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『時の修正力』

はじめに、この物語はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。ご理解いただいた上でお読みください。



ドスッ! ドスッ!


重く響く打撃音。サンドバッグを叩く清真の拳は、以前よりも遥かに力強く、そして正確になっていた。あの事件を解決して現代に戻ってきた清真は、少しでも強くなりたいという思いから、ボクシングを始めていた。最初は軽い気持ちだったが、次第にその魅力に取り憑かれ、今では生活の一部になっていた。


ジムのロッカーには、弟からの応援メッセージが飾られている。かつてはギクシャクしていた母親との関係も、今では良いものになっていた。家族の温かい視線に支えられ、清真は来る12月のボクシング大会に向けて、日々練習に打ち込んでいた。


ジムからの帰り道、ふと、見慣れた制服姿の人物を見かけた。すらりとした体格、真っ直ぐな姿勢。警察官になった須藤蓮だった。


(須藤さん、立派になったなぁ…)


清真は心の中で呟き、自然と顔がほころんだ。自分たちが変えた過去の先で、彼が確かに幸せな未来を歩んでいる。その事実が、清真の心を温かくする。


その時、ポケットの中のスマートフォンが震えた。真尋からのメッセージだった。


真尋: 『清真くん、久しぶり! 少し相談があるんだけど、今度の日曜日会えないかしら?』


(須見さん、どうしたんだろう?)


清真は首を傾げながらも、すぐに返信を打ち込んだ。


清真: 『須見さん、お久しぶりです。分かりました。勝田町の〇〇カフェに13時頃どうですか?』


メッセージを送り終え、顔を上げると、須藤蓮の姿はもうなかった。いつの間にか人混みに紛れてしまったのだろう。


トゥルルン。


再び清真のスマホが鳴る。真尋からの返信だ。


真尋: 『おっけー!ありがとう!お姉さんが奢るからね♪』


清真は小さく笑みを浮かべた。


日曜日、午後1時。〇〇カフェの窓際の席には、すでに清真の姿があった。スマホをいじりながら待っていると、約束の時間から5分ほど遅れて、真尋が慌てた様子でやってきた。


「ごめん、清真くん! 私が誘ったのに私が遅れちゃって…」


真尋は息を切らしながら、申し訳なさそうに頭を下げた。


「大丈夫ですよ! 今特大パフェ頼んだところなんで! 奢りですよね?」


清真はにこやかに、しかし一切の遠慮なく言った。


(うっ、特大パフェ3000円もする…こいつ…)


真尋の心の中で、財布の中身が悲鳴を上げたが、口元は引きつりながらも笑顔を保った。


「もっ、もちろん!」


清真は満足げに頷くと、パフェのスプーンを手に取りながら、すぐに本題に入った。


「よし! で、須見さん、話ってなんですか?」


「うん、それがね…」


真尋は、一呼吸置いてから、先日自分の会社を訪れた柴田正子さんの話、そしてその娘、玲子が巻き込まれた『雨ヶ幸、柴田玲子さん誘拐事件』の詳細を清真に話した。15年間、解決の糸口すら見つかっていない、闇に葬られたかのような事件。


清真は、真尋の話に真剣に耳を傾けていた。話が終わると、彼の目には強い光が宿っていた。


「助けましょうよ。俺たちなら、できる!」


しかし、真尋の表情は固いままだった。清真は、その変化に気づき、心配そうな顔で問いかける。


「須見さん、どうしたの?」


真尋は、テーブルに置かれた自分のカップを両手で包み込み、小さく呟いた。


「私ね。あの事件解決から現代に戻ってきた後、少し気になって須藤咲紅さんの事を調べたの…そしたらね、須藤咲紅さんはあの事件から3年後に病気で亡くなってたの。」


「えっ……」清真は驚き、手にしていたスプーンをカタンと音を立てて落とした。


「うん…私も最初に知った時は驚いたわ…息子の蓮さんは、咲紅さんの死後は施設に預けられて育ったみたい」


真尋の視線が、遥か遠くを見つめるように虚ろになる。「私たち、須藤さんを助けれたって、そう思ってたのに。救えたと思っていた命は、時の修正力には抗えないのかもしれないわ…」


真尋の言葉は、清真の心に重くのしかかった。彼が命がけで過去を変え、未来が好転したと信じていたあの出来事が、実は不完全なものだったという衝撃。清真は、目の前のパフェも、賑やかなカフェの喧騒も、何もかもが遠く感じられ、呆然と固まってしまった。


「だから、今回の柴田玲子さんの事件を、仮に防げたとしても、未来は変わってないのかもしれない…」


真尋の声は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。


「私は、抗えないかもしれない現実に、清真を危険な目にあわせてまでタイムリープしようとは思えないの…過去ではなく、未来に目を向けた方がいいと思ってるの…」


真尋の言葉を、清真は黙って聞いていた。彼女の迷いや恐怖が痛いほど伝わってくる。だが、同時に胸の奥から湧き上がる疑問があった。


「うん…でも、それなら、なんで須見さんは僕をここに呼んでくれたの?」


清真の問いかけに、真尋はハッと顔を上げた。彼女の瞳は揺れている。


「須見さんは、タイムリープして柴田玲子さんを救いたいんじゃないの?」清真が真っ直ぐな目で真尋を見つめる。


「それは…だって…」真尋の言葉が詰まった。


清真は、パフェの前に置き去りになっていた自分の手をぎゅっと握りしめた。


「僕は、救いたい! 柴田玲子さんを救いたい」


彼の声には、迷いなど微塵もない、純粋な叫びが込められていた。


「俺はこの間の事件から、目の前で困ってる人をほっとけなくなったんだ! それは須見さんだって同じなんでしょ! だから僕を呼んでくれたんでしょ! それなら、救おうよ! 大丈夫だよ!」


清真の真っ直ぐな言葉は、真尋の心に深く響いた。不安は拭えない。だが、それ以上に、この若者の揺るぎない信念が、彼女の心を温め、忘れかけていた情熱を呼び覚ます。


「もし、柴田玲子さんを救えても、時の修正力には抗えないかもしれないのよ…それでも…」


真尋の言葉を遮るように、清真が力強く答える。


「須見さん! 須見さんが言ってる『もし』は、『もし』じゃないかもしれないよ!」


その言葉は、真尋の心に確かな勇気を灯した。彼の言葉が、彼女の迷いを打ち破る光となる。


真尋は、ゆっくりと顔を上げ、清真の瞳を見つめた。そこには、共に困難に立ち向かう覚悟が宿っていた。


「…そうね 行きましょう、清真くん」


真尋の言葉に、清真は大きく頷いた。二人の間に、新たな使命感が生まれた瞬間だった。彼らは静かに、しかし確固たる決意を胸に席を立った。柴田玲子さんと正子さんの未来のために、再び時を遡る事を決意した。

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