プロローグ第四章 「暗殺任務〜一介の狙撃手に甘んじられた准佐時代」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
そういう事情もあり、巡回パトロールや訓練生用送迎バスの護衛同乗のような通常業務の合間を縫う形でこのような特別任務も増えていったんだ。
割と人を選ぶ任務だけど、私としては自分の技量を表現する自己実現的な意味合いもあって遣り甲斐もあったけどね。
灰白色に染まった薄曇りの空ではあるものの、空気の澄んだ晩秋の日の午後。
冷たい木枯らしの吹き抜けるこの時期には珍しく風の殆どない穏やかな気候は街を行き交う民間人達には有り難い物だったらしく、表情や足取りもまた何処か晴れやかに感じられた。
そしてそれは、私のような稼業の人間にとっても同様だった。
「風速毎秒一メートル未満、空気中湿度は五十パーセント。広義の無風状態で空気の状態も申し分なし。なかなかの好条件ね…」
左目の生体義眼の網膜に表示させた各種の情報に目を通しながら、私は小さく口元を歪ませて微笑したの。
私が生命と魂を預ける仕事道具がそうした些細な気象条件によっておいそれと左右されるような軟弱者ではない事は、私自身がよく分かっている。
しかしながら手に入れられる情報は可能な限り集めた上で総合的に判断するのは当然の事だし、俗に言う「石橋を叩いて渡る」ような用心深さもまた必要不可欠だ。
ましてや、この時の私が心血を注いで取り組んでいた仕事の場合ならば尚更の事だった。
臆病とさえ感じられる繊細さと慎重さが成功の鍵となり、逆に尊大な蛮勇と粗雑さは全てを台無しにしてしまう。
無根拠な希望的観測に従った末に、「失敗しました」では済まされないんだ。
堺神高速の高架からも陸橋からも死角になった、雑居ビル屋上の看板の真裏。
そんな人目につかない空間に潜んで来たるべき時を一人で孤独に待つというのは、私の中にあるストイシズムとプロフェッショナリズムを刺激して実に心地良いね。
「ほう…奴さんもいよいよ御出ましって訳だね。『飛んで火に入る夏の虫』とは、正しくこの事だよ。」
そうして孤独と静寂の中で待ち続ける中、遂に大望の瞬間が訪れたんだ。
「補助AIも本人と断定…邪教徒共の残党を仕切る元締めめ、遂に尻尾を掴ませて貰ったよ!いよいよ年貢の納め時だね…」
観測者代わりとして飛ばしたドローンのカメラアイがリアルタイムで送ってくれる映像とデータベース内の資料写真を左目で照合させ、尚且つ照準器越しに自分の目でも確認を済ませると、私は来たるべき時が来た事を改めて実感したの。
今から数年前の話だけど、「黙示協議会アポカリプス」という危険なカルト宗教団体が無差別テロで日本を震撼させた事があったんだ。
爆発物や毒ガスのような兵器を用いた大量破壊に、審判獣と呼ばれる怪人兵器による武力行使。
これを危険な邪教集団をテロリストと認定した日本の公安組織は、複数の組織で連携して大規模な対テロ作戦を展開したんだ。
私こと吹田千里が特命遊撃士として所属する人類防衛機構もまた、そんな公安組織の一つだよ。
それで元化二十二年の夏に決行された「黙示協議会アポカリプス掃討作戦」により教団本部を攻め落とされ、ヘブンズ・ゲイト最高議長を始めとする主要構成員と多数の教団員を失った黙示協議会アポカリプスは、事実上壊滅状態に陥ってしまったの。
だけど掃討作戦の時に教団本部にいなかった連中や在家信者の中には、我々公安組織の摘発の網を掻い潜って逃げ回りながら教団の再興を企てている連中もいるみたいでね。
この時の私が暗殺対象として狙っていた奴も、そうした残党の一人って事だよ。
いずれにせよ、こうして標的が現れた以上は狩るだけだね。
小さく深呼吸をした私は、観測者代わりのドローンがリアルタイムで送ってくれる情報を左目で確認しながらレーザーライフルの構えと狙いを微調整し直したの。
闘争本能を静かに燃やし、精神を鋭敏に研ぎ澄ませて。
両手で構えた我が愛銃は、その活躍の時を今や遅しと待ち焦がれていたんだ。
「照準合わせ…誤差修正、マイナスコンマ三度!」
風とも呼べない微かな空気の動きが、ツインテールに結った私の髪を微かに揺らす。
この微細な空気の揺れが、私に好機を伝えてくれるよ。
「目標捕捉…距離良し、角度良し。」
こうなれば、照準器を覗く目と引き金に掛けた指に、全神経を集中させるだけ。
愛銃の銃身が伝える確かな重量感と、引き金に力を加える時の静かな緊張感。
これこそ正しく、狙撃の醍醐味だよ。
血湧き肉躍る白兵戦も良いけど、狙撃手としての真価を発揮出来る暗殺にはロマンがあるよね。
「レーザーライフル、撃ち方始め!」
引き金を引いた時の確かな手応えと、レーザー光線独特の空気が焼ける芳香。
射撃の瞬間がもたらす心地良さも然る事ながら、その後に得られる達成感はもう堪えられないよ。
「フフフ…随分と風通しが良くなったじゃない。」
そうして照準器で覗き込んだ先とドローンのリアルタイム映像の中では、脳天に風穴を穿たれた標的がビクッと硬直して倒れ伏していたんだ。
念を入れて胸部の心臓にも二発目を撃ち込んでやったけど、新たな血を噴き出しながら痙攣するばかりだったよ。
「真っ直ぐに極楽浄土へ逝かせてあげたから感謝するんだね。これぞ悪人正機って奴だよ。」
こうして一切の証拠を残さずに屋上から撤収した私は、武装オートバイの地平嵐一型に跨って一気に離脱したの。
交通量の少ない昼間の国道を飛ばす私の脳裏に去来するのは、「正確に任務を達成した」という誇りと「新たな戦功を挙げられた」という満足感だけだよ。
二つ名の「赤眸の射星」は、伊達じゃないって。
こんな感じで僅か数ヶ月前までの私は、組織や上官の命令を正確にこなす事に喜びを感じる至って平凡な准佐階級の特命遊撃士だったの。
勿論、「これから少佐に昇級したなら、もっと色々と深く考えなくちゃならないだろうな。」とは意識していたよ。
目の前で起きている戦術レベルの事だけに、いつまでも没頭してはいられないともね。
だけど年度切り替えに合わせて少佐に昇級した直後にあれだけ身辺の環境が変わるとは、私も予想していなかったなぁ…




