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鉄竜の顎1

 騎士団控室。

 私は服を脱ぎ、鏡に映る全身を見た。しなやかで鍛え抜かれた筋肉だ。

 それでいて女性特有の色気を感じさせる、柔らかいフォルム。

 創作物の中でしか見たことのないような美しい肉体が目の前にある。

 顔も髪も身長も体重も骨格も何もかもが、以前の自分とは違う。

 元いた世界の私――峰岸莉子は、とても瘦せていて、ただ細いだけが取り柄の身体つきをしていた。

 それがこちらの世界に転生させられたら、この有様だ。

 顔見知りの若い経営者たちは筋トレをしている者が多かった。身体を鍛えると気持ちがアガると言っていた。

 一緒にジムに通おう。何度もそう誘われた。

 私は聞く耳を持たなかった。

 スタートアップに向け、資金集めに奔走していた。筋トレする暇があるなら、1円でも多くの出資を募りたかった。

 今なら理解できる。否、嫌というほど思い知らされた。

 肉体が変わると精神も変わる。

 拳を握り締めると力が漲る。力だ。圧倒的な力を内に感じる。

 だがしかし、それでもなお、これは私の身体じゃない。

 私はこの世界で生きるべき存在ではない。

 本当の私の身体は痩せっぽっちで、背も低くて、運動もロクにできない虚弱な身体だ。

 それでも気力に満ちていた。大学で経済学を学び、留学してMBAを取得、帰国してすぐに会社を立ち上げる準備に入った。

 精神を擦り減らしながら資金を集めた。

 どんなにキツくても決して諦めなかった。

 そしてようやく資金が目標額に到達し、いよいよ会社を立ち上げるところまで来た。

 それなのに……どうして私が死ななきゃならないんだ。

 死ぬ気で努力した結果、本当に死んだなんて笑い話にもならない。

 急性くも膜下出血だって? ふざけるな。私はまだ25だぞ。

 ようやくスタートラインに立ったというのに。これからが本当の正念場だったというのに。

 舐めるのも大概にしろ。

 私は絶対に生き返ってやる。

 6人の転生者を殺せと言うなら、殺してやる。覚悟は決まった。

 昨夜、酒場で初めて人を殺した。いや、あれは人じゃないか。この世界でリザードボーンと呼ばれているトカゲ人間だ。

 まあ細かいことはどうでもいい。私は人を殺せる。

 この肉体に剣を振るう力があるのは幸いだった。破壊力のある攻撃呪文も使える。

 出身は貴族。しかも数ヶ月前に当主になったばかり。フィンチ家の金を好きに動かせる。

 ステータスとしては申し分ない。

 必ず6人の転生者を見つけ出して殺し、元の世界に帰るんだ。

 人生の続きを始めるんだ。そのためなら何だってしてやる。

 私は制服を身に着けた。

 剣を腰に差す。

 小さく息を吐き、控室を出た。

 石造りの廊下を進む。

 フォートネクサスの北端にあるこの砦『鉄竜の顎』は街を防衛する拠点であり、騎士団の詰所も兼ねている。

 多くの騎士たちが行き来している。

 背後からガシャガシャと足音が近づいてきた。

「おはようございます、副団長」

 鎧を着こんだ若い男の騎士が笑顔で挨拶する。

「おはよう、ウェイド」

 挨拶を返した。

「聞きましたよ。『夜の黄昏亭』でひと暴れしたそうじゃないですか」

「もう話が回っているのか」

「傭兵どもが騒いでいましたから」

「放っておけ」

「了解です。でもさすが副団長。調子に乗った連中にはいい薬になったんじゃないですか」

「だといいがな」

「では、自分は北門の警備に就きます」

「ああ。しっかり頼む」

 ウェイドは右の拳を胸に軽く当て、足早に去っていった。

 第五騎士団の主な任務は『鉄竜の顎』と直結している北門及び環状囲壁の防衛だ。

 必要とあれば、街の外に出て魔族の討伐も行う。

 ただ副団長となった私が実任務に就くことはあまり多くない。

 どちらかと言えば、中間管理職のような立場にある。

 参議会や団長の指示の下、予算管理や人員の配置を取り仕切る。

