへ/ブリストル軍港)

(ロンドンへ)

(王宮へ・R.ベーコンとの出会い)

(妻子)

(サン・ジャンス・ド・リュズ港)

(ベーコンの考え)








(イングランドへ)

船長も、今のフランスの状況に関しては、完璧に把握している様であった。

唯、彼とリシュリュー、三浦按針との決定的差は、彼は、未だ内海しか知らず、地中海はおろか、大西洋にも出て行った事の無い、イングランドの船乗りで在った事だった。

そう彼は、イングランドを経由してアムステルダム港に至る、僅か二日余りの航海に於ける、フランス~英国迄の船長な“だけ”で、あった。この船は、ブリストル経由で、そこ迄が、彼の責任。

以降は、ブリストルから乗船するオランダ人船長が、アムステルダム港迄の責任を負う事になっていた。

船乗りの相手は、既に心得ていた侍達は、出港後時を置かず彼ら全員を睥睨できる立場になっていた。

要は、船乗り等は、力自慢であり腕っ節が強い人間の云う事は素直に聞いた。

最も身形が良い三名。その中でも大柄な眞乘に、数秒で伸される船乗り。

彼等が、舐めて掛かった、少し小柄な仁八や儀輔、服部にとって、彼等を組み伏せるのは、赤子の手を捻る様に簡単であった。そして最も年少(経験不足)の、宗右衛門は、殊も在ろうに、船員の一人を船外に投げ飛ばしてしまった。

僅か乗船後、半日に満たない時間であった。

しかも、彼等は、言葉が通じ、身形の良い二名は、二か国語以上を話し、残りの全員が、英語又はオランダ語を解した。故に船長も、以降、彼等を仇や疎かに扱う事は、全く無かった。

彼等の船にある、茶色い焼酎は最初、香りがきついと感じたが、確かに美味い焼酎であり、彼等はそれをウイスキーと称した。

甘いワインや、フランスの酒に少し飽きていた、儀輔や仁八には、嬉しい発見であった。しかもこの船に乗る全員が、フランス人とは異なり、体臭が“きつく”無かった。

仁八が、理由を問うた処、今から向かうブリストルには、程遠くない所に“温泉”が湧いており、湯浴みをするのは、彼等に取っては『普通の行為』であった。

この事実をして、彼等もブリストルに一泊をすることを即決した。

勿論、其の手配(労)全ては、船長以下、船員が調えてくれた。

船長は、ブリストルで一番の宿屋の手配もした。

船員の事前の通告のおかげか?この街で、彼等に、ちょっかいを出してくる“バカな輩”は、皆無だった。しかし、此処はイングランド。

イングランド海軍の主要な基地が置かれている街でもあったので、この見慣れぬ、サーベルを吊るした、異邦人に対し、荒れた気性の、ほぼ海賊に近い海軍軍人だけが、愚かにも挑んで行った。

そして、物の数秒で、彼は、帰らぬ人となった。

挑んだ相手が、既に酔っている、儀輔だったのは、彼の、身の不幸であった。彼の首と胴は、綺麗に分かれて、路上に並び血潮を噴き上げていた。

儀輔ら一行は、船員の手招きで、そんな死体を一顧だにせず、再び、パブ(居酒屋)へ行き、久しぶりの白身魚と芋の料理、それに合う酒を楽しんだ。船員達は、今回の金払いも良い、乗客は、唯者では『ない!』事を改めて実感し、より丁重な扱いに変わっていった。

眞乘の手元に残る路銀は、東インド会社のタワーソンから得た額を含め、まだ十分に残っていた。彼は船長に、東インド会社に関して質問をした。

しかし彼の答えからは、要領を掴めなかった。

翌朝、宿の外に物々しい数の海軍軍人が来る前に、既に。眞乘達は『起きており』宗右衛門と仁八は、朝の鍛錬を終えた後であった。

およそ二十名程度の乗馬した、軍人らしき身形が比較的まともな、大男たちは、既に眞乘一行が、起きており、朝食も済ませ、身形も整っている事に驚きを覚えた。そして眞乘は、この中心にいる人物に英語でこう一括した。

「馬上からの物云いとは、無礼であろう!」

眞乘以下全員は、刀や太刀の鍔に、指を掛けていた。

馬上の英国海軍軍人は、渋々下馬した。

「その方は、何処から来た、何者?名を名乗れ」

と下馬した尤も年嵩の軍人が眞乘に言葉を掛けると同時に、儀輔の持参した、もう一振りの、打刀(居合刀)が、彼の帽子の飾りを

『見事』に、二つに割いた。この軍人は『瞬き』すら、できなかった。

「其の方。無礼であろう、人にものを尋ねる前に、自らの氏素性を詳らかにするのが、イングランドでも礼儀と聞いておるぞ」

眞乘の英語は、彼等を驚かせた。多少の訛りはあっても、完璧であった。

そして畳みかけた。

「お主らの所業は、海賊行為と聞き及んでいる。まるで盗賊以下とも聞いておる。昨晩、儂等が乗船した船長の持成しを受けている、最中に乱入した其処下の、仲間然り、故に我々は、海賊に対応する対応を採った迄、何かご不満は、あるかな?」

眞乘の英語は、よどみなく美しかったが、高圧的であった。

宿の宿泊者、付近の住人、そして昨晩の船員の一部も起きてきて、この遣り取りを聞いた。

既に、街の半数が、海軍軍人が、昨晩パブに来た異邦人に対し“無礼を働き”逆に返り討ちに会い、真っ二つにされた事件の概要を粗方知っていた。

二十名程の海軍軍人の中で、若い者の数名は、この余りにも無礼な言い様に、抗議しない、部隊長を睨みつけた。

が、帽子の飾りを真っ二つにされていた彼は、それどころでは無かった。しかし昨晩の事実を質す事を求める若い連中の勢いで、来ざるを得なかったのだ。

『インドの再来だな』服部と仁八は思った。

こう言った時は、儀輔に任せ、眞乘が巧く収める。

それが彼等の筋書きである。

『そう、隙だけは、作らずに居よう』

眞乘、儀輔以外の全員は、一致して考えていた。故に、全員、鍔に指先だけは掛けていた。しかし軍人達には、そうは、見えなかった。この異邦人は、舐めている、故にリラックスしていると。

基本、英国の海軍、いや海賊は、新大陸のインディオに近い形相の彼等を、同じ程度の実力として舐めていた。

身の不幸がまた一つ増えた。左端に居た血気盛んで、実戦を『経たばかり』の若者の正面に居たのは、宗右衛門であった。

彼は、サーベルを抜き、侍の中で最も歳端が行っていなさそうな、宗右衛門を襲った、が、その前に、彼に躱され。宗右衛門の師匠である儀輔の一括が飛んだ、

「今だ」

宗右衛門は、腰の打刀を抜き、つんのめる彼を“真っ二つ”にした。

即死であった。首を転がせた、最も若い宗右衛門の所業は、来ていた英国軍人の態度を改めさせるのに充分であった。そして、群衆の彼等を見る目も、変わった。

『昨晩も同じ事が、目の前であったのか!』群衆は実感した。

宗右衛門が、懐から懐紙を取り出し、刃先の血糊を拭き取り、刃毀れ等一切無い事を確認した上で、刀身を鞘に納めた。宗右衛門に採っては、初めての人を殺めた経験だった。

「よし」

儀輔は宗右衛門に、囁く様に、相槌を打った。

「私は、イングランド海軍のマコーミックと申します」

真ん中の尤も年嵩の軍人は、考えうる尤も丁寧な表現で自己紹介をした。

「この度は、我々海軍軍人が、何も知らず、ご無礼を働き、ご容赦下さい」

当初は、彼等の来航目的などを詰問する予定だったが、内容は、すっかり謝罪に変わっていた。

「して彼奴の処分は」

『今だ!』と叫んだ身形の良い儀輔が、畳みかける様に、且つ、無作法に尋ねた。

「昨晩と同様に、当方で処理させて頂きますので、何の気兼ねなく」

マコーミックは、一杯一杯だった。

その右側(向かって左側)に控えていた軍人が、その言を引き取って、自己紹介をした。

「私は、イングランド海軍のギルバートと申します。もし差し支えなければ、差し障りのない範囲で、当地へ、ご訪問頂いた理由等をお聞かせ願えれば有難いのですが」

「確と其れだけか?」

服部の言い様は、もっときつかった。

「Yes Sir」

としか、ギルバートは、答えられなかった。全員が、彼等には、敵わないと確信が持てていた。

「昨晩乗ってきた船の、船長からこの近くに良い温泉があると聞いたので、其処に立ち寄らせて頂こう」

「それだけじゃ」

服部は、畳みかける様に言い放った。

正直、彼等もShall 等の丁寧な英語表現をよくは、分からなかった、結果、彼等の言葉は、キツく、且つ、ぶっきら棒で、高圧的に、彼等には『聞こえた』。

しかも海軍軍人と地元民の英語の意味が分からない時は、遠慮なく

「言い返せ」

「ゆっくり分かるように話せ」

と言う言葉が、各々の侍から出たので、完全に彼等の口調は、命令調に、聞こえていた。

「では我々がエスコートさせて頂きます。ここからは、馬で三~四十分で到着出来ます」

「エスコート?なんじゃそれは?」

儀輔が、言い放った。

「道案内をさせて頂くという意味です」

ギルバートは、おずおずと、答えた。

「うむ」

侍達は、お互いを見やり頷いた

「して刻限は?」

「皆様のお支度や、馬の準備に、お時間を頂ければ」

「よかろう、では半時ほど時間をやろう」

英国人達は、この『半時』と言う時間の概念が、分からなかったが、とにかく急いで基地に戻り、馬の支度をする、その前に、目の前に横たわる同僚の死体の処理をする必要が、あった。

道中で、この異邦人の武人達の乗馬センスは、我々と遜色が無い、いや我々以上に巧い事に、彼等は、驚いていた。仁八は『温泉』と言う言葉に、既に我を忘れて馬を飛ばしたい気持であったが、服部は、この英国軍人の態度を道中でしっかりと観察し、彼等が我々に『慄いて(おののいて)』居る事を見逃さなかった。

当に此処で、『骨休め』が出来ると直感していた。十五分程度で到着し、案内された温泉は、かなり古いもので、故に相当汚れてはいたが、確かに温泉で在った。

然るに、儀輔は、エスコートした軍人に命じて『整備』をさせた。

(本人は依頼した『つもり』であったが、英国軍人にとっては、それは『命令』以外の何物でもなかった)

当地は、古くから知られた場所らしく、周囲に適当な宿舎が、あったので、今晩は、此処に宿泊する事にした。と言うより、それからが、ギルバート以下十数名の海軍士官にとっては質問(彼等に取って、最初は尋問に等しく感じられた)の時間であった。

驚いた事に、連れのインド人?らしき人間と、ある程度英語を解する、部下の武人(仁八)は、料理もこなし、宿屋で提供した夕食を勝手にアレンジし、彼等の口に合うように変えていた。その武人曰く、当地の飯は、隣国のそれに比べ、相当『まずい(BAD)』だ、そうであった。

彼等に取って『口に入れば』さして変わらぬ『栄養源(Energy to live)』に対し、何故?その様な事に『拘るか』が、理解できなかった。ただ、宿で用意された酒に関して彼等からは、文句は出なかった。

まずは、彼等が、カソリックか否か。と云う事を聞かれ、当然『NO』と答えた。

次に東インド会社なる物の存在や所在を知っているか?と、聞かれたが、幸運な事に、居合わせた内の何名かは関係者であった。ここ迄は、彼等の機嫌は、悪い様には見えなかった。

総じて当地は、隣国より環境が厳しい。要は、寒いので、此の武人等が、最初に取った行動=湯船に浸かる。とかは無かったが、今は夏なので、総じて湯をかぶり、体を拭う事は、珍しくは無かった。

しかし飯の事になると、何故?此の様な『不味い物』を『平気で食せる』のかで、口論が起きた。

我々は、不味いとは思わなかった。しかし彼等に言わせると、もっと『まともな食材』が、用意できないのか?とか、味付けが、彼等の中の最も若い者の故郷とそっくり、いや以下である(これは悪い意味で、と云う事が、言葉の言い様で理解できた)と言う口論が、彼等の中で起きていた(様である。と、言うのは、彼等は、酔いが進むに付け、母国語で話を始め、我々には、何を言っているのかが、理解できなかった)徐々に、彼等の中で口論が言い争いに変わり、下手に首を突っ込む事は危険と感じられた。

英国軍人は、この場を如何に、穏やかに、離脱するか?を考え始めていた。

唯、その中でも、比較的素面に近い、彼等の中で、最もまともな言葉を話す、身形の良い『武人』が、最後に訊ねて来た。

「ロンドンと言う街は、此処から遠いのか?」

そして我々が

「元英国海軍軍人で船乗り(航海士)のウィリアム・アダムスと言う人物を知っているか?」

と言う、下問(と彼等は受け取った)が出た。良いチャンスだった。

「元海軍軍人ならば、基地に、記録が残っているはず。」

明日、早速調べたいので、この場を退散させて欲しい。此のリクエストは、すんなり聞き入れられた。

宿を離れ隊舎に戻る前に、宿の主人に『此処の支払いを済ませよう』と、尋ねた処、既に、あの異邦人は、必要にして『十分、過ぎる』支払いを済ませていた。

かの異邦人達は、かなり高貴な階層と、彼等は、誤認した。

翌朝、再び宿に戻ると、彼等は、既に風呂を楽しんだ様で、身なりを整え、我々を待ち受けていた。

宿の主人によると、朝食も取らず、街の人間を驚かすようなエクササイズの後(結局、彼等は、持参したモノを自炊して食したようだが)風呂に行き、身形を整えたようであった。宿の主人には、馬の世話のみが指示されていた。

其のエクササイズを目撃した街の人間は、完璧に彼等に威圧されていて、馬に乗り戻る際には、街の住人の殆どが、見送りに出ていた。

が、彼等は、街の住民を一瞥し睥睨した将軍の様に振舞った。

ブリストル軍港の海軍事務所に入ると、昨日、狼狽えていた(様に見えた)マコーミックは、打って変わってスマートに素早く席を立ち直立不動の姿勢で、一行を迎えた。

眞乘は、何も言わず、用意されていた、その席に『当然』とばかりに付くと。各々に椅子が用意された。要は、上座に侍とニハルが、下座に海軍軍人が付く感じで部屋は、静まり返った。

侍達は、腰の太刀を外し、股の間に太刀や打刀を据え、石附を支点に使(つか)を持ち控えた。

しかし腰の脇差は、そのまま腰にあった。

水兵らしき一段身形の悪い人間が、ガタガタと震えながら、茶を用意した。昨晩、自らをギルバートと名乗った軍人が、一冊の良く装丁された本を眞乘の前に出し、ページを捲り、或る一点を指さした。其処には、アダムスの住所と年齢などが控えてあった。

仁八は、茶と共に供された『乳』が相変わらず好きになれず、この渋い茶を一口すすった。

ニハルは、仁八が、ミルクを必要としない事を見定めて、カップにミルクを注ぎこみ、腰の笄(これは、宗右衛門が最初に美亜の家で作った小刀の様な物だった)で、器用にミルクをかき回して、すすった。

眞乘以外の侍も、仁八同様にミルクを入れなかったが、宗右衛門だけは、試しに、ニハルの入れた量の半分だけミルクをカップに注いでみた。

「おお!」

宗右衛門は、皆の眉間に皺が寄っていた位、渋い『茶』が、美味く変わる事に驚いた。

「如何した?」

眞乘が小声で尋ねると

「殿様、この『乳』を少し入れた方が飲み易いかと存じます」

宗右衛門は、伺候して答えた。

「左様か」

眞乘も、宗右衛門を真似て少し、茶に乳を加えると

「おお!」

と声を上げた。

この遣り取りを見て、マコーミックから、『同じ人間』。と、彼等に対する違和感や恐怖感が少し失せた。

そこでマコーミックは、改めて自己紹介を兼ねて、本来の目的を再度尋ねた。

「ジェネラル(眞乘の名前が分からないのでそう呼ぶ事しか思いつかなかった)」

マコーミックは、恭しく眞乘に訊ねた。

「私は王立海軍の大佐キャプテンのサー・ウィリアム・マコーミックと申します。宜しければ将軍ジェネラルのお名前、如何に?お呼びしてよいかをお教えください」

「サー・とな?」

儀輔が、横から尋ねた。

「はい、一応私は爵位(Rank)を持っております」

マコーミックは、儀輔の方を向き、やはり恭しく答えた。

「では、家族名は何となす」

次に、眞乘・儀輔とは異なり、腰に、サーベル(打刀)を刺していた服部が、質した。

「はい、マコーミックが氏になります」

マコーミックは、眞乘の反対側に座る、服部の方に向き直って、やはり恭しく答えた。

彼等は、『全員、英語を解する。』脅威であった。

今迄、聞いていた、東方に住む人間は、基本蛮族で在り、未開の非文明人と言うのが十七世紀初頭迄の欧州の常識であった。しかし彼等は異なる。我々より、進んだ文化、文明を持つ人種である。と確信した。

其の上、かなり腕が立つ『戦士』でもある。事は実感していた。

「よかろう。マコーミック殿」

眞乘は、ゆっくりと話し始めた。

「まず我々が、当蛮地(敢えて、眞乘は、ここを蛮族の住む未開地・Barbarian area・と断じた)から送り込まれてきた、貴様ら、蛮族の一派である『スペイン』が、カソリックと言う呪術を弄し、我々を洗脳し、我々の住む、神聖なる国土を、不法に占拠しようと言う悪辣な企みを持っている事実を知った。」

マコーミック以下、眞乘の下座に控えていた軍人達は、眞乘の言い様に対し、気色を成すのを、侍達は見逃さなかった。儀輔と服部は『笄』を手にして、ことあれば、めぼしい相手を倒す事を想定していた。

「しかし、残念ながら、我々の仲間は、カソリック宣教師なる輩の術中に嵌り、篭絡された。そしてローマと言う呪術の中心地に、使節団を送り込んでしまった」

「彼等の洗脳を解き、救出に来たのが、我々の目的である」

マコーミックは、彼の説明の明瞭さ故に、理由は、理解したが、彼等イングランドを見下す様な眞乘の言質には感情が先走った。

「ではスペインに居る、お仲間の救出が目的なのですね?で『誰』が『悪辣な企みを持っている』と断じたのですか?」

「貴様の国から流れ着いたウィリアム・アダムスじゃ」

服部が、眞乘に代わって答えた。

「それと、オランダのヤン・ヨーステンもじゃ、奴が、この蛮地迄の水先案内人であったが、当地への航海中事故で、亡くなった」

儀輔が、英語で淀み無く答えた。

「儂等は、ウィリアム・アダムスから、彼の家族が、当地のロンドンと言う街に居る。と聞いておる。故に、お主等に、貴奴の家族の『所在』の確認をした迄じゃ」

眞乘の態度は、宗右衛門の知る眞乘の実像とは、別人格の様に高圧的で威圧感が、あった。儀輔に関しては変わらんと、感じていた。

しかし殿様以下、皆様の腹の内は、理解できた。

「左様でしたか」

マコーミックは、安心した。この異邦人の武人は、カトリックに『敵対する人種』であることが、はっきり分かったからだった。

「我々を海賊呼ばわりするのは、そのスペイン人です」

「あ!申し遅れました海軍軍人のケビン・ギルバートと申します、官位は大尉(Lietenant)であります」

ギルバートは、常時、直立して答えた。

「其の方の氏は、ギルバートだな」

眞乘は、相変わらず高圧的に質した。

「Yes sir」

ギルバートは、直立したまま答えた。

「宜しければ、将軍ジェネラルのお名前、如何に?お呼びしてよいかをお教え下さい」上官の質問に。異邦人が、答えていない。と考えたギルバートは、再度質問を返した。

「拙者は、兼本甚八郎眞乘(さねのり)である。右に控えしは、江藤三八郎儀()(すけ)、左は幕臣の服部稲造殿じゃ」

「では、ジェネラル眞乘とお呼びすればよろしいのですか?」

「無礼者!(contemptuous/コンテムプチュアス)」

横から仁八が含み笑いを堪えつつ、しかし鍔にしっかりと指を掛けた臨戦状態で、怒鳴った。

『此奴、難しい表現を何時学んだのじゃ?』眞乘は、面白がった。

「判るか?その方達、野蛮人の間では、与えられた名が、先に来るのや、かもしれん、が!文明国では、親や上司以外が、与えられた名を読む(呼ぶ)事は、無礼である」

仁八は、したり顔でギルバートを睨みつけた。

仁八も、ギルバートより上の存在であることを、先ずは示した。

朝食の支度等を見ていた、奴に、何でも出来る重宝な部下と、侮られる事を回避したかった。と同時に、宗右衛門は、笄をいつでも投げられる構えを見せていた。

ニハルは、侍達の意図が、はっきりと示されたことで、今後、彼等は、どう動くのか思考し始めた。

てっきり、仁八と宗右衛門は、彼等の従者で在り、実力はあっても、ランクは、自身等より下だろうと、甘く考えていた、周囲の海軍士官達は、この言葉、しかも、非常に洗練された『単語(英語)』を使う彼にも、敬意を払うべきことを悟った。

