傭兵組合1
朝の仕事を終えた僕はエマさんに一声かけて店を出た。
傭兵組合の正確な場所は分からないけど、北区の端辺りにあることだけは知っている。店長やエマさんに聞くことも考えたけど、少し迷って止めた。変に勘繰られるのも面倒だと思ったし、余計な心配をかけたくないとも思った。
何より、これは僕の問題だ。独りでやらないといけない。
大通りを抜け、歓楽街の入り口のゲートに辿り着く。
衛兵の詰所の脇に、ハーフオークの衛兵が立っていた。ドレイクの死体を片づけてくれたおじさんだ。
「おう、ボウズ」
僕の視線に気づいたのか、衛兵のおじさんが声をかけてきた。
「お使いか?」
衛兵のおじさんは悪い人じゃないと思うけど、ここは話を合わせたほうがいい。
「はい。北区にちょっと」
「そうか」
そのとき、ふと衛兵のおじさんに聞いておきたいことを思いついた。
「あの……」
「ん、なんだ?」
「この前の傭兵の死体って、どうなりました?」
「ああ、あれか。西区の集団墓地に埋めたよ」
「……えっと、傭兵組合からそうするように言われたんですか?」
「いや、一応連中に確認はしたんだが、勝手に処理してくれって言われてな」
「でも、家族とかは……」
「いないんだとよ」
「はあ……」
「まったく薄情なもんさ」
「そう、ですね……ありがとうございます。それじゃ」
「おう、気をつけてな」
、僕は衛兵のおじさんとに頭を下げ、小走りにゲートをくぐった。
北区に足を踏み入れると、街の景色ががらりと変わった。
通りは石畳が敷き詰められていて整備されているし、建物はどれも立派な石造りのお屋敷ばかり。
歩いている人たちの身なりも歓楽街の人たちと全然違う。北区に住んでいる人たちは貴族や騎士ばかりだから当然と言えば当然なんだけど。
何だか場違いな場所に来てしまったかのような感覚になった僕は足早に歩いた。さすがに北区から出て行けと言われることはないと思うけど、周りの人たちからじろじろ見られているような気がした。
北へ向かって進むと、遠くにひと際大きな建物が見えてきた。
騎士団の本部がある砦『鉄竜の顎』だ。
傭兵組合もあの建物の近くにあるはず。
『鉄竜の顎』に近づくにつれて、また街の景色が変わり始めた。
住宅というより公共の建物がどんどん多くなった。
視線を上に向けると街を囲む防壁が迫り、ちょっと窮屈な印象を受ける。
歩いている人たちも役所に勤める人や、騎士の人たちが多い。
そんな中でも特に目立つのが傭兵の人たちだ。粗暴な外見や態度が北区にいる人たちの中でも明らかに浮いて見える。
だけど逆に、それが僕にとってはありがたかった。
傭兵の人たちについていけば、きっと傭兵組合に辿り着けるはず。
僕は大声で話しながら歩いている三人組の傭兵に眼をつけ、少し離れてこそっと後を追った。
歩きながら考える。
というか、昨日からずっと考え続けている。
傭兵組合に入って、誰にどう話を切り出せばいいのか。
目的はドレイクのことを調べることだ。そのためにはドレイクの部屋を見たい。でも、ドレイクはもう死んだ。
酒場でのリーダーの態度を思い出す。仲間が目の前で殺されたのに、あまり悲しんでいるようには見えなかった。アレクシアさんに怒ってはいたけど、あれはたぶんメンツを潰されたからだ。ドレイクのために怒ったわけじゃない。
だから、今もドレイクの部屋が残っている可能性は低いと思う。
だとしても、ドレイクの所持品とか荷物はどうだろう。これもとっくに捨てられてそうだ。どこに捨てた?
それが分かれば探しに行ける。ゴミ漁りくらいどうってことない。
まずはあの怖い顔をしたリーダーに会わないと。でも、どうやって? 今どこにいる?
