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『与命』

はじめに、この物語はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。ご理解いただいた上でお読みください。


あの出来事から一週間が過ぎた。

真尋は、まるで何かに追われるように、取材という名の現実逃避に身を投じていた。


デスクの上に積まれた資料の山。鳴りやまない電話。目の前に迫る締め切り。それらは、彼女の心に巣食う深い絶望から、かろうじて意識を逸らしてくれる唯一の手段だった。


だが、表向きは仕事に没頭しているように見えても、その思考の奥底では常に問いが渦巻いていた。なぜ、私たちはタイムリープできるのか。


新幹線での移動中、清真が半ば冗談で口にした言葉が、真尋の頭から離れなかった。

「お化け屋敷での事故が、タイムリープのきっかけなんじゃないか?」

あの時の記憶は断片的で曖昧だったが、もしかするとそこに何か鍵があるのかもしれない。


真尋は、2005年に起きたお化け屋敷の火災事故について調べ始めた。


図書館で古い新聞記事を漁り、ネットの片隅に埋もれたブログの記録をひとつずつ読み解く。

時には事故当時の関係者リストをかき集め、直接アポイントメントを取ることも試みた。持ち前の情報収集能力と人脈を駆使し、少しずつではあるが確実に真実へと近づいていった。


睡眠時間を削り、食事もろくに取らない。それでも、彼女の中で燃える小さな希望の火は決して消えなかった。

――この謎を解き明かせば、何かが変えられる。

その想いだけが、彼女を突き動かしていた。


そしてある日、真尋はついに、一つの情報へと辿り着く。


その頃、清真は抜け殻のように自宅で日々をやり過ごしていた。

カーテンは閉ざされ、昼間だというのに部屋は薄暗い。床には脱ぎ捨てられたままのボクシンググローブと、開封されぬまま転がるスポーツドリンクのペットボトル。


玲子を救えなかった後悔。そして、その母・正子をも守れなかった無力感が、清真の身体と心を重く蝕んでいた。


真尋からの連絡にも、「うん」「分かった」といった短い返事しか返せず、すぐに会話は途切れてしまう。


そんなある日、部屋のドアがゆっくりと開き、母・真璃まりが顔を覗かせた。


「アンタ、ボクシングはどうしたの?」

その声は、まるで遠くの砂嵐のように聞こえた。


「また前みたいに、家でゴロゴロばっかりして。年末の大会、出るって言ってたじゃない!」


清真の胸に、母の言葉が鈍く響く。


「また逃げ出すの? 決めたことは最後までやりなさい!!与えられた命でしょ、大事にしなさい……」


その言葉に反射的に叫ぶ。


「分かったよ!」


苛立ちと、どうしようもない諦めが入り混じった声だった。清真は散らばった道具を乱暴に掴み取り、そのまま家を飛び出した。行き先はただ一つ、馴染みのボクシングジム。


だが、ジムでも清真の様子は冴えなかった。打つ拳には力が入らず、ステップは重たい。目は虚ろで、心はそこになかった。


そんな清真の様子に、ジムの会長が鋭い声で叱りつける。


「おい清真! 何やってるんだ! そんなもんで強くなれるか!」


「すみません……」


「すみませんじゃねぇ! 外走ってこい!」


清真は言葉もなくうつむき、ジムを後にする。外は冷たい風が吹いていたが、彼の心の嵐は、それ以上に荒れていた。


玲子と母親の正子を守れなかった事実はどれだけ走っても、重くのしかかる。


河川敷の堤防に差し掛かったその時、不意に背後から声がした。


「すいません!!花火祭りにいた方ですよね?」


振り返ると、そこには私服姿の須藤蓮が立っていた。思わず目を見開いた清真だったが、すぐに感情を抑えた。


「はい、そうです……」


須藤は、気まずそうに、それでも誠実な眼差しで話しかける。


「突然声をかけてしまいすみません 僕、花火大会の時にも声をかけさせていただいた…」


「はい 分かります あの時の警察官の」と清真が返すと須藤蓮蓮は安堵した顔で続ける。

「良かったぁ 怪しい奴だと思われなくて 見かけたらつい嬉しくなってしまって声をかけてしまいました」


清真は少し不思議な気持ちになった。(なんで俺なんか覚えてるんだろう…)