「ご無礼致しました、ジェネラル兼本」

ギルバートは、恭しく片膝をつき首を垂れた。

「それが、そこもと達の作法か?」

服部が、顎でギルバートの姿を指し、軽く質した。

「Yes sir」

ギルバートは、そのままの姿勢で答えた。

「ところで幕臣とは、どの様な意味でしょうか?」

ギルバートは、そのままの姿勢で質問した。

「その方達に、日本(ひのもと)の官位を説明するには、余りにも時間が少な過ぎる。要は、王直属の家臣という事じゃ」

眞乘が、助け舟を出した。この様な、複雑な概念を簡単に英語で説明する能力は、流石に彼等には無かった。

「我々が尋ねる事にのみ、応えよ」

眞乘は、やはり威厳を持った言い回しで彼等に下命した。

「はっ」

ギルバート以下、其処に佇む全海軍士官が答えた。

「よかろう。では尋ねるが、おお!其処(そこ)下達(もとたち)、座って構わぬぞ!」

海軍士官は、ほっとした表情を浮かべた。

この間、彼等は、恭しく片膝をつき首を垂れたギルバート以外は、マコーミックが、直立不動の姿勢を取り続けている関係で、全員、椅子に座らず直立していた。

「して、ロンドンと言う街は、ここから遠いのか?」

眞乘は、尋ねた。

後ろに控えていた、比較的若い士官が、立ち上がり、直立不動の姿勢で、答えた。

「はっ、海軍中尉のフォークスと申します。私は、此の中で唯一のロンドン出身者ですので。申し上げます」

『偉く丁寧な、物腰になったな』儀輔は思った。

「ここからですと、馬を飛ばせば、半日とは掛かりません。唯、私の叔父が、ロンドンで事件を起こしましたので、私は、今ロンドンに入る事は、ままなりません。」

ギルバートは、彼の言葉を引き取って説明を加えた

「彼の叔父は、皆様の忌み嫌う『カトリック』の一派でしたので、国の転覆を企て、此の『悪企み』が露見した結果、三年前に処刑されました。しかし彼は、れっきとした優秀な海軍士官で在り、且つ『国教派』ですので、ご安心ください」

「『国教派』とな?なんじゃ?それは?」

服部は、尤もな質問をした。

「はっ、『国教派』とは、反カソリックの人間を指します」

「左様か」

眞乘達は、『国教派』の連中は『信用』しても構わないかも知れない。と感じ始めた。

「ではロンドンに私が同行いたしましょう」

マコーミック大佐は、やおら切り出した。

「はい。其れは、良い判断だと考えます。マコーミック大佐は、ロンドンのセシル卿の、叔父筋にあたりますし何かと便宜が図れると存じます」

ロンドン子でもあるフォークスの言葉は、明瞭だった。

「座っても良い。処で、セシル卿?何者じゃ素奴は?」

服部は、もっぱら役職や官位等、人物の立場に関する質問に徹した。

「はっ、我が兄、卿の父上は、我が国に於ける、秘密警察長官でもあり、大蔵卿と言う『国の財政』を『舵取りする大臣』でございました。今の卿は、その御長男にあたります。」

再び、立ち上がって説明しようとするフォークスを制しギルバートは、座ったまま。しかし声高に答えた。

「秘密警察長官(Chief of  Secret police)とは、何ぞや?」服部は、続けた。

ギルバートの説明は、簡潔で分かり易かった。要は、この国の大目付であり、ロンドンの町奉行に当たる人物と、マコーミック大佐は、卿の親代わりでもある事が解った。

この道筋は、ウィリアム・アダムスの家族を発見するのに役立つだろうと言う計算が出来た。

「今から、私が本件の依頼を認め、ロンドンの卿の途へ送ります。返書は、多分明日には返って来ると思いますので、もし差し支えなければ、皆様には三~四日当地に滞在して頂く事は叶いませぬか?」

マコーミック大佐の物言いは非常に、穏やかなものに変わっていた。

「儂等は、構わぬが、ブリストルから乗船する、オランダ人船長の意向が分からぬ。勿論、其奴の名前も知らぬ。儂等は、その船に乗り本来、当地では無く、オランダのアムステルダムに行き。日本に帰国するのが目的じゃ」

眞乘の言い回しも、高圧的ではなくなっていた。

「その程度で介在を其方等に頼めるか?」

「Yes sir」

大佐は、中尉に目配せをした。各自は目配せをし、該当人物の目星をつけ始めていた。

「儂等は、当地に、長居をする気は毛頭ない」

此れは、服部の本音でもあった。しかし、この言質は、彼等に、“安堵感”をもたらせた。

「はい、大至急調べ上げ、御報告させて頂きます」

ギルバートは、座ったままの姿勢で答え、やわら立ち上がった。

ブリストルで一番の宿屋は、この金払いが良く、手間の掛からない、しかも強い彼等の再度の、長くなりそうな投宿を歓迎した。しかも今回はバックに海軍ロイヤルネービーが付いている。万全であった。

「ニハルよ」

服部はニハルに対し、停泊中のオランダ船に、予定通り乗り、一足先に、アムステルダムに行き我々の到着の下準備を命じた。ニハルは、アムステルダムからならば、地続きで、故郷に戻れる算段が在ったので。快くその任を引き受けた。

仁八は、早速、食料調達と街の探訪を兼ねて、釣り針をブリストル港に垂らした。侍達は暫しの間この国の観察。とは言えアダムスの妻子に彼からの言伝を伝えるまでの間の逗留を決めた。

仁八は到着時に、種類は解らなかったが『鱈』に似た、白身魚を何か?粉の様な衣を付け、揚げて来た物を供されたことを忘れておらず、少なくとも何がしかの白身魚は、この辺りで、釣れる事を確信していた。


(ロンドンへ)

英国海軍の仕事は早かった。アダムスのロンドン在住の妻の名はメアリーと言い、彼等にはデリバレンス息子ジョンが、存命で、息子は海軍士官学校に在籍している事が解った。その息子を伝手に、マコーミック大佐が繋ぎ、夫人のとの面会に日時が策定された。場所は、ロンドンにある、セシル卿の屋敷と定められていた。猶予は今日から三日後、英国に到着して、既に二週間目であった。

眞乘は、早速、ウイリアムの手紙と、彼から託された十両分の小判を確認した。

当時の英国の貨幣価値だと十万ポンドは下らぬ大金であった。しかも油紙に包まれた、彼から託された手紙は、金箔で縁取りされた奉書紙に認められており、この紙の価値だけでも、当時の英国では、王侯貴族に充てる手紙より貴重な物であった。

彼には、既に江戸に妻子がおり、帰国する事は、もう敵わぬこと、その為の侘びと、この金子で、ロンドンに残された家族の生計を立ててほしい旨が、簡潔に認められていた。

勿論、彼の地位は、英国海軍軍人や航海士だった頃には、想像できなかった位に、上がり、今では、王様(将軍)の相談相手になっている。王侯貴族並みである旨も、認められており、残された家族に身を案じる事は『無い』と言う件も、認められていた。

この手紙の内容や、渡された金額は、この場を提供した、若いセシル卿の興味を大いに引いた。しかも事前に彼は、叔父であるマコーミック大佐から、この手紙を託された東洋人の戦士の実力を、認められた依頼書から十分に知っていたので、彼等自身に関しても、非常に興味があった。

従って、家族に渡すモノを渡した上で、帰国の段取りをとっとと進めたい、服部の思惑は、見事に裏切られ、その晩以降、彼等には、セシル卿の館に、部屋と専属のメイド(女性の見張り)を与えられ。足止めされる事となった。

そもそも、彼等は、粗方、英語を解せたと言うのが、セシル卿にとっては、好都合な事実でもあった。又、仁八の好む、沐浴的な習慣が、当地にもあり、彼等が、フランスで作った入浴設備よりは、小振りだが、お湯を使って、しかも石鹸が、気軽に使える環境が整えられていた。これらの準備や世話は、セシル卿が、彼ら一人一人に付けた、メイドの仕事であった。其の上、仁八の料理の腕は、彼に付いたメイドの口伝により全メイドに行き渡り、不味くて有名な、英国料理の質的向上をこの館内で、しかも僅かの間で、成し遂げた。

この屋敷に投宿し始めて二日目の事であった。彼等は、総じて妻帯者という事もあり、且つ、侍でもあったので、紳士的にメイドには接した。

その事も彼女達の、心を開かせ、中でも、仁八の調理技術の前に、彼女達は、この異邦人達に素直に敬意を表して接した。

『今迄、旦那様の連れてきた、どのような客人よりも素敵だ。』と言うのが、総じて彼女らの侍に対する評価であった。

仁八は、宗右衛門を連れ立って、彼等付きのメイドと共に、ロンドンの市場と言うモノを見学しに行った。どのような商人が居て、どのような商いをし、街に活気はあるのか?

どのような食材が、この市場で調達可能であるかが、仁八の興味の中心であり、宗右衛門にとっては、ツールーズの街の様な『書籍』の存在が興味の的で会った。しかし彼等の目論見は、脆くも崩れた。

当時のロンドン。首都とは言え、江戸の街はおろか、仙台の街よりも不潔で、日が差さず薄暗く、荒っぽい男たちがその場(市場)を仕切っていた。

大阪を知る彼等に取っては。軽食を提供する食堂すら『見当たらない』この様な不潔な場所で、日々の食料を、この様な女性が、苦労して調達している事実が、信じられなかった。男達が、話している言葉も、多分“英語なのだろうが、ほとんど意味不明な言葉に受け取れた。

故に、彼等からしたら『妙な』身形をした、しかし、彼等よりは、小柄で、遥かに清潔な身形をした、この異邦人の存在は、格好の攻撃材料(金蔓)であったのだろう。

しかも、財布を握って居そうな連れは“女”だ!

先ずは若い?カッパライが、先頭で先導するメイドを襲った。が、彼女のすぐ後ろに居たのは宗右衛門であった。

宗右衛門は、カッパライが、彼女の篭へ伸ばした腕を“ものの見事に『捻り上げ』地面に彼を打ち捨てた。

それが合図だった。悲鳴を上げた、その男の傍にいた大男は、宗右衛門の袖口を掴み掛ろうとしたが、徒労であった。

彼も同様に、間髪を置かず、投げ飛ばされていた。

後ろに控えていた仁八は『拙い(まずい)』と思った。が、既に指先は、脇差に掛かっていた。しかし彼の背後から、襲い掛かって来た人間は、哀れにも、その脇差で脳天を割られ、即座に絶命した。それが全てで在った。ほんの数秒。あっという間に殺された仲間の骸は、効果覿面で、誰も彼等を襲おうと考える人間は、居なくなった。

と言うか『蜘蛛の子を散らす』とは。この為にある言葉の様に、襲い掛かろうと算段していた男達は、雲散霧消した。その様な時、やっと、警察らしき騎士が、現れた。

彼等の英語は、両名にも理解が出来たが、彼等に助けられたメイド(侍女)達は、事の経緯を話すと共に、彼等がセシル卿の客人で在る事を説明すると、仁八達は、何も咎められる事無く解放された。しかし今日の食料の調達の作業は残っていた。

仁八は、馬上の騎士たちに黙礼すると共に、懐から懐紙を取り出し、未だ鞘に納めていない、脇差に付いた血糊を拭き取り、地べたに捨て、脇差をいつも通りに鞘に納めたが、その様は、この騎士達に、この異邦人は、尋常なく強い事を悟らせ、周囲に居た、身形の汚い子供達は、我を争って、その血糊の付いた懐紙を拾おうとした。

宗右衛門に、腕をへし折られた若いが壁際で気を失っている大男、2名のカッパライを縛に付ける為に。一名の若い方の騎士が馬から降りると、捕縛用の縄で締め上げるのに苦労をしていた。

見かねた宗右衛門は、ササッと両名を締め上げると

「これで構わないか?」

と英語で、この若い方の騎士に話しかけた時の、騎士たちの驚き方は尋常では、無かった。が、メイド達は、口元を隠しながら、笑わずにはいられなかった。

そう、彼等は、メイドから普通にこの場所の説明を聞きながら、屋敷からやって来ていた。

「しかし臭いな!」

仁八の感想は、これに尽きた。

彼等は、一刻も早くここを離れようとした。が、奥からか、恰幅の良い女が現れ、何やらメイドたちに訴えていた。

「なんじゃ?」

仁八は質すと、メイドは

「この女がお礼をしたいそうです」

と答えた

「何故じゃ?」

「このならず者の一派は、此の市場を暴力で支配していた、その暴力から皆様が、救済してくれた事に対し、お礼をしたいそうです」

メイドの答えは明瞭だった。仁八は、よくこの言葉が、理解できるとメイドを感心して見ていた。

「で、何を?」

自然な質問だった。

「一杯、御馳走をさせて欲しいそうです」

「一杯とな?」

仁八は、周りを見渡した時に気の利いた『飯屋』らしきモノを認識出来なかったので、その言葉に訝った。

しかしメイドは、

「あそこの『タバーン(TAVERN)』に行けば分かります」

と仁八を誘った。

供された琥珀色の酒は、今まで飲んだモノとは、全く異なった酒であった。非常に口当りが良く、出されたつまみにも、合った。

「この白身魚は、どの様にして作るのじゃ」

この英語は、恰幅の良い女は理解したらしく、彼女は、仁八の袖を引き、厨房へ誘った。「おお!」

そこには川魚が大量に居た。メイドが、言うには、ロンドンの中心部にはテムズ川と言う大河が流れており、其処で採れる魚だ、そうだった。しかし高温の油で、衣を付けて揚げたから良いが、そのままでは、臭くて食せない事を、仁八は一目で見抜いた。

彼は、(たらい)な様なモノが用意できるかを尋ねた。

可能との答えを得て、彼は、その盥に真水を貼って持参するように命じた。その間、其処に横たわる、魚の中で未だ、絶命していない魚をより分けた。盥に水が貼られたのを確認して、その絶命していない魚を選り分け放り込んだ。魚達は、かなり弱っているらしく、当初、横になって、エラをピクつかせていたが、仁八が、二杯目のエール(この琥珀色の酒を彼らはエールと呼んでいた)を飲み干す頃に、魚たちは、盥の中でかすかに泳ぐようになっていた。

「良いか、猫に襲われたり、逃げ出す可能性が在るので、上に隙間を開けて蓋をして適当な場所に一晩寝かせろ」

「明日またここに来る」

仁八は、そう言い残し、恰幅の良い女に黙礼をすると、タバーンを後にした。

メイド達は、仁八が、明日この魚を使って料理をすると確信していた。

仁八は、江藤様(儀輔)に、此の酒を紹介せねばならない。と心に決めていた。此の酒は、本邦でも、支那朝鮮でも、ましてや、フランスでも味わったことのない物であった。

しかも美味かった。『この国に来た甲斐があった』仁八は心の中で呟いていた。帰りに、仁八が手を掛けた骸は、モノの見事に、跡形なく片付けられていた。

その日の夕食は、明日魚が入手できる。と言う算段の下、仁八は、手持ちの最後の干物と炭で、焼き魚を振舞った。この匂いで、近所中の猫が集まって来たのは言うまでもないが、最初、訝っていた、メイド達は、仁八手製の、箸で串刺しにした、生まれて初めての、干した海の魚を食し、感動していた。

明日は、もっと凄い物が食べられるかも知れない。料理が出来るだけでなく、頼り甲斐のある仁八。その女性たちの中で、彼の人気は不動のものとなっていた。

「江藤様」

儀輔は、メイドが、寝所まで運んでくる、英国式の朝食が、すっかり気に入っていたが、今朝は、専属のメイドの後ろに、仁八と彼付きのメイド。そして。宗右衛門達が彼の寝所に、まかり越してきた。

「なんじゃ?宗右衛門の稽古の刻限には、まだ早かろう」

眠そうな顔をした儀輔は、煩そうに仁八を見やった。

「はっ、街の市場で、お気に召す飲み物を見つけました」

「ン?飲み物とな?酒か?」

儀輔は、仁八が探してくる良いものは、腹に溜まるモノに違いないと踏んでいた。

「如何にも」

当然の答えで会った。

若いセシル卿が、主に話し相手にしていたのは、眞乘と服部殿。然るに自分は無用の長物、と惰眠を貪っているつもりだったが。仁八の提案は、聞き捨てには出来なかった。

「佳かろう」

昼過ぎに仁八と宗右衛門に儀輔が混ざり、総勢六名(三カップル)で市場に出かける算段が纏まった。仁八は、昨日の脇差以外に、フランスで余った鉄を使って、出刃包丁のようなものと、匕首を腹に持参していた。彼はフランスの鉄で自作した、此の出刃包丁の試しをしたかったのだ。匕首は魚を捌くためには使えたが、匕首だけでは魚を捌く(下ろす)のに手間がかかった。

先ずは、タバーンで清水に晒しておいた、魚から土気が抜けていることを確認した。残念だが四匹中一匹は、盥の中で浮いていた(死んでいた)。これは生で魚を食えない事を意味した。死んだ魚を匕首で三等分して野良猫に呉れてやり、生き残った魚の内、弱り気味な一匹をまずは、取り出し、鱗を外し、三枚に捌いてみた。フランス製の出刃はなかなかの切れ味を見せた。切り身に鼻を寄せ、臭いを確かめたが、やはり川魚、一晩でこの臭みを抜く事は無理があった。醤や味噌が用意出来ない此処ロンドンでは、此の切り身を処理するは、塩が中心となる。

塩を一口舐め、地元のモノより塩味が強い事を確認し、上から切り身に振りかけた、それを一枚は、干し魚にし、背骨部分は、コツコツと小鍋で煮出し、右の切り身には、マルセイユで調達できた乾燥させたワカメと、セシル卿邸の台所で見つけた生姜ジンジャーを匕首で薄切にしたものをはさみ、一杯のエールを飲み干すまで放置していた。

「如何ですかな?このエール成る飲み物は?」

仁八は、台所から、儀輔に質問した。

「美味じゃ!」

儀輔の飲みっ振りが、それを示していた。彼には、エール以外に、仁八が手を加えたタバーン名物のフィッシュ&チップスが供されていた、メイド達は既に見慣れた景色であったが、これを器用に、箸でつつく様は、タバーンの女主らしき、『恰幅の良い女』を惚れ惚れさせた。彼女は甲斐甲斐しく、儀輔の世話をしたかったのだが、彼の一言

「済まぬが、少し臭うぞ、お主」

の一言で、彼女は、出端を挫かれた、そういえば、彼等やメイド達は、風呂をマメに使用しているらしく、しかも、この異邦人の衣服からは得も言われぬ『香』の匂いが立ち込めていた。昨日も仁八が帰った後の台所で、それを彼女は、実感していた。

仁八は、小半時経った、〆て置いた魚を半分に裁ち、ハラミ部分が残る一片を同じ様に油で揚げ、もう一片を骨で取った出汁で煮てみた。魚の切り身は格段に臭みが消えていて、酒抜きでも味が感じられた。

メイド達は、ジンジャーの味がしっかり感じられるこの『臭み』の抜けた揚げフィッシュに感動していた。

脂身の無い肉厚のある部分だったので『煮崩れ』は、しておらず、形を留めていた切り身を、箸で器用に切り分け、仁八は、試食してみた。これに少し塩を加え、儀輔の前に供してみた。普段食う、煮魚に比べ、魚の色が、しっかり残る煮魚と感じたが、これは、フランスで飲んだ“ワイン”に合う味だと、儀輔は感じた。宗右衛門も、唐辛子チリペッパーを少々、加えて煮込むべきか?と、感想を素直に述べ、控えていた女性陣に、英語で、今までの『やり取り』を説明した。

魚に此の様な調理法や“下拵え(したごしらえ)”の必要性が、ある事を知った、其処に居た女性陣は、改めてこの異邦人を尊敬の眼差しで見つめていた。儀輔の出刃包丁は、恰幅の良い女にとっては、今迄、自分達が使っていたナイフとは全く違う、形をしているが、非常に使い勝手が良さそうなナイフであった。彼女の眼差しを感じた、仁八は、これは、フランスの地で、フランスの鍛冶屋に作成させたモノだ(実際は、殆ど仁八と親方によるものだが)と説明した。

