第98話 再開!リベンジマッチ!
「なになに? またワタシに会いたくなって牢屋から出てきちゃったの? オジサン?」
驚愕に目を見開いていた瑠奈だったが、すぐに悪戯っぽく目を細める。
「ったく、冗談よしてくれ」
ジャスカーは肩を竦めて否定した。
咥えていた煙草の先端を更に焦がす。
右手の指に挟んで持ち、「ふぅ」と細く煙を吐き出すと、瑠奈にその煙草の先を向けるようにして言った。
「どこの物好きが、嬢ちゃんみたいなルナティックバイオレンスバトルジャンキーに会いたいってんだ。勘弁してくれ」
「わぁ~、ひどぉ~い」
心の底から思ってそうな半目で睨むジャスカーだが、瑠奈はあまり気にしてなさそうにニコニコな笑みで反応した。
「じゃあ、何でわざわざ牢屋から出てこんなところまで? って、あはっ。察せないほどワタシも鈍くないけどね~」
瑠奈が意味ありげに目を細めると、ジャスカーが肯定を示すように無言で再び煙草を咥えた。
すると――――
『その通りです。早乙女瑠奈Aランク探索者』
瑠奈の指摘に答えるように、ギルド本部地下二階のフィールドに設置されたスピーカーから、やや歳を感じる男性の声が響いた。
瑠奈が目を瞬かせて「誰?」と首を傾げると、傍にいた凪沙が短く「ギルド長」と答える。
『この度ギルドから課させていただくSランク探索者認定試験内容は、元Sランク探索者【剛腕】との決闘。その戦闘内容を見て合否を決定させていただきます』
姿の見えないその声に、瑠奈は腕を組んだ。
「ん~、戦闘内容を見て? つまり、勝利する必要はないと?」
『その通りです。試験の目的は、Sランク探索者としての資質を審査することにありますから』
ギルド長の返答を聞き、瑠奈の隣に立っていた鈴音は小さく「良かった……」と安堵の音を溢す。
しかし、瑠奈は――――
「あはっ……ぬるいね」
『……はい?』
「戦闘内容で審査? 勝つ必要がない? 全然ダメ。まったくわかってないなぁ」
肩に担いだ大鎌をゆったりと下ろし、その切っ先をジャスカーに向ける。
「たとえそれが試験だとしても、命の安全が保障された決闘なんだとしても、戦いである以上、目指すは勝利のみ」
――弱肉強食。
強者は生き、弱者は死ぬ。
単純明快にして最も根源たるこの世の摂理。
ダンジョンを渡り歩く者として、瑠奈はそこに価値と美学を求めている。
「悪いけどこの決闘、ワタシが勝たせてもらうね、オジサン? 有無を言わさぬ結果で、ワタシが最強の可愛いを示してあげるっ!」
そんな瑠奈の宣言に、ジャスカーは嗜み終えた煙草を指でピンと弾いて足元に落とす。
火気を消すため、右足で踏み締めた。
「確かに嬢ちゃんは強えぇ。最近の動画も見させてもらったが、前に戦ったときとは比べ物にならないくらい高みに達している……」
だが――と、ジャスカーはEADの特殊空間に格納していた重厚な大剣を抜き取る。
「それは俺も同じこと。前回は探索者を退いてからしばらく経って腕も鈍ってたが、今回はちょいと一ヶ月ほど掛けてリハビリしてなぁ。かなり現役の頃に近い仕上がりだ」
ガチャン! と大剣の重量をものともせず、軽々と片手で持ち上げてから真っ直ぐ切っ先を瑠奈の方へ向けた。
「おまけに油断もねぇ。ハッ、元Sランクなんざ肩書きに何の未練もねぇが、そう易々と乗り越えさせていいもんでもねぇぜ?」
ジャスカーの全身から放たれる覇気に、瑠奈は肌がビリビリする感覚を覚えていた。
だが、臆すことはない。
全身を刺すようなその刺激が、瑠奈をどうしようもなく高揚させる。
