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隣に立つまで、負けられない。1

 6月12日。午後11時30分。よろしくお願いします。

 

負けられない。止まれない。お前の隣に立つまでは。


 圧によって弾ける声援。木剣が空気を切り裂く際に生じる鈍い音。

 俺が苦痛に感じるのは、指先から心に繋がる芯を震わす剣圧でも、代表選出戦席の奪い合いで土曜半日が、6週連続巨龍に踏み潰された後のゴミに成り下がっているからでも無い。


 吸っても吐いても暑い。マジで熱い。飛んでくる汗にすら目が焼かれる。


 夏に入り、エクスプロージョン顔負けの、日が照りつける屋外演習場にて俺が剣を振るう理由はただ一つ。

『勝ち上がり頂点に立つ視線を得る』それ一つに尽きる。


 我が母校、ビクトリア騎士選定学校は一年に一度。

 ビクトリア国王。そして王の盟友の一人、現校長魔騎士マジックナイトアーサーによって考案された、学年、クラス対抗での団体戦を実施している。


 祭王と讃えられる彼の王が最初に世にぶっ放した祭りということもあってか、近隣諸国に向けた武の誇示、民草に向けたこれからの盾の紹介だけではなく、ビクトリアの有力者達の思惑が密接に絡みついている。

 彼らの子である俺達にも、エアコンのぶっ壊れた部屋で過ごす寝苦しい夜のような濃厚な熱気を孕ませる程に。


 俺が今、打ち合っている女もきっとそうだ。

 振り下ろされる木剣に一足遅れてたなびく赤髪。

 この女の強さの証のような傷一つない美しい相貌も剣を三十程重ね合わせた辺りから、同じく朱に染まっている。


 女の名は、アニス・オクトルニス。


 剣も含め見応えはあるが見惚れはしない。

現状、惚れた女は別に居るというのもあるが、俺にとってアニスはただの食い出のある強敵の一人だ。


 何故ならコイツをこのままぶちのめせば、俺が2–Aとラベルを貼られたバカ共の中で一番強い総大将という証明になる。

 この学校、この世界において、強さこそ最も尊ばれる物。土台はある。俺が勝たせる。頂点に連れていく。


「食らいなさい! これで勝負を決めてやるわ!」


 1年坊はどうでも良い。同年もどうとでもなる。問題は上の3学年だ。学年差なんて軽い言葉でこの開きを表現出来るなんて俺も思っちゃ居ない。


 この騎士学校では5年間を掛けて全校生徒が選定を受け、それに耐え切った者だけが騎士の称号を授けられる。だからこそ学年が、上がれば上がるほど強くなる。


 魔物を倒せる3年生。人を殺せる4年生。国を守れる5年生。


 末恐ろしい程に俺達の行く道を照らす光であり、俺の覇道を詰まらせる巨大で不恰好な肉の塊だ。

 早急にぶっ刺す串を研ぎ済まし、食い破る算段を付けなければならない。だから、


 包丁を扱う時のような真摯さで、俺を打ち砕かんと振り抜かれた大上段を弾き返す。


「ハァ、……もう、剣を置いたらどうだ? オクトルニス。お前の会・心・の・一・撃・は見ての通り、俺には通用しなかったようだが?」


 我ながら安い挑発。だが、この女の精神が健在ならば必ず乗る。現に、エレベーターかと錯覚する程、少し離れた正面で上下に動いていた双肩は、

 俺の挑発を聞いた瞬間、天を見た。どうやら意地で、上に行くボタンを押し潰したようだ。

それでこそだ、そのまま来い。心を砕いてやる。


「ッ……ァ……貴方の方こそ休みたいようね、ヘモスタット。ハッア! 随分デカい口を叩いているようだけど、声が震えてるわよ。そんな有り様で私達のリーダーを務めるつもり? そうよね皆んな!」


 オクトルニスは言い終えると構えを解き楽な姿勢に入り、美しい氷像のような顔を嘲笑に歪めながら俺を見る。


………まずった。コイツ思ったより元気だぞ。


 6つの土曜休日を潰した2−A代表選出戦。その甲斐あって、6席ある席の4席は埋まっている。後は俺達がどちらの席に座るかだ。大将か副将か。


 俺達の戦いを運動会の時に我が子のシャッターチャンスを待つ親達のように、見物していたクラスメイトの表情を少し盗み見れば、女子を中心にオクトルニスの立ち振る舞いに喜色きしょくが浮かんでいる。