控えていた恰幅の良い女は、息子か?そこに居た子供に目配せをして、誰かを呼びにやった。暫くすると、仁八の我慢の限界値に近い体臭を放つ、汚い身なりをした、すすけたオヤジが、やってきて、何やら話しかけていた。

仁八付きのメイドは、彼の言葉を訳し『宜しければ、其の出刃包丁を見せて欲しい。』という事をねだっている様であった。

「その方、鍛冶屋か」

仁八の問いかけに

「Yes Sir」

と答えが、聞き取れる英語で返って来た。彼は、恰幅の良い女に向かって

「この包丁を一晩その方に預ける」

「が!明日迄に、その方等の『匂い』を何とかせい!」

と『キツく』言い放った。そう彼は、明日もこの店に来てくれることが確実になった。

女たちは喜んだ。と同時に、残り二匹の為にマメに清水を取り替え、魚を元気に保つ事を恰幅の良い女に命じた。

儀輔は、既に3杯目のエールを干していて、十分満足していた。

仁八は、セシル卿の屋敷に戻ると、メイドと共にその足で卿の邸宅の台所にある、あらゆる香辛料を物色し始めた。

あれだけ飲んだにも関らず、儀輔の切っ先は、相変わらず鋭く、宗右衛門は、歯が立たなかった。

服部と眞乘は、セシル卿の市中心部にある公的執務室から馬車に乗り帰宅して来た。

「三八郎。其の方飲んでいるな?」

眞乘の臭覚は、多少、稽古で息が上がっている儀輔の、息の違いを見逃さなかった。

「甚八よ!街でよい所を見つけた、仁八は、大した者じゃ」

宗右衛門の木剣を避け乍ら、儀輔は、答えていた。

服部は『其奴は、大した者じゃ』と儀輔の腕前に感心していた。

夕食の時間となり、昨日・今日の経緯は、セシル卿夫妻も知る処となっていた。

翌日、市場は大変な事となった。セシル卿がいらっしゃる。

『この様な汚い(むさ苦しい)処へ!』市場関係者だけではなく、街の重鎮と呼ばれていた人間も総出で、街の清掃が、夜明けと共に始まっていた。

綺麗に掃き清められ、磨かれた。石畳は、昨日迄とは、まるで様相が変わっていた。

が、セシル卿の馬車はタバーンの前まで止まらず、タバーン前には『安物』とは言え絨毯が『卿の足元の為』だけに敷かれた。同乗していた、服部、眞乘に続き、セシル卿夫妻が、下りて来た。タバーンでは、先乗りしていた、仁八が、彼等の為に、魚の準備をメイドらと共に励んでいた。

既に、儀輔と宗右衛門は、タバーン内で、ビールの準備。とは言え、儀輔は既に、毒見と称し一杯飲み干していた。

セシルにとっても、此処は大学時代『良く通っていた』タバーンの飯。味を覚えていない訳では、無かったが、仁八が手掛けた、魚料理は、皿もタバーンの物とは異なり、屋敷から持参した皿に盛られ、見た目にも、彼の記憶のモノとは『確かに』違っていて、しっかり清掃されていたとは言え、薄汚れた内装の中で、輝きを放っていた。

同じ調理法の料理ではあったが、それは完璧に『川魚特有の臭み』が消え、香辛料の香りを纏った別物に仕上がっていた。また別に出された煮た魚も、香辛料と絶妙な塩気が、魚の食感を際立たせていた。妻のエリザベスにとっては、始めて見る料理ではあったが、その美味さに感動すら覚えていた。セシルにとって、変わらないのは、共に出され、美しい盃に注がれていた『エールビール』であったが、これも、井戸か?何処かで、よく冷やされ、喉越しが『別物』の飲み物に思えた。

眞乘は

「流石じゃのう」

と仁八を労い。服部も、これが江藤を引き付けた飲み物か!と感心していた。

が皆を驚かせたのは、卿の奥方が、その様な下賤が、好んで飲む酒を、一気に飲み干していた事で在った。

「此れは好きじゃ」

エリザベスは、夫を見やった。来賓全員に褒められ、伺候している仁八に、セシルは、

「大した者。これは誰にでもできる(作れる)のか?」

と下問した。これは多分エリザベスにせがまれて出た質問であろう。

そこで、そのままの姿勢で、

「卿の御屋敷に侍らう『メイド共』や、この屋の主は、この、料理に関して、端から見ていたので、作り方や何故このように、味が変わるかは、理解をしていると存じます。又、ここに控えし鍛冶屋には、私がフランスで作らせました、この『包丁』と同じ物が作成できるか?委託しております」

澱みの無い英語で、エリザベスの方を向き答えた。嬉しそうに『はにかむ』奥方に代わり

「左様か助かりました」

卿が、答えたと同時に、仁八は上陸後から、胸に引っ掛かっていた『質問』を卿にぶつけてみた。そう此処で『卿』と敬称が付けられていても、自身の主は、兼本(眞乘)様。そして伊達の殿様以外には居ないので、出来た質問でもあった。

「ブリストル港で、卿の、叔父上の、部下が食べ物とは『口に入れば、さして変わらぬ、栄養源(Energy to live)、に対し、何故?その様な事に、拘るのか?』と、私に申しましたが、当地の皆さんは、基本的に、食事をその様に捉えているのですか?」

「何故じゃ?」

セシル卿は、慇懃な口調で質した。

「はっ、では失礼とは存じますが、率直に申し上げます。当地の飯は、隣国のそれに比べ、相当、まずい(BAD)のです」

この言葉は、周囲に居たメイドを始め恰幅の良いタバーンの女主人を驚かせたが、フランスでの留学経験のあった父が、常々口にしていた言葉でもあった。

仁八は、畳みかけた。

「昨日、此処から帰って直ぐ、此処に控えしメイドと共に卿の屋敷の台所を、失礼ながら見分させて、頂きました処、斯様に多くの、香辛料を発見する事が出来、本日は、それらの内、この魚に会いそうなモノを使わせて頂きました。」

仁八は、確実に失礼に当たる、顔を上げこの年若い『卿』と目を合わせたまま、話した。しかし当地では、其の作法は、当然であり、結果、セシルは、この男の言葉が胸に刺さっていた。

『香辛料の入手は、インドや東方に、全く依存している。そして、これらは、亡き父が集めさせたものであった。』

そして、其処への海路を現実に抑えているのは、スペインとポルトガルである。これは、当地にとって、由々しき問題である事は、父が常々指摘していた、我が国が克服すべき課題でもあった。これらの考えを広く国内に行き届かせるには、如何にするか?が、目下の命題であった。又、美味いワイン等の酒も、隣国フランスには、気候の関係もあって、敵わないのが現実であった。

唯一、醸造酒ではエールビール。蒸留酒ではウイスキーだけは、他国に勝っているのが、現実であった。農作物や食肉全般、羊毛が在る。とは言っても織物全般に於いても、大陸の国々に勝っている農産物は、無い。に等しかった。

しかし、それが当然な環境下で、我が国の国民は生きていたし、その様な環境を我慢する事が、上流階級の『嗜み』とされていたのだった。しかし、そのような現状に甘んじていては、欧州での覇権は、獲得できない事も分かっていた。

帰宅後、セシル卿は、今、やすっかり彼の相談役となった、眞乘と服部に胸の内をぶちまけた。

父、ロバート(初代ソールズベリー泊)が残した徴税に関する方針に関して、彼は、亡父の残した、Great contractの考え方。即ち、国王の大権に基づく徴税では無く、国家(議会)として徴税を主とし、その中から確実な収入を王に担保する。その代わり国王の財政支出を監視する。と言う方式の是非に悩んでいた。

少なくとも、亡父による、この考え方は、現国王からは、国王の最高権力(徴税権)が実質上剥奪されることに繋がるので、警戒感を示され、拒絶されている。しかしこの方式は、国会議員を構成する封建領主たちからは、王の気まぐれによる重負担からの解放を意味し、一部好意的に受け止められた。が、一方で、国王の自由になる税収(金)を議会が保証した場合、財政的に安定した地位を得た、国王が、議会に税金徴収を諮る必要性がなくなり、議会から自立できるので、絶対王政化を進める。という疑惑と、現体制に組み込まれていない、新興して来た地主や商人に対する新たな課税は、彼等の政治的発言権の担保になる可能性が在る。即ち自身等の発言権の低下を意味するのでは?と言う反発もあった。

眞乘達の国では、この『徴税権』と言うモノが、どうなっているのか?を知りたかった。

服部と眞乘の見立てでは、教会は、天皇の様に君臨しても、政に対する一切の権限が無い存在である。という前提が、確立されている必要があった。其の上で、国王とは徳川将軍家である必要があった。即ち、国王は。諸侯に対し絶対的な武力を有していなければならなかった。その点に関して、まず服部からセシルに質問が在った。

セシルの答えは『現国王ジェームズ1世の直属軍は、ほぼ無い』が、答えであった。

そして、絶対的な御恩と奉公の様な主従関係では『無く』

ある種、契約に基づく『主従関係』が、自国の国王と領主の関係を縛っていた。

そうなると、話は簡単であった。

要は、現イングランド国王の立場は、足利将軍と同じ立場で、それでは、諸侯の総意でしか、世の中は動かせない。

故に日本は、誰が『覇者』に収まるかで、二百年近く国内で覇を争っていたのだ。最初は、足利将軍家の権威を利用しようと考えたが、織田信長以降は、絶対的な武力で天下を制した者が、為政者として、国家を統一する事を志向した。眞乘は、以上のような服部の簡便な説明に繋げ

「故に、その様に『戦』に長けた我が国民を見た、スペインやポルトガルのカソリックは、武力で我が国を抑え込む事は叶わぬ。と実感したのであろうし、我々も、仏教徒の一派による一揆以来、カソリックの様に、宗教を使い、民百姓の洗脳を試みた、スペイン・ポルトガルの悪巧みに、先々代の織田信長様の頃には、為政者は、皆、気が付いていた。」

と説明した。

今の徴税能力(租税負担力)は、眞乘などが、組する領主と、服部が所属する将軍家の間では、絶対的に、将軍家が勝り。結果としての武力も圧倒的に将軍家が、どの諸侯も、歯向かう事が出来ない位、強大な領地を制する体制が確立している。しかし各領主は、その能力に応じた武力の維持は、認められている。

しかも、将軍以下、各地の領主は、その権限で、課税と経営を、農民を主とする『商人が商う産物』に対してのみ、関わり、豪商であろうと、全ての商人階級には、自由な商取引を我々将軍家と地域の領主が担保している。そして、彼等には、基本課税は『しない』。代わりに、彼等には一切『政』を含む、国権や地方の権威に対する、発言権や身分的特権は、与えない。故に平和が担保されている。というのが、服部の説明であった。

しかし眞乘は、故に、今後この体制が盤石か?と言えばそうでもなく。

諸侯は、各々の領内の徴税権や運営権が、担保されており、将軍は、御三家と呼ばれる三つの大きな外戚を配置し、将軍に、至らぬ跡取り“しか”生まれ出なかった場合は、有力な諸侯の推薦や支持を持って、この御三家から、次期将軍が選出される仕組みを、先代の徳川家康将軍が確立した。と付け加えていた。

東の最有力諸侯である伊達家は、他の領主とは異なり、自由に将軍家に、意見する事を許されている。数少ない諸侯でもある。と言う事も忘れずに付け加えた。

服部は、自身の立場を貴国で言う、セシル卿の亡父が兼務していた『秘密警察』の幹部構成員に相当し、各有力諸侯の監視に当る部門である。という事を、眞乘の言葉に続けた。

「それでは、一般国民や諸侯は、一切の国事行為に関与できないという事か?」

セシルは驚いたように尋ねた。

()に、下々は、逍遥と我々の意に従えば、世の平和が担保される仕組みじゃ」

服部は、殊も無げに答えた。

「国民や諸侯から、不平や不満が出ないのか?」

セシルは、訊ねた。

「故に儂等がおる、その様な不平が出れば、儂等が、その芽を徹底して摘み取る。」

服部は、したり顔で答えたが、眞乘の表情は、少し複雑であった。故に付け加えた。

「故に儂等侍は、絶えず自己研鑽を積み、文武に於いて民の見本となる姿勢を『範』を垂れなければならない」

「外からの侵略や攻撃には?如何対処する?」

セシルは続けた。

「その為に儂等『侍』は、日々の鍛錬を怠らぬように、心掛けておる。実際、明・朝鮮征伐では、補給さえしっかりして居れば、問題もなく。スペインが占領している、ルソンやシャムも問題なく睥睨出来たじゃろう」

服部は、当然という表情で答えた。

「然し(しかし)、上様(将軍様)の代になり、何故、それまでの明・朝鮮への戦争行動を止めたのか?と言えば、答えは単純じゃ。」

「上様は、世の民の生活の安寧の方を採った迄じゃ、戦は、特に、当座の恩賞が見込めない戦は、手持ちの金を食い散らかすだけじゃ。上様の旗印にもこうある『厭離(おんり)穢土(えど)欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)』とな」

服部は、やわら、懐から懐紙を取り出すと、スラスラとこの文字を書いて見せた。

「意味は『争いに満ちた穢れた世の中を嫌い、平和な世を求める』その為には、今、大きな戦を他国としている場合ではない。という判断が、下敷きとして在ったからじゃ。」

この服部の説明には、眞乘も大きく頷いていた。

「儂等の存在は、世の不平や不満を徹底的に取り除く事もあるが、その不平不満の原因や理由は何か?を探り、上様以下幕閣に、報告する事も含まれている。と云うより、そちらの責務の方が、重要じゃ」

服部の答えは、眞乘を意識した物でもあった。

「今、やっと我が国の内乱が収まった。と言うのに、他国に行き、再び戦を仕掛ける事は、周囲を見渡し、大局的観点に立てば、愚かな事じゃ。我々は、上様(将軍)以下、重臣の皆様に、その筋で、報告しており、この考え方の延長で、我が国への、カソリックや、スペインの侵入を拒む。それが、我が国の基本的な姿勢となった」

服部は一気にまくし立てた。

「故に、我々は、騙されカソリックの手下にされ兼ねぬ、同胞の、洗脳を解くために派遣されたのじゃ。」

眞乘は、この服部の説明に、続けた。

「貴国の国王は、喫緊の貴国の解決すべき問題は何か?をよく見つめ、その問題を解決する事が、先決で在り、貴殿は、その為には、自らをどの様に処すべきか。を熟考せねばならない。そう云う御立場で在ろう?国王の欲求や、体面とか見栄を張る為のみで、発露された、行為や発言を国王には、厳に、慎ませねば、いずれ他の者に、貴国の権力や国王の御立場は、簒奪される。という事実をお伝えできれば、良いのですが。実際、我が主君は、その事を服部殿の主君であり、現在我国を統べる、初代徳川将軍に諭され臣下の礼を執る仕儀と合い成りました。又、現将軍家以前の“太閤”と呼ばれた、我国を統一した方の血族は、この見栄(欲求)から、脱却できなく、単に武力と金力に頼った。故に、将軍だけでは無く、太閤が育てた子飼いの部下達にも見限られ、我々によって滅ぼされました」

セシルは、この二人の説明を聞き、国王の妻である女王の、浪費癖を憂い、現状国王に、どの様な態度を採らさねばならないか!を確信した。

そして、この考え方を、国王の側近に周知徹底するには、如何すべきかに、思いを巡らせた。しかし、現国王は、先代の女王の様に、国の在り様を第一に考える人物では、無いのが、懸念材料であった。そして、この懸念は、彼の息子の代になって、国王の排斥、断頭(革命)という最も過激な形で爆発するのであった。彼は、サイドボードの上にあった、ウイスキーを彼等に勧めながら、自身も一気に煽った。服部と眞乘は、彼の苦悩を知った。

セシル邸に於いても、朝の宗右衛門の稽古は、変わらず。徐々に、ギャラリー(見物人)の数を増やしていった。この頃、宗右衛門に専ら稽古を付けるのは、儀輔と眞乘で在り。仁八は、奥方以下メイド達の人気を一人で集めていた。

服部は、一人で考える時間が持てるようになったので、如何にこの国からオランダへ向かうかの算段を考えていた。

しかし、あの様に悩む、この屋の主の姿を見ていては、この国からは、何も得る物は無い。という考えが、確信に変わっていった。

仙台の主従(伊達家中)も、アダムスへの義理は果たしたので、当地に居続ける理由は、『無い』筈だ。仁八のおかげで、この地域の武器に対する技術水準も、凡そ把握できた。寧ろ、軍事技術が進んでいるのは、此処ではなくスペインであろう。それに匹敵し勝るのは『最終目的地』であるオランダであろう。という読みも、今まで見分して来たことで、確信が、あった。

貴奴等に、この意思を持ち掛ける『良い潮時』と言う判断が出来た。この頃は、すっかり仁八が決めた(まかない)が、朝食の定番となっていた。

その席で服部は、各位に日本語で真意を質した。

セシルや、メイドは、彼等が話している内容は、全く分からなかったが、セシルには、見当は付いていた『ソロソロ当地を離れる気だな』

「卿。私達は帰国をせねばなりません」

「その為には、オランダ船に、乗船する必要があります」

眞乘は、率直に、服部の意をセシルに伝えた。

「我が国の船は、貴国に近づく事は、叶わんからか」

「はい」

簡単なやり取りで在った。

「暫し時間をくれないか?」

そう答えるのがセシルには、やっとの事であった。

「どの程度?」

服部は、正確な、刻限を迫った。

「三日は欲しい。叔父のマコーミック大佐に便宜を依頼し、その返答が来るのに、最低三日は必要」

中途半端で、曖昧な回答は許さない。と言う服部の気配に押され、セシルは、こう答えざるを得なかった。

「判った、三日だけ待とう」

服部の口調は、素っ気無かったが、決然としたものであった。

食堂から、各々の居室に何時もは直行するのだが、この日は儀輔も眞乘も、奥まった部屋に、何が在るのかを最後に見て措こう、という好奇心を優先した。

セシルは、彼等に『つまらん倉庫だよ!』と言って、その部屋の鍵を渡した。其処には所謂、南蛮具足とそれに使用する長槍の様なモノが展示してあった。

「セシル殿、これはなんじゃ?」

儀輔から素直な質問が出た。

「それは、ジョスト/Josteに使うプレートアーマーです。今は、もうこの様に重たい甲冑を身に付けて戦場に行く事は無くなりました。」

「ジョストとな?何ですかそれは?」

眞乘が質問した。その間、儀輔は、まじまじとプレートアーマーを撫でくり回していた。

「甚八よ、こりゃ、重そうじゃが、種子島一発で、穴が開く程度の『薄い胴巻きや兜』じゃ」

儀輔は、眞乘に日本語で、溜息交じりに話した。

「しかもコリャ下手をすりゃ、太刀でも貫けるぞ!しかも槍も薄い鉄板で覆われているが、中身は只の脆い木じゃ」

儀輔は、これダメだ!という風情で、日本語で、この武具の感想を漏らした。

「ウム、仁八を呼んで、この鉄板を見せよう」

眞乘は、台所から、部屋に戻り掛けた仁八を呼びにやった。

宗右衛門に連れられ仁八は、この具足を見た時に

「偉く薄く延ばされた鉄板ですな!」

と、感嘆の声を上げた。

「卿、これは当地で作られたものですか?」

仁八は、セシルに訊ねた?