「あはっ、良いね良いねぇ~!? あの日あのときあの場所で届かなかったワタシの刃が、今ここでその首を……いや、その剛腕を斬り飛ばすところを見せてあげるよっ!!」
◇◆◇
「これより早乙女瑠奈Aランク探索者のSランク探索者認定試験を開始する」
瑠奈とジャスカー以外の全員が中二階へ移動したあと、審判を名乗り出た【天使】がフィールドを見下ろして宣言する。
「当フィールドも通常の決闘用フィールド同様、EAD使用者の身体はエーテル体に換装されるため、どちらかのエーテル体が完全に破壊されるか、降参宣言の受諾によって決着とする」
他に何か質問はあるか? という【天使】の確認に、瑠奈とジャスカーはそれぞれ「大丈夫で~す」「ねぇな」と返答する。
それを確認した【天使】は一つ頷いてから、右手を頭上に掲げる。
「それでは、両者構えて――」
六人のSランク探索者と鈴音、そしてカメラを通して別室で見ていると思われるギルド長の視線の先で、瑠奈とジャスカーがそれぞれの得物をしっかりと握り込む。
「――始めっ!!」
バッ、と勢いよく下ろされる【天使】の右手。
それを切っ掛けにし、先んじて動いたのは瑠奈。
硬い土肌の地面を踏み込み、抉るようにして蹴り出す。
全身を推進力の流れに乗せて、ジャスカーとの距離を一気に詰める――ということはせず、一定の距離を保って疾走しながら右側に回り込む。
ジャスカーはそんな瑠奈を視線に捉え続けながら、大剣の柄を両手で握り込んで腰を落とし、身体の横に構える。
「さぁて、お手並み拝見といこうか、嬢ちゃん。《裂破――」
ジャスカーの周囲に風が渦巻き、重厚な大剣の刃が橙色に輝く。
「――怒涛》ッ!」
ズバァアアアアアンッ!!
大気を嬲るようにして振るわれた大剣から、衝撃波が放たれた。
様子を窺いながら駆けていた瑠奈は、設置された岩々の間を縫うようにして駆け、姿を見え隠れさせていたが、そこへ衝撃波が襲い掛かる。
ドガァアアアンッ――と、大小様々な岩が呆気なく粉砕され、大量の土煙が覆う。
「っ、瑠奈先輩……!」
「鈴音、大丈夫……」
中二階で観戦していた鈴音が短く悲鳴を上げるが、凪沙がその肩に優しく手を乗せて宥める。
光を失っているその閉じられた視線の先で、大きく舞い上がった土煙の中心にバッ、と穴が開く。
「あっはは!!」
そこから飛び出したのは、大鎌の刃と金色の瞳を輝かせる瑠奈。
衝撃波は岩陰に隠れることで回避し、身体には傷一つない。
攻撃の勢いを阻害するものは、ない。
「っはぁッ!!」
「――ッ!!」
落下の勢いも惜しみなく乗せて頭上から大鎌を振り下ろす瑠奈と、それを迎え撃たんと大剣を振り上げるジャスカー。
両者の大きな刃が激しく衝突し、爆発的な金属音と大量の火花を巻き散らす。
次の瞬間には、受け止めた大鎌の威力にズガッ……!! とジャスカーの両足が土肌に埋もれ、周囲に亀裂が走る。
それでもジャスカーの身体が折れることはなく、互いの刃の勢いが拮抗したところで大剣を振り抜いた。
華奢な瑠奈の身体は優に吹き飛ばされるが、空中で二、三度宙返りを経て体勢を問題なく立て直し、ジャスカーと充分な間合いを保った位置に軽やかに着地する。
「あはっ、やっぱこの程度じゃビクともしないか~」
「ハッ、そういう嬢ちゃんこそ。初手の《裂破怒涛》で骨の一、二本はへし折ってやるつもりだったがぁ……ったく、めんどくせぇな」
Sランク探索者認定試験。
かつて敗れたジャスカーとのリベンジマッチは、更に激化する――――




