第86話 第二次試験に終焉を!
「こうでなくっちゃ、面白くないよねぇ~!?」
身体の至る所に切り傷と火傷を負った瑠奈。
頭部からも流血しているが、それらの負傷の大半の原因が、自分のスキルによる爆発。
頑丈な蔓で編まれた巨大な手によって握り潰される前に脱出する必要がったとはいえ、相当な荒技。
手早く治癒ポーションを飲んで傷口を塞ぐが、完治はしないし痛みも残ったまま。
だというのに、むしろ瑠奈の戦意は昂っていた。
「瑠奈先輩、大丈夫ですかっ!?」
「あはっ、平気平気。絶好調だよ~!」
長杖を【ドライアド】に向けて警戒を怠らないまま心配する鈴音に、瑠奈は大鎌を低く構えながら答えた。
「血が抜けたからかなぁ~? 頭が冴えてきたよ!」
「そ、それは大丈夫なんですか……?」
「問題ナシ! 鈴音ちゃん、引き続き援護お願い!」
チラリと横目を向けてくる瑠奈に、鈴音は「はいっ!」と答える。
魔力を捻出し、冷気を集わせる。
自身の周囲に大量の氷柱を形成し、引き絞られた矢の如く宙に浮かべる。
「道を開きますッ!!」
鈴音は自分達と【ドライアド】の間に生み出された茨のバリケードを見据えて叫ぶ。
「《アイシクル・レイン》ッ!!」
刹那、宙に控えていた氷柱が一斉に解き放たれた。
ズザザザザザッ――と、鋭利な氷柱の槍の雨が、眼前を覆う茨を切り拓いていく。
「瑠奈先輩っ!」
「ナイス、鈴音ちゃん!!」
鈴音の合図で、瑠奈が駆け出した。
身体の輪郭を不鮮明にする勢いで、瞬く間に【ドライアド】に接近する。
「あっはははははぁ~!!」
「キュルゥッ!!」
巧みに振るわれる瑠奈の大鎌の刃と、【ドライアド】の両手に形作られた物騒な鉤爪が激しく打ち合う。
ギィインッ!!
ガガァ……!!
響き渡る戛然とした音が、とても植物と打ち合っている質感ではない。
どうやら【ドライアド】が作り出す蔓や、その身体自体を含めて、ミスリル顔負けの硬度を誇っているらしい。
「でもっ、切断力ならワタシのが上だよッ!!」
ズバッ!! と瑠奈が【ドライアド】の攻撃の間隙を突いて、コンパクトに大鎌を一閃した。
緋色を浮かべるその刃はヒヒイロカネ製。
大量のモンスターの魔力を錬成して創り出された特別な金属。
いかに【ドライアド】の身体がミスリル並みの頑丈さを誇っていても、斬れない理由は――ない。
「キュルゥウウウ!?」
左腕を落とされた【ドライアド】が悲鳴を上げて飛び下がる。
「あははっ、逃がすとでも?」
瑠奈は大鎌の柄の尻から、魔力で紡がれた鎖を引っ張り出すと、それをヒュンヒュンと回して遠心力を生み、間合いを取ろうとする【ドライアド】に向けて放った。
鎖は狙い違わず【ドライアド】の片足に絡みつき、離さない。
ギラリ、と瑠奈の金色の瞳が獰猛に輝く。
同時に、ブワッ!! と全身から《狂花爛漫》の赤いオーラを解き放つ。
「そぉ~れぇえええええ!!」
「キュルゥゥウウウッ!?」
爆発的に昇華された筋力を活かして、鎖で繋いだ【ドライアド】をさもカジキマグロを一本釣りするかの如く宙高く振り上げる。
いかにAランクモンスターと言えど【ドライアド】は木の精であり、大地からその足が離れればなすすべがない。
「あはっ、せぇ~のぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」
それを良いことに、瑠奈は思い切り鎖を引っ張って、一度宙に飛ばした【ドライアド】をそのまま地面に――――
ドダァァアアアアアアアアアアアンッ!!!
「キ、キュルゥ……!?」
半径五メートルのひび割れたクレーターを作り、そのド真ん中に【ドライアド】が仰向けに大の字になっていた。
流石に衝撃が強すぎたようで鎖が千切れてしまうが、魔力で編まれているモノであるため、再度生成は可能。
壊れて使用出来なくなったわけではないので問題はない。
「鈴音ちゃん、今!!」
「待っていましたっ!! 《アイシクル・エッジ》ッ!!」
鈴音が長杖を足元に突くと同時、太く大きな氷柱が地面から突き出していき、体勢を立て直せないままでいる【ドライアド】に襲い掛かった。
大抵のモンスターであればこの氷柱で刺し穿ち、殺し切れるのだが、果たして…………
「っ、ダメ……ですね……!」
鈴音が表情を歪めた。
視線の先で、氷柱の剣山に亀裂が入る。
そして――――
バリィイイイイインッ!!