「うん、良くは解らないが、先祖代々のモノで昔から、ここに収蔵してあった」

このような物は、セシルの興味の範疇外の物であった。

「詳しい者が居るから呼んで参ろう」

セシルは執事を呼び、何事かを指示した。

程なくして、叔父のマコーミック大佐が、ロンドンの海軍省の詰め所からやって来て、物置に居た、儀輔や仁八達に説明を始めた。

「懐かしい物が出てきましたな。これは我々の祖父の代の物です。これを身に纏える人間は、既にもうこの世には、居ないと云う事です。多分イタリアか何処かで作らせたものでしょう?我が国では、似たような物が、ここから左程、遠くないテムズ川の畔にある、グリニッジと言う街で作られていると思います。倉庫の甲冑プレートアーマーは、全て、付ける個人の体格に合わせて設えているので、私もセシル卿も、これを再び身に纏う事は出来ませんし、既に、マスケット銃が主流の戦争では、この様な、身動きを阻む様なアーマーは、時代遅れです。」

あっさりと、儀輔の聞きたい事や想像の範囲をほぼ網羅した答えが返って来た。

しかし仁八の欲する解は無かった。

「大佐、この様な薄い鉄板を当地では作れるのか?如何様にして?」

仁八は、質問せざるを得なかった。

「ああ、簡単ですよ、私も見たことが有りますが、水車を使い水力ハンマーや足ふみ研磨機を使って磨きだせば、この様な薄い鉄板は簡単に作れます」

「その作業は、今も見られますか?」

「勿論」

簡単な遣り取りであったが、これを見てセシルは、彼等をもう少し此の地に留める事が出来るかも知れないと考えた。彼の父の代からの政敵でもあるフランシスベーコンを国王の前で、論破する上で、彼等から見聞していた知識は、彼を非常に助けていた。

具体的な世界情勢を経験し、説く、眞乘達から学ぶ、実戦的かつ具体的な内容は、国王大権の伸長のみに組する『理屈』に偏る、老獪なベーコンの論理を悉く論破する事が出来た。

そう今、イングランドは、欧州域内に於ける、国(王)の在り様が問われていた。

セシルは、再び執事を呼び、グリニッジの鍛冶屋の都合を聞きに向かわせた。午後のお茶の時間が過ぎた頃。執事は、色よい返事を持ち帰って来た。

「叔父上、兼本様、江藤様、グリニッジの鍛冶屋を今から見に参りませぬか?」

「村田(仁八)を連れて行っても構わぬか?」

眞乘の質問に対し

「勿論!」

と簡潔な答えが返って来た。

時を置かず、屋敷の前には、四頭の馬と一台の馬車が、引き回されていた。馬車には、セシルと眞乘が、残りは馬に跨り、グリニッジへ向かった。夏のロンドンの一日は、非常に長かった。

水力を使った鍛造行程とフライホイルを利用した研磨工程は、仁八を非常に興奮させた。又当地ではフランスと異なり、燃える石(泥炭?)を使用し、鞴も利用して、炎は青く、より強力で硬度の高い鋼の生産が為されていた。

「殿、当地の鉄ならば、よりよい刃物が出来るかも知れません」

仁八は、日本語で眞乘や儀輔に囁いた。薄く叩き延ばされた赤々と燃える鉄板は、見事に型に合わせて、Ⅴ字型に避弾経始を考慮した胴巻きに形を変えて行った。

「ジョストで槍の先端からくるダメージを、この経始で緩和しているのです」

大佐は、儀輔に向かって説明した。

「して左わきに鋲で打ち付けている半輪は、何のために?」

儀輔は、返す言葉で大佐に訊ねた。

「ああ、あれはランスレストと言うモノで、ランス(長槍)を水平に、相手の急所に向けて保持するための装備です」

大佐の説明は、正確かつ詳しかったので、儀輔は、その説明で全て腑に落ちた。仁八は目を輝かせて、この鍛冶屋の作業に見入っていた。彼は、基となる鉄(玉鋼)は、どの様なモノか?を知りたかった。

外ではマスケット銃による、この胴巻きに対する試射の準備が整っていた。半丁ほど離れた、彼等流に言わせると六十ヤードに据えられた、胴巻きと兜に対して、マスケット銃とクロスボウが放たれ、其の耐久性能が試された。

儀輔の予測通り、両方とも胴巻きの表は貫通していたが、裏までは貫通しておらず、クロスボウから放たれた矢は、指先程度、鉄製の矢尻が食い込んでいた、これは下に帷子を着込んでいれば、致命傷を負わせる事は出来ない事を意味した。鉛玉は背中部分に軽く凹みを付け潰れていた。当地の南蛮胴巻きは、自身の胴巻きより優れているかもしれない。と、儀輔は感じた。又、先端が尖った、前面が楔形の兜に対する試射では、鉛玉や矢尻で、兜が弾き飛ばされる事は有っても、窪みや傷こそ付け、貫通させる事は、無かった。この形状は、国に帰った際の兜を新調する際に、参考になる。と眞乘も考えた。

目を輝かせて食い入るように見つめる、この異邦人たちの姿を見て、セシルは、彼等を引き留める手管を発見した。

そして『丁度良い具合の人物』が、帰りがけに現れた。ベーコンの取り巻きの騎士達が、彼等の行く手の目の前に、現れたのだ。

セシルの護衛と、彼等は、その主の関係を表すかの如く、犬猿の仲であった。そしてセシルの護衛は、御者を含め三人のみ。然るに相手は六人で馬に跨り、こちらを睥睨していた。内、先頭の二人は、小型のマスケット銃を腰に差し、火縄に直ぐ点火できるよう、口には当時流行りだした、葉巻を咥え、煙を燻らせていた。馬上の儀輔は、その模様を見て、危険性は、直ぐ、察したので、同じ馬上の仁八と宗右衛門に目配せをし、車内の眞乘も、股間の太刀の束に指を掛けて、セシルを守れる体制を採っていた。六人の相手は、馬上の見慣れぬ容姿の四人には、目もくれず、見知った三名のセシルの護衛を見ていた。彼等三人も、セシルの普段の警護に付く人物。故に、この六人は、その実力の程を知っていた。

しかし彼等は、腰のモノこそ付けてはいても、銃は、持っていなかった。二丁の銃が放たれれば、馬上の二名は確実に止められ、御者は、座席横に据えられている『腰の物』を取る前に、始末が出来ると踏んでいた。

要は、六名は、巧く行けば、主人の政敵を此処で葬る事もできる。と踏んでいた。しかも幸いな事に、此処は、人通りは、ほぼ居ない路地でもあった。

儀輔と仁八は、太刀の束に隠した小柄と笄をそっと太刀から外していた、間合いは、五間(約一〇メートル未満)で、有ったろう。

ぎりぎりの『距離』であるが、儀輔ならば、確実に、一人は倒せる『間合い』であった。仁八は、もう少し、間合いを詰めたかった。彼等は、銃を腰に差す、先頭の二名の挙動から目を離さなかった。残念な事に、先頭の一人が、葉巻の火を火縄に移した。と同時に、彼に目掛け、儀輔は、小柄を放ち、それは彼の喉に刺さり彼は、血飛沫と葉巻を同時に吐き捨て、見事に落馬した。。セシルの護衛は、それを見逃さず、もう一人の銃を持つ騎士に襲い掛かった。

彼等護衛は、騎士の手にする銃口が向く位置に、正対したので、仁八は、気兼ねなく最後尾に控える騎士に向かい、彼の笄を放った。『止め』を刺す事は、出来なかったが、驚いた騎士は、葉巻を口から落し、落馬した。彼は、抜いたサーベルが、壁面に当り、其の間合いで、仁八の太刀は、彼を切り捨てた。生き残った、死体に挟まれた二名は、互いの護衛(騎士)同士の馬上の戦い。となったが、それは儀輔にとって、面白い見世物であった。彼等は刀身の血糊を懐紙で拭き取り、刀を鞘に納めていた。車内の眞乘は外に出て、御者の騎士と共に、周囲を見据え、セシルの警護に当たった。儀輔の小柄で瀕死の状態であった、騎士は、宗右衛門が、脇差で楽にしてやり、儀輔の小柄は、回収されていた。

「ほう、あのような刃物で、当地の武士は戦うのか?」

儀輔の感想は、のんびりした口調であったし、仁八は死体が(かざ)した折れたサーベルを手に取り、

「ふーぅん」

と頷きながら、自身の笄を回収し、

「フランスの物よりは良いが、インドで見たモノと変わらんな」

と呟いて居た。今日見た鍛冶屋は、刃物は、打っていなかったが、やはりそうなのか。と云うのが彼の結論であった。

騎士同士の果し合いは、周囲の沢山御見物人を呼び込んだが、日本人侍が、その半数を一瞬で討ち果たしている事は、ここに居た烏合の衆は、知る由もなく、今日の一件は、セシルの護衛の手柄話に成っていた。

それ位、延々と、この騎士達は、馬上合戦を続けていた。儀輔は、宗右衛門に、何れかが、死ぬ迄、放って置き、護衛がイザ負けそうな時には、加勢する。しかし、その必要も無かろう、という自身の判断を伝えていた。仁八は、馬車の横で、手綱で馬を御しつつ、この戦いを見物していた。

馬車の中で、セシルは、外に居る侍達の能力の高さを実感していた。自身の警護の者達より、遥かに彼等の戦闘力が高い事を実感した。

「単に知見のあるだけでは、ない。確かな戦士(Warriors)達である」

呟かざるを得なかった。

「必ず連中を()れよ!」

儀輔は、馬上の護衛達に掛け声をかけていた。周囲は、美しい英語を話すこの異邦人を見やった。その隙に、警護の騎士は、一人目の相手を倒し、もう一人は、これを見て此処から逃げ出そうとしているのを、御者の騎士が仕留めた。馬車は、眞乘が御していた。

セシルは、警護の者に、相応の金を渡し、遺体の処理を衆人に任せた。

帰宅後、此の顛末を認め、家人に此の書を、ベーコン卿の元へ届けさせた。

ベーコンからは、了承の旨、返書が届き、特に、仇を討つ様な、騒ぎには、ならなかった。


(王宮へ)

翌日、この騒ぎは、国王の知る処となり、彼等は、王宮へ召し出される事となった。朝から、彼等は持参した最高の着物に着替え、それに香を焚き染め、登城と同じ格好で、王宮へ向かった。

服部は、困った事だと朝から嘆いていた。服部を正史として、彼等は、国王に謁見した。服部は、フランス国王の場合と同じ様に、極力聞かれた事以外は、答えない様に、しかも内容は簡潔に済ませるよう心掛けた。

そして、一行は、目的地が、当地では無く、オランダで在り、当地から一刻も早く帰国をしたい旨のみ、強調して上奏した。

イングランドへの上陸は、南蛮への(ここでは『蛮族の地』という表現は控えた)渡来目的は、スペインに居た仲間の救出で在り、船の便の関係上、当地への逗留が、仕方が無い事でもあり。セシル卿の叔父が、偶々、海軍軍人であった故の、顛末である事を『強く』訴え、この国で『何かを仕出かす気は毛頭ない』事を強く説明した。

然し国王は、昨日の顛末で、ベーコン卿の警護の騎士が、数人殺されていた事も知っていた。

その点に関しての下問が在った。

「その方らが、関与したのではないか?」

この一点のみが、国王の関心事であった。周囲には国王を警護する、近衛部隊が控えていた。その数はざっと二〇人は、居ただろう。眞乘も儀輔も、これは多勢に無勢、と考え、答えは、服部に、任せた。

「いえ我々は、セシル卿の客人に過ぎませぬ」

此れが、服部の答えで在った。下手に関るのは得策ではない、彼も考えていた。

その答えを聞いて、王の横に控えていた、老練なベーコンが初めて口を開き、王の耳元で何かを囁いた。

「卿が申すには、遺体となって帰って来た、従者の内四名の殺され方が、他の二名と異なる。と申しているが?」

儀輔は、このベーコンという人物は、高貴な身分故と、侮っていたが『そこまで見分していたか』と思った。

四名は、ほぼ一刀の下、即座に屠られていたのに対し、警護の者と戦った二名は、無数の『太刀傷』が遺体に残っていたはず。遺体を診れば、殺され方の違いは、素人でも分かる。

服部も同様な事を感じていた。故に、答えに、窮していた。

「セシル卿よ、真意は如何なのじゃ?」

王は、答えに窮する服部を横目にセシルに下問した。

『これは、セシルに対する意趣返しじゃ』眞乘は、この甚振る(いたぶる)様な、王の下問をそう捉え、王とセシルの関係性も理解した。

「南蛮の王よ」

伺候していた服部が、立ち上がり禁句を発した。

「ババリアン/barbarians?その方、世をババリアンと申すのか?」

王の顔の血色は、みるみる赤くなって行った。

「Yes,儂は、日出流(ひいずる)(くに)、日本の王の家臣である」

服部は、はっきりとした口調で、王に申し出た。

「故に、そもそも、この地を我々は、西の獣、蛮族の住処と称している」

「其の呼び名は、支那、彼等から来ておる、彼等は、自身を中心と呼び、周囲を南蛮、北狄、東夷、西戎と呼んでいる。然るに我々も、奴等から見れば、東の蛮族(rugged and rough warrior)じゃ。」

「しかし我々の武力は、奴ら、支那を凌駕した。分かるか、南蛮の王よ!その方等が、中心に、世が回っている訳では無い。という事実を謙虚に受け止めよ。そして其の方等の行い、考えを『認めぬ』民が世には、御満と居る事を知れ」

服部の答えは、怒りに満ちているように聞こえた。その声から、彼の気迫は、そこに居る全ての者に伝わっていた。或る近衛兵は、怒りに震え。又、或る騎士は、その言葉の気迫に圧倒されてもいた。

そして、その怒りが、王のセシルに対する甚振りを端緒にしている事は、眞乘や儀輔、仁八、宗衛門とセシルにも分かっていた。セシルは、この異邦人を有難いと感じていた。

「其の方、世を愚弄する気か?」

王も黙ってはいなかったが、言葉に説得力は無かった。

「愚弄、その価値もない。只、この国の王が、其の方の様な『小物』であることに失望しただけじゃ。儂等は、其の方のセシルに対する態度を見て、本来の目的地に、一刻も早く旅立ちたいという『意』を強く持ったに過ぎぬ、儂等の行く手を阻むと言うならば、それも良い。唯、儂等の前を『素通り』は、させぬ」

儀輔は、ニヤッと笑い。眞乘は、仕方がない。と諦め、仁八は、気を引き締めつつも、持参した刀や、どの程度の損害で済むか?の算段をし始めた。宗右衛門だけは、どう身を処すべきか『殿様』の後に付き従うしかないのか?と悩んでいた。しかし皆が皆、王の前で、伺候しつつ太刀や打刀に、指を掛けてはいた。彼等は皆、修羅場と呼べる『実践の場』を経験している(つわもの)である事をジェームズ1世以下、ここに控えていた家臣団は、知らなかった。

この様な、寡兵の中、修羅場を打破する際に、するべき事は、まず大将首を抑える事。それは、桶狭間以来の武士の中では常識であった。同様に立ち上がっていた儀輔は、服部が、どう出るかを凝視していた。

「如何にも、その方の横にいる御仁が、貴殿に耳打ちしたように、六名中四名を一刀の下、葬ったのは儂等じゃ。理由は、その方の、横に居る、御仁にお聞きなされ。儂等には、理由は解らん。唯、儂等は、火縄を付けた銃を奴等に向けられた。故に、倒したまで。『素通り』は、させぬとは、もし儂等に、刃向かうのならば、刃向かう者も、同じ目に合う。という意味じゃ」

非常に高圧的且つ、慇懃な口調で、服部は、王に強弁した。

言葉と同時に、王の横で警護する、衛視の動きを服部は、嶺打ちで御した。服部の刃は王の首元へ、右の衛視を同様に、動けなくした儀輔は、王の横のベーコンの首元に刃を当て、彼等の動きを封じた。王宮内は騒然となった。

伺候していた仁八と宗衛門は、翻り、鞘から刀身を見せて、周囲と正対した。

服部に代わり、眞乘が伺候したまま、玉座に座る王の前に来て、彼と王宮の全員を折伏するかのように口を開いた。

「陛下、服部殿の怒りをどうか『感じて』ください。何故、あの者がこのような挙に出たかを」

眞乘は一呼吸置いた。

「我々は、この一週間ばかり、セシル卿から、この国の行く末や、この国の法体系などに関してご相談を承っていました。卿は、若いながらも、亡き御父上の薫陶宜しく、中々の国士であるとお見受けしました、斯様な有能な才が、王宮内の権力闘争で、容易く葬られる事を服部殿は『憂いた』のです。その鍵を握られているのは、ジェームズ国王。貴方御自身です。セシル卿は、今、この国が、最も力を注がなければならない事は何か?と言う事『だけ』を考えておいでです。それは何故か、国王、二か国を纏め上げた『才』のある、貴方に、この国を再び『纏めて直して欲しい』からに他有りません」

国王の手が玉座の肘掛けから、股間に移った、これを見て、服部も首に据えていた刀を、後ろに控えた。

「ベーコン卿(ここで眞乘は、いきなり言葉をラテン語に変えた)“Scientia et potentia humana in idem coincidunt, quia ignoratio causae destituit effectum.。”(自然を支配するためには、自然に仕えなければならない。思索における原因は、作業における規則に対応する。)」

この言葉を聞きベーコンは、目を見開いた、この異邦人は、ラテン語も解するのか!単純に驚いた。

「王様、今の言葉は、ラテン語で『人間の知識と力は一致する、と謂うのも、原因を知らなければ、結果を生み出す事もできない』と言う意味です。そしてこの言葉は、そこに控えしベーコン卿の書いた本の一説でもあります。卿も又、王様が、股肱之臣として、足る人物だと。私は、この書を読み思いました。そして、この書は、セシル卿のライブラリーの、最も目立つ所に置いてありました。」

一呼吸を置いて眞乘は、一気に話を進めた。

「今は、世の中の在り様や、刻々と変わる世界の情勢を知る時間です。狭い王宮内で、党派争いや、諍いをする時間ではない。それを一番感じておられるのは、卿、ご自身ではありますまいか?」

ベーコンは、眞乘の言葉に、ただ頷くしかなかった、そう。その通りであった。

この言葉の前に、彼は、膝が崩れる感じがしたが、後ろから、太刀を鞘に納めた儀輔が、ベーコンの崩れかかった体を支えた。

王宮内の少なからずの人間は、眞乘の言葉に感じ入っているようであった。少なくとも、二〇名近くいる近衛兵は、彼等が、国王に危害を与える存在ではない事を確認した。

この空気で、王の後ろで服部は、刀を鞘に納め王に囁いた。

「王様、失礼な物言いご容赦くだされ。唯、儂等は、アントワープ港から出る船に乗り、本国へ一刻も早く戻りたいだけです。この国の政に関与する気等、毛頭ございません。」

「セシルよ」

国王は、セシルを呼んだ。

「その方が、近ごろ『卿』を論破し続けられたのは、この者達から授かった『知恵』のせいじゃな。面白い。」

「はっ、ご慧眼の通りでございます」

セシルは、深々と国王に首を垂れた。

「卿よ」

ジェームズは、横に控えるベーコンを見やった。

「その方も遺恨はないな」

「はい」

それが、全てであった。

「その方、名はなんと申す?」

「はい、兼本甚八郎眞乘と申します。名は眞乘、氏を兼本、甚八郎は呼び名でございます」

「呼び名とな?では世は、その方を何と呼べばよい?」

「如何様にもお好きに」

「ミスターか、サー兼本」

では、無いでしょうか?セシルは、自分が、呼んでいる方法を王に告げた。

「では、こちらの武人と正史は?」

「はいミスター江藤とミスター服部」

「後ろに控える二名の武人は?ハイ年をとっている方は、実は、あの者も、中々の人物ですが、ミスター村田」

「そして若い方は、ミスター兼本の部下で、ミスター江藤の武術の弟子でもある、やはりミスター金本」

と申します。

「作用か?東方の名前は分かりにくいのう」

儀輔と仁八は心の中で、お主等の方が、余程変じゃ。と呟いていた。

「服部殿、すまぬが、もう数日、世に、貴殿らの日程をくれぬか?余も、貴殿らに世界の話を聞いてみたい。のう?卿よ」

「実に」

ベーコンも全く王の意見に同意していた。

「セシルよ、その方も今晩、同席せい」

「はっ」

今晩は、王宮での晩餐に付き合う事がこれで決まった。

仁八が、恐る恐る、国王に尋ねた。

「王様、今晩の食卓に並ぶ物を事前に、見分させては、戴けませんでしょうか?」

セシルは、まずい!と思い、付け加えた。

「国王、この者の調理技術は、たぶん、私が知る限りでは、フランスの食事より、いや私が知る限り、世界で一番優れていると存じます。かく言う我が家の女共も、『僅かな』滞在期間で、皆、その弟子になっております。」

「作用に、本邦の飯は、まずいのか?その方、存念を申してみよ」

国王は、刀を鞘に納めた仁八に向かい下問した。

「正直に申し上げて構わないのですか?」

「構わぬ。存念を申せ」

国王の言葉で、仁八は、思い切った。

「では、忌憚なく申し上げます。まずは、当地の食い物は、二通りしか調理法がないのか?と思います。曰く『揚げる』か、『煮る』か、です。また味付けも、唯一、『塩』だけ、でしょう。しかも下拵えという事も知らず、食材は、肉類に偏っております。そして、食仕方も、王宮では、知りませんが、少なくとも、卿のお屋敷や、下々の街では、未だ手掴みでした。信じられません。」

仁八は、思い切って話した。周囲の衛視や宮廷の官吏達も心当たりがあるらしく、ざわついた。仁八は続けた。

「卿の叔父上である海軍のマコーミック大佐、以下、彼の部下も、食事とは『口に入れば』さして、変わらぬ『栄養源(Energy to live)』に過ぎない、何故?その様な事に『拘るか』と、私に申しましたが、当地の皆さんは、基本的に、食事をその様に、捉えているのですか?」

