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『失意』

はじめに、この物語はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。ご理解いただいた上でお読みください。



真尋は、持っていたスマホ(ライト)を投げだし、血だまりの中に仰向けで倒れている清真の元へ、悲鳴にも似た声を上げ駆け寄った。清真は辛うじて息をしているものの、その命の灯火は今にも消えそうだった。

「清真!清真!しっかりして!清真、清真!」

真尋は何度も清真の名を呼び、彼を揺さぶる。

すると、清真が真尋の声にかすかに反応した。血に塗れた口元が微かに動き、懸命に何かを話そうとする。

「ご…め……ん…な……さ…」

「いいの!いいから!もう喋らなくて良いから!」

真尋は、必死で清真を助ける方法を探した。途方もない絶望の中、真尋の脳裏に一つの可能性が閃く。

(そうだ……未来に戻れば、時の修正力が清真を助けてくれるかもしれない……!)

真尋がそう思ったその時、「ザッ、ザッ、ザッ」と、すぐ近くから誰かが近づいてくる音がした。

「お前がもう一人の方か…」

低い、地を這うような声が聞こえ、真尋は声のする方へ目を向けた。夜の闇で見えにくいが、人影が、ゆっくりと真尋の方に向かって歩いてくる。

清真が、隣で力ない声で呟いた。

「に…げて…」

真尋は、清真のこの一言で全てを察した。先ほどまで清真の安否で麻痺していた恐怖の感情が、一気に真尋の心を支配する。背筋に冷たいものが走り、肌が粟立つ。

真尋の本能が、ここから逃げろと叫んでいた。しかし、隣には動けない清真がいる。真尋は、もうこれしかない、と覚悟を決めた。

「清真!戻ろう! 手に力入れて、強く願って!」

真尋は清真の冷たくなりつつある手を強く握りしめた。

「ザッ、ザッ」

人影は、容赦なく真尋に近づいてくる。

「清真お願い!」

真尋の必死な叫びに、清真は残されたわずかな力を振り絞り、真尋の手を強く握り返した。


その瞬間、強烈な光が二人を包み込んだ。

眩い光が収まる。真尋が固く瞑っていた目を開くと、そこには、無事に立ち上がっている清真の姿があった。

「須見さん」

清真が、震える声で真尋を呼んだ。

「良かった…」

真尋の目に、安堵の涙が溢れ出す。彼女は、無我夢中で清真に抱きついた。

「須見さん、ごめん…俺、ごめん…」

清真の身体は、まだ微かに震えていた。真尋は、彼の背をさすりながら優しい声で答える。

「いいの 無事でよかったわ」

だが、清真は真尋の言葉を受け入れられず、苦しげに続けた。

「でも、玲子さんが…」

「うん…でも…」真尋も言葉を探す。

清真が、まるで自分を責めるように真尋の言葉に被せた。

「俺のせいで、玲子さんを助けられなかった… 玲子さんは…玲子さんは…」

「待って、清真くん!まだ分からないわ」

真尋は、清真の肩を掴み、彼の目を見つめる。「私はあの時、警察に連絡して、清真くんを探しに行ってる だから、もしかしたら…」

真尋は、すぐに自分のスマートフォンを取り出そうとした。しかし、ポケットを探っても、そこにスマホはない。


真尋はスマホを過去に置いてきてしまっていた。


真尋は、焦燥に駆られている清真に尋ねた。

「清真くん、スマホ持ってる?」

清真は、言われるがままポケットに手を入れた。取り出したスマホを真尋が受け取る。

「清真くん、スマホロックかけてないのね」

真尋はそう言いながら、震える指で『雨ヶ幸誘拐事件』と検索をかけた。

しかし、そこに表示されたのは、あまりにも残酷な事実だった。

『雨ヶ幸誘拐事件』は、変わらず未解決事件として載っていたのだ。そして、その記事にはこう書かれていた。


【・誘拐事件から10年後、11月22日、柴田正子さんの自宅に玲子さんの遺体の写真が郵送便で送られてきた。・柴田正子さんはそこから2日後に自死した。】


清真と真尋は、その事実に深く絶望した。清真は特に、その報に拍車をかけるように、顔から血の気が引いていくのが分かった。

冷静ではいられなかった。清真は、目の前の記事から目を離せず、絞り出すような声で言った。

「須見さん、もう一度あの日に戻りましょう…!」

真尋は、彼の言葉に顔を上げた。


「でも…」


真尋の言葉を遮るように、清真が懇願する。

「俺達がタイムリープする前までは生きていたはずの正子さんも亡くなってる…こんなの絶対ダメです…お願いします、須見さん…!」

柴田正子さんの死という、受け入れがたい未来。その事実に、真尋もまた冷静な判断力を失っていた。清真に言われるがままに、手を差し出す。清真がその手を強く握った。


「行きましょう」


彼の声は、わずかに震えていた。真尋は迷いながらも、深く頷いた。

二人は手を握りしめ、玲子と正子を救うため、タイムリープしたい過去を強く願った。

しかし、いつものように、眩い光は現れない。

「なんで…」

清真の声が、困惑と焦りで掠れる。

「タイムリープできない…」

彼は、真尋の手をさらに強く握りしめた。

「須見さん、強く願って!」

「願ってるわ…」真尋の声にも、不安が滲む。

「それならどうして…」

清真の言葉に、真尋は考え込むように視線を落とした。指先が、無意識に唇をなぞる。いくつかの可能性が脳裏をよぎり、やがて一つの結論に辿り着いた。


「もしかして…」


真尋は顔を上げ、清真の目を見た。その瞳には、新たな絶望の色が宿っていた。


「同じ日には、タイムリープできないんじゃ…」


真尋の言葉は、清真の心を深く抉った。彼の顔から、残っていた血の気が完全に失せる。目の前の景色が歪み、世界全体が鉛色に沈んでいくようだった。玲子を救うことも、正子を守ることもできない。自分だけが無事に帰ってきてしまったという罪悪感が、重い鎖となって彼の心を縛りつける。膝が笑い、立っていられなくなる。


「それなら…前日にタイムリー…」


清真が、藁にもすがる思いで口を開くが、真尋がその言葉を遮るように答えた。


「前日に遡ってもどうやって犯人を逮捕するの?それに、前日にタイムリープできたとしても、同じ日にタイムリープできないのなら、どうしようもないわ…」


絶望の淵に立たされた清真は、膝から崩れ落ちた。自分の身体が、まるで意思を持たないかのように、ずるずると地面にへたり込む。


「玲子さんは…俺が勝手な行動をしたせいで…」


彼の頭の中には、玲子が小道に入っていく姿、そして自分が男に無力にもねじ伏せられたあの瞬間が、繰り返し再生される。自分さえ、あの時、指示に従っていれば。自分さえ、冷静でいられれば。全てが自分の責任だ。彼の胸に、深く、深く、悔恨の念が突き刺さる。守りたかった。救いたかった。その思いが強ければ強いほど、現状の無力さが彼を苛む。


真尋もまた、唇を強く噛み締めた。顔を上に向けるが、流れる涙は止められない。

(なぜ…なぜ、私たちにはこんな力が与えられたの?)

救えると思った。変えられると信じていた。それなのに、結果は、タイムリープする前よりも悲惨なものになっている。悔しさと、誰にもぶつけられない行き場のない怒りが、彼女の胸を締め付けた。それは、清真を助けられた安堵を打ち消し、深い悲しみとなって真尋の心を覆い尽くした。


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