第93話 Aランク探索者昇格試験の先へ
「流石はルーナ様でございます。この颯天、完敗いたしました」
Aランク探索者昇格試験の第三次試験。
瑠奈と颯天の最終試合である第七試合が瑠奈の勝利で決着したあと、フィールドを出たタイミングで颯天が声を掛けてきた。
瑠奈が振り返ると、颯天は胸に片手を当てて軽く頭を下げていた。
「ううん、そんなことないよ。正直ギリギリの戦いだった」
瑠奈は試合を思い返しながら、素直な総評を口にする。
「初手はもう完全に君のペースだったしね」
「恐れ入ります」
試合開始直後の颯天の投擲《騎士の一投》。
それを弾いたあとの瑠奈の隙を狙って急接近し、鋭い刺突。
今思い返しても綺麗なコンビネーションで、瑠奈が生き残ったのもほぼ反射的なとっさの判断と、時の運も絡んでいるだろう。
あのとき颯天は『この一連で仕留めきるつもりでしたが――』と言ったが、その可能性も充分にあり得る技だった。
「でも騙されたよ~」
瑠奈は可笑しそうに笑う。
「てっきりワタシは、《騎士の一投》が電撃を纏う投擲スキルで《ブリューナク》が火炎を纏った刺突スキルかと思ってたのに、二度目に見せた《ブリューナク》は電撃を纏ってた」
ニヤリ、と瑠奈は興味深そうに口角を持ち上げ、颯天の通り名の象徴とも呼べる【双槍】――赤と青の二本の槍を見詰めた。
「その槍、属性付与武器なんだね」
属性付与武器――武器そのものに魔力的性質が付与されており、使用者が魔力を捻出することによって、火炎や電撃、気流などを生み出すことが出来る。
瑠奈の指摘に、颯天は敬服の意を込めた微笑を湛えた。
「一度相まみえただけで看破されるとは……やはりルーナ様は至高のお方でございます」
颯天がいつも右手に持つ赤い長槍をEADの特殊空間から取り出して、丁寧に両手で横持ちする。
「赤い長槍は魔力を込めることによって火炎を、青い長槍は電撃を発生させる属性付与武器でございます」
「じゃあ、試合で見せた二つのスキルは――」
「――はい。《騎士の一投》は投擲物の威力を、《ブリューナク》は単発刺突攻撃の威力を大幅にブーストするスキルになっております」
どちらのスキルも、まるで颯天の瑠奈への真っ直ぐな忠誠心を反映したかのような、シンプルな効果。
捻りはないが、だからこそ汎用性が高く属性付与武器との相性が良いうえに、その威力は瑠奈が身をもって体験した。
「実は私、魔力容量が小さく、スキルをそう何度も使える余裕がないのです。それでもルーナ様の騎士となるべく強さを追い求めた結果辿り着いたのが、この属性付与武器というワケにございます」
瑠奈は「なるほどねぇ~」と答えながらも、颯天の強さの理由がそれだけでないことを理解していた。
根本にあるのはその卓越した槍捌き。
それも二本を同時に操るのだ。
どちらかが疎かになることもなく、思うままに振るっていた。
技は常に二段構え。
投擲からの突進突きや、乱れ突きからの強力な突き。
ある程度の動きを自分の中でパターン化して何度も繰り返し、一連のコンビネーション技と成しているのだろう。
「ですが……」
颯天は赤い長槍をEADの特殊空間にサッと収納して、どことなく哀愁を感じさせるような笑みを浮かべる。
「まだ、私にはルーナ様のお傍に仕える資格はなかったようですね……」
瑠奈と颯天が試合前に交わした約束。
颯天が勝利することが出来れば、一番の騎士として瑠奈の傍で仕えることを許してもらうというものだ。
しかし、惜しくも颯天の双槍は瑠奈を仕留め切ることが出来なかった。
悔しさや惜しさはあれど、あからさまに表情には出さない颯天。
粘り強く懇願することも出来なくはないだろうに、それでも交わした約束の下、潔く身を引こうとしている。
「うぅん……」