こうなると、仁八は止まらなかった。

「隣国のフランスでは、我が主の『現地で結ばれた奥方』に、トマトと、ポテト等の新種の食材を教わり。味付けに関して我が知識は、増えました。また彼らもこの『笄』(刀から外し恭しく献上した)を改造した小型のナイフで、食べ物を小さく切り分け、流石に我々同様に箸を使うのは、難しかったらしく、何やら小さな(さすまた)の様なモノを作り、それで食材を口に持って食します。当地での流行り病に対処すべく、皿も絶えず消毒し、新調、又は、遣い捨て出来る端材の木で、簡単に作る術を教えました。何よりも、当地の東インド会社のタワーソンなる人物は、香辛料の買い付けでインドまで、私兵と共に赴き、当地の領主と交渉をしておりました。その香辛料は、セシル卿の父上が、以前依り収集していたらしく、卿の台所には驚くほどの種類がございました。これらを使い熟し、調理法を学べば、四方を海、街中には、大河が流れる当地で、まともな、料理が出来ない通りは、御座いますまい。」

仁八による、圧倒的な演説の前に、国王以下は、沈黙するしかなかった。セシル以下、眞乘達は、唯、唯、苦笑するしかなかった。

セシルは、眞乘の耳元で囁いた『兼本様、貴殿は隣国に奥方を置いて来たのか?』

それだけは、今迄、セシルも聞き及んでは、いなかった事実であった。王は、驚きを隠せぬと云った風情で、仁八に下問した

「それらは当地で用意はできるか?」

「時間が掛かります」

「如何程?」

「最低三日は、必要かと?」

「では依頼できるか?」

しかし、その言葉に対して、王の後ろで、すでに刀を収めていた服部が圧力を放った

「王様、我々は一刻も早く帰国せねば、ならぬ。のです。」

「判った。服部殿、世が全責任を持って、貴殿たちを無事、アントワープには、送り届けよう。しかも、アントワープへの船の準備もイングランド国王名で、致そう。如何か?」

王様に、そこまで言わせると、服部も従うしかなかった。

その様な話が進んでいる最中、服部と儀輔に嶺撃ちで、腹を一撃されて倒れていた衛視二名が目覚めた。手元の武器は、既に服部と儀輔により遠く離れた所に転がっていた。それよりも、国王と宮廷に佇む、全員が、親しげにこの賊徒と話をしている理由が、分からなかった彼らは、腰に手を当てた、しかしそれは拙い行為であった。彼らの武器は、手首から一刀の下、儀輔の刀により、居合で落とされてしまった。峯撃に咄嗟に換えたので、手首が腕から切り落される不始末を仕出かした訳では無かったが、確実に彼等の手首は、骨折したに違いなかった。呻く彼等を、近衛兵が抱きかかえ、王の下から連れ去った。が、これで、彼等の実力が、ここにいる全員に知らしめられた。

『彼等に、下手に逆らっては拙い。この武人達に隙はない』

勿論、セシル以下全員が、無事に王宮から立ち去れた事は言うまでもなかった。

仁八は、今日を含めてか?今日を含めずか?は、解らぬが三日間で、取り敢えず、皆を満足させぬ『物』を用意しなければならない事で、帰路は、頭が一杯であった。

その様な配下の心配を眞乘は、理解していたし、儀輔も斟酌できた。

「仁八よ、先ずはタバーンに行って見よう」

儀輔は、声をかけ。

「卿、して王宮には、何人程の客人が、参られるのか?その方々の御役目は?」

と、仁八に聞こえる様に、セシルに、質問を発した。セシルは、二名が、仁八を心配している事が解った。故に、眞乘への答えに窮していた。

「う~む。分からぬ…ので問うて見る」

精一杯の回答で在った。

屋敷に戻るとセシルは、最も年長のバトラー(執事)と、ヘッドシェフ、及び,各侍に付けたメイドを執務室に呼び、今日の王宮での顛末を説明すると共に、仁八への全面協力を申し渡した。

シェフとメイド達は、喜んで、この指示を受け入れたのは、云う迄も無い事であった。

バトラーを王宮に走らせ、晩餐会の正確な日時と参加人数や、参加者の出身階層や好みの『正確な』把握を命じた。

タバーンの女主は、思い掛けない客の突然の到来に驚いていたが、取り敢えず、儀輔の扱いだけは、楽で在った。

彼の目の前には、黙ってビールが注がれていた。しかし、これから聞かされる話の内容は、彼女を深刻な気持ちにした。取り敢えず、深刻な彼女を放置して三名は、この街で調達可能な食材の検討を開始した。

女主人の英語は、時々仁八には聞き取れなかったので、彼付きのメイドがその度再度、食材などの詳しい説明を仁八にし、仁八は、その言葉を懐の懐紙に認めた。その様は、紙や筆を見慣れない、況してや『文字』等と云うモノは、上流階級のモノという、固定概念が在った、メイド以下女達をして、仁八に対する敬意は、一層深まっていった。取り敢えず全員で、明日早朝、当地の中央市場に行く事が決まった。

ロンドンの中央を流れるテムズ川沿いにあり、東側のポプラ―という場所にそこはあった。魚の種類は、日本の其れと変わりなく、只、テムズ川流域で獲れる川魚が主であった、そこからほど遠く無い所には、食肉を中心とした、女主人行きつけの市場マーケットも点在しており、仁八は、一通り見て回り、目ぼしい食材を調達した。タバーンに戻り、それらの鮮度などを確認し、早速セシル卿の屋敷から持参した香辛料や、調味料を使い、簡単に煮炊きをして食材の吟味を始めた。

暫くしてセシル卿のシェフが、指定されたタバーンに来て、仁八の煮炊きした食材の吟味を始めた。

これは王宮で『使える』『使えない』以外に、王宮では、この様な物は、出されないだろうと言う食材を仕分けした。仁八の予想通り、その殆どが、魚類であった。

その中から仁八は、予めタバーンの女主人に泥水を吐き出させておかせた『鱒』を選び、今度は、シェフや女主人の注視の下、念入りに調理して見せた。

その手捌きは、相変わらずシェフや、女主人を唸らせたが、今回は牛乳を使い、古いパンを粉状にした物とチーズを衣状にして焼き上げてみた。味付けは、下ろした魚の身に、塩胡椒をしっかりして、暫し放置した後にミルクを纏わせ衣付けをした。

揚げた油には、魚の香りが残っていたので、其処に潰した大蒜(にんにく)と、タイムを香りづけに使い、揚げた魚に掛け、衣に油の香りを移した。これは仁八が、このタバーンで、唯一美味いと感じたフィッシュフライをアレンジしたモノであったが、シェフも女主人も、これならば王様の御膳に出しても、おかしくは無い。という太鼓判を押した。

これらの技を王宮のシェフに二日で、教え込ませねばならない。

大変であったが、シェフと女主人は、彼の助手として、その手助けを買って出ていた。

醤と酒、味噌が在れば『違った独特な味』が出せた事を、そして、それらを彼等に吟味させたい。と仁八は、つくづく思っていた。

翌日、シェフは、既にタバーンへ向かっていた、今日は、人数分の魚の買い出しと、その魚の身が含む泥水を吐き出させる作業を指示していた。

儀輔と宗右衛門は、セシル卿から馬を借り、グリニッジにある鍛冶屋の元へ向かった、彼等には既に、晩餐に参加する人数分の『笄』をコピーしたカトラリー(ナイフ)と、原始的で、簡単な形状の、フォークの製作を昨日の内に指示してあったので、今日は、その出来の確認が、主目的で在った。既に鍛冶職人の間でも、一昨日の王宮での出来事や、過日此処からの帰りに、仁八達が引き起こした騒動の件は、普く伝わっており、誰も、彼等を仇や疎かに扱う職人は居なかった、しかも今回の食器は、王宮で使われ王様が使用する事が、解っていたので、彼等の態度は、真剣であった。水車の力は、侍達の想像以上で、薄く延ばされた、鉄の板は、端からカトラリー(ナイフ)とフォークの形状に打ち抜かれていた。これらに熱した銀を蒸着させる。銀は毒等の異物が食材に含まれると、黒く変色する事は、既に知れ渡っていたので、この作業は絶対であったが、既にこの行程は、当地では、普通の処理として普及していたのは有難かった。ほぼ仕上がったカトラリーを手に取り、儀輔は、工房の柱目掛けて投擲した、それは見事に曲がりもしないで柱に刺さっていた。

「設えは十分じゃな」

儀輔は、日本語で話し、宗右衛門は日本語で

「御意」

と答えた。

そのカトラリーに、どの程度“刃付け”をするかが、仁八の今日の来訪の目的であったが、この儀輔による一連の様は、親方以下工房の職人を威嚇するには、十分なパフォーマンスであった。

故に、以降の作業は、よりスムースに進んだ。

彼等は、口応え一つせず、素直に仁八の指示を守り、良い出来栄えの、食器が次々と出来上がって行った。宗右衛門に指示して、五セット程、そこから、ランダムに抜き出し、仁八等は、親方と、そこの職人数名を連れてタバーンへ向かって行った。彼等に、彼等が手掛けた『食器』の、使い方を知らしめるのが、目的であった。が、儀輔は、すっかり、毎晩のビールに洗脳されていた。

シェフと女主人は、鱒では無く、湾口付近で獲れた、ヒラメを昨日の指示に従い調理して、彼等に提供した。仁八は、この応用が利く生徒達の所業に大変満足していた。

仁八は、既に、ヒラメの場合、川魚では無いので、泥抜きをしなくても済むが、絞めて素早く血抜きするのが、絶対条件で在り、絞めた直後でないと、肉に血の臭みが残る事等を生徒達に指示し、比較の試食させていた。もう一方の生徒達である、親方以下、工房の職人の目の前で、食べ方を披露し、彼等も真似て試食をしたが、その横で儀輔と宗右衛門は『懐』から取り出した『箸』を使い、より器用にヒラメを捌いて口にするので、仁八は、困った表情を浮かべるしかなかったが、もう一方の生徒達は、今迄、この手の魚を食す際は、只、焼くか、煮たモノを串刺しして食う以外の術を知らなかったので、この自らが、こさえた便利な食器の使い勝手の良さに感動していた。仁八は、

「この手の食器は、オランダ(スペイン)やローマでは、皆、普通に使用している」

と伝えたが、実際の処、平戸のオランダ商館で、初見しただけの、曖昧な記憶の下、作成させた、カトラリー(ナイフとフォーク)の使い勝手の良さと、カトラリー(ナイフ)に施した刃付けの程度を最認識しつつ、親方以下工房の職人に注意すべき点を講義した。

職人の中には、いつもの切れ味の悪い自身のナイフと同じ調子で歯を鋤き、その鋭利な切っ先で口を血だらけにしている愚か者もいたので、刃付けの程度は、自ずと推量できた。

王宮での午餐会は、準備時間もあったので、午後三時過ぎから始まった。当初は、参加者全員がナイフ等を持参していたが、指示されて着席したテーブルには、既に、仁八が用意させていたカトラリー一式が端材で作った楊枝と共に設えてあった。

又、全員正装以外に、事前に入浴、手洗いや洗顔が強要されていた。

これは仁八の強い要望で在った。参加者の体臭が臭く、せっかくの料理の香りが隠れる事を嫌った。と云うのが表向きの理由ではあった。

宮中の台所では、当初、仁八も入ったが、主にセシル卿のメインとスーシェフ及びタバーンの女主人が調理に関与し、仁八付きのメイドを中心としたセシル卿のメイドと執事が、宮中の各部門に対し、各々指揮に当たっていた。これは王命でもあったので、宮中の各担当者に不平を述べる存在は居なかった。

供される食材、料理一つ一つに対し、仁八が、説明にあたる形で、午餐会は恙なく進行し始めた。

参加者は、この異邦人が、どれだけ武勇だけでは無く、知識に於いても優れているかは、既に知らされていたが、この料理や、用意されたカトラリー類が、全て彼等の指示による、自国製品で、自国民の手によるモノであるという事に、驚きを隠さなかった。

国王は、妻と共に、玉座の横に眞乘と服部を挟み、この美味なる料理に感心しつつ、質問を始めた。

王の目の届く範囲には、儀輔と宗右衛門が、そしてこの会の、一方の主役でもある仁八は、王の後ろに、独立した立派な、全員に声が届く様な席を設けられて着座していた。

ジェームズ国王は、そのテーブルウエア―に相応しいカトラリー(ナイフ)やフォークをまじまじと眺め、昔イタリアから輸入したモノと、遜色なく仕上がったモノを僅かな期間で国産化させた事を背後の仁八にも聞こえる様に、左右両名の侍にお礼した。

彼は、以前東インド会社の人間で、自身が命じ、江戸に向かわせた、ジョン・セーリスを眞乘の横に座らせ、今の日本国王である徳川将軍家の事を質問した。

「しかしこれは、私ではなく、服部殿の方が詳しいかと」

眞乘は、服部と入れ換わり、話は、進んだ。

しかし、話が宗教の事に移ると、服部よりは、過去のカソリックとの抗争を実地に経験している眞乘との会話が、主になっていった。

プロテスタント側の出席者は、眞乘の話に。大いに賛同し、カソリック側の出席者は、

『それは誤解だ!』と、喚くようになって行った。

要は、スペイン・ポルトガルを盟主と仰ぐ今のカソリックは、信じるに値しない宗教である。と云うのが眞乘の話の要旨で在り、彼等の信仰を隠れ蓑にし、彼等には、都合の良い『真実』なる『讒言』に対し『異』を唱える在来勢力や在来宗教に対して執る対応。

特に、スペインの武力を背景にした『威嚇』や、実際の武力で『意』を通す様な、対応に対しては、断固、当方も武力で抗戦する。

又、スペイン・ポルトガルが、日本近海や新大陸を荒らし回り、現地人を奴隷化し、植民地化するのと同様に、我々が当地に打って出て、武力で我が意を通す様な事は、朝鮮の戦を経験している彼等に取っては、経験上、無駄な事であり、人倫の道に反する。

という、『判断』が、百年前から現在に至る、我が国の全大名や、徳川将軍家(国王)の意向である旨を説明した。

宗教の差異により、相手方を憎み、絶滅させ、自身と異なる文化や習慣言語を話す人種を奴隷=モノとして扱うような所業が、如何に忌まわしく愚かな事かを、彼は、彼の師でもある、早暁元三禅師の言葉と、過去、服部も経験し、聞いていた“一向宗の反乱”での体験を引用して、説いた。

その言葉と、異国人であるにも関らず、一切の差別的態度。処か、敬意さえ早暁や、ここに集う南蛮人(野蛮人)に表する、我が主の姿勢が、宗右衛門には、誇らしかった。

元々、カトリックでありスペインに対し、親和的態度を採っていたジェームズにとって、この眞乘の言葉は、簡単には、受け入れ難い内容でも、あった。

服部は、眞乘の言葉を引き取って、ジェームズ国王だけでは無く、プロテスタント側の出席者に向けて発した言葉が、大きな衝撃を彼等に与えた。

「我が主家の徳川一門(国王家)は、日の本一の資産を有しており、その額は、ここに控えし江藤、兼本殿の主家の十倍は、優に凌駕しているでしょう。しかし何故、その様な資産の領有(専有)を、彼等の主君は、認めているのでしょう?それは、我が主君、徳川将軍家が、日本から、あらゆる戦を排除する事に努め、成功したからでございます。その為の戦いに勝ち、国内に秩序を齎す平和な体制を構築し、現在の日本は、統一されました。その過程を共に経験したからこそ、彼等の主君も、我が徳川家に対し臣従しております。ですが、家臣の身である、我々の間に上下関係、臣従関係は、ございません。我々が、同じ目的の為に、共に手を携えて当れるのは、上司である、我々の主君の関係と結束が、強固だからに過ぎなく、故に、我々も、腹蔵なく忌憚の無い関係性を維持出来ているのです」一息を付けて、彼は続けた。

「当地の政に対し特に申し上げる事は、ございません。しかし、長くここに居ると、聞かなくても良い『讒言』等が、悲しいかな、耳に入って参ります。曰く、当地では、国王と庶民及び貴族の皆様で構成される議会なるモノの中で、両社が仲違いをしていると。その理由の一つは、宗教。之は、先程、兼本殿がご説明した通りで、あく迄、宗教は、人の心の支えでしかなく、人を支配する道具としては、なりません。そして我々が理解できないのは、国のお金を国王が恣意的に使用できないという事実であります」

ここ迄を聞きジェームズ国王は『我が意を得足り』と北叟笑んだ。が服部の言葉は、終わらなかった。

「しかし、それは当然でしょう。我が主君や、兼本殿の主君が、周囲の同意の得られぬまま享楽や利己的な見地。ましてや御内儀の歓心を買う為から、他国から、領土を奪い、自領を増やす為の戦をする。等と申した場合、家臣は、死んで、主君をお諫めし、たとえ御内儀であろうと『誅殺』する。それが許されているのが、我が国の『掟』で在ります。その為に、我が徳川将軍家は、貴殿等の神に相当する、(みかど)(天皇)の(みことのり)を戴いて、将軍の地位に付き『己の享楽』のみを追求し、利己的な『戦を何人足り』とて『させない』体制を確立したのであります。」

「私欲に塗れたローマカトリックから独立した教会。故に、皆様のキリスト教は、抗議者プロテスタントと、称されているのでしょう?その様に高潔なる教会より、権威を親授された国王も、同じ存在では無いでしょうか」

今度は、両側の騎士や、当時新興してきた郷士や各プロテスタント教会の司祭などの、招待者から、賛同の拍手が起こった。その中には、セシル卿だけでは無く、ベーコン卿、東インド会社のジョン・セーリスやタワーソン。そしてマコーミック大佐の姿もあった。

ただ、国王の横に座る女王アンの顔は、赤らみ、怒りの色が見えた。

「国王陛下、繰り返します。もし、個人的に、利己的な考えの下、奢侈を好まれた場合、下々は、王の御姿を監視し、隙あらば、打倒される事もあります。」

そして服部は、国王の横に座る女王の目を見て、はっきり述べた。

「我が将軍家や、伊達家中。然りです。これは洋の東西を問わぬ、世の(ことわり)でございます」

服部の演説は、この3日間、眞乘と練りに練った原稿を基にしていた。

「近々、当地を旅立つ予定の我々。東方の侍からの『諫言』と、お受け取り頂ければ光栄に存じます」

服部は、この言葉で締め括った。

服部の演説時間は、正に参加者の『箸が止まる』状態であった。

儀輔は、俯きがちに、北叟笑み(ほくそえみ)、仁八もその言葉に聞き入っていた。

宗右衛門は、まっすぐ正面を見据えている我が主『兼本眞乘』の、表情を凝視しつつ、この宣言は、我が主の気持ちが籠った内容であることを確信し、誇らしかった。

十日後、王宮から、書状が届き、眞乘一行のオランダ行きの軍船への『乗船許可』が、通告された。

セシルは、書状を一瞥し、衆人の面前で、日頃の所業を『批判された』と強く感じていたアン王妃が、彼等を一刻も早く、国外へ出す事を強く国王に訴えている『噂』を思い起こしていた。

この、十日間ばかりの間、セシルの屋敷に、彼等を尋ねて来る者は、王族を除き、多岐の階層に渡って非常に多く、その『噂』も、国王や王妃の耳に入らない訳は無かった。これ以上、暗殺を測っても、意味のない、彼等。只、その思想の影響が、国内に蔓延る事は、王と王妃には、我慢がならなかったのだろう。

しかし、オランダと、イングランドは、染色された布に関して、諍い状況にあったので、拿捕される事が、確実な、非武装の、貿易船をオランダへ出す訳には、行かなかった。

しかし、スペイン(カトリック)いや、ハプスブルグ家とイングランド、オランダとは、東方航路に関し“海上覇権”をスペインから奪取する。と言う意味で、利害が一致していたので、軍船、特に軍需物資の提供と言う形での航路は、認められていた。

そこで、そのオランダ向けの軍艦に便乗する許可が、書面には記載されていた。しかし、既に服部も儀輔もイングランド製の武器に関して興味は薄れていた。ただ、この軍艦に乗船出来ることは、セシル卿の叔父であるマコーミック大佐の管理する『船』のみが、無事、彼等をオランダへ送り届ける事が可能。という側面もあったので、セシルも、眞乘も異論は無かった。

唯一、セシルの懸念は、眞乘の妻がフランスに居て、もう子供を産んでいた事であった。

大恩在る彼(眞乘)が、このまま妻子と別れて『いや一瞥もなく』帰国の途に就くことは、若いセシルとしては、自らの妻キャサリンとの間に生まれた、子供達の愛おしさを鑑みても、忍びなかった。

