第五章 「軍歌作詞とインタビューの打診」
市役所員である父の講演会前後における困惑が特に顕著だけど、私が巴図魯という中華王朝の貴人になった事は我が吹田家に少なからぬ影響をもたらしたみたい。
まあ祖父母や母は両手を挙げて喜んでくれているし、父も不慣れな状況に戸惑っているだけで娘の栄達自体は喜んでくれているから良いんだけどね。
それでは私が少佐階級の特命遊撃士として配属されている人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局や二年生として在学している堺県立御子柴高等学校ではどうかというと、どちらも実家に比べると拍子抜けする位に変化はなかったんだよね。
人間関係にしても周囲の環境にしても。
まあ、それも無理はないだろうな。
何しろ支局は巴図魯としての私を全肯定した上で軍務と公務の両立の為に便宜を図って下さったし、あくまでも民間人の少女でしかない一般生徒が市民講演会や中華街のイベントの来賓にどれだけの関心があるのかという話だよ。
もしも私がアイドルグループの栂美木多46や大浜少女歌劇団にでも入団したなら、そりゃ話は別だけどね。
だから数日振りの登校日でも特に騒がれる事もなく、叙任以前の穏やかな学校生活を送ったって訳だよ。
強いて変化を挙げるなら、漢文の授業が以前よりも一層に楽しく感じられるようになった事かな。
老子や荘子の思想にしても「戦国策」や「十八史略」みたいな中国史にしても中華王朝の貴人なら基礎教養のうちだし、中華王朝の在日大使館の職員さん達や華僑の方々と円滑にコミュニケーションを取れるように華語もしっかり勉強して会得したからね。
要するに私にとって漢文の授業は、巴図魯として身に付けた教養のおさらいみたいな物なの。
だから実家のように慣れ親しんだ歴史的逸話や賢人の思想が授業で言及されると、つい嬉しくなっちゃうんだ。
この時期の漢文の授業では「鶏鳴狗盗」の故事をテクストにしていたんだけど、孟嘗君が抱えていた食客達の様々な才能で窮地を脱する展開には「人間誰しも必ず自分の特技や個性を活かせる時が来る」って事を改めて実感させられたよ。
斯く言う私も愛新覚羅麗蘭第一王女殿下に瓜二つの容姿を活かして影武者の大任を成し遂げ、今日の地位を築き上げた訳だからね。
もっとも、かつては孟嘗君の持ち物で後に昭王の寵姫が欲しがった狐白裘は、たとえ中華王朝の貴人であったとしても簡単には得られないんだけど。
さっき古文の先生が言っていたけど、狐白裘と同じような白狐の脇の下の毛だけを使った毛皮のコートをハンドメイドで作ろうものなら、現代でも数百万円から一千万円の出費は覚悟しないといけないんだって。
そんなスポーツカーが買えるような大金を積む必要がある超高級コートなんて、とても手が出せないよ。
人類防衛機構からのお給料と中華王朝からの家禄を合わせてもかなりの長期ローンを組まなくちゃならないし、仮に買えたとしても臣下の分際でこんな高い服に袖を通したら王室の方々に申し訳が立たないって。
そんな高いコートなんかなくても、私には遊撃服と同じナノマシン配合の強化繊維製満洲服がある訳だから、それで良いじゃない。
老子だって「足るを知る者は富む」って言っているし、身の程を弁えるのは大切だよ。
そうして食客の個性に思いを馳せたり狐白裘に夢を見たりと「鶏鳴狗盗」の故事への理解を深めていたら、あっという間に四時間目の授業である漢文も終わっちゃったんだよね。
すると終業のチャイムが鳴り止まないうちに、白い遊撃服姿の華奢な人影がライトブラウンの長髪を揺らして歩み寄ってきたんだ。
「それでは千里さん、参りますか。」
「うん!ぼちぼちだね、英里奈ちゃん。」
同期の友達である生駒英里奈少佐に促された私は、レーザーライフルを収納したガンケースと通学カバンの二つを手早く纏め、やはり帰り支度をしている漢文の先生の方へ向き直ったんだ。
「先生!それでは私達は早退しますので、後は宜しくお願いしますね。」
「それでは『吹田さんと生駒さんは午後から公欠』と、松ノ浜先生にはその旨を御伝えしておきましょう。どうぞお気をつけて。」
この公欠の流れにしても、特命遊撃士として正式配属された中一の頃からそのまんまなんだよね。
まあ強いて挙げるなら、今までは「特命遊撃士としての軍務」の一辺倒だった公欠理由に「巴図魯としての公務」という新しいバリエーションが出来た位かな。
そうして堺県の県庁所在地である堺市堺区に聳える地上二十一階建ての支局ビルへ登庁した私と英里奈ちゃんは、軍用スマホでタイムカードの打電を済ませると集合場所である会議室に赴いたの。
巴図魯としての私の公務を臨時秘書としてマネジメントしてくれている特命教導隊の咲洲舞中尉と、今後の公務の予定について打ち合わせがあるからね。
それに英里奈ちゃんが同行してくれているのは、巴図魯としての私の身辺警護をしてくれるボディーガードという意味合いもあるんだ。
スケジュール等を一緒に聞いていた方が、ボディーガードとしてもやりやすいでしょ。
「ところで、吹田千里少佐。広報誌の『つつじ通信』と『さきもり白書』の来月号に、巴図魯の叙任を記念するインタビュー記事を掲載する運びとなりました。」
「そうなりますと、インタビュー取材の時間をスケジュールの計算に入れる必要に迫られますね。それにつきましては咲洲舞中尉に御任せします。」
臨時秘書の知的な美貌と軍用スマホのカレンダーアプリとを見比べながら、私はインタビューの質疑応答について考えを巡らせていたの。
基本的には今までのスピーチで話してきた内容に準拠する訳だから、過度に緊張する必要はない。
この時の私はそう考えていたんだ。
「畏まりました、吹田千里少佐。それでは今週金曜日の午後一時からのスタートと致しましょう。このインタビューと同時に軍歌作詞の為のヒアリングも行われますので、当日はその点も念頭に置いて頂けたら幸いです。」
「分かりました、咲洲舞中尉。金曜日の午後一時からですね。そして軍歌作詞の為のヒアリングも…えっ、軍歌?」
咲洲舞中尉に詳しく話を聞いてみたら、EMプロジェクトでの私の活躍と巴図魯としての叙任を顕彰して人類防衛機構のプロパガンダとする為に、私を題材にした軍歌を作詞作曲する事になったんだって。
「これは何とも壮大な事になりましたね、千里さん…」
「私もまさか、生きているうちに軍歌の題材になるとは思いもよらなかったよ。まるで『水師営の会見』の乃木希典大将や手毬歌の『一列談判』の東郷平八郎元帥じゃない。」
とは言え非常に名誉な事に間違いはないし、私に拒否する理由なんてないんだけどね。
そうして引き受けた私が為すべきは、インタビューで万全を期す事だけだよ。