短い静寂の時間が流れる…


清真のその表情に気づいたのか、

「ランニング中にすいませんでした あの時はご協力ありがとうございました では失礼します」

礼儀正しく頭を下げ、立ち去ろうとする須藤。


その背中を見送ろうとして、清真の中で何かが引っかかった。


もう、二度と話せないかもしれない。


「待ってください!」


思わず声を上げた清真に、須藤が振り返る。


「少しだけ、お話いいですか?」


ーーーーーーーーーーーーー


堤防に並んで座り、川風が二人の間を吹き抜ける。沈黙の気まずさを破ったのは、須藤の方だった。


「ボクシング、やってるんですね!」


「はい…なんで分かるんですか?」清真が尋ねる。


「実はね少し走ってるの見てたんだけど、途中でシャドーしてたから」



「そうだったんですね 最近はじめたばかりなんですよ」

清真は少し照れくさそうに笑い、そこから自然に会話が始まった。


「須藤さんは何かされてるんですか?」


「僕は、空手と柔道をやってますよ 格闘技はいいですよねぇ」


(空手……)

清真はふと、あの路地裏で対峙した男の姿を思い出す。恐怖と無力感が、再び心の奥から湧き上がった。


清真は気づいたら質問をしていた。

「空手の……弱点ってありますか?」


蓮は不思議そうな顔をしながらも、真剣な清真の表情に言葉を探す。


「そうだな……空手は縦の動きが多いから、弱点を挙げるとすれば、素早い横の動きかな」


(横の動き…横の動き)清真は心の中で復唱する。

清真はすかさず、あの時の一撃を思い出し、思いが入り勢いよく須藤に問いかける。


「上段回し蹴りの対処はどうしたら良いですか?」



「上段回し蹴りかぁ…」

少し考えた後、須藤は続けた。


「上段回し蹴りはさ、意外と間合いが短いんだよね」

清真がその言葉に考え込むのをみた須藤は立ち上がり

「ちょっと、やってみようか」と声をかけた。

清真が立つと、須藤は清真に向かって上段回し蹴りを寸止めで放つ。


その状態のまま須藤は清真に言った。


「半歩、踏み込んでみて」


清真が言われたとおり半歩前に出ると、それはちょうど清真のストレートが届く距離だった。

清真は須藤が言いたい事に気づく。


「相手が上段を蹴ってくると思ったら、怖くても踏み込んで!!そうすれば、相手の距離じゃなくて、自分の距離になるから」


清真の中に、光が差し込んだ。ずっと閉ざされていた心の奥に、小さな希望が灯る。


「……ありがとうございました」

清真の言葉に須藤はにっこりと微笑み、「座ろうか」と声をかけた。


少しづつ打ち解け合う2人。



話は自然と、母親の話題に移った。


「母親の小言、うざいなって思うときあるんですけど……」

そう言いかけた清真は、須藤の母親が亡くなっていることを思い出し言葉を止める。


「そうかぁ」須藤はそう言うと静かに語り出した。


「僕の母はね、僕が八歳の時に亡くなったんだよ だから清真くんのその愚痴は少し羨ましくもあるかな」


そこからは須藤の過去が静かに紐解かれていった。


「母が死ぬ直前にね、ベッドのそばにいる、僕にこう言ってくれたんだ」


蓮の声が少し震えた。だが、決して目は逸らさない。

「『私はあなたを愛してる。あなたを信じてる。だからあなたが思う正しいことをしなさい』って」


言葉のひとつひとつが、まるで祈りのように響いていた。


「子どもながらに、その言葉が胸に焼きついたよ……だけど、母がいなくなったあとは、やっぱり辛くてさ」


一瞬、彼の口元がゆがむ。


「施設に預けられて、周りの大人も信用できなかった 何度も警察に補導されて、ひねくれて……もう誰も信じたくなかった」


