酔いどれ通り2
店が決まるまで少しばかり時間がかかった。
親方たちの行きつけの店はすでにほぼ満席だった上、10数人の客を受け入れられるほど空席がある店もなかなか見つけられなかったため、大通りを何度か往復するハメになったのだ。
結局、軒先に大きなテーブルが置かれた店に落ち着くことになった。
とはいえ、テラス席なんて洒落たものじゃない。
大通りにせり出した大きなテーブルの天板は粗末な板切れだし、椅子もただの切り株だった。
それでも、ようやく酒が呑めるということで、みんなのテンションは上がっていた。
全員にエールが行き渡ったところで、樽ジョッキを持ったルーファスが立ち上がる。
「みんな、今日までご苦労だったな。片付けはまだ残っちゃいるが、補修工事は無事に終了だ」
一同を見渡すルーファス。
「今夜は大いに呑んでくれ! 乾杯!」
ルーファスが樽ジョッキを掲げた。
「乾杯!」
みんなが親方に倣い、樽ジョッキを掲げた。
俺も掲げた樽ジョッキを隣の先輩工夫とぶつけ合い、エールを口に運んだ。
一口呑んで、深く息を吐く。
これがエールの味か。ビールとは全然違う。香りが芳醇で味が濃い。苦味はほとんどない。アルコール度数は低くない。冷えてはいないが……まあまあ美味い。嫌いじゃない。
次々に料理が運ばれてくる。
そこかしこで一気に会話に花が咲く。
ルーファスは騎士二人と笑顔で何やら話している。
「久しぶりの酒はどうだ、クイン?」
「え……?」
不意に隣の先輩工夫に話しかけられた。名前は確か、スレイ。俺より10歳ほど年上のドワーフだ。
「なにすっとぼけた顔してんだ。お前、このところ飯に誘っても全然来なかっただろ」
「あ、はい……」
スレイが樽ジョッキを傾ける。
「あんまし親方に心配かけさせんな」
「はい……」
「あの人が一番心配してんだからよ」
「はい……」
今日、ルーファスにぶん投げられたのも、俺が工具を地面に置きっぱなしにしたのが原因だ。
工具を粗末に扱っただけじゃない。もし他の工夫が刃のついた工具を踏めば怪我をしてしまう可能性だってある。
完全に俺が悪い。気をつけないと。
いや、気をつけてはいるが……注意力が散漫になっているせいで、つまらないミスばかりしてしまう。
切り替えよう。とにかく今日で切り替えよう。
他の転生者のこととか、今は考えても答えが出ない。
だったら、目の前のことひとつずつに対処していくしかない。
これまで仕事でもそうしてきた。そうやって結果を残してきた。
できるはずだ。
それでどうなるかは分からないが、とにかくひとつずつ。
俺は樽ジョッキをテーブルに置き、立ち上がった。
「親方に話してきます」
「おう、行ってこい」
スレイが俺の背中をぽんと叩いた。
俺がルーファスの背後に歩み寄ると、隣に座っている女騎士が振り返った。
軽く頭を下げる。
女騎士が親方の肩を叩き、背後を顎でしゃくった。
ルーファスが振り向いた。
「クインか」
女騎士が無言で立ち上がり、樽ジョッキを持って席を離れる。そして、俺が座っていた席に移動した。
「座れ」
「はい、失礼します」
俺は空いた席に座り、深く頭を下げた。
「今日はすみませんでした」
「ああ」
ルーファスがエールをぐいっと飲み干し、店員にエールを2杯頼んだ。
すぐに樽ジョッキが運ばれてきた。親方がそのうちの1杯を俺に差し出した。
「ほらよ」
「いただきます」
受け取った樽ジョッキを親方と軽く合わせ、半分ほどを喉に流し込む。
「美味いか?」
「はい」
親方が小さく笑った。
俺は残り半分も一気に呑み干し、樽ジョッキをテーブルに置いた。
「いい呑みっぷりだね」
隣に座る男騎士が話しかけてきた。昼間に俺を抱き起してくれた若者だ。すでに顔が赤い。
俺は男騎士に頭を下げ、もう一度お礼を言った。
「今日はありがとうございました」
「気にしないでくれ」
そう言って笑い、片手を差し出す男騎士。
「ウェイドだ。改めてよろしく」
俺はその手を握り返した。
「クインです」
ウェイドが皿から燻製肉を取り上げ、一口かじる。
「まあ正直、君がぶっ飛ばされたのを見たときは面食らったけどね」
すると、ルーファスが豪快な笑い声を上げた。
「荒っぽいってか? 騎士団も大概じゃねえか」
ウェイドが肩をすくめる。
「まあ否定はできないな」
ルーファスが女騎士に目を向ける。
女騎士はエールを呑みながら、スレイたちと談笑していた。
「あの副団長殿も相当おっかねえって噂だぜ」
「実際はどうだい?」
「噂ほどじゃねえな。何より気前がいい」
ウェイドが小さく頷く。
「副団長は騎士の鏡だ。あの人のためなら命だって惜しくない」
「ほう、言うじゃねえか」
ルーファスがにやりと笑った。
俺は女騎士を見つめるウェイドの横顔を見た。
とても真っ直ぐで熱い眼差しだ。副団長に心酔しているのは疑いようがない。
命だって惜しくない、か……
自分は37年の人生で、そこまで他人に入れ込んだことはない。
たぶん、この先もないような気がする。
誰かのために自分の命を……そんな覚悟、俺には……
「おっ、ルーファスじゃないか」
いきなり、背後から男の声がした。
大通りのほうを振り返ると、オークの大男が立っていた。
「おう、ゲイツか」
ルーファスが立ち上がり、男に歩み寄る。ドワーフとオーク。すごい身長差だ。
二人が何やら会話を交わし、握手をした。そしてオークの大男は大通りを去っていった。
戻ってきたルーファスが椅子に座る。
ウェイドが去っていくオークの背中を一瞥し、ルーファスに顔を向けた。
「彼は?」
「次の仕事の依頼主だな」
俺に顔を向けるルーファス。その眼にすっと真剣な光が宿る。
「クイン、明日は港に行ってもらうぜ」
「でも、現場の片づけは……」
「俺らでやっておく」
「でも……」
「ガタガタ言うな」
「はい……」
「次の仕事は座組がちょいと面倒なんだ。早めに段取りを組みてえ」
「工程表を作ればいいんですか……?」
顎髭を撫でるルーファス。
「そいつはゲイツの仕事だ。俺らが気にしなきゃなんねえことは別にある」
「はあ……」
いったい何をやらされるんだ……
「心配すんな。スレイも一緒に行かせる。勉強してこい」
何をやらされるかはまだ分からないが、ルーファスの言葉に嫌な感じはなかった。
この人はたぶん純粋に、俺に期待してくれている。
切り替えよう。切り替えるんだ。まずは目の前のことを、ひとつずつ。
俺は親方の眼をしっかり見て、大きく頷いた。
「はい……!」
俺の返事を聞いたルーファスがニカッと笑った。店員に手を振り、エールのお代わりを注文する。
「よぉし、どんどん呑むぞ」
ウェイドが笑う。
「そんなに呑んで明日の仕事は大丈夫なのかい?」
ルーファスが今日一番の笑い声を上げた。
「うちに二日酔いで潰れるような軟弱ドワーフがいるわけねえだろ」
そう言って、運ばれてきた樽ジョッキを一気に傾ける。
「ぷはぁ! もう一杯だ! じゃんじゃん持ってこい!」
こうして、酔いどれ通りの夜は更けていった。
次回『古鎖の監獄船1』




