第97話 試される最強の資質
◇ステータス情報◇
【早乙女瑠奈】Lv.80(↑Lv.10)
・探索者ランク:A
・保有経験値 :1500
(レベルアップまであと、6500)
・魔力容量 :1020(↑40)
《スキル》
○《バーニング・オブ・リコリス》(固有)
・消費魔力量:250
・威力 :準二級
・対単数攻撃用スキル。攻撃時に深紅の焔を伴い、攻撃箇所を起点として炎が迸り爆発。噴き上がる炎の様子は彼岸花に似ている。
○《狂花爛漫》(固有)
・消費魔力量:毎秒10
・威力 :二級
・自己強化スキル。発動時全身に赤いオーラを纏い、身体能力・肉体強度・動体視力などの本来持ちうる能力を大幅に強化する。強化量探索者レベル+10相当。
○《エンジェルフォール・ザ・ウィング》(固有)
・消費魔力量:毎秒10
・威力 :特級
・自己強化スキル。発動時背中に二翼一対の黒翼を展開し、飛行を可能にする。
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Aランク探索者昇格試験から、およそ一ヶ月。
事前通告通り、瑠奈はSランク探索者認定試験を受験するために、鈴音同伴のもとギルド本部を訪れていた。
「この先で皆様がお待ちです」
「ありがとうございますっ!」
女性のギルド職員によって案内されたのは、許可なく一般の探索者が立ち入ることを禁止しているギルド本部地下二階。
瑠奈はギルド職員に愛想良く感謝を伝えてから、地下へ向かう専用のエレベーターから鈴音と共に降りる。
並んで短い廊下を歩いた先には自動開閉式の重厚な扉があり、瑠奈と鈴音がその前に立つと左右に開いた。
地下空間とは思えない真昼のような明るさに一瞬目を細め、開けた視界の先に広がる光景を見た瑠奈の第一声は――――
「えっ、ダンジョン?」
恐らくこの地下二階をぶち抜きで使用していると思われる広大な空間。
扉を跨いだ先の足元は硬い土肌で埋め尽くされており、大小様々な岩や、謎に突き刺さった石柱がいくつも見られた。
しかし――――
「……では、どうやらないようですよ」
「あ、ホントだ」
隣に立っていた鈴音が空――ではなく天上を見上げていたので、瑠奈も同じように仰ぎ見ると、等間隔に並んだ照明が空間全体を満遍なく照らしていた。
それに、よくよく見て見れば、壁はどう考えても人工的に設計された強固なものだし、学校の体育館のような中二階があり、上に登ってこのフィールドを見渡せるようになっている構造だ。
「瑠奈、待ってた」
そんな空間に感嘆を溢していると、聞き馴染みのある声がどこからともなく響いた。
スタッ、と瑠奈と鈴音の正面に着地したのは、両腰に一振りずつ刀を携えた袴装備の凪沙だった。
例の中二階から飛び降りてきたようだ。
「あっ、凪沙さん! お待たせしました!」
「どう……調子は?」
「いつも通り、絶好調ですよっ!」
ふふん、と鼻を鳴らしながら胸を叩く瑠奈。
しかし、その隣では鈴音が晴れやかではない表情を湛えていた。
「瑠奈先輩……正直、私は不安ですよ」
「鈴音ちゃん……」
「正直最初から最後まで納得出来ません。瑠奈先輩が高い実力を持っているのは明らかです。でも、それを勝手に危険視されてギルドに目を付けられて、それが嫌ならどうやってでもSランクになれだなんて……」
不安、心配、葛藤……そして、決して少なくない憤りを感じている視線を瑠奈と凪沙に、更には中二階に勢揃いしている他五名のSランク探索者らへ向けた。
いくら凪沙の妹とはいえ、天才と称されているとはいえ、一介のAランク探索者がSランク探索者に気圧されるどころか睨みを利かせるというのは、普通ならば考えられもしないことだった。
