第99話 白熱!リベンジマッチ!!
一度大鎌と大剣の刃を激突させたあと、瑠奈とジャスカーは互いに間合いを保って構え、仕切り直す形を取っていた。
(単純な力押しでは分が悪いよねぇ、やっぱ……)
瑠奈は腰を低く落として、両手で大鎌の柄を握った状態で、ジャスカーを見据える。
大剣を肩に担いで突っ立っているジャスカーは一見すると隙だらけだが、その見え見えの隙を狙って繰り出した攻撃が通る未来は想像出来ないどころか、もろに反撃を喰らう可能性が大きい。
(多分、ワタシが《狂花爛漫》で身体能力をブーストした状態でようやく力が拮抗するくらい。となると、やっぱり勝負すべきは――)
ニッ、と瑠奈の口角が持ち上がる。
刹那、フッ――と、瑠奈の姿が霞消えた。
その身体の輪郭をぼやけさせるほどに、俊敏に駆ける。
「――速度ならワタシが上だよっ!!」
「ったく、相変わらずすばしっこい嬢ちゃんだなぁ」
ジャスカーの周りにある大小様々な岩を足場にして駆け、ときにその陰に隠れて姿を晦ませ――瑠奈は加速に加速を重ねる。
そして、充分に速度が乗ったところで土肌擦れ擦れに上体を落とし、地面を抉るように蹴り出して肉薄。
その大鎌をジャスカーに向けて下から斬り上げる。
「だがまぁ、だからこそそう来るだろうなと予想がつくワケだ」
ガキィン――!!
瑠奈の斬撃は、ジャスカーの二つ名の由来――アダマンタイトで作られたその左腕の武装義腕によって防がれた。
ミスリルを凌ぐ硬度を誇るアダマンタイトは、いかに瑠奈の大鎌がヒヒイロカネによって鍛え上げられたものとはいえ、そう容易く刃を通すことは出来ない。
魔力の伝導性ではヒヒイロカネに軍配が上がるが、単純な強度ならアダマンタイトには敵わない。
瑠奈の一撃目を左腕で防いだジャスカーが、右手に持った大剣を振り被る。
「はあっ!!」
「っ!」
ブゥン! と振り下ろされる大剣を、瑠奈は足捌きで横目に躱す。
左側に回っても強固な武装義腕がある。
瑠奈はジャスカーの右手に回り込みながら、振り向きざまに大鎌を横薙ぎ一閃。
しかし――――
「甘いぜっ!」
「あぁ、もうっ!!」
どうして重量武器をそこまで軽々と振るえるのか。
ジャスカーは先程振り下ろしたばかりの大剣を器用に翻して、瑠奈の斬撃を再び防ぐ。
「確かに嬢ちゃんは俺より速えぇが、動きが読めりゃ、俺でもその速度に対処出来るのさ」
「これだから無駄に経験豊富なオジサンは~!!」
瑠奈はその場で巧みに大鎌を躍らせるように振るい、斜め右上、左横薙ぎ、右下から斬り上げ――と縦横無尽に斬撃を放つ。
ガキィン、キンッ――!
ズガガガガガキィ――ンッ!!
フィールドの照明を反射して煌めく大鎌。
目で追うのが困難なほどに疾く早く、複雑に走る斬撃。
戛然と響き続ける金属音と、視界を彩る激しい火花。
曲芸染みたその攻撃に、流石のジャスカーも「おっと……!」と驚きの声を溢し二、三歩後退するが、それでも大剣と武装義腕ですべての斬撃に対処して見せた。
「やれやれ、おっかねぇ嬢ちゃんだ――」
瑠奈の攻撃を弾き切ったジャスカーが大剣をグルンッ、と逆手に持ち替えた。
重厚な刀身に赤色の光が灯り、異様な熱気を放つ。
「ぶっ飛びな――《ボルケーノ・クラッシュ》ッ!!」
ザクッ、と大剣が地面に突き立てられると、瞬く間にその周囲に亀裂が迸っていき、あるところでは土肌が隆起し、またあるところでは陥没する。
グラグラと足元から伝わる振動は地震か。
いや、火山噴火直前の地鳴りだ。
「やばっ――!」
瑠奈の脳裏に過ったのは、かつて見たジャスカーと凪沙との戦闘。
そのときもジャスカーはこのスキルを使用していた。
経験からも生存本能の叫びからも身体を引っ張られ、瑠奈はすぐさま後ろに大きく跳躍する。
その半瞬後に――――
ドバァアアアアアアアアアアアンッ!!