「キュルゥゥウウウウウッ!!」
砕け散った氷塊。
その中から【ドライアド】が顔面に灯る二つの黄色い光を爛々と殺意に滾らせて、飛び出した。
「おっと、こりゃヤバそうだぁ……」
瑠奈が額に冷や汗を浮かばせながら、ニヤリを笑う。
視線の先で【ドライアド】が切り落とされた左腕を再生。
両手を頭上に持ち上げて、生成した蔓を球状に練り固めるようにしていく。
植物の球はグルグルと回転しながらその大きさを増していった。
槍とも呼べそうな硬い植物の棘が表面にズラリと生え揃った球体が、今にもはち切れそうな風船のように膨らむ。
そして――――
「来るっ!?」
「ヴァルキリー!!」
「キャァアアアアアアアッ!!」
耳をつんざくような甲高い【ドライアド】の叫び声と共に、植物の球体が弾けた。
刹那、硬く鋭く長い植物の棘が全方位無差別に一斉射出される。
ズバババババババババババッ!!
大量に巻き上がる土煙。
そこら中で地面が穿たれる音が唸る。
原理で言えば手榴弾と同じか。
直接的な爆発による殺傷だけではなく、弾けた破片による被害ももたらす。
サァ……と大技のあとの静寂。
吹いた風に掻き消される土煙。
晴れた景色の中にまず見えたのは、鈴音だ。
二体のヴァルキリーが身を挺して鈴音を庇い、全身に棘を刺し込まれて今にも氷の身体が砕けそうになりながらも、鈴音を軽傷で済ませた。
「っ、瑠奈先輩……!」
瑠奈は無事かと、鈴音が視線を向ける。
すると、切り落とされた大量の棘が散らばった地面の上に立っている瑠奈の姿が、土煙の中から出てきた。
身体からは赤いオーラの残滓。
どうやら《狂花爛漫》で強化した動体視力で飛来する棘を見切り、昇華した身体能力を持って大鎌で斬り伏せていったのだろう。
しかし――――
「かはっ……!! っ、あはは……流石に全部は無理だねぇ……」
瑠奈が口から血を吐いた。
だらりと垂れ下がる左腕の二の腕辺りの肉が削がれている。
それだけじゃない。
横腹、右脚太腿、左脚脛と深く肉が抉れている。
ポタポタ、と滴り落ちる深紅の雫が、足元に血の池を溜めていく。
「でも、残念……仕留めきれなかったねぇ……?」
瑠奈が挑発的な笑みを【ドライアド】に向ける。
満身創痍の身体では凄むことも出来ないかに思われたが、【ドライアド】は忌々しそうに低く唸った。
そう。
今の一撃で【ドライアド】は殺し切れなかったのだ。
決して無視出来ない傷を瑠奈に負わせたとしても、目の前に立ち続けている。
「キュルゥッ!!」
「させないっ!!」
「……ッ!?」
このままではマズいと【ドライアド】が瑠奈にトドメを刺すべく動こうとするが、鈴音は咄嗟に《アイシクル・エッジ》を発動する。
刺し殺す必要はない。
鋭くある必要もない。
一本太い氷柱で【ドライアド】の身体を後ろに押し飛ばすだけで良い。
突然のことで対処が遅れた【ドライアド】は大きく後方に突き飛ばされて、ズザァ……と足の底を擦って止まる。
瑠奈との間合いが開いてしまった。
「瑠奈先輩っ!!」
鈴音は瑠奈の身体の状態を心配したいのを必死に堪えて、叫ぶ。
それに答えるかのようにクイッ、と口角を持ち上げた瑠奈。
「……っ、ぁぁあああああああああああッ!!」
ブワァアアア!! と瑠奈の全身から《狂花爛漫》の赤く猛々しいオーラが噴き上がる。
同時に、背中から漆黒の炎が燃え盛った。
その中から、二翼一対の黒翼がバサッ! と姿を現す。
グッ、と腰を低く落とした瑠奈が、次の瞬間一気に天高く飛び上がる。
圧倒的な加速度。
瞬く間に地上からは豆粒大にしか見えない高度まで飛翔し、地上を見下ろす。
「行くよ……」
シュバッ……!
緋色の大鎌に、深紅の焔が灯る。
「ふっ――」
黒翼で力強く空を蹴り出したあと、小さく折り畳んでハヤブサの如き急降下体勢に入る。
音を置き去りに。
痛みを置き去りに。
そして、常識を置き去りにして落ちる、落ちる、落ちる――――
深紅の帯を引いて落下する瑠奈の姿は、傍から見れば大気圏に突入した隕石か衛星か。
そんな迫り来る狂気を仰ぎ見た【ドライアド】は、手をかざした先に何重もの硬く頑丈な植物を編んで作った防壁を生み出して、備える。
が――――
「《バーニング・オブ――」
瑠奈はニヤリと笑い。
「――リコリス》」
キュイン――――ッ!!
一筋の赤い閃光が、幾重もの防壁を物ともせず真っ直ぐ刺し穿ち、貫き進み――――
「キュル……ゥ……!?」
「あはっ……!!」
瑠奈が焔を灯す湾曲した大鎌の刃の切っ先を、【ドライアド】の胸のド真ん中に突き立て、落下の勢いでそのまま地面に薙ぎ倒し――――
あとから遅れて到着した大音響が、爆ぜた。
――――――ッ!!
――――ッ!!
――ッ!!
……!
ほんの一瞬前までとは似ても似つかぬ地形。
それこそ本当に隕石が落下したかと思わせるような、半球状に大きく抉れた地面。
その一番深いところで【ドライアド】は炭化して跡形もなく粉微塵になり、瑠奈は力なく空を仰ぎ見て佇んでいた――――