瑠奈はそんな颯天を見て、何かを考え込むように唸った。
(約束は約束だからなぁ……正直仕えるってのはよくわからないけど、強かったからやっぱり騎士になっても良いよってワタシが譲歩するのは、この人のプライドを傷付けるかもだし、何よりあの戦いの意義を汚すことになる)
でも――と、瑠奈は同時にもう一つの選択肢を見出す。
「よしっ、わかった! 二宮颯天君」
そう呼び掛けると、颯天がやや俯き加減だった形の良い顔を、不思議そうにして持ち上げた。
「約束通り、君を私の騎士に認めることは出来ない」
「はっ……承知、しております」
「でも、君はワタシの――ルーナの大ファンで、ワタシを主とさえ思ってくれてるなら、ワタシはワタシを楽しませてくれた君に相応の報酬をあげないとだよね」
瑠奈は右手を差し出した。
「ワタシはこれからどんどん強くなって最強の可愛いを目指す。だから、君もそんなワタシに置いて行かれない騎士道を歩んで」
瑠奈の金色の瞳が真っ直ぐと、颯天の切れ長で涼し気な瞳を見詰める。
「見習い騎士。今日から君は、ワタシの見習い騎士ってことでどうかな?」
そんな瑠奈の提案に、颯天は瞳を大きく見開いた。
瑠奈の言葉の意味を理解するのに時間が掛ったのか、しばらくの間瑠奈を呆然と見詰める。
そして――――
「よ、よろしいのですか……!?」
感極まるあまり、力が抜けたようにその場で膝をつく颯天。
急に頭の位置が下がった颯天を見下ろしながら、瑠奈は明るく笑う。
「もちろん。今回はワタシが買ったけど、実際のところ最後までわからなかったし。何よりこんなにもワタシを楽しませてくれたんだからね!」
「あぁ……あぁっ……!!」
颯天は歓喜に打ち震える。
目尻には光るものがあり、まるで神の降誕を目の当たりにしたかのような幸せに満ちた表情を浮かべた。
「何ということでしょうかっ……我が天使、いや女神よ! その寛大なるお心にこの颯天、戦慄しております……!」
颯天が膝をついたまま姿勢を正す。
伸ばされた瑠奈の手に自身の手を添えるようにして取る。
「今日よりこの颯天は、ルーナ様の一番の騎士を目指す見習い騎士。忠誠の限りを尽くします」
そう宣言すると、颯天は瑠奈の右手の甲を見詰める。
そして、躊躇うことなくその白くてきめ細やかな手の甲へと顔を近付けていき――――
「――は~いはいはい! 充分瑠奈先輩への忠誠とやらは伝わりましたからっ!!」
危うく颯天の唇が忠義の誓いとして瑠奈のその手の甲に触れようとした寸前で、一人の少女が不満顔で割って入って来た。
「あ、鈴音ちゃ~ん!」
「もう、何やってるんですか瑠奈先輩! こんな公衆の面前で男の人に、その……き、キス……させようとするなんて……!」
じわり、と顔を赤らめた鈴音が瑠奈に物申す。
「いやいや、それはこの人が勝手に――」
「――それを止めない瑠奈先輩も瑠奈先輩です」
ムッ、と頬を膨らませる鈴音。
瑠奈は曖昧に笑いながら、「そういえば――」と話を逸らせようとする。
「鈴音ちゃんはどうだった? 第三次試験」
「えぇ、まぁ、全勝で突破しましたけど……」
「おぉ! さっすが鈴音ちゃん! おめでとう!」
「って、今はそんなことより!」
そんなことっ!? と仮にもAランク昇格試験受験者である鈴音の言いように、瑠奈はもちろん周囲で見物していた他の受験者らもツッコミを入れそうになる。
しかし、それより早く、鈴音は颯天に物言いたげなジト目を向けていた。
「どこの【イケメンの無駄遣い】さんかは知りませんが、瑠奈先輩の隣にいて良いのは私だけですから」
そう宣言して、鈴音は戸惑う颯天の目の前で、瑠奈の腕に自信の腕を絡めて引き寄せた。
無事、瑠奈と鈴音共に、Aランク探索者昇格試験合格――――




