ビクトリアで生きる人々へ。3
数えて十二。
これは俺が勝ったと思った回数だ。
どれだけぶち殺しても、姿を変えて立ち上がって来る。
最初はドラゴン。今は虎。
存在の縮小も良い所だが、在り方は依然として頂点捕食者。
今も白い牙から火炎を吐き出しながら、俺の出方を窺っている。
それにしてもタチが悪い。
段々と姿が、俺たちが理解できる恐怖に近づいている。
このまま行くと、不気味な者に出逢いそうだ。
ぬちゃりとした足音。
間合いは目算7、8メートル。
迷宮の地面は俺とヤツの血でぬかるんでいる。
足を動かすたびに、靴裏にベタついてうっとうしい。
血が抜けたせいか体も冷える。
吐く息は天国の階段のように白く、それの先には純粋な殺意がある。
「良い毛並みだな。足拭きに使って良いか? 」
否定も肯定もない。問いへの解は飛び掛かり。
牙を俺の首に突き立て、黙らせるつもりのようだ。
速い。俺よりも。
だが、対応圏内だ。
どれだけ優れた魔物であってもその膂力が、人の知恵を上回ることは決してない。
逆を突く。
カウンターだ。
息吐く暇なく殺してやる。
虎の様子に変わりはない。
尊大な自尊心をお持ちのようだ。
毛を逆立て、目を血走らせながら突っ込んでくる。
十三度目の決着だ。
虎の強靭な顎を下からぶん殴る。
右手を使ったアッパーだ。
拳を叩き込んだ瞬間、ヤツの喉元から火が噴き出る。
炙られて指の付け根が痛む。
拳全体の肉が焼けた。
好都合だ。振りやすい鈍器になった。
構うことなく抉り込み。
逆の手で心臓をぶち抜く。
虎は人語のような物を発しながら、陸に打ち上げられた魚のように、無様にもがいている。
お手上げだ。生き汚なさに感心する。
心臓をぶっ壊してもまだ動けるなんて。
━━━そうか。
こいつは強いんじゃなくてしぶといんだ。
『守護者の血が沸き立つ程の、世界を塗り替える異常性も。使命に背けばこうも普通か』
ただの化け物。
俺の殺意に体も思考も追いついていない。
『終わったことを気にするな。やれ』
黙れ。まだ何も始まっていないだろ。
黒い毛並みはまた一段とどす黒く、赤に染まっている。
風前の灯、まともな命ならもう終わり。
けど、こいつは例外だ。
流れる血が沸騰している。
寒気はない。
虚無だけだ。
もう付き合いきれない。
だから潰す。どれだけ途中で姿が変わっても。
何度でも何度でも頭を。
この世界に月はまだない。だからせめて、これ以上獣に堕ちることのないように。
『いずれ来る救世主に、罪を注ぐために』
寝る赤子を抱き抱えて、優しく揺らすように。
気づけば虎は、人の形に変わっていた。
ありがとうございました。