第82話 弱肉強食の摂理
「バトル終わった? じゃ、ここからはワタシ達が貰うね」
「だっ……迷宮の悪魔!?」
登場と同時に一体の【アサシンズ・ラプトル】の首を落とし、これで義パーティーが倒した一体と合わせ、残敵は五体。
瑠奈は遅れて傍にやって来た鈴音に、視線は眼前の【アサシンズ・ラプトル】から離さずに言う。
「鈴音ちゃん、援護はいいや。ごめんだけど、一応そこの人達守ってあげてくれる~?」
「了解です! でも、瑠奈先輩が五体を一人で相手取ることに……」
と、鈴音はそこまで言ってから、瑠奈の横顔を見てフッと笑みを溢した。
「……いえ、愚問でしたね」
「あはっ!」
一歩下がった位置で、義と他三名の探索者を背に庇って立つ鈴音。
その視線の先で、瑠奈が金色の瞳を爛々に輝かせながら、笑みを深め、大鎌をスゥ……と低く構えた。
「昨日は毒なんて貰っちゃったから、今日はそのお礼に来たよぉ~」
刹那、シュッ!! と瑠奈の姿が霞消えた。
否、消失したと錯覚するような速度で動いたのだ。
「――ま、別個体だから意味わかんないよね? でも、連帯責任ってことで!」
気付けば、最奥で義のパーティーメンバーだった槍使いの男を踏み潰して殺したラプトルの頭上に飛び上がっていた。
持ち上げられた緋色の大鎌が、ヒュン! と勢いよく振り下ろされた。
ザシュッ……!!
湾曲した刃が通過してから半瞬遅れてラプトルの首が地面に落ち、絶命したその身体が黒い塵と化して宙に散っていく。
「あと、四体……かなぁ? あっはは!!」
「「「「ギシャァアアアアアッ!!」」」」
瞳孔を鋭く細めて牙を剥いたラプトルが、素早く駆けてくる。
やはり知能が高いのか、統率の取れたフォーメーションを組み、必ず一体以上が瑠奈の死角に回り込むように襲い掛かる。
しかし、瑠奈は一切臆せず口角を吊り上げる。
その場で待ち受けるつもりなのか、腰を低く落として曲芸染みた動きで大鎌を器用に回転させる。
「グシャァアアアッ!!」
「あはっ!!」
一体が真正面から突っ込んできた。
ズラリと物騒な牙が並んだ口を大きく開けているのでそのまま噛みついてくるか――と見せ掛け、身体を捻って長い尻尾を鞭のようにしならせる。
だが、瑠奈はコンパクトに大鎌を回して対処。
圧倒的切断力の前に長い尻尾は斬り飛ばされ、短い悲鳴を上げている隙に瑠奈が二撃目を繰り出した。
ズバッ! と胴が二分割され、絶命。
そのタイミングで背後から近寄っていたラプトルが瑠奈を噛み殺さんと襲い掛かるが、瑠奈はノールックのまま前屈する要領で後ろ足を振り上げ、ラプトルの下顎を蹴り飛ばした。
「グルゥ……!!」
「あっははは!!」
ラプトルの状態が仰け反っている隙に素早く身を翻した瑠奈が、振り向く回転力をそのまま活かして大鎌を横薙ぎ一閃。
血飛沫が散華する。
「あと――」
――二体、と口にする前に、瑠奈の大鎌にシュバッ!! と深紅の焔が灯った。
「「グギシャァァアアアアアッ!!」」
左右から同時にラプトルが飛び掛かる。
瑠奈はその中心で燃える大鎌で周囲に円を描くように地面を刻み――――
「――ゼロ体」
シュバァアアアンッ!!
瑠奈を中心とした同心円の地面の切り口から爆炎が迸り、二体のラプトルがまとめて虚しく灰となった。
それは絶命に至ったがゆえの黒い塵なのか、はたまた瑠奈の《バーニング・オブ・リコリス》による火力に焼き焦がされたがゆえなのか……もはや判別がつかないほどに瞬殺だった。
「ふぅ……」
戦闘後特有の静けさの中で、瑠奈が清々しそうに一息ついた。
「お見事です、瑠奈先輩!」
「あはは、ありがとう鈴音ちゃん!」
イェイ! と瑠奈は駆け寄ってきた鈴音とハイタッチを交わす。
そんなときだった――――
「何でだっ!!」
義が大きな声を上げた。
単純な怒声というよりは、悲しみややるせなさ、気まずさのようなものも色として含まれているようだ。
「何で鹿鈴さんを見殺しにしたんだ……!!」
鹿鈴――というのは、語るまでもなく、人質に取られてラプトルに踏み潰された槍使いの男性のことだろう。
「見殺しとは聞き捨てなりませんね」
表情を硬くした鈴音が、義と向かい合う。
「確かに一名亡くなられたことは残念に思いますが、その責任を私達に向けるのは見当違いです」
「あぁ、そうだ……その通りだ。わかってるよ。でもなっ!!」
ギュッ、と血が滲みそうなほどに拳を固く握った義が叫ぶ。
「それでも、君達なら助けられたんじゃないのか!? こうして姿を見せたということは、すぐに出て助けに入れる状況にいたんじゃないのか!?」
「そ、それは……!!」
義の言っていることは間違いではなかった。
確かに瑠奈と鈴音は、義パーティーが戦闘をしている様子を、傍からずっと見ていた。
危険と感じたタイミングで、飛び出して加勢することも出来ただろう。
その事実が前提にあるからこそ、どう反論して良いものか鈴音が口籠っていると、先程からずっと顔を青ざめさせていた弓使いの女性が震える声で言った。
「……ど、どうだって良いわよ、もう! 一人死んだ! このまま四人で試験続けても突破出来るわけない! 私、降りるからね……!!」