土肌に刻まれた亀裂からは鮮血の如く烈火の液体が噴き上がり、砕けた地面は岩石もろとも瓦礫となって辺り一帯に四散する。
土肌で足元が確保されていたフィールドは一変。
転々と岩石や石柱が浮島と化した、マグマが対流する地獄へと変貌した。
瑠奈は目を剥きながらも、沸々と煮え滾るマグマに浮かぶ不格好な大岩の上に着地。
(確かに凄まじい威力だけど、これを一振りで氷漬けにした凪沙さんって……)
こうして改めて戦い、ジャスカーの強さをひしひしと感じている瑠奈だが、同時にそのジャスカーを難なく下した凪沙の異常っぷりにも感嘆せざるを得なかった。
「どうだぁ、嬢ちゃん。もうこの辺にしとくってのは?」
「あはっ、ワタシがそんな提案に乗ると思う?」
「……んま、だろうな」
ならしょうがねぇな、とジャスカーは右手一本で持っていた大剣を両手に握る。
「んじゃ、遠慮なくいかせてもらうぜっ!」
大剣の刀身が橙色に発光する。
ブワッ、と大気の渦が発生し、唸りを上げる。
「《裂破怒涛》ッ!!」
いくら大剣の間合いが広いとはいえ、瑠奈の立っている場所には遠く届かない。
それでもフルスイングで一閃された大剣。
到底その刃は瑠奈に届かないが――――
ズバァアアアアアンッ!!
ジャスカーの狙いは刃による直接攻撃になかった。
放たれた衝撃波は砕けた岩石を打ち上げ、辺りのマグマを纏って瑠奈に襲い掛かる。
単純な衝撃波による破壊力。
マグマによって熱せられた砲弾の如き岩石による殲滅力。
「あっははっ!! そうこなくっちゃねぇ~!?」
数多の燃える岩石が降り掛かってくる様は、かつて恐竜が絶滅するその瞬間に見たであろう光景を彷彿とさせる。
瑠奈は金色の瞳を見開き、口角を吊り上げる。
刹那、全身から真っ赤なオーラを滾らせると同時、大鎌を腰に引き付けるようにして構えた。
「あはっ、あははっ、あっははははははは――ッ!!」
ズバァンッ!! スバンッ!
ズタァアアアン! バァン――!!
ダァァアアアン――ッ!!
スバァアアアンッ!
スパァン――ッ!!
スキル《狂花爛漫》によってありとあらゆる身体能力が昇華され、その高められた動体視力をもって衝撃波に乗って襲い来る岩石を斬り捨てていく。
粗方凌ぎ切ったところで、瑠奈の背から黒煙が噴き出し、それらが紡がれて瞬く間に二翼一対の黒翼を形作った。
「次は、私の番だよねっ!」
ビュンッ――と足で地面を蹴り出し、黒翼で宙を駆けた瑠奈。
その軌道上に赤い軌跡を描きながら、一直線にジャスカーへ向かって飛んでいく。
「あはっ! 《バーニング・オブ――」
シュバッ!! と湾曲した大鎌の刃に深紅の焔が灯る。
「マジもんの悪魔じゃねぇかっ……!?」
ジャスカーはグングンと距離を詰めてくる瑠奈の攻撃に備えるべく、武装義腕の左手を眼前に突き出した。
ジャスカーの正面に魔力で形成された防壁が三重構造で展開される。
「――リコリス》ッ!!」
ズガッ、と一枚目の魔力障壁は瑠奈の激突と共に砕け。
バキン、と二枚目の魔力障壁は大鎌を包む焔の熱気によって砕け。
パキッ、パキパキパキッ……!!
大鎌の刃に触れた三枚目の魔力障壁は――――
バリィンッ!! と破片を巻き散らして爆散した。
「あっははぁあああああっ!!」
「ぐっ……!?」
三重の魔力障壁を突破した瑠奈が振るう大鎌と、防御姿勢を取って身体の前に構えられたジャスカーの大剣が激突する。
拮抗したのは束の間。
昇華された身体能力と黒翼が生み出す圧倒的な推進力を重ねた瑠奈の大鎌が、ジャスカーの大剣をグンと押し込む。
ジャスカーは靴底を地面に滑らせながらも大剣で瑠奈の攻撃を受け止めていたが、瑠奈が思い切り大鎌を振り払うに従って、後ろに大きく吹っ飛んだ。
マグマの海と化した一帯さえも飛び越え、突き立っていた石柱に背から激しく衝突。
ズガァン! と重い音が響き、石柱はジャスカーのめり込んだ箇所からへし折れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ははっ、まさかこれで終わったりしないよねぇ?」
荒い呼吸を整えながら瑠奈が視線を向けるのは、砕けた石柱が舞い上げた土煙。
しばらく静寂が満ちていたが、霧散した土煙の中から、ゆらりとジャスカーの姿が現れた。
身体のあちこちに傷を負い、細かいエーテル体の粒子が少量ずつ漏れ出ているが、まだまだ致命傷には至っていなかった。
「おいおい大丈夫かコレ? 俺が相手にしてんの、Sランクダンジョンから抜け出してきたモンスターじゃないだろうなぁ?」




