表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/14

太陽は陰りをしらない。2


 アニスを倒し2−A総大将の座を手に入れてから2週間と2日が過ぎた。


「おーい総大将。……ヨッ総大将! 昼休みだぜ昼休み。いっしょに昼飯食べようぜぇ」


 2−A女子の象徴たるアニスをぶちのめせばクラスがギスる。そんなのは杞憂だったようだ。平穏この上ない。

 アニスの助けもあって、対抗戦に向けた話し合いは順調そのもの。

 大変助けられているのだが……


「なぁなぁ、知ってか? M2−Bの女子から聞いたんだけどよ。オルフェリアさん。また告られたらしいぜ。アルム先輩に。」


 ………昨日実技終わりにアニスの取り巻きに紙を押し付けられた。中身は他クラスの対抗戦に向けた日程表。

 ……これを使ってどうしろと、妨害しろってか?


 ━━━そうするべきだろう。無下にするには、出来が良すぎた。


 このメニュー表の元の持ち主、2−Cの奴らには同情せざるを得ない。代表者、ポジション、当日に至るまでの段取り、情報の精度は間違いない。放った猟犬が持ち帰ってきた情報とも一致している。


 こうなるのが嫌だったんだ。


 対抗戦に向けたみんなの意識を考えれば、どれだけ頭を回してもバレる。

 俺たちがあまり人気のない休日を使って剣を打ち合っていたのは、早く代表を決めて勝ち筋を固めるためだ。

 斬らせて良い肉と断たれたら困る骨。

 手早くまとまって、野良犬用の屑肉を見繕う必要があった。


 それにしても、


「けど、ふっちまったらしい。まぁバッサリと、アレで無理とかどうすりゃ良いんだろうな。魔王から国でも救えってか? がはは無理無理。とっくの昔に和睦してるもんな。……おーいカエルム? ……ぜ、絶望した……? 俺でも無理だろうって?」


 不気味だ。誇り高く(さか)しいあの女が、在り方を辱め地に堕とした俺に力を貸すだなんて、そんなこと本当に起こり得るのだろうか。


「さっきから難しい顔して黙りこくってどうしたよ。……やっぱ、知ってた? なるほどなるホド……おいたわしや友よ。叶わぬ恋に身を焦がすその気持ち。少しは分かる! 俺で良ければ話を聞くぜ」


