第91話 襲い来る忠義の双槍!!
「……いいよ、わかった」
自分に勝てる――そんな強い覚悟の籠った光を宿した切れ長の瞳を見て、瑠奈は颯天を前にして笑みを深めた。
「君が勝ったら、お望み通り私の騎士にしてあげる」
「お、おぉ……! 誠ですかっ!?」
「もちろん。私は嘘をアクセサリーにしなくても可愛い女の子だからねっ!」
ふん、と鼻を鳴らして、大鎌を持っていない左手で自分の胸を軽く叩く瑠奈。
「恐悦至極に存じます……! ルーナ様っ!」
片膝をついていた颯天がスッと立ち上がる。
顔色は歓喜に満ちており、嬉し涙が目尻にキラリと輝いていた。
「不肖この颯天。ルーナ様の一番の騎士の栄誉を賜れるよう、全力で挑ませていただきます」
颯天はそう言って一礼すると、身を翻してフィールドの試験開始位置に向かって歩いていく。
両者ともにフィールドの指定位置についた。
それを確認した試験官が、頭上に手を持ち上げる。
「これより、早乙女瑠奈Bランク探索者と二宮颯天Bランク探索者の第七試合を始めます。両者、構えて……」
腰を低く落とし、両手に柄を握った大鎌を身体に引き付けるようにして構える瑠奈。
右手に赤、左手に青の長槍を携え、身体を半身にして直立に構える颯天。
ほんの数秒の中、どこまでも引き伸ばされた体感時間の中で、事前に相手の出方を何通りもシミュレーションし――――
「始めッ!!」
手を振り下ろす試験官。
その声と同時に、颯天の瞳がカッ! と見開かれた。
大きく踏み出される右脚。
半身から上体の捻りを生み出し、逆手に持ち替えていた左手の青い長槍を肩に担ぐように持ってくる。
踏み締めた地面から得られる反力。
力強くもしなやかな状態の捻り。
それらを一連の流れるようなストロークに乗せて、爆発的な運動エネルギーに変換する。
「《騎士の一擲》ッ!!」
颯天が叫んだ瞬間――――
パァッ!! と視界が白熱。
同時に投擲された槍が一筋の青い閃光と化し、音を置き去りにして瑠奈の眼前に迫った。
「……ッ!?」
両者長物ながらも近接武器。
まずは一気に距離を詰めようと体重移動を始めていた瑠奈は、咄嗟に動きを中断し、大鎌を振って槍を弾こうとする。
しかし――――
ガキイィィイイイイインッ!!
打ち合った瞬間、大鎌越しに伝わる重量感。
とても投擲されて手から離れたものだとは思えない。
さも、鍔迫り合いをしているかのような拮抗を経て、瑠奈は――――
「ぁあああああッ!!」
喉から声を絞り出しながら、何とか大鎌を振り払った。
それでも槍の軌道は僅かに逸れただけ。
瑠奈の身体を穿つことはなかったが、すぐ傍を駆け抜けて、背後の地面に突き刺さった。
(まさか初手から得物を投げてくるなんて……でもっ、これで少しの間アイツは槍一本っ!!)
無理矢理槍を弾いて大鎌を振り抜いた状態。
体勢が揺れながらもすぐに次の展開をイメージしていた。
が、
「ルーナ様、覚悟をッ!!」
「うっそ……!?」
――速い。
投擲した次の瞬間には駆け出していたのだろう。
すぐ目の前まで颯天が接近してきていた。
ビリヤードのキューを持つように右手の赤い槍を身体に引き付けるようにして構えたまま、その切っ先を瑠奈の身体のド真ん中に定めている。
ゴゥ!! と唸るのは槍から噴き出す赤い炎。
「貫け――《ブリューナク》ッ!!」
「くっ……!!」
スローモーションに映る世界。
刻々と迫る熱い切っ先を睨み、瑠奈は振り抜いた大鎌を引き戻していては間に合わないと瞬時に判断する。
振り抜いた勢いに乗って、軸足を起点に身体を捻って一回転。
その間に大鎌の刃に負けじと深紅の焔を灯す。
得られた遠心力と炎の爆発力を乗せて――――
「《バーニング・オブ・リコリス》ッ!!」
組み合わさる赤い槍と深紅の大鎌。
両者の激突をもって、緩慢だった時間の流れが本来の速度を取り戻す。
ギャイィィイイイイインッ!!