今イングランドとフランスの関係は、片やプロテスタントの代表であり一方は反ハプスブルグでは、敵は『同じ』とは言え、カトリックが、国教の国である。

ましてや、彼等の知己が在る、リシュリューは、自分の情報によると『アヴィニョン(Avignon)地区のカトリック司教』が正式な立場。

仇や疎かに親書等を出し、交流を図る事は、自身の、国内に於ける立場を顧みると、とてもリスクが高い様に思えた。

その様な悩みを抱えている処に、近頃、良く稽古に来る近衛兵に、指南を終えた、儀輔が通りかかった。

「江藤殿」

この頼り甲斐のある人物で、気兼ねなく話せる『兄』の様な年嵩の人物をセシルは、妻子共に好きであった。

「おう卿よ、如何した?」

儀輔も彼は、弟のような存在に感じていたし、彼の娘は、儀輔に非常に懐いていた。

「江藤殿は、兼本殿の親友とお聞きしております。間違いは、ございませぬな?」

「如何にも」

汗をかいていたので、上半身を肌け持参の冷水を絞った手拭いで、汗を拭きながら儀輔は、扉が、開け放たれていた、セシルの執務室へ入って行った。この逞しい上半身は、メイドや妻そして娘の好機の対象でもあった。故に彼の、屋敷内での人気は、仁八と並んで、断トツでもあったのだ。

しかし儀輔は、裸いていた腰の上着を、背負い込む様に身に纏い直し、セシルには接した。

「江藤殿も既にお気付きの様に、我が子供達や、妻は、いや、私に執っても、貴殿は、居無くてはならない存在です」

「無論じゃ。儂も日本に残す妻子の事を忘れた事は、一度もない」

「左様でしょう」

セシルは、故に此の江藤と云う兄のような存在が、子供たちに無償の愛を注いでくれている事が嬉しかった。

「して、何じゃ?」

「はい、兼本様の事でございます」

ここで儀輔は、美亜の事を彼も気に掛けている事を悟った。

「ミアの事か?」

「左様です」

確信に変わった。

「ミアは、ツールーズという街で、染色を生業(なりわい)としている」

儀輔は、まず彼女の所在を教えた。

「左様でございましたか。で?その街は、誰が治めているのですか?」

「うむ。ビュルシャールと言う者が領主ではある。が、この街は、ユグノーと言われるプロテスタントが支配している。いや?しかし、カソリックの学校があり、坊主共は、そこで勉学をしているはずじゃ」

「具体的に今、どうなっているかは?知らないのですね?」

「うむ、儂等が当地に来るまでは、リシュリューというカソリックの司教が、ビュルシャールの後ろ盾となっていたのだが、司教は、国王の命によりイタリアに近い町に左遷されたので、それ以降は解らぬ」

「リシュリュー司教と皆様は、知己があるのですか?」

セシルは驚いたように尋ねた。

「如何にも、奴の衛視の殆どは、儂等が、鍛え直した。甚八郎いや兼本殿は、リシュリュー卿の相談相手でもあった」

「なんと!」

セシルは、驚きを隠せなかった。この異邦人達は、フランスの中枢部と接点を持っていた。

「私の情報が正しければ、リシュリュー司教は既に、復権されているはず?いや確かめて参ります」

そう言うとセシルは、執務室を出掛かったが、踵を返し

「もし、司教とコンタクトが採れ、兼本様の奥方をどうにか、出来そうな場合、江藤様なら如何致します?」

「うむ、難しい質問だな。暫し答えは、引き取らせてくれ」

儀輔も、それは、一存では、答えられない問題であった。しかし眞乘に質せば、奴は即座に拒否するであろう事は、明白であった。かと言って、服部に話せば、眞乘と同じ答えが返ってくる可能性もある。しかし、オランダ船を使い帰国するからには、服部の考えを質さぬ訳にはいかなかった。

帰国の日程が近い?からか、この処、朝夕の食事には、セシル邸の全員が、何故か何かしらの理由をつけて、ダイナーに参集する様になっていた。もちろん其処で、食事を取るのは、亭主夫妻とゲストである侍一行のみ。ではあった。

だが、子供は、必ず儀輔と仁八の間の椅子を取り合い、対面には、服部、眞乘、そして宗右衛門が、最も下手の椅子を与えられて、メイド達とフットマンクラス以上の執事達が、その横に付き、宗右衛門を含む全員からの要望を何なりと承れると云う様相で、全員がダイナーに参集して居るのが此処の処の日常風景ではあった。シェフは、窓側の下手に座る仁八を子供達と争うように、味付けや調理法、食材に関し質問攻めにしていた。

その様な中、唐突にセシルが、眞乘に尋ねた

「兼本様の奥様は、フランスにいらして、お子様が生まれたばかりとか?それは本当のことですか?」

眞乘は驚いた表情を見せたが、儀輔以下の侍たちは、心の中で『卿!仕掛けおったな!』と呟いていた。しかし、セシル邸の全員は、大騒ぎになった。

『兼本様の奥方は、フランス人で、生まれたばかりの、お子様迄いたのか!』


伏線があった、二日前、セシルは、服部を、儀輔は、仁八と宗右衛門を各々自室に呼び、眞乘と美亜の件に関して、質していたのだった。仁八と宗右衛門は、特に異論もなく、と言うより『迎えに行くべき』という考えが強かった。しかしセシルが担当した服部の篭絡は、一筋縄では、往かなかった。

まず、服部は、自身の立場の説明から始まった。曰く、彼は眞乘や儀介と異なり、将軍と直にお目通り(意見が言える)立場ではなく、どちらかと言えば、仁八や宗右衛門と同じ、将軍直属の重臣の部下に過ぎず、仕事は、情報機関(忍び)の一員に過ぎない事。そして、その役目の本分は、儀輔と眞乘の動向の監視である事。

故に、オランダに行き、将軍家より託された『然るべき御礼』と、今後の両国の貿易関係に関し、オランダ側の担当者と話す必要が、ある事。

少なくとも、彼等が出国直前にカトリック勢力が仕出かした『騒動』により日本国(将軍家)としては、今後カトリックを信奉する南蛮の『いかなる国』とも、国交や交易を再開する意思がない事をはっきりオランダ側に認識(安心)させねばならなかった。少なくとも、日本の首脳部。特に幕府(二代秀忠)と、メキシコから支倉に随行した商人(藩兵)の殆どを帰国させられた伊達は、海外貿易の『旨味』を十分認識した上でも、スペイン等と、カソリック諸国が、今迄、日本近海の諸国や新大陸で、如何に現地の人間に対し非道な行いをして来たか。を本件でも、しっかりと再認識させられており、オランダや、イングランドの両国商館長から得た情報は、それを裏書きしていたので、奴等に対抗する武力を確保、保持し、特にカソリックを信奉する国々の非道さを最初に把握していた。

眞乘達が、若き日に聞かされていた、亡くなられた太閤の言葉は、今になって、真実味が確証されていた。

現将軍家は、武威の表明こそしないが、カトリック系の南蛮諸国と、外交関係を断つ事で、国内の安定を確保することが主眼である事は、オランダの国益とも合致し、平戸のオランダ領事との間で確認が取れている。残念だがイングランドの商館長との間では、そのような意思の疎通が未だ取れていない。故に、オランダ船のみが、平和に日本に寄港できる。とセシルに説明をした。

我々個々人は、セシルと同程度の、この近辺諸国の諸情報や過去の経緯全てを、平戸の両国の商館長や貴国人のウイリアム・アダムス(三浦按針)とオランダ人ヤン・ヨーステン(耶揚子)からカソリックとプロテスタントの歴史的な経緯を正確に得ており、その知識を持って当地に滞在している。

其の上、今迄経験して来た事が、その知識全てを裏書きしている。と言った背景も、セシルに説明した。セシルは、全てに於いて合点が行った。

特に、眞乘と儀輔は、三浦按針と非常に懇意にしており、彼を介在として、オランダ語以外にも、当地の言葉や、ラテン語の基礎教養が、何故必要か?という理由を納得した上で、彼から学んでいた。彼等が、当地で、ある程度の階層との意思疎通に於いても、全く齟齬が無い理由も、付け加えた。

「お考えの程、了解いたしました。服部様。では個人的に、兼本様の奥方を、同行するという事に関しては、服部様個人としては、頓着は無い。と受け止めて宜しゅうございますか?」

セシルは、肩書が上位の者に対する礼儀が、この異民族の間では、重要な事を理解した上で、思い切り丁寧な表現で、服部に事を質した。

「無論異存はない」

服部も美亜の事を聞かれ、今になって、彼女や彼女の周辺環境。特に、リシュリューの事は、気になり始めていた。

「では、オランダ行きの船の準備と並行して、フランスの動向を探る事には、御依存有りませんね」

セシルは、畳みかけた。

「無論じゃ」

セシルの執務室の横に控えて、この会話を、聞き耳を立てて内容を把握していた執事は、馬を飛ばし、海軍省のマコーミック大佐の元に『事の次第』を報告し、協力を求めた。

マコーミック大佐は、事前に、甥からの親書を受け取り、事の仔細は把握していた。

すぐさま、マコーミック大佐は、部下をフランスへ派遣し、リシュリュー及びミア周辺の動向を探らせた。結果は一日も経たずに、対岸のイングランドにもたらされた。

故に、二日目には、実情がセシルと儀輔は、把握する事となった。そこでセシルと儀輔は、うち揃って、服部に再び問うた。

「セシル卿の叔父(マコーミック大佐)からの報告によれば、美亜は、ツールーズに親方夫婦と共に住み、ビュルシャール殿が、彼等の安全補確保しているらしい。美亜の産んだのは『息子』じゃそうな。これは眞乘の跡取りという事になる」

儀輔は、服部に、かいつまんで、美亜の近況を日本語で伝えた。

「リシュリュー卿は、依然、パリ(中央政界)には復帰を果たしてはいないようですが、隠然たる力は、未だ維持しており。その事実を新国王と、その側近は危惧して居るそうです。その隠然たる力で、ツールーズや、彼が依然掌握していたバンブローナー。要は、ハプスブルグ家との干渉地帯の掌握は、未だリシュリュー卿と皆様が、育成した卿配下の騎士団の力に負うものなので、新国王と、その側近は、卿の隠然たる力を無視出来ない様です」

服部は、セシルの説明を聞き、悩ましげな表情を見せた。儀輔、セシルが、僅か二日ばかりの短期間で、これ程、詳しい内容の情報をフランスから得られる。という事はリシュリューの威光が、未だ隠然とフランスでは、効いていると云う事は、明白で在ろう。と推察できた。

其の上、江戸で、聞いていた、『スペインとイングランドの海戦は、力で劣るイングランド海軍が、各地に張り巡らせた情報網により、事前にスペインの艦隊の実像や弱点を全て暴いて(分析して)いた実態の前の帰結』だという。上司でもある服部半蔵からの、三浦(按針)の言葉を噛み締めていた。

『故に、我が殿は、御庭番なる、幕府の情報網の整備に“邁進していたのか!』としみじみ感じていた。

ならば美亜、いや眞乘以下、伊達勢に『恩』を此処で、売る事は、容易い事。それはそれで『得』ではあった。そう、こう云った情報を活かすも殺すも、自身の、判断次第なのだ。お上の『御意向』を表面的にも蔑ろにすまいか?それだけが、服部を躊躇させる理由であった。が、服部は、この提案を活かす方向に、心が動き始めていた。

「美亜を兼本殿の元に引き合わせた後、貴殿は如何様に考えておるのじゃ?」

服部は、敢えて日本語で儀輔に問うた。単語の一片一片は聞き取れたが、セシルには服部の質問の真意までは理解できなかった。

「うむ。そこじゃ」

儀輔も日本語で答えた。

「連れて帰るとしても女と幼子、あの環境下の行程で、生き延びられるか?しかも戻っても、セシル殿の得ている情報では、国内の南蛮狩りの程度は、益々酷く。殿(伊達政宗)ご自慢の妻妾であった紅毛女も、今や、どう処遇されて居るかも分からん状態で、南蛮と紅毛カソリックとプロテスタントと言う分け方を『美亜』と云う存在と、その幼子を帰国後、下々迄が理解できるか。ましてや、眞乘の子は、合いの子じゃろう。」

「儂も、その点は懸念して居る」

この日本語でのやり取りの内容をセシルは、やはり理解できなかったが、はっきりと服部が、我々の提案に前向きな姿勢に変わった事だけは、確信が持てた。

「セシル殿」

服部は、今度は英語で質した。

「拙者が懸念しているのは、もし兼本殿が、最悪、妻子との面会を許諾しても、妻子を連れての帰国迄は、許諾しないのではないか?そうなった場合、船や帰途の手配を如何お考えなのか?という事です。ご存じかと思いますが、我々は、貴国、東インド会社のタワーソン殿の手筈で、最短距離を通って参りました。しかし、その地は、今、トルコが支配している砂漠地域で在ります。我々だけならば、如何なる者が、攻めて来ようとも、排除する事は、出来ましょう。タワーソン殿も、其処を見越して我々に、この行程をお勧めになられたと思います。然るに、女子供、しかも幼子を連れて、同じ行程を戻る事は、難しいと思います。」

「また、我々は、喜望峰周りの航路や、新大陸経由の行程も、存じ上げております」

セシルは驚いた。

「なんと!誰にその様な知識を?」

当時、各国は、航路や外航航海に耐える造船技術は、国家機密で有って、その秘匿は常識であった。その質問は、服部に代わり、儀輔が引き取った。

「貴国の、ウィリアム・アダムスやネーデルランドのヤン・ヨーステン殿から、我々は、その航路に関しては、既に凡そ御教授頂いております。また支倉が、乗船した船は、我が国で、我が国の材料を使い、我が船大工共が、造船した船です。勿論、詳しい航路を具体的に理解している訳ではござません。又、造船に関しては、南蛮人(スペイン人)の指導を仰ぎました。」

「しかし、其処を誰が具体的に支配しているか、其処の原住民に対し、如何に過酷な処置を、カソリック系の南蛮人が、強いて来たか。は、知識として知っておりますし、実際、経験した者からも事情は、聞き及んでおります。故に、その実態を知る日本人に、同様な処置をとった場合、如何に恐ろしい事態が待っているか。を南蛮の国王に知ら占めた結果が、我々の先鋒で在った、支倉殿が、メキシコやスペインから、早々に追い出された理由だと心得ております。」

儀輔の言葉は、半分威嚇に近かった。然し、セシルは実感として、彼の言葉を受け止めた。

しかし服部は、威嚇だと受け止めた。故に服部が彼(儀輔)の言葉を受け取って

「我が国の将軍家は、貴国を含めた南蛮が。如何に我が国を凌駕する武力や、考え方が在るか?諸事の探索。それが私の隠れた命令でもありました。しかし、残念ながら、南蛮の民に教える事は有っても、学ぶ事は、少なかった。少なくとも、武力では。操船と造船技術以外、南蛮から得る物は無かった。故に貴殿ら南蛮の民は、豊かな海外に打って出て、現地に対し、武力にモノを言わせ占奪の限りを尽くしたのでしょう?唯、我が国は違う。我が国は、我が国だけで、平和な暮らしを享受できる環境がある。他国を襲い何かを奪う必要などない。それは、先の朝鮮の戦でも、我々は強く実感しています。又、我が国は、南蛮に簡単に占奪される程、甘い国では無い。」

服部の言葉にセシルには、返す言葉は無かった。彼等の仲間、仁八の調理は、我々の知り得る物では無かった、又、少ない食材を如何に美味しく頂くか、彼の食材に対する知識とそれに基づく創意工夫は、文化レベルの違いから来ている事は、十分に理解した。其の上、全員が全員、彼の知る『自国の軍人』より、そして王宮を守る衛視より、優れた戦闘能力の持ち主という事も分かっていた。

「古の国の言葉に『衣食足りて礼節を知る』と言うモノがあります。これは管仲という、斉と云う国の宰相の言葉と言われております。彼亡き後、斉の国は、一気に亡びたと言われております。この言葉をこの国の宰相に、いずれ成るであろうお方、貴殿に、残して置きましょう。対外的な面子を重んじる事は『(おろか)』です。先ずは国民を豊かにするための『政』が、宰相や国王に求められる資質です。」

「その為に貴国は、如何に軍事力を始めと知る国力を涵養するか、をお考え成され。その一環として我々を捉え、お使い下さい。構いませぬ。」

服部の言葉は、セシルだけでなく儀輔も捉えたようであった。

「そう!その方向で眞乘に当たってみよう。美亜もその一環として、如何に奴が捉えるか、質してみよう」

儀輔の言葉で、方向性は定まった。服部も眞乘夫婦を共に遭わせるという事に異存は無かった。


(妻子)

()に」

眞乘の答えはあっけなかった。しかしその答え方はキャサリンの癇に障った様だった。

珍しく。

「ミスター兼本」

彼女は口を出した。その声に儀輔の取り合いをしていた、二人の子供は、動きを止め眞乘を見た。

「江藤様に私共の子供達が、あれ程懐いているのは、江藤様の母国に居るお子様との交わりが、お仕事のせいで、少なかった、其の罪滅ぼしだった。と承り、私共は、何の疑いもなく、江藤様と接する事が、出来ております。然るに、貴方は、奥様と、お子様が近くに居るにも拘らず無視し様と為さっている。どのような了見なのですか?」

非常に当時のハウスワイフらしい感情的な質問であった。

しかしダイナーに居た、メイド達にとっては『刺さる質問』でもあった。特に眞乘付きのメイドには、刺さっていた。

横のセシルが優しく彼女(妻)に手を添えるほど、肩を震わせて、まだ本当の処は、言い足りていない。という素振りを見せていたので、此れには、流石の眞乘も、答えざるを得ない状況に陥っていた。

「キャサリン(そうセシルと眞乘の関係は、彼女をそう呼ぶのに、相応しい関係になっていた)」

眞乘は優しく問いかけた。

「我、妻は、抑々(そもそも)が、フランス人です。そして当地で彼女の技術は必要とされている。その様な人材でもあります。」

眞乘の言葉は極力、感情を抑えていた。

「そして、私達は、遠く日本から、当地に参るのに、どれだけ苦労をしたか、身をもって知っております。同じ苦難を我、妻子にさせる訳にも行きません。ましてや幼子に、その様な経験は、耐えられないでしょう。この経験を私は、彼女に、直に昏々と聞かせております。故に既に、生まれてくる子供の名前と、我が家に代々伝わる守り刀を妻には、授けております。妻も、その話と所作で納得をしてくれました。しかし私も、妻との別れに、子に遭わぬ事に、何も感じなかったか?と問われれば『否』とお答えするしかないでしょう。ましてや、まだ見ぬ我が子の顔を拝んでもいない事は、非常に辛い事でもあります。勿論、帰国後、新たに妻帯する事も、今は、全く、考えておりません」

眞乘は、言葉の後半、天井を見つめていた。

その仕草が、其処に居る女たちの感涙を呼んだ。

「今、彼女や子供の事を考える事は、私を頼る家臣や、私を派遣団に選別して頂いた、将軍家や主家の殿様の『命』を蔑ろにする事を意味します。それ位、心が折れる『程度』の力を我が妻子は、私に対して持っております。ですから、私は、妻子の事を極力思い出さぬ様にしておりました。」

眞乘は、天井を見上げながら、絞る様に、一字一句の答えを紡いだ。

「兼本様、大変失礼な言い様でした。お詫び申し上げます」

キャサリンも溢れる涙を拭いながら、眞乘に言葉を掛けた。

仁八は、キャサリンに近い側に座っていた儀輔の元から逃げて来た、セシルの子供達をそっと横に置き、ダイニングテーブルに手をついて俯いていた。

そして宗右衛門は、遠く故郷に於いた新婚の四阿に思いを巡らせて、やはり天井を見上げていた。

「甚八よ」

江藤(儀輔)は、日本語で眞乘を呼んだ。

「其の方の美亜に対する思いは、解った。此処は、一旦儂等に預けぬか?ただし刻限は、服部殿も気にしておられる。故に、三日としよう。明日から数えて三日程、儂等に、その方の時間をくれぬか。」