「アニスちゃん。女だって剣をとればちゃんと強いってこと、教えて上げてぇ」


「アニース! あんな雑魚に負けたら、どうなるか分かってるでしょうね!」


 勇敢な女剣士の背中を押す、より熱帯びた黄色の声援。それを受けてオクトルニスの表情が晴れ渡った。まるで台風が覆い隠す光に繋がる抜け道を、見つけた時のような。


 ……クソが。この学校に置いて、俺の前で呑気に構えを解ける奴はそう居ない。余程の愚者か相当な強者だけだ。


 追い詰められても気丈に振る舞える強者性。

 舌戦に持ち込んで体力の回復を図る狡猾さ。

 周りを味方に引き込むパフォーマンス。


 喜ばしいことに、オクトルニスは間違いなく後者だった。


 このまま語らず、黙らせることはできる。だが、今求められるのは絶対的な勝利。つまりはこの舌戦も制さなければならない。


 こうなった場合の頼みの綱の男共は、1人を除いて物影に隠れる蚊かのように黙りこくっている。……まぁ怖いしね。ウチの女子。


 ……とにもかくにも、打開ではなく打倒。俺はこのアウェーをこれから引っくり返す。そのために口を開く。


「やはり、もう休んだ方が良いんじゃないかァ? 見ていて俺も心が痛むんだ。貴方様のような可憐な淑女が苦しみ喘ぎ、剣を地面に突き刺して寄り掛かる姿なんて俺にはとてもとても」


 勝つためなら何でもする。勝てば良いのだ。勝てば。


「何が言いたい……の………ッ、貴様……」


「いやいやァ、そのまんまの意味だよ。天晴れ天晴れ。流石さすが、ここまで本当に良く、がんばったと思うよ。剣士の家系に名を連ねているだけはあるね」


「黙れ! それ以上口を開いたら本当に殺すわ」


 上に行かなければならないのだ。あいつの為、この学校の誰よりも上に立つ為に。その為なら俺は、


「……ふぅ、随分頑張るわね。ヘモスタット。その強がり、オルフェリアさんと話す時も活かしたらどうかしら。……あら、ごめんなさいね。そんな機会滅多になかったわよね。剣だけの男では、くくっ。魔導科の連中と違って」


「………ほら、俺は剣士、いや、騎士の卵だろう。だからかな。女の苦しむ姿を見るのは耐えられないんだ。

………将来、妾の1人になるかも知れない女だと特にね」


 ブレーキ理性はぶっ壊した。とっととアクセル全開で突っ込んで来い。


「カエルムゥ! 今のはヤベェぞォ! 勝てなきゃお前の青春の薔薇が毟むしられちまうー!」


 砂を辺りにぶち撒けながらオクトルニスの頭上に掲げられた木剣は、かつての在り方を取り戻したかのように、周りを何かが(そよ)いでいる。


 エンチャントした剣にすら届きうる程に、木剣に込められた力は怒り。


「ぶちのめしちゃえアニス! あんたがナンバーワンよ!」 


「負けないで! アニスちゃん! 私達の大将は貴方しか居ないわ!」


「勝てェ! 俺は誰にも謝りたくない。だから勝てー!」


 それを正面から打ち砕いて、俺が勝つ。これ以上の愚弄は無しだ。次で討ち倒すと腹に決め俺も剣を構え直す。 


「覚悟は出来てるってことで良いのよね?」


「もちろん」


 勝利は風に揺られて戦ぐ木々のように唐突に、俺達のどちらかにもたらされるだろう。


「さようなら。寂しくなるわね、ヘモスタット」


 剣に対する熱。騎士の名を冠することへの誇り。オルフェリアへの恋慕。

 俺の中で渦巻く感情それに負けないくらいの感情の奔流。


 脳が茹った時のように、視線と思考が分断されてしまった後、気づけば、


 太陽が堕ち━━━━違う、剣撃だ。


 女の繰り出した大上段が、俺の頭上に迫っている。

 闘のるか逸るか、無論闘のる。


 対応できた先程とは違う、決死が宿った大火力。

 必殺と言っても過言では無いそれに、俺を取り巻く大気が煮え立つのを感じる。

 芯を固めろ。心を燃やせ、木剣すら充てられてその形を歪める程に。


 地に這わしていた右の刃、それを下から、空気を切り裂きながら胸にぶち込む。

 横薙ぎだ。俺の胴はもう溶けている。これで決まってくれ。


「ハァ……ハァ……ふぅ、やっぱ強いよ。あんたは」


 血飛沫の代わりに撒き散らされたのは悲鳴。


 勝敗は決した。


 靴底すら焦げ付く程の刹那を乗り越えたのは俺だ。我らが副将、アニス・オクトルニスは撃ち堕とされた天女のように、地面に横たわっている。


 涙を流すアニスにクラスメイトが駆け寄る姿を見て、俺は改めて後戻りが出来ない、走り切るしかないことを。


 任せて欲しい、勝った責任は必ず取る。


「やったな! やったな……やりやがったな………」


 背中で弾ける友の熱が、俺の心の薪に火を焚べる。


「そうだな、やった。けどこれからだ」


 カエルム・ヘモスタットよ。今ここからが本当のスタートラインだ。

 覇道と呼ぶにはあまりにも短い道。最短と言っても過言では無いそれを、過ぎゆく雲のように、最速で歩んで見せよう。

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