 上からの要求と下からの突き上げ。いわゆる中間管理職の面倒臭さは、元いた世界とさして変わらない。

 だが、私は実務がしたい。もっと魔族と戦い、この身体の使い方を覚えたい。

 この1ヶ月、私はアレクシア・フィンチになりきることに徹した。

 どうせ下手に動いたところで、簡単に他の転生者を見つけられるはずもない。

 どこかでボロを出して、他の転生者に正体がバレるのがオチだ。

 だから1ヶ月――焦る気持ちを抑え、丸々1ヶ月を費やした。

 おかげでアレクシアとしての所作は完ぺきになったはずだ。

 しかし、戦闘の経験が足りない。動きはこの身体には染みついているが、私の心が追いつかない。

 先日、街道沿いで起きた魔族との小競り合い。あのときは何とか乗り切れた。

 だがあの汚らしいゴブリンどもにビビらなかったと言えば噓になる。

 アレクシア・フィンチになりきれ。誇り高いエルフの女騎士アレクシアに。

 私は第五騎士団の執務室の扉を開けた。

 部屋の奥のデスクに団長のエンゾ・カッサーノが座っていた。

 スキンヘッド。豊かな口髭。灰緑色の肌。大柄の体躯。巨岩のようなオークの中年男だ。

 エンゾが顔を上げる。目が合った。深く知的な眼差し。

「アレクシア、こちらへ」

 デスクに歩み寄る。

「何でしょう?」

「ギリアムの件はどうだった?」

「芳しくはありません」

「一筋縄ではいかんか」

 頷く。

「引き続き頼む」

「承知です」

「彼には第三騎士団の立て直しを任せたい。可能な限り早く戻ってもらいたいところだが……」

 第三騎士団は2ヶ月前に西の平原で起こった魔族との大規模戦闘で壊滅的なダメージを受けた。

 団長を始め、上級騎士の多くが命を落としたのだ。

 以来、騎士の補充は進んでいるが、団長、副団長などの要職は未だに決まっていない。

「一番の障害は何だと考える?」

「本人にその気がまるでない点かと」

 アレクシアの記憶によれば、ギリアムが騎士を辞めた原因は妻の死だ。街に侵入した数匹の魔族に惨殺された。

 おそらく、ギリアムは騎士という仕事に絶望したのだろう。一番大切な人を守れなかったのだから。

 そのギリアムを騎士団に戻すとなると、余程の理由がなければ難しい。

「やはりそうか」

「ええ。ただ……」

「なんだ?」

「所作に衰えは感じませんでした。鍛錬は続けているようです」

 エンゾが小さく笑う。

「相も変わらず勤勉な男だ」

「敬意を払うに値します」

「尚更だな」

 エンゾが顎を撫でる。

「それと、アレクシア」

「はい」

「傭兵と揉めたらしいな」

「何か問題でも?」

「組合から苦情が入った。あまり事を荒立てるな」

「善処します」

 エンゾが小さく息を吐いた。

「もういい。仕事に戻れ」

「団長、私からもひとつ」

「なんだ?」

 私は懐から紙切れを取り出し、デスクに置いた。

「昨夜の飲食代になります」

 紙切れを手に取ったエンゾが眉をひそめる。

「仕事とはいえ……少々飲み過ぎではないか?」

「必要経費です」

 エンゾのため息。

「分かった。あとで清算しておく」

「よろしくお願いします」

 私は一礼し、自分のデスクに戻った。

 椅子に腰を下ろす。

 さて、そろそろ本格的に動かなければならない。

 残り149日。約5ヶ月で、私以外の6人の転生者を探し出さなければならない。

 だが、どうすればいい。どうすれば、こちらの正体を悟られずに転生者を見つけられる。

「……」

 いや、違う。そうじゃない。何の手がかりもなしに見つけられるはずがない。

 だったらどうする。そのとき、不意にギリアムの顔が脳裏に浮かんだ。

 そして、同時にひとつのアイデアが輪郭を成す。まだ完ぺきではない。

 だが、試してみる価値はある。焦るな。準備は慎重に。まずは外堀を埋める。

 私はこめかみに指を当てた。待っていろ。転生者を炙り出してやる。

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