セシルに対し、いやキャサリンに対し、彼女の側に居た仁八が、簡単に儀輔の言葉の大意を『儀輔の言葉に頷いた後に』説明した。

服部も、この両名の言葉を受け入れた。と同時に、イングランドの諜報力を“その実態と実力”を測る絶好の機会とも捉えていた。

「セシル殿、では、『三日』と言う刻限で如何な事が、御身の力で可能でしょうか?」

服部の物言いは、ストレートだった。

「はい、先ずは奥方を、近隣の港まで、どの位の時間で来られるか?確かめてみましょう。明日一日下さい。其の上で、次の策を考えたいと存じます」

セシルは、予め算段してあったかの如く答えた。

既に、儀輔、マコーミック大佐との三者間で『算段』が取れており、マコーミック大佐の手下の者が、フランスに潜入し、儀輔、セシルの算段を書き綴った親書をツールーズのビュルシャールの元へ届けるべく走っていた。その回答は、明日の夜までにサン・ジャンス・ド・リュズ港経由で、ブリストルに予め移動していたマコーミック大佐の元に届けられる手筈であった。サン・ジャンス・ド・リュズ港には、イングランド海軍が誇る、最新の快速カッター船に、イングランド海軍の精鋭が乗船して、停泊していた。彼等は彼等で、この港を大陸に於ける(対スペイン)イングランドの橋頭保にすべく、動いていた。

二日後に届いた、ビュルシャールからの返書の内容は、驚くべきものが在った。まず、眞乘の存在が、如何にフランス国内、特にリシュリューの息の掛かった者たちの間で『大きい』か!が、はっきりと、読み取れた。

勿論、儀輔の意見にビュルシャールは『全く』異存は無く、万事、滞りなく且つ安全に、彼等が取り計らって、美亜と眞乘の息子は、サン・ジャンス・ド・リュズに連れていく事、しかも、この手紙が眞乘の手元に届く迄に、その手筈は整えておくことが、記載されていた。しかもサン・ジャンス・ド・リュズには、眞乘以下、日本の侍には、最低四日以上滞在して頂ける様、宿泊施設等も、フランス側が、万事滞りなく準備しておくことが記載されていた。そして、必要とあらば、眞乘等を通して、リシュリューは、アヴィニョンよりセシルに会う(話し合いの機会を持つ)為に向かう事は『厭わない』旨、記載されていた。故に、四日の日程は、欲しいという事であった。

「なんという事だ!あのリシュリュー卿が、この様な若輩者の私に(なんかに)遭う為に、身の危険を押して、アビニオンから来て頂けるとは!」

セシルは、此の返書を読み返さずには、居られなかった。

そして、まじまじと、横に居る、兄のように感じ始めていた儀輔の顔を見た。

儀輔は『然も在りなん』と云う表情を浮かべつつ、執事に向かい、眞乘以下、侍達を呼びにやらせた。

もうこの頃には、儀輔の意は、セシルの意と、屋敷中の使用人は、認識していた。

眞乘の前に、キャサリンと息子、そして仁八が、子供達やメイドやシェフも引き連れて、セシルや儀輔の居る執務室に入って来た。

子供達は、そこに仁八以外に、儀輔が居るので非常に大人しく、しかし嬉しかった。

キャサリンは、事の次第を夫より聞き、驚きの表情を浮かべていた。

ミスター兼本は、序列こそゲスト(侍)の中で一番かも知れないが、その様な大物とは、思っても看なかった。

セシルは、この事を国王の耳に入れる必要はあるが、その前に、ベーコン卿の耳に入れ、我が国としての基本姿勢を決めておかねばならない。と云う『必要性』を感じていた。その様に思案に耽っている中、眞乘と服部は、宗右衛門を伴って執務室に入って来た。

「実は、フランスよりこの様な、親書が届いております。差出人は、ツールーズのビュルシャール殿からです。内容は、奥方と御子息を安全にサン・ジャンス・ド・リュズ港迄お連れするので、其処でご対面を果たして欲しいと云う内容になります。」セシルは、書面を片手に持ち。眞乘の顔を見据えて語った。

「して、それ以外の条件は?」

それに対する、眞乘の反応は非常にビジネスライクであった。

「はい、兼本様には、其処に最低四日は、逗留して頂きたい。その間にリシュリュー卿が、アビニオンから来る為の算段を図りたいとの事です。」

「で?」

眞乘の返答は、益々ビジネスライクに素っ気無くなって行った。

「この書面には、裏があると思うのじゃが、江藤殿は、既に内容を把握されておる、と思うのじゃが?如何か、存念を承りたい」

服部がこの会話に割って入った。しかし、それは、眞乘も知りたい部分でもあった。

「うむ。これはイングランドとフランスの関係構築の仲立ちに、儂等は、関わるべきか?否か?という事じゃろう。此の文面には、セシルの同行も認めておるでな。」

セシルは、この義兄も『唯者』ではない。と知った。義兄と考える関係、故に自身を呼び捨てにした儀輔の言葉には『儂の大切な義弟の為に、この件に関わってやろう』と云う、儀輔の温かい気持ちが感じられた。その証左に、この言葉を儀輔が発している最中。子供達は、仁八の元から、儀輔の足に纏わり付いていた。この姿が全て。で在った。

「殿、火中の栗をこの際だから、拾って進ぜましょう」

日本語で仁八は話し、仁八は、子供達の目の高さまで、膝を落し、儀輔の膝元に纏わり付く子供たちを引き寄せる為に、手を広げて、焼き立ての菓子を彼等の目線に落とした。

「儂等が居れば、如何にカソリックの阿呆共(国王)が、来ようとも、セシル殿の安全や、儂等の安全は、確保できる筈じゃ。それに、リシュリュー卿とて、身一つで来る事は、或るまい」

服部は、予想外に肯定的な意見を発した。彼は彼で、彼が指導した衛視達の、心身の成長も、確かめたいとも考えていた。

セシルは確かにこの四名は、下手な軍隊程度の実力を兼ね備えている事は、実感していた。増してや、義兄や服部が育てた兵士が、リシリュー卿に付いている事は、その思いを裏書きするのに充分であった。

その思いを察してか?宗右衛門が

「殿、バンブローナー城の現状は、どうなっているかを探索させては如何でしょうか?」

此れは英語でセシルにも理解できる形で尋ねた。

「バンブローナー城?」

セシルは早速、この場所の事の次第を質問した。

「……そうですか、其処は元々リシュリュー殿の本拠地でしたか」

セシルは全て事情を把握した上で、ブリストルの叔父(マコーミック大佐)の元に探索の依頼を出した。

「一両日中には仔細がハッキリするでしょう」

セシルの回答は明確で、自信に溢れていた。

服部は、もうイングランドの諜報能力に関して、詮索する事は止めていた。唯、この件を国王の耳に入れる事は、強く制止した。

「もし国内の異なる見解を質すならば、ベーコン卿で在ろう」

この服部の見解は、眞乘の同意する処であった。

「流石、隠密じゃのう」

儀輔も同意を示した。

早速ベーコン卿の在宅を確認した上で、彼の屋敷に、眞乘、儀輔、服部、そしてセシルが馬を飛ばした。


若いが、一応自身と異なる見解に立つセシルの訪問は、ベーコンを驚かせたが、彼の著書を読んで彼の考え方を熟知している、眞乘は、卿の同意無くして、自身達がフランスに行く事は、イングランドの為には『ならない』と考えていた。そうベーコンが、当分の間、イングランドを率いる人材と、彼は、考えていた。

「突然の訪問お許しください」

セシルの前に、眞乘がベーコンに話をした。

「これは、これは、どう言ったご要件かな?」

執事や家人を押しのけて『押し入り』話を掛けて来た、この東方から来た武人達を訝りながらも、ベーコンは、穏やかに対応した。

そう、今や、儀輔以下、日本の侍の強さを知らぬ、ロンドンの人間は、市場での事件や、王宮の一軒以降、皆無だったので、彼等の来訪で、既に痛い目に遭わされているベーコン家の家人達は、皆、慄いて居たのだった。しかも、ベーコン自身、結婚して、まだ数年ではあったが、彼の妻は、邸宅に『不在がち』である。という情報をセシルは得ていたので、邸宅に押し入る事は、容易かった。

「さすればで、御座る」

眞乘は、事の次第をベーコンに伝えた。

「で?要件は?」

ベーコンも薄々は、彼等の来訪目的を理解していたが、質問で切り返してきた。

「はい」

自身と年頃が変わらぬ事は、後から知ったのだが、外観的には老獪に見えたベーコンに対し、眞乘は、(へりくだ)って質問した

「さればで、御座る、私が我が妻子との面会を帰国前に成すのに、斯様な日程と共に、セシル卿の同道を要求して来た。という事は、リシュリュー卿の意図としては、イングランドの出方を知りたい。という事に外ならぬと、勝手に、卿のお考えを学んだ私としては、採らざるを得ません」

眞乘は、懐から、マコーミック配下の齎した(もたらした)報告書をベーコンに手渡していた。

「ふむ」

儂の本でも読んだのかな?と訝りつつ、ベーコンは、話を促す相槌のみをした。

「実を申せば、セシル殿の本棚に在った卿の著作は一通り目を通させて頂きました。で、卿も既に御存じの通り、リシュリュー卿は、カソリックの枢機卿ではございます。しかし、私の(じか)に話し合った印象では、人物としては、非常に現実的な選択を好む人物と見ております。故に、原理主義的で、過去に捕らわれ、教条的な考えを持つ人間からは、嫌われるのでしょう。しかし、隠然たる『力』を、中央から排斥された今でも『維持』しております」

「今、それが、どの程度かの確認をして頂いております。」

「“どの程度かの確認”とな?如何してかな?」

この話の説明は、セシルが引き取った。

「……ふむ。それは確かに、卿の力が測れるのう」

ベーコンは、初めて意見を述べた。

「しかし何故その様な、貴殿等に取って何の『益』にも為らない事に、異邦人である貴殿等が、首を突っ込もうと、お考えになられたのか?」

「さればで御座る、我が国の最も頭を痛めている点は、カソリック、いいやスペインの覇権でござる。彼の国が、我が国近隣や、新世界と、呼ばれている地域で、行ってきた彼奴(きゃつ)()の『所業』を我々が、知らなければ、斯様には、考えますまい。被征服の土着民を人間扱いせず、モノの様に扱い、唯々、その地の物を簒奪する。その口実となっているのが、カトリックと言う『まやかしの教義』で、ございます。そのスペインの所業を苦々しく見ているのは、日本以外だと、イングランドと、フランス、そしてオランダだけでしょう」

「彼奴等の意を挫く為、我々は、ここに存在しているのかも、知れない。左様に考えたのです。」

「しかし、我が国は、貴国の西の外れの島に、やっと商館を設立できた。が、未だ、通商関係が確立されておらぬ。又、当地から貴国へ行く脚すら、未だ完全には確立出来ては、おらん。左様な環境下で、我々に、何の『益』が在る?」

ベーコンは、意地の悪い返答を返して来た。

「貴国は、損得だけで動く国なのですか?貴国は、反カソリックを国是として掲げ、反スペイン覇権への大義は、無かったのですかな?」

悪意のある、返答で服部が応じた。儀輔は、苦笑いをしたい気持ちを嚙み殺した。

「確か?前女王の時までは、その様な気概に溢れた国だった、と、我が国に居るアダムスより聞いては、いたのですが?」

服部は、畳みかけた。そして、最期に

「我が将軍家は、貴国より、オランダを選ぼうとしているのは、確かです。そしてオランダは、我が国迄の航路を確立している。しかし、彼の地域は、未だ、完璧にスペインから独立を果たせていない事を我々は知りました。我々が、無事帰国できた暁には、この事実は、報告せねばならぬでしょう。」

ベーコンは、『むっ』とした表情を見せ、押し黙った。

「ベーコン殿、私は貴殿の書かれた書物の中の、この一節が好きです」

眞乘は、懐から懐紙を取り出した。そこには、こう記してあった。

「“Nam et ipsa scientia potestas est. これは英訳すれば『知は力なり』となりますね?私の解釈では、我々が、当地に至る迄、経験してきた事や、観察の結果、得られた知見を整理・総合する事で法則を見出す事が肝要である。と、私は、理解致しました。私の解釈に対し、ご教授願いたい。」

ベーコンは、眞乘を見やり、驚きの表情を見せた。

確かに、この人物はラテン語も理解する。とは聞いてはいたが、ここまで深く、文章を捉える人間とは思わなかった。

「貴殿の解釈は、私の書いた意志と変わらない」

ベーコンは静かに答えた。

「ありがとうございます。ではその考え方を実践しようとしている身として、私が今迄、経験し、得て学んできた知識が、『卿』こそが、当分の間、当地を統べる人材と、見ております。その方の同意無くして、私事に囚われる事を私は『(いさぎよ)し』とは、致しません。」

「なんと!貴殿は、自身の妻子の事より、此のイングランドいや、この地域の安寧を“如何に図るか”を考えておられるのか?」

「何故じゃ?」

ベーコンは、怪訝な表情で眞乘を覗き込んだ。

「卿は、異なる著作の中で、先入観や、経験則にのみ準拠し、一旦、思い込むと、全ての事をその『思い込み』に合致するように、創り上げてしまう性向を人は持つ、こうした『思い込み』は、例え、その『考え』に反する事例が、多く現れても、その様な言質は、無視乃至は、軽視しがちである。その『危険性』を説いておられます。我々も“同じ様な(偏狭な)考え”に凝り固まった、愚かな人に、悲しいかな、異国の戦場で、数多く遭遇しておりました。同じ過ちを私が『多くを学んだ』この地の方々に再び冒しては欲しくない。其の一念に過ぎません」

儀輔は、此処には居ない、宗右衛門の『故郷(朝鮮)の両班階級が、信奉する朱子学の事だ。』と、理解した。

しかしそれ以上に、ベーコンは、この異邦人お言葉に感銘を受けていた。

「左様か。ならば其方の言葉を信じざるを得まい」

「左様、我が国にも、旧習を全て、『是』とし、その慣例のみを持って法と成す『浅はかな者』が少なくはない。」

セシルは、コモンローを大上段に振り翳し、王権の制限を声高に謳うエドワード・コークとの論争を思い返していた。

ベーコン自身は、本当の処、現国王の治世を全て肯定している訳では無かったが、自身の発言力を政権内で確保しなければ、何も始められない。と云う前提で、王権の強化の為に、自身の論理を活用していた。しかし彼(眞乘)は、自身の訴求したい『核心』を付いて来ていた。素直に嬉しかった。

「さすればで、御座る。今当地イングランド隣国フランスは、共通の敵が居る。と拝察しております。そしてこの共通の敵は、この地域の『大局を鑑みた』時、両者で、協力して『排除』すべき。それが、両国、引いては、我が国、いや世の為にもなる。と考えております。この件に関しては、フランスのリシリュー卿と某は、同じ見解を有して御座る。そして、この国を統べる卿に於かれましても、又、此処に控えし、セシル殿も同じではないか?と拝察しております。故に、お二人の陣営が、些事に拘り、大局を見失う事は、為には成らぬと、考えておるのでございます。しかし本件、武力を持って成すべきか、謀を用いて、篭絡せしめるべきか、現時点では、此の無能な某のお頭では、図り兼ねて居ります。然るに、卿のお考えをお聞かせ頂きたいと、不躾乍ら参上させて頂いた次第です。」

「其れは国か?はたまた勢力を指しているのか?存念を質したいのじゃが」

ベーコンの言葉は、すっかり丁寧で、優しく変わっていた。

「国を亡ぼす事は、容易くは、ない。と思いますが、勢力を削ぐ事は、容易いかと」

「確かに。貴殿がフランスのツールーズで示唆した仕掛けを作り直せばよい」

ベーコンも既に眞乘一行のフランスでの所業は、研究している様であった。彼の言葉は、満足気であった。

「宗教は、宗教の『儘』で在れば良く、精神的な救いに留め、実態に影響を及ぼす事は、断じて容認してはならん」

「左様」

眞乘は『これでイングランドの方針は、決まった』と思った。

ベーコン邸での話し合いは、暗くなっても続いたが、具体的な算段は、セシル率いる諜報部隊と、彼の叔父であり、実働部隊である、マコーミック大佐率いる、イングランド海軍との間で、細目を決めていく事となった。ただベーコンへの報告は、絶やさぬ事。

これが必須条件では、あった。その代り宮廷対策は、専ら彼の統べる作業となった。

勿論、其の統合指揮官は、兼本達『侍』であった。


(サン・ジャンス・ド・リュズ港)

晩秋のサン・ジャンス・ド・リュズ港は穏やかであった。既にフランス側により、港を見渡せる丘に、風呂の完備された小振りな屋敷風の宿舎が、眞乘一行の為に用意されていた。

美亜と息子は、既に、その屋敷の応接で、夫であり父の帰りを待ちわびていた。

眞乘一行は、宛がわれた宿舎へ、徒歩で向かわねばならなかった。屋敷の門が開く音がする前に、その足音で美亜は、息子を抱えながら窓に飛びつき外を眺めた。玄関の扉が開く音に続き、彼女らが待つ応接室の扉が開くと同時に

「ジンパチでございます」

美亜は、腕に抱いた我が子をそっと眞乘に渡した。

彼女は、息子を夫に渡すよりも、夫に縋り付きたい気持ちを抑えて、夫に我が子を託した。

眞乘は始めて見る『我が子』なる存在に、少しまごついたが、しっかりと彼を見つめている、子供の顔を眺め、息子が、自身の人差し指をつかむ感触に、単に感動していた。

しかし無言で我が子を見つめる夫の姿を見て、美亜は、少々ジェラシーを感じていた。

眞乘の後に続いて入って来た、セシルやマコーミックは、その姿を静かに見守っていたが、玄関戸を開け、室内に入るや否や、服部と儀輔は、その造りや構造を丹念に探索していた。そして宗右衛門と儀輔も応接部屋に入る事なく、其の入り口付近で不審者が入らぬ様に、警護の任に能っていた。

勿論、港から屋敷までの辻々には、船内警備の要員を除く儀輔に選抜されたイングランド海軍の軍人(マコーミックの部下)が配置されていた。が、屋敷内には既に、美亜と共にいた、ビュルシャールと、親方夫婦が居たので、仁八は、広間で親方夫婦の歓迎を受けざるを得ず、ビュルシャールは、旧知の宗右衛門と共に応接に同道して入室して来た。

彼等は、互いにハグをして。眞乘が

「彼が我妻の保護を専らして頂いた、ツールーズのムッシュ・ビュルシャールです」

と、2名のイングランド人に紹介した。

「如何ですかな、ご用意させて頂いた屋敷は」

ビュルシャールは、少し得意げに眞乘に質した。

「忝い。未だ着いたばかりで、屋敷内を見渡してはいませんが、こうして妻の美亜と再開できたのも、ムッシュ・ビュルシャールのおかげと感謝しております」

「こちらの方々が?」

「はい、イングランドのセシル卿と、その叔父上で在らせられる海軍大佐のマコーミック殿でございます」

眞乘が、彼等も紹介すると、彼等は、ビュルシャールに軽く会釈をし、手を差し伸べた。

「はじめまして、セシルの叔父の、王立海軍の大佐キャプテンのウィリアム・マコーミックと申します。以後お見知りおきを」

次いで年の若いセシルは。

「イングランド、ソールズベリー伯のウイリアム・セシルと申します」

「お二人とも、達者なフランス語を話される」

ビュルシャールは満面の笑みをたたえ乍ら、若干の緊張感が顔にはあった。そう彼は、フランスを代表する大都市の領主であるが、目の前のセシルは、若いとは言え、イングランドを代表して、此処に来ている事は、自覚が在った。彼に相対するのは、明日か?明後日には、此処に到着する、リシュリュー卿が、相応しい。その様な考えが、表情には表れていた。

「今晩は当地で、ゆっくりと旅の疲れを癒し、明日にお備え下さい」

ビュルシャールの秘書(通訳)が、英語で、彼等に語り掛けた。

その、言葉を待って、ビュルシャールの後に続く格好で、セシル、マコーミックは、部屋を退出し、眞乘は、久々に美亜と息子の水入らずの空間を得た。ジンパチは、その間、泣きもせず、初めての、父親の腕の中で、安心しきって眠っていた。

既に、部屋割りはビュルシャールの執事(秘書)を通じて宗右衛門が把握しており、退出して来たセシル、マコーミックに各々の居室の説明をしていた。仁八は、美亜が土産で持って来ていたトマトを手に、久々に会う親方夫婦と共に、適当なフランス語と英語で、今晩の献立の相談に入っていた。彼は、ビュルシャールが準備させていた食器にはとても満足していた。儀輔は、既に、ビュルシャールが用意した館の構造、周辺や水回りをチェックし、宗右衛門に命じて風呂の準備をさせていた。服部のみが、習性で、屋敷や付近をくまなく探索していた。結果、その存在を誰にも気にする者は、いなかった。船が停泊している港以外に、屋敷周辺で警護に当たるイングランド海軍の兵士には、この服部の周辺域への『巡察』的な振る舞い、彼等は英語を介し互いに意志疎通が出来たので、より一層の緊張感が、走っていた。