傭兵組合にもたぶん受付くらいあると思うから、そこで聞いてみるしかない。
自分が働く酒場で死んだドレイクのことで話があると言えば、問答無用で追い出されることはないはず。
でも、そもそも忘れちゃいけないのは誰が転生者か分からないということだ。
例えば、ドレイクは1ヶ月くらい前から別人のような言動をするようになったか、みたいな質問は絶対に避けたほうがいい。
じゃあ、どんな質問をするべきなんだろう。
話を切り出す手がかりは、さっき衛兵のおじさんから手に入れた。
ドレイクは集団墓地に埋められた。誰にも弔われず。せめて供え物くらいは……
この線でいけるだろうか。分からない。でも、やるしかない。僕の頭じゃこれが限界だ。
そうこうしているうちに、三人組の傭兵が建物の中に入っていくのが見えた。
扉の上には、傭兵組合と書かれた看板がかけられている。
三階建ての石造り。なんて言うか、想像していたよりずっと地味な建物だった。傭兵の人たちみたいにもっと荒々しい雰囲気があるのかと思っていたけど、外見は周りの建物と何も変わらない。むしろ立派な建物が多い北区の中では小さいほうだ。
もしかしたら傭兵組合の組織自体は傭兵の人たちの見た目ほど怖くないのかもしれない。
そんな淡い期待をもちながら僕は扉をゆっくりと開け――
手が止まった。その場で立ちすくんだ。
建物の中の空気は外見と全く違った。
まるでガラの悪い酒場だった。
『夜の黄昏亭』みたいにどこか温かみのある雰囲気なんか欠片もない。
不規則に並べられたいくつもの丸テーブル。椅子にだらしない姿勢で座る傭兵たち。
その全員が僕を見ていた。睨むような眼つきがすごく怖い。
入り口に一番近いテーブルの傭兵が鼻を鳴らした。
「ガキが何の用だよ」
何か言わなきゃいけないと思ったけど、上手く言葉が出てこない。
傭兵たちから視線を逸らして部屋の奥を見ると、カウンターがあった。
カウンターの中には化粧が濃くて太ったおばさんが座っていた。
おばさんと眼が合った。
おばさんが人差し指をくいくいっと曲げた。こっちに来い。
僕は頷いて、傭兵たちと眼を合わせないようにしながら奥へ進んだ。
カンターの前に立つ。おばさんに小さく頭を下げた。
おばさんがカウンターに頬杖を突いた。
「あんた、ここが何なのか分かってんのかい?」
僕は頷いた。
「傭兵組合です」
「やめときな」
「え?」
「あんたみたいなヒョロガリにゃ無理だよ」
「あ、ち、違います。僕は傭兵になりたいんじゃなくて……」
「何だい、違うのかい」
「は、はい」
「じゃあ何の用だい?」
僕は唾を飲み込んで、一呼吸置いた。
「その、僕が働いてる酒場でドレイクさんが亡くなって、彼のお墓ができたので……」
「ドレイク……? あぁ、ブライアンの隊にいた間抜けか」
おばさんが傭兵たちを見回す。
「誰かブライアンがどこにいるか知らないかい?」
すると傭兵の一人が天井を指差した。
「上で休んでるぜ」
「呼んできとくれ」
「へいへい」
立ち上がった傭兵が階段を上っていった。
おばさんが僕に向き直る。
「ちょいと待ってな」
「は、はい」
しばらく待っていると、見覚えのある顔の傭兵が階段を下りてきた。
大きな身体に厳つい髭面。彼がブライアン。ドレイクがいた部隊のリーダー。
カウンターに近づいてきたブライアンはめちゃくちゃ不機嫌そうな表情を浮かべていた。
僕に気づくと、僅かに眉をひそめた。
「何だ、黄昏亭のガキじゃねえか」
「どうも……」
僕はブライアンに頭を下げた。ここまでは思っていたよりスムーズに辿り着けた。
だけど問題はここからだ。変に疑われたりせず、ドレイクのことを聞き出さなければならない。
僕は一度だけ深呼吸をした。
次回『傭兵組合2』