風が、川面から吹き上げてきた。ふたりの間に、静かな沈黙が落ちる。


「でもね、ある時、僕をずっと見てくれていた先生がいて、その人に、母と同じように言われたんだ『あなたは一人じゃない』って」


須藤は、懐かしむように続ける。


「その先生と話して、母の言葉を思い出したんだよ『あなたが思う正しいことをしなさい』あの言葉があったから、僕はもう一度ちゃんと立ち上がろうって思えた」


「それがなかったら、警察官にはなってなかったと思う むしろ……どこかで人生、終わってたかもしれない」


そこまで言って、須藤は清真の目をまっすぐ見た。


「ごめん、なんか急に…語っちゃって…」


清真は涙をこらえながら、力強く首を振った。


「そんなこと……ないです」


須藤の話に清真の心はほどけはじめた。

心の奥に、確かに届いていた母の言葉は人生をも変える。たとえ命が尽きようとも、その言葉は、生きている者の背中を押し続けるということ。


須藤との会話を終えた清真は、土手の上に立ち、静かに遠くを見つめていた。

夕陽は沈みかけ、川面が赤く染まっている。風が肌をなで、汗ばんだシャツの隙間から心の奥まで冷たさが染み込んでくる。


それでも、胸の奥では、確かな熱が灯っていた。

須藤から聞いた、亡き母の言葉。

『私はあなたを愛してる。あなたを信じてる。だからあなたが思う正しいことをしなさい』


その言葉が、まるで自分に向けられているような錯覚すら覚えた。

いや、錯覚ではない――今の自分に必要だったのは、まさにその言葉だった。


清真の胸に、同じ言葉が響く。

それは、真璃が何度も自分に繰り返してきた言葉だった。

「自分が決めた事は最後までやりなさい」「与えられた命を大事にしなさい」

涙が込み上げた。けれど、彼は強く頷いた。


ずっと思っていかけていた…


『自分たちがいくら過去に戻って誰かを救おうとしても、結局は「時の修正力」が働くなら、元に戻ってしまうのなら意味なんてないんじゃないかと。』

そう思い込む方が、心が楽になれる気がしたから。


けれど、それは違った。


命を救うことに「意味がない」なんて、誰が決めれるのだろう…

須藤蓮は、たったひとつの言葉を胸に抱き、生きてきた。

誰にも頼れず、孤独の中でそれでも立ち上がったのは、母の言葉を「信じた」からだ。


人は言葉で変われる。想いで変われる。

そして、命を救うという行為は、その人ひとりだけじゃない。

助かった人には、家族がいる。友人がいる。支えてくれる誰かがいる。


その人が生きることで、どれだけ多くの時間が守られ、どれだけ多くの笑顔が生まれるのか……


玲子を救うことは、玲子の命だけを救うことじゃない。彼女の人生だけじゃなく、残されるはずだった正子さんの涙をも、変えることができるかもしれない。

須藤咲紅さんと須藤蓮さんがそうだったじゃないか。


過去に戻ることに意味はある。

たとえ運命が抗うとしても、自分たちは「意味を与える」為に出来る事を諦めたくない。


風が強くなり、清真の前髪が揺れた。


真尋に、伝えたい。

もう一度、過去へ戻りたい。

そして今度こそ、守り切りたい。玲子さんと正子さんの人生を。


走り出す足には、もう迷いはなかった。

それはジムへ向かう道ではない。

清真が走り出したのは真尋のもとだった。


街を駆け抜ける。

夕陽の残光が、背中を押すように伸びていく。

彼の胸には、確かな想いが蘇っていた。

『未来を変える決意と覚悟』


清真の足音が、地面を力強く叩く…

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