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第84話 期待外れの開幕

 昼下がり。

 第二次試験開始前に配布されていた食料を食べ切った瑠奈と鈴音は、ようやく樹海の奥深くで目的地に辿り着いた。


 あれだけ密集して群生していた木々が、その一ヶ所だけ不可侵であるかのように避けている。


 木々の葉が陽光を隠さないため明るいその場所の真ん中に唯一存在するのは、元は二本の木が絡み合って育ち捻じれるようにして一本となった巨樹。


 ダンジョン内の植物にまともな樹齢が適用されるのかは不明だが、普通に考えれば樹齢千年は軽く超えているだろう。


 それだけ立派で、風格がある。


「鈴音ちゃん、あの木の根元にさ……」

「はい……ありますね、多種多様な木の実が大量に」


 二本の木が絡み合っているその巨樹の根元には、人が優に出入りできる程度の隙間がある。


 そこに、赤色や黄色、青、緑……と色も大きさも様々な木の実が集められていた。


「まず【ドライアド】の住処で間違いありません」


 取り敢えず巣の撮影とマッピングを済ませておきましょう、と鈴音がEADの特殊空間から撮影器具とデジタル地図を取り出すので、瑠奈も隣で同じようにする。


 数分で作業を終え、あと第二次試験突破に必要な素材は『トレイポロニアの実』だけ。


 あの巨樹の根元に集められた大量の木の実の中にあることは、間違いないだろう。


「よしっ、じゃあ早速木の実を取りに行こう! 【ドライアド】がいなさそうなのは残念だけど……まぁ、仕方ないね」


 試験終わってからいつでも来られるし、と心の中で付け加えて、瑠奈は巨樹の方へ歩いていく。


 密集した樹海の木々を抜け、広々とした空間。

 辺りにモンスターの気配はない。


 少し興醒めな気も持ちつつ、まずは試験突破が最優先と決めて、瑠奈は巨樹まであと十五メートル、十四、十三……と近付いていき――――


「わぁ……こうして近くで見るとやっぱ大きいねぇ、この木。ねっ、鈴音ちゃ――」


 と、瑠奈が振り返ったその瞬間、視界が一気に何かに埋め尽くされた。


「瑠奈先輩……ッ!?」


 短く悲鳴を上げる鈴音。

 その視線の先で、瑠奈を襲ったのは――木。


 突如瑠奈の足元から幾本もの木が勢いよく生えてきて、それらが瑠奈を包んで閉じ込めるように隙間のないドームを作った。


 さらに、その木製ドームはググッ……と大きさを縮めていき、中に閉じ込めた瑠奈を押し潰そうとする。


「今助けますっ!!」


 鈴音が長杖を構える。


 瑠奈を閉じ込める木は太く頑丈そう。

 果たして氷柱でその木を断つことが出来るかどうか怪しいが…………


(木が砕けるまで何度でも撃ち込んでやる……!!)


 ギュッ、と長杖を握る鈴音の手に力が籠る。


 そのとき――――


「あははっ……良いね良いねぇッ!?」


 斬――――ッ!!


 高らかな笑い声と共に木のドームの円周に斬撃が走り、自身を囲い込んでいたものを蹴破って飛び出す瑠奈。


 大鎌を担いだ状態で、鈴音の隣に着地した。


「これは、もしかしてお出ましかなぁ?」

「もうっ、心配させないでくださいよ瑠奈先輩!」

「あはは、ゴメンゴメン……」


 ムッとした表情を向けてくる鈴音に、瑠奈はその場で平謝りする。


 だが、悠長に話している間はない。


 巨樹の前の地面が盛り上がったかと思えば、そこから何本もの蔓が伸び出してきて、それらが絡み合い、人型を編んだ。


 身長は二メートル強。

 植物の硬い蔓が寄り集まって出来た身体で、顔、胴体、四肢ときちんと人型を成している。


 しかし…………


「え、鈴音ちゃん……あれが……」

「はい! Aランクモンスター【ドライアド】です!」

「…………」


 目に見えて瑠奈が項垂れる。

 鈴音が心配して「ど、どうかしましたか?」と声を掛けるが、反応はない。


(え、ウソ……これがドライアド? え、美人のお姉さんは? 美少女は?)


 瑠奈の頭の中――前世の記憶の中に保存されていたドライアドのイメージが儚く砕け散っていく。


 目の前にいるのは、全身植物のバケモノ。

 顔にはきちんと怪しい黄色の光が灯った目がある。

 二足歩行で、手足も長い。

 胴体にはくびれがあるし、何故か胸には二つの膨らみが形作られている。


 でも、それでも…………


「……ない……」

「え、瑠奈先輩?」

「……いくない……ぜんっぜん、可愛くないっ!!」


 瑠奈は叫んだ。

 Aランクモンスター【ドライアド】を目の前にして。


「何アレ、木じゃん!? 瑞々しい柔肌は!? 植物のベールみたいな衣装は!? どこにもないじゃん!? そのくせ無駄にスタイルだけ良く作られてるのがムカつく!!」


 瑠奈が大鎌の切っ先を【ドライアド】へ突き出しながら、鈴音の方に向いてもう片方の手で自分の胸を叩く。


 同世代の女子と比べてもやや控えめな膨らみ。

 対して、【ドライアド】の胸部には触り心地こそ最悪だろうが膨らみだけはしっかりある。


「ちょ、瑠奈先輩、モンスター相手に何言ってるんですかっ!?」


 その対抗心いらないですよね!? と透かさずツッコミを入れる鈴音だが、今更瑠奈に常識が通じる余地はない。


「折角期待してたのに……ワタシ、期待に胸を膨らませてここまで来たのに……!」


 ゴゴゴゴゴ……と、もしこの世界が漫画であったなら、今この瞬間、瑠奈の立ち姿の周りにはその効果音が刻まれていることだろう。


「期待外れで胸が萎んじゃったよッ!!」

「わ、私は別に、瑠奈先輩はそのままで充分魅力的だと思いますけど……」


 理不尽に激昂する瑠奈と、その隣で恥じらい混じりに小さく呟く鈴音。


 ちぐはぐな感情が渦巻く中、第二次試験最後の激戦が幕を開けた――――

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