「あぁ? なんか文句でもあるのかぁ?」
鈴音の態度が気に食わなかったのか、続いて飛び降りてきた【雷霆】が詰め寄ってこようとする。
しかし、鈴音は一歩たりとも後退ることはせず、身長差から自分より高い位置にあるその顔を見詰め続けた。
「そう聞こえませんでしたか?」
「……ははっ、テメェはテメェでなかなかに肝が据わってんなぁ?」
数秒の間鈴音と【雷霆】が無言のままに視線をぶつけ合って火花を散らしていたが、中二階で呆れたように腕を組んでいた【天使】がため息混じりに言った。
「おい【雷霆】戻れ。彼女の言い分はもっともだ」
「あぁ!? テメェ、どっちの味方なんだよ!?」
「私はどちらの味方でもない。ギルドの懸念も理解出来るし、彼女に――《迷宮の悪魔》に降り掛かる理不尽にも同情している」
二つ名に相応しいキトン風の羽衣を纏う【天使】が、肩を竦める。
すると、中二階の手すりの上に腰掛けていた【武神】が首を左右に振りながら口を開いた。
「やれやれ、今更無粋なことはナシにせんか。【剣翼】の妹の心配も、【雷霆】の苛立ちも、【天使】の同情もこの場において不要じゃ」
カツッ、と座っている状態から器用に飛び上がって、細い手すりの上に立ち上がった。
「理由はどうあれ、そこの早乙女瑠奈はいずれこの場にやってきていたじゃろう。己が決めた道を進む歩みを止めず、常に高みを目指すならば当然の帰着よ」
であればっ! ととてもSランク最強とは信じられない小さな身体で、目一杯両腕を左右に広げる。
「示して見せよっ! 数多降り掛かる理不尽。立ち塞がる不条理。その悉くを打ち払い、一切合切を楽しんで見せよ!! その程度叶えられるのであれば、どのみち早乙女瑠奈――お主は最強の頂には辿り着けん」
そんな言葉を聞き、皆の視線が瑠奈に集中する。
息を飲むような静寂。
耳が痛くなるような沈黙。
そんな中で、瑠奈は――――
「……あはっ」
笑った。
嗤った。
口角は不敵に弧を描く。
半開きにされた口からは、愉悦と狂気の息が漏れる。
ゾワッ、とこの場の誰しもがその不気味さを感じ取っただろう。
その証拠にある者は冷や汗を浮かべ、ある者は眉をピクリと動かし、またある者は鳥肌を抑えられず、更にある者はニヤリと笑った。
「良いよ……良いです、良いでしょうっ! あはっ、ワタシが見据える最強への花道が平坦だったらつまらない! 頂上へと至るその過程さえ、道中さえ楽しく彩り豊かでなければ満足出来ないっ!」
瑠奈がEADを起動する。
一瞬の眩い光が全身を覆い尽くし、晴れた光の繭から赤を基調としたドレスに包まれ、深紅の湾曲した刃を持つ大鎌を携えた瑠奈が――《迷宮の悪魔》が姿を魅せる。
「主役はワタシ! さぁ、掛かってきてよ。ワタシの花道を彩る有象無象。この大鎌で、華々しく散らせてあげるからさぁ……あはっ!!」
「……ったく、変わんねぇな。嬢ちゃんは」
トスッ……トスッ……トスッ…………
土肌を踏み締める静かな足音を響かせて、フィールドの木陰から姿を現したその人物。
壮年の男性。
どこか気怠そうなしゃがれ声。
口には一筋の細い煙を上げる煙草が咥えられている。
瑠奈は一瞬その人物が何者か理解出来なかった。
しかし、身体が覚えている。
心が記憶している。
魂に刻まれている。
疼くそれらの電気信号が脳に伝わり、かつて闇の中で刃を交わし、そして届かなかった一人の男の名を思い出す。
「……ははっ、これは予想外だよぉ」
大きく見開かれた瑠奈の金色の瞳が捉えるのは――――
「元Sランク探索者。【剛腕】のジャスカー……なになに? またワタシに会いたくなって牢屋から出てきちゃったの? オジサン?」