親方夫婦と仁八は、美亜が、土産で持参した、食材を使い、久々の美味い、フレンチと和食の混合作品を調理した、親方の妻は、仁八から見ても確実に料理の腕を上げていた。

その前に、ジンパチは、たっぷりと母の乳を飲み、父の前で、初めての『げっぷ』をして見せ、眞乘を驚かせたが、既に父親の経験がある宗右衛門を除く全員は、その姿を見て

『この子は将来大物になる』という確信を持った。

夕食時間、美亜の横で寝ていたジンパチは、食後酒のワインを彼の秘書と共に、持って現れたビュルシャールと、同じくウイスキーを持参して来た、セシル、マコーミックという見慣れぬ格好の外国人を見て泣き出した。仕方なく美亜は、ジンパチを連れ自室に引篭もらずを得なかった。眞乘を含む男達だけが食堂に残り、ビュルシャールにより、現状のフランス、乃至は、ツールーズの現状の説明が始まっていた。

親方の説明で、未だ儀輔や服部の仕掛けた罠は、活きていて。これだけでも、美亜の周辺環境は安全だったが、ビュルシャール以下、ツールーズの住民が、眞乘の『妻』としての、美亜に対する対応が『それなり』に敬意に満ちた態度に変わったので、彼ら親子の安全は『守られ続ける』と云う確信を持っている旨、親方と、ビュルシャールの秘書(通訳)を通じて全員に伝えられた。

問題だったカソリックの司祭も、大学組織の中で己の研究に勤しみ、ユグノーである市民(生活)に関与する事は無くなって行った。

又、バンブローナー城内のユグノーの衛視達のかなりの人員が、ツールーズ市民となり、その防衛の責務を任じていたので、仇や疎かにカソリック、特にスペインからの侵入に関しても、万全である。という事であった。

ビュルシャールに執って、唯一の気掛かりは、フランス北東部に居る、国王以下王室政府の動静であり、リシュリューの動向だけであった。ツールーズは、フランス国内に於いて、ある意味で、独立した都市国家化しつつあった。

徐々に、親方は、仁八とのテクニカルな話題に。

『フランス国内や、近隣の情勢判断を質す』という意味で、ビュルシャールは眞乘、儀輔と。

セシル、マコーミックは、服部と今後(の防備)に関する会話。と云う格好で三組に、収斂されていった。

宗右衛門が、風呂の仕度が終わった。という合図で、ビュルシャールと服部、儀輔は、眞乘に一番風呂を急かした。

セシル、マコーミックは、部屋に立ち寄り、子供と美亜を連れて行く事を『忘れない様に』とウィンクしつつ、余計な言葉を付け加えていた。眞乘は苦笑いを浮かべつつ、男だけの、此の心地よい歓談の輪から退去せざるを得なかった。

儀輔には『ビュルシャールの土産ワインとセシル、マコーミックの土産ウィスキーを独占したかった』という下心も多少は、あった。

ビュルシャールの設えた浴場は、十分な空間が在り、仁八に指示され宗右衛門は、一番風呂を比較的ぬるめに設えていた。美亜の土産で持参したタオルに包まれたジンパチを湯船に入れ、体を温める。この『ぬるい』お湯が、はられた湯船には、ジンパチを含む美亜や眞乘をも包み込む広さが在った。彼等は久々にお互いの存在を湯船にゆっくり浸かり乍ら、確認し合っていた。

宗右衛門は、脱衣所に脱ぎ捨てられていた主人の着物を美亜が洗濯して持参した『真新しい着物』や、親方の奥方が持参した、新しい着衣に換え、乍ら、湯屋から聞こえる主人夫婦の会話を聞きつつ、四妓こと、今や金本紀野と、名を改めた妻の事を考え、帰国を夢見ていた。


翌朝、丁度、全員が、朝食を取り終えた頃に、見慣れた顔のフランス衛視が、食堂に飛び込んで来て、リシュリュー殿が、間もなく到着する旨を全員に、伝えた。セシル、マコーミックは安堵の表情を示し、控えの者(警備兵)に、くれぐれも、周辺のイングランド警備兵に、粗相の無いように厳命した。

服部も席を離れ、警備兵の後を追った。美亜は、生き責を切って入って来た、フランス衛視に、水と、絞ったタオルを渡していた、此の作法は、仁八仕込みであった。

外では、親方が彼の騎乗して来た馬の世話に勤しんでいた。

キツく絞られた濡れタオルで顔を拭きながら、衛視は、儀輔に向かい一礼をした。

彼も又、儀輔の愛弟子の一人であり、腰には、親方が仁八の指導の下、鍛えたサーベルが吊ってあった。


リシリューは思わぬ人物を伴って来訪した。中国人武将でもあった、リシュリューの通訳のチェン(程)が満面の笑みを持って彼等を出迎えた。チェンは、リシュリューの個人的なボディーガードとしてアヴィニョン(Avignon)にも、付いて行き、そして此処へも、付いて来ていた。チェンは『独学と経験』で昇華させた『つもり』の、自身の武術の腕を、彼の師匠である、儀輔や服部に判断して欲しい衝動が強かった。

「ムッシュ・エトウ」

リシューの何気ない言葉が事の発端となった。

儀輔には『堪らない』提案で在った。しかし、服部は、いきなり、対儀輔では無く、自身も育成に関った、フランスの軍人の錬成具合も、この際だから測ろう。と提案した。しかしこのトーナメントには、一人足りないので、其処に、宗右衛門が組み込まれた。最近まで儀輔に錬成されていたイングランド海軍軍人。その中の勝者と、フランス衛士内での勝者の戦いは、戦前の予想を覆し、フランスの辛勝で在ったが、彼と戦うチェンは、棍棒二つで、そのフランス衛士を瞬く間に圧倒した。

それ迄の経緯をつぶさに見守っていた宗右衛門は、チェンの実力を十分認識し、眞乘や、儀輔に学んだ柔術の技が、最終的な決め手と考えていた。末恐ろしいと皆が感じたのは、美亜や眞乘が腕に抱くジンパチは、この試合の最中、泣きもしなかった。この事実であった。

眞乘は、少し三者で話す時間が欲しい、と感じていたが、この場の空気は、それを許す気配が微塵も無かった。

此処までの三者の戦いは、その場に居たイングランドとフランスの軍人の距離を見事に、縮めていた。

勿論、それは儀輔の三者の戦いに対する寸評。そして、彼等の指導からら離れて、数か月経ったフランス軍衛士の自己鍛錬の結果を称える、儀輔と服部、両名の言葉が大きかった事は、間違いなかった。

「リシリューの掴みは、この空気感の演出に在ったのか」

思わず、眞乘は、感心せざるを得なかった。

宗右衛門は、最初に敗退したイングランド軍人の木剣を手に、正眼に構えチェンの出方を測った。

チェンの攻撃は、今まで彼が学んで来たり、経験して来た、それとは異なり。連続し息をつかせぬ足技からの、要は『功夫』と呼ばれる、福建から四川にかけての少林寺の戦い方がベースに在った。仁八の

「危ない!」

という言葉が何度も、宗右衛門に掛けられた。

宗右衛門は、その連続した攻撃を避けるのに苦労していた。しかも攻撃側のチェンの息が上がっていないのに対し。宗右衛門は、攻撃を避ける事に集中し過ぎて、肩で息をする様になっていた。思わず彼の木剣が俯いた隙をチェンは見逃さなかった。宗右衛門の懐深くに入り込めたチェンは、宗右衛門の腕の動きを止める事に成功した。

「そこまで」

宗右衛門は、眞乘や仁八に学んだ、柔術のわざ処か、儀輔に学んだ、剣術の技すら出す事も出来なかった。

『完敗』を認めざるを得なかった。儀輔の静止が無ければ、確実にやられていただろう。

「チェン、見事である」

眞乘のフランス語は、未だ生きていた。しかし、儀輔は、既にチェンの弱点を見抜いていた。儀輔のチェンに対する戦いは、宗右衛門の1/10以下の瞬時に付いていた。

勿論、チェンは、打ち据えられ、両手から棍棒は離れていた。美亜は、チェンに濡れて硬く絞ってある、タオルを差し出し、額の血を拭った。しかしチェンには、喜びを表す満面の笑みがあった。

彼は膝を付き、右手の拳を左手で包む、中国式の作法で、師匠に礼を述べた。寸止めであったので、頭蓋が割れる様な打ち据え方では無く、単に表皮を切っただけであったが、その木剣の速度は、儀輔がチェンの両手から棍棒を追い払うのに、十分な威力が在った。

この場に居る誰もが、儀輔に逆らう事は

「在り得ない」

と、再度、認識させられていた。

すっかり打ち解けていた、イングランドとフランスの軍人達は、各々の責務を協力して果たす事を再度自覚した。我が国のリーダーと、客人の安全の確保。それが彼等の当座の使命であった。

と同様に、セシルは、リシリューにイングランドの真意を伝え、フランスを今後導く、この賢者の考え、教えを乞うた。この会談は、二日以上の時間を要した。

その間隙を縫って、リシリューは、美亜と眞乘の今後に関して、そして、ビュルシャールは、ツールーズの街の運営に関して、眞乘を離さなかった。

また服部は、フランス衛視。いや、今や、彼の門弟と言って相応しい、連中に、引っ張りだこで在り、今回(試合で)の至らなかった点に関して『寸暇を惜しまず』と言う体で、入れ代わり立ち代わり、質問と実地の指導を求めて来た。

チェンも同様であり、イングランド海軍兵士が、付け入る隙も無く、儀輔から離れなかった。

同様に親方夫婦は、仁八を離さず、勢い、宗右衛門はジンパチ専属のベビーシッターと云う時間が延々と続くように感じられた。

しかし、双方に採り、この幸せな時間は、1週間は、持たなかった。

フランス王ルイ13世の母親である、幽閉され権力を奪われていたマリー・ド・メディシスが、王の弟と図り、幽閉先のバロア城から抜け出した。という知らせが飛び込んできた。

方々を探し回った、王の従者は、サン・ジャンス・ド・リュズ港に、その存在が在ると確認し、はるばるアビニオンから来たようだった。王が期待するのは、チェンを見れば分かるように、リシリューと、その子飼いの武力であった。

結局、眞乘と美亜の今後に関する結論は出せず、美亜は、ビュルシャールと親方に伴われ、ツールーズに戻る。それが最も安全な現状の『策』である。と言う決定の下、渋々、しかし今回は、夫の立ち位置を理解した上で、ジンパチを連れて、帰らざるを得なかった。

リシリューは、王命に即、従わなければ、ならない立場に再び返り咲いた。

しかし眞乘は、この一週間の彼の言動に『一抹の不安』を覚えざるを得なかった。

この感覚は、服部や儀輔も同様であったようで、服部は、彼に指導を仰ぐフランス衛視の希望が、より実践的な防諜方法であることから、リシリューの考え方がカソリックの身を纏いつつも、より、内向きに成っている確信を得ていた。


(ベーコンの考え)

この件は、帰国便(オランダ行き)が、同じ船であれば、船上で、そうでなければ、リシリューの出立後直ちに、巧くセシル、マコーミックに因果を含める(彼等のフランスに対する見解を説明する)べき。と、考えていた。その役目は眞乘以外には居ない事は、服部も、儀輔も自覚していた。何時の間にか、日本の侍達は、イングランド、即ち、セシル、マコーミック、そしてベーコンの立場に立って、物事を捉える様になっていた。

帰国と言う言葉が切実になって来た頃。眞乘は、ネーデルランドのアントワープ迄の経由地であるブリストルに、イングランド到着日に整備させていた温泉で、マコーミック以下海軍士官とセシルに、今回のフランス行きでの印象を話す『機会』を持った。服部は、その席に同席したが、儀輔以下三名は、その間、イングランド(欧州)最後の温泉を堪能していた。

服部は、最初躊躇した。

と言うのも、ブリストル到着後、儀輔以下三名と共に、マコーミック以外の、若い士官は、寸暇を惜しむ様に、フランス衛視に負けた理由や、チェンに対抗する術の稽古を付ける任(彼等の希望)に当たっていたので、彼自身も汗を流したい『衝動』は、あった。

しかし、船中で眞乘の認めている原稿を一瞥した時、彼自身が、現地で感じた感想が、抜けている事に気が付いたので、彼は、それも付け加えるべく、この会議を優先した。

其処に、ロンドンから結構、距離の在る、ブリストルに、ベーコン卿は、この機を逃すと、もう日本の侍、特に兼本と話す機会を逸すると『危惧』して、大急ぎで、駆けつけて来たのだった。彼の持つ別系統の情報網も、しっかり活きている事が、ハッキリした。

「では皆様、揃った様ですので、私の今回のお礼を兼ねた、印象を述べさせて戴きます」

と言うと、彼は、懐から、懐紙一杯に認められた、渡仏記録に目を落した。

「基本、フランスは現国王の、正直凡庸な、取り巻きが権勢を維持している間は、私の、個人的経験を基にすれば、さして貴国の脅威には、ならないだろうと感じてります。」

「ただ、リシリュー殿が。一旦権威を確立したとなると、話しは変わって来るでしょう。そして、その可能性は十二分にあります。しかも近々に」

此の言には、セシルは、深く頷き、同意の意志を示した。

「セシル殿も、直に言葉を交わされ、お気付きの様に、彼は、カソリックとは言え、本質的には『絶対的な現実主義者』です。決して理念的な『宗教家』でも、過激な原理主義者でもない。損得を勘案し、何が『フランスにとって一番の得』になるかを慮った上で、行動を起こす人物です。そう、此処にいる、ベーコン卿に『近い考え方』をする『人物』でしょう」

眞乘は、ベーコンを一瞥しつつ話したが、一同は苦笑するしかなかった。そして畳み掛けた

「故に『良い悪い』という観念的な考え方では無く、イングランド・フランス両国の利害は、絶対に一致は、しないと言う現実的な『方向性』に基づき、全ての行動を起こすでしょう」

これが眞乘の結論であった。

服部は、眞乘の言質に付け加える形で、自身のフランスでの経験を語り始めた。

「実は私も気になる事がありました」

「と言うと?」

マコーミックが巧い具合に合いの手を入れてくれた。

「皆様も、私が滞在中、卿の率いてきた衛視、とは言え、彼等も、私の教え子では、あるのですが。その関係かと、最初は感じたのですが、今日の、大佐の部下の其れとは、明らかに異なり、具体的な、私の知識や技術に、質問や鍛錬の内容が集中していたのです。故に、江藤殿は、大佐の部下の鍛錬、私は卿の衛視の鍛錬と、滞在中は、別れる事が出来たのですが」

「ほう」

珍しくベーコンが合いの手を入れた。

「皆様ご存じの通り、私の出自は、忍者=諜報を主たる生業とする武士です。故に、美亜殿の家や、過日フランスでの謀議に対し、かなり罠の仕掛け方や、防諜の方法等を衛視達には教えてきました。彼等は、其の復習やら、他の注意点に関して、教えを乞うて来たのです。江藤殿の様な武器の扱いや、戦闘方法では無く。」

「故に、稽古後、傍に居た江藤殿も、何やら感じていた様で、フランス滞在最終日、彼とは。その件で話をしております」

「なるほど」

今回も、ベーコンが合いの手を入れた。

「正直申しまして、この技が、貴国に向けられるモノか?はたまた、国内の、リシリュー殿の対抗勢力に向けられる術なのかは、分かりません。しかし私の技を伝授した人間は、美亜殿を直接護衛する、親方以外ですと、彼等、リシリュー殿の部下達と言う事になります。今後十年以内に、フランスが貴国にとって『最大最強の敵』になるかも知れぬ、と言うには『厚かましい』かも知れませんが、貴国の情報網の凄さは、リシリュー殿も認識している事は、確かです。故に、貴国に対する策を講じているのや?も知れぬ。という懸念を、兼本殿の言葉に付け加えさせて頂き、今までの皆様のご厚情に対する、此の地を永遠に去る、日本の侍からの礼の言葉とさせて頂きたい。」

と言うと服部は深々とセシル達の方に首を垂れた。つられて眞乘も首を垂れた。

「私欲亡き、貴殿達の『懸念』に対し、我が国を代表して深くお礼を申し上げる」

ベーコンも、彼等の作法に則り、深く首を垂れ、つられてマコーミック、セシルも同様の所作を採った。

「我国が、貴国と友好的な関係を結べるかは、我々の、帰朝後の、報告も大きい。とは、存じますが、最終的な決定は、我国の首脳、特に服部殿の主でもある徳川将軍家(『国王』と、訳した)と幕閣の一存に掛かっていると考えております。もし宜しければ、ベーコン卿に於かれましては、イングランドは、我国と、どのような関係を結びたいか?その方向性だけでも、ご教授頂ければ、有難く存じます」

眞乘は、服部の言葉を引き取って、此の残り短いだろう、彼等との懇談の時間を無駄にするまいと、関心の本質を付いた質問を浴びせた。

「佳かろう。では本音を申し上げます。」

ベーコンは、ここで何かを隠しても『得』は無い。と決意した上で、語り始めた。

「正直に申し上げて、我国に貴国まで行き『どうこうしよう』等と言う野心もなければ、国力も、今は、無い。ましてや国王以下、私を含む重臣も、興味すら無い。強いて言えば『面子』、小領主に過ぎない、オラニエ候や、隣国のルイ王いや、リシリュー殿や、スペインのフェリペ王以下ハプスブルグ家に対して、我が国の存在をしっかり『認知』させる事以外に『割ける国力』なぞ、今は無い。と言うのが現実だろう」

ベーコンは後半、俯き加減に『ぼそぼそ』とした口調で吐き捨てるように語った。しかし以下は、首を上げ、しっかりとした口調に変わった。

「勿論。この様な状態が十年二十年と続く訳では無い。儂の死後、セシル殿が世の中の主体になる、いや、その御子息かも知れぬが、その頃には又、事態は変わって来よう。その為の種まきを、儂は『する』『農夫』の様なモノじゃ。故に、今『どうこう』と云う事は、言えぬ。」

自嘲気味だが、未来を向いて、ベーコンは、夢が在る事を述べた。そしてその言葉はセシル、マコーミックを感動させていた。

「判りました。正直、我国は、貴国より、あらゆる面で、今は、豊かです。自国で全てを賄う事が出来る、然るに、その富を簒奪しようと、耶蘇(カトリック)を信奉する南蛮諸国は、例外なく考えていると、看ておりました。特に、我が近隣の、豊かな地域に対する、宗教を絡めた耶蘇の国々の侵略の姿勢、方法を我が国は、この百年の間、つぶさに経験し、観察し、分析し、時に対抗して参りました。しかし、そのような姿勢を持つ国や人は、一部に過ぎない事も、今回の旅で、知りました、少なくとも貴国。いや貴方方には『今は』その様な、意志も姿勢も、無い。という事も理解しました。今後、貴国が豊かに発展した暁は、解りませぬが」

眞乘は、当地で覚えた、ウィンクをして見せた。

「唯、我国は、簡単には『貴国』を含む、この地域の威嚇には屈しない。その程度の武力を維持し続けて参ります。また一部の製造法には興味は持ちましたが、真似が出来ない程の物でもなく、個々人の戦闘力は、我々に比して、貴方のは、『大した事』は『今は』ない。という事も、実感しております。唯、その備えとしての、触角を維持し続けておく必要性は、帰国後、強く主張するつもりです。其の触覚の先が貴国になるのか、域内の他国になるのかは、私の関知する処では、ありませんが、帰朝後、当地で得た経験を踏まえて、我々の総意は、我が国政府に広く伝えは、します」

服部は、眞乘の言葉を引き取って続けた。そこへ、風呂を楽しんできた、儀輔達が戻って来た。時刻は、そろそろ夕餉の時間に差し掛かっていた。

「なんじゃ服部殿。まだ風呂に入っていなかったのか?」

それが儀輔の発した第一声であった。

「臭うか?」

服部は質したので、仁八と宗右衛門は深く頷いた。

ただ、そこに居たイングランドの人間には、違和感は『無く』結果、この日本語のやり取りで、何を話しているか、想像すら出来なかった。

儀輔に対して『掻い摘んで』ここ迄の顛末を話し

「誠に申し訳ない、私も最後の風呂を楽しませて頂く」

とセシルの方を向き、丁重に断り、服部は、席を立った。

服部と、入れ替わる様にして、マコーミックの部下であり、今や、儀輔のイングランド海軍に於ける一番弟子を任じていた、ギルバート大尉が奥から、師匠の最も好きな飲み物を持ってやって来た。

「大尉、大義である」

嬉しそうな儀輔の声で、ギルバートも、師匠の扱いには『もう慣れている』事が皆に認知された。

「湯上りの冷えた一杯は、洋の東西を選ばぬ」

儀輔の声は、仁八、宗右衛門の心の声でもあった。


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