 こいつ………マジで


「クロム君さぁ、なんなんさっきから? 今日一段とウゼェぞ。一年からの付き合いじゃなかったらはっ倒してるよマジで」


「嘘つけ。最初からそんな気ない癖に。殴りたかったらすぐ殴るだろお前は」


 近くの空き椅子を俺の机に引き寄せ座り、弁当箱を開いているのはクロム。黒髪のクロム・シェパード。俺の数少ない友の一人だ。


「さっきの噂を小耳に挟んだから伝えなきゃ、って思って来たのが本音なんだけどよ。今やってることがやってることだろ? なんか困ってんなら話を聞くぜ総大将」


「え? ああ、ありがとう大丈夫。……まぁ、あるとするなら今んとこ先鋒をどうするかってことくらい、それ以外は別に問題はないよ。なんかあった時はそんとき頼むわ」


 上への階段を登る度に、腰にぶら下げた剣が無意味にガチャガチャ鳴れば心も尖る。

 まだ、何も事は起きてない。心が先に構えてしまっただけの話。


 アニスに反逆の意思があるのなら返り討ちにするのみだ。


「さいですか。話戻るけど、入学してからあんま話せてないんだっけ。あんだけふりまくるってことは絶対理想高いだろ。どんなタイプが好みなんだろうな。オルフェリアさん」


「やっぱそこよな。王都に来る前に聞いときゃ良かったよ」


 ………別れが恋の証明だとするならば、離れてから気づく恋もあるわけで。


「おーい。おーい? マジ? 俺が目の前に居るのに。……外でオルフェリアさんが歩いてんの?」


 今の俺じゃ視界にも捉えられないよ。クロム。


「あー悪い。ほら、対抗戦終わったら夏季休暇だろ? 親に顔見せに行くのも悪くねぇな、みたいなさ」


「なぁーん? ……まぁ良いや。そうしろ。そうしろゥ! 人間は脆いんだ。いつ会えなくなるかなんて、分かったもんじゃねぇからな!」


「━━━━そう、だよな………」


 今の俺にとって故郷とはもうオルフェリアと共に過ごしたあの街だ。世界が、国が、街が違っても浮かぶ雲は同じ。

 オルフェリアが今見ている雲はなんだろう。まぁ、どうせあいつのことだ。トンガリ帽子だの、メロンだの、きっと馬鹿みたいな雲だ。

 だが、もし他の雲を見ているのなら俺もその雲を捉えないと置いていかれる。雲は人の感情のようにゆっくりでその実、動き続けているのだから。


「こりゃ、オクトルニスさんの言う通り重症だな。対抗戦までざっと1ヶ月。それまでにどうにかせんと。……ハァ、どうしたもんかね」


 あれから数刻。日も陰り出し蒸せ返る暑さだけが残った本日最後の授業は歴史だった。


 ビクトリア王国史。建国から今に至るまでの物語。

 神話(脚色)で彩られた、いつものお約束だ。


 俺は、学校の授業がはっきり言って好きでは無い。特に歴史がそうだ。

 現に授業を受けている今も右から左に、それこそ歴史とかいう重み溢れる物のように内容が虚無に流れて行く。


「後、10分だぞぅー! 寝るな。皆んな、頑張れ、先生も頑張るから!」


 蓄積された情報を読み取ろうとしても、勝った、という言葉を回りくどく書き記せばこんなにもぶ厚くなるのかと呆れ果てしまう。


 いや、本当に呆れ果てるのは今の俺の有り様だ。オルフェリアに、アニスに、見えない物に怯えている。こんな有り様で本当に大丈夫なのだろうか。


 ………大丈夫だ、俺なら成し遂げられる。

 対抗戦を制するまでの間、アニスをコントロールしながら、強さを証明してオルフェリアを迎えに行くことなど必ず。

 けど今は、この人を殺せるほど分厚い本にもう一つの可能性を見出すことにする。枕だ。この厚さがあれば夢見る場所に届く足場になるだろう。

 目が堕ちるまでのほんの数秒、良い夢が見れることを俺は、俺自身に祈った。


 

 クロムが鳴くからかえーろ。


 ま、クロムは夕礼終わったと同時に、ファナヘッタと一緒に何処かに行ったんだけど。


 これから俺達に待っているのは放課後だ。

 いつもなら軽い休憩を挟んでから、このまま代表者を集めて対抗戦の打ち合わせに入るのだが、ずっと会議をすれば良いってもんじゃない。

 だから今日は休み。

 休むことも必要だ。本当に。考え続ければ人は疲れる。

 と言うか、会議ばっかだと人に疲れる。特にアニス。やっぱ怖いよあいつ。今日も目が合う割には話しかけてこないし、実技の時は相変わらず化け物みたいに強い。


 ……けどそれが、太陽のように俺の目を焼く。それも、雲一つない晴天の時の。


 ついさっきもこちらを見ていたのに、何も言わずに通り過ぎた。

 一歩、アニスが踏みしめる度に放たれる熱が俺に寒気を覚えさせ、それがどうも………病みつきになる。


 堕ちようと再び昇り、俺が何処で何をしていようと見定めるように照らし続け、持ち前の苛烈さでじりじりと焼き焦がしていく。

 だからこそ、俺の薪にアニスの焔を焚べることができれば、そこらの大火力には負けない全てを焼き尽くす災いになる。


 俺は静けさを纏った教室を出るまでの間、脳裏でアニスが陽炎のように揺らめいたせいか、鞄の紐に掛けた指先がひりつくのを感じていた。


 このまま廊下を歩き続けて昇降口から寮に帰れば、俺の一日は終わる。窓の外を見れば、太陽は


「  。アニス様がお呼びです。第3図書室に来いとの事です」


━━━━━太陽はやはり、陰りを知らないようだ。


 行くしかない。ファナヘッタに礼を言って、4つある図書室の中で最も使われていない場所。

 俺達学生の間では、本の墓場とも呼ばれている第3図書室に向けて走り出す。どこに在るかなんて分からない。知らない。それでも走って、走って、走って、走り続ける。


 わざわざそこに呼びつけるなんて意趣返しのつもりだろうか? 思ったよりかわいいところもあるな。


 次は返し用が無いくらいの絶対的な敗北を与えてやるよ。すぐに行くから雁首(がんくび)洗って待っとけよ、アニス・オクトルニス。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