女性がEADの特殊空間から、トリガーのついた簡易的なロケットのようなものを取り出した。
それは、第二次試験開始前にギルド職員から配布された信号弾だ。
「ちょ、待つんだ! まだ諦めるときじゃ――」
「――もう無理っ!!」
女性がトリガーを引く。
打ち上がった信号弾が、樹海の木々を抜け、空高いところで軽い爆発音と共にパァッ! と昼でも目がくらむような閃光を放った。
「どうして……! 鹿鈴さんのためにも、僕達はこの試験を突破しないといけなかったんじゃないのか!?」
「悪いけど、私は自分の命を優先させてもらうわ! やりたきゃ勝手にやって!」
義と弓使いの女性がそう言い合っていると、十秒を少し過ぎたかなという頃に、バチィ!! と落雷。
いや、全身に電撃を纏ったSランク探索者【雷霆】が、文字通り電光石火の速さで駆け付けたのだ。
「んあぁ? 別にピンチって感じでもねぇか?」
相変わらずの強面をどこか面倒臭そうに顰めながら周囲を見渡す【雷霆】。
「いや、終わったあとか。ったく……そうなる前に信号弾打ち上げろって、あの【武神】も言ってただろうが……」
頭蓋骨が粉砕されている男の亡骸を見て、【雷霆】は嘆息を漏らした。
「死んじまったら、何もかもが終わりだってのに」
「……死んだんじゃない。殺されたんだ……見殺しにされたんです!!」
義が【雷霆】に向かって感情のまま叫んだ。
そして、瑠奈と鈴音の方を指差して続ける。
「あの二人はいつでも助けに入れたのに、僕達が殺されようとしている様をずっと見てたんだ……!」
「あぁ?」
眉間にシワを寄せた【雷霆】が指さされるままに顔を向ける。
どちらも探索者界隈では有名人で、よく知っている顔だが、特に自分と目を合わせて「げっ」と声を漏らした大鎌使いの少女の方は更に見知っていた。
「…………」
【雷霆】は無言のまま瑠奈コンビと義パーティーを交互に見やり、周囲の戦闘の痕跡、散らばった魔石、そして男性の死体にも目を向ける。
そして――――
「んあぁ、なるほどな。ハッ、そういうことか」
「そうなんです! そこの二人は探索者にあるまじきことを!!」
そんな司の言葉を聞いた【雷霆】がボリボリと頭を掻いた。
「そりゃ、確かに優しくねぇな?」
「ですよね! こんな見殺しにするような行為は――」
「――だが、それがどうした?」
「…………は?」
義は絶句した。
そんな様子に構わず【雷霆】は辺りを見渡しながら言う。
「見殺し? 確かに一人くたばってんなぁ。だが、見るにほとんどのモンスターはコイツらが狩ってくれたんじゃねぇのか? 二人がいなきゃ、今頃テメェらは全員ダンジョンの餌食になってるところだ」
一体何を言われるかと警戒の色を滲ませていた瑠奈と鈴音は、意外な【雷霆】の意見に目を丸くしていた。
「さっきテメェ、コイツらが『探索者にあるまじきことを』なんて言ったな? じゃあ聞くが、探索者にあるべきことって何だ?」
別に聞くつもりはなかったのだろう。
すぐに【雷霆】は「教えてやるよ」と自分の口で答えを告げる。
「そりゃ“勝利”だ」
「しょ、勝利……?」
「良いか? ここはダンジョン。弱肉強食の異世界だ。部外者のテメェらが勝手に自分の道徳心をルールにしていい場所じゃねぇんだよ。唯一あるのは“弱肉強食”という誰もが知ってる非情極まりない四字熟語だけ」
生半可な“正義”の光を揺らめかせる義の瞳を、【雷霆】の強い眼光が正面から射貫く。
「確かにコイツらが最初から加勢してりゃ、誰も死なずに済んだかもな? そういう意味では優しくねぇ。だが、テメェは優しさを求めて探索者やってんのか? 馬鹿か」
語り口調に熱が籠るたびに、【雷霆】の身体からバチッと電気が迸る。
「雑魚が勝手に生温いルール持ち込んでんじゃねぇ。自分の正義を語って良いのは、強者であり勝者だけだ」
もう言うことはない、と身を翻して義に背を向ける【雷霆】。
「ほら、脱落する奴らは俺様についてこい!」
信号弾を打ち上げたのは弓使いの女性のみ。
しかし、その女性に付いて行くように【魔法師】の女性も動き、斧を背負った男性も義の傍へ歩み寄った。
「ほら、行こうぜ……」
「でもっ……」
「どのみちパーティーがいないんじゃもう続行不可能だろ?」
男性に諭され、義もずっと握り固めていた拳をゆっくりと緩めた。
「……わかった」
義本人を含め、パーティー生存者四人全員が【雷霆】の方へ向かっていく。
そして、【雷霆】が去る前に、瑠奈はどこか挑発的な笑みを浮かべた。
「意外だったよ」
「あぁん……?」
「まさか、こっちを庇ってくれるとは思ってなかったしね」
そんな瑠奈の口振りに、【雷霆】は眉を顰めた。
「勘違いすんなバケモン。庇ったんじゃねぇ。俺は俺の正義を語っただけだ……強者だからなぁ」
「あはっ、『正義を語って良いのは強者であり勝者だけ』か。うんうん、良いこと言うねぇ。同感だよ~」
「別に同感なんて求めてねぇ」
「良いの、ワタシが勝手に同感してるだけだから」
最後に【雷霆】は苛立ったように鼻を鳴らしてから、この場を去っていった――――