「なっ、流石ルーナ様……! この一連で仕留めきるつもりでしたが、そう上手くはいきませんね……!?」
「あはっ……こんな楽しいこと、終わらせるにはまだ早いでしょッ!?」
ブワァアアアンッ!!
と、瑠奈が大鎌を振り抜いた。
威力で打ち負けた颯天は無理にその場に踏み止まることはせず、勢いに乗って飛ぶように後ろに下がり、着地。
投擲して手元から離れていた左手の青い槍を引き抜く。
戦いを仕切り直すように、両者一定の距離を保って睨み合う。
「もう槍は投げないの~?」
「何を仰います。一度見せた攻撃が二度通じるような御方ではないでしょうに」
柔らかく微笑む颯天に、瑠奈もニヤリと笑った。
「そっか……それは、残念――」
ダッ!! と今度は瑠奈が先に動いた。
強くフィールドを蹴り出して、超前傾姿勢で疾走する。
真っ直ぐ駆けてくる瑠奈に、颯天は正面から迎え撃つ構え。
動きは単調。
迎撃も容易い。
颯天はタイミングを計算して、双方の槍を――――
「あはっ!!」
ブワァアアア!! と瑠奈の身体から赤いオーラが吹き荒れた。
身体能力、肉体強度、動体視力、等々……あらゆる能力を爆発的に昇華させる自己強化スキル《狂花爛漫》。
瑠奈の全力疾走は更に勢いを増して、身体の輪郭が霞消えた。
「っ!?」
「さっきのお返しだよっ!!」
タイミングを見失った颯天。
驚きに目を見開かせながらも、迎撃を諦めて本能的に身体の前で二本の槍を交差させて防御姿勢を取る。
そのド真ん中に、瑠奈の鋭いドロップキックが炸裂した。
バサッ、と激しく翻るドレスのスカートも相まって、威力も見栄えも派手。
圧倒的な衝撃を受け、颯天は槍を大きく弾かれ仰け反った状態で吹き飛ばされる。
もちろん、そんな隙を見逃さない瑠奈。
金色の瞳に宿る眼光が獰猛に輝いた。
「あっははっ!!」
ジャラァ――と大鎌の柄の尻から伸ばされる鎖。
瑠奈は鎖を両手に持って、大鎌のリーチを大きく伸ばした状態で振り回し円運動を作り出す。
更にそこへ加えて――――
「《バーニング・オブ・リコリス》ッ!」
鎖の先に回る大鎌に深紅の焔。
ヒュンヒュンヒュンヒュン――と燃え盛る刃が回転軌道に乗る。
「あはっ、斬り爆ぜろぉおおお!!」
宙を飛ぶ颯天に、瑠奈は迷いなく火炎の斬撃の回転軌道を当てた。
遠心力を重ねに重ね。
回転速度を高めに高め。
深紅の焔で軌跡を描く鋭利な鉤爪が、颯天を捉える。
シュボァァアアア!!
バァァアアアアアンッ!!!
巻き起こる爆炎。
轟く爆音。
それは限られたフィールドの中に打ち上げられた悲惨な花火。
ジッと見詰める瑠奈の視線の先。
爆炎に呑まれた空中で、颯天は――――
「ハハッ、流石ですね。ルーナ様」
「あちゃ~、まだ生きてたかぁ……」
爆炎を振り払うように飛び出し、着地した颯天。
身体の至る所に焼け跡や傷があり、そこから流血するようにエーテルの粒子が漏れ出ているが、未だに二本の足で立ち、両手に槍を携えている。
瑠奈は残念そうな言葉を吐きながらも、口調はどこか嬉しそう。
鎖を引き戻して大鎌を手元に戻し、身構える。
「でも、流石に無事じゃなさそうだね?」
「えぇ。一分もしないうちにエーテルが全部漏れ出て敗北するでしょう。失血死でございます」
なので――と、颯天は半身に腰を落とし、右手の槍を前方に、左手の槍を後方に突き出すようにして構えた。
「タイムリミットが来る前に、その首を頂戴いたします」
「あはっ、それはこっちの台詞だよ」
このまま瑠奈は一分逃げ切れば勝負に勝つ。
しかし、それは瑠奈の望むところではない。
この手に構える大鎌で相手の身体を斬り飛ばしてこそ、満足のいく勝利が掴めるのだ。
「参りますッ!!」
「あははっ、行くよッ!!」
両者は同時に地面を蹴り出した――――




