第81話 第二次試験二日目の現実
「あはっ、あははっ、あっはははははッ!!」
翌朝。
第二次試験に残された時間はあと一日。
昨日【アサシンズ・ラプトル】の爪に塗られていた毒を受けて探索不能になってしまった分の遅れを取り戻そうと、瑠奈は早朝からAランクダンジョンを駆け巡っていた。
大鎌を振って、振って、振りまくり。
見掛けたモンスターの身体は何分割かにされて宙を舞い。
鮮血が散華し、血の雨が降りしきる。
「瑠奈先輩、飛ばし過ぎじゃないですか~!? 体力持ちませんよ!?」
もはや援護する隙すらない瑠奈について行きながら、鈴音がやや張った声でそう心配する。
しかし、瑠奈は頬についた返り血を手で拭ってから笑顔で振り返る。
「大丈夫っ! 今日は絶好調だからね!」
ほら行こうっ、と元気に言って再び足を進める瑠奈。
鈴音はとても昨日毒を受けたとは思えない瑠奈の無尽蔵の体力に苦笑いを溢しながら、「待ってくださいよ~」とあとをついていく。
そして、昼頃ようやく――――
「見付けた……!!」
伏せて茂みに隠れる瑠奈が瞳を輝かせる。
視線の先には、あと五つ魔石が必要な【アサシンズ・ラプトル】が七体。
何かを話し合ってでもいるのか、群れで顔を見合わせながら低い唸り声を出していたりする。
そんな様子を覗き見ながら、瑠奈の隣で同じように伏せていた鈴音が呟く。
「どうします、瑠奈先輩?」
「そりゃ、もちろん先手必勝――」
――と、瑠奈がニッと笑って答えた瞬間。
「掛かれぇえええっ!!」
「「「「おぉおおおおおッ!!」」」」
瑠奈と鈴音とは異なる方向から叫び声。
咄嗟に目を向けると、そこには二次試験開始初日に見掛けた印象的な青年――義の姿があった。
長剣を掲げた合図と共に、他受験者でパーティーメンバーと思われる四人が動き出す。
曲刀、両手斧、槍を持った男性三人が前に出る。
後方では弓を構える女性と【魔法師】と思われる杖を掲げる女性が立っていた。
「奇襲で声出す人って本当にいるんですね……」
「鈴音ちゃん、触れないでおいてあげてね……」
先に獲物と開戦してしまった義達を、瑠奈と鈴音は何とも言えない表情で見守る。
果たしてどちらが先にこの【アサシンズ・ラプトル】七体を見付けたかはわからないが、戦い始めてしまったものは仕方がない。
ダンジョンで獲物を横取りするのはマナー違反なので、瑠奈と鈴音は完全に観戦モードに入る。
「前衛三人はラプトルを回り込ませないように! 僕も加勢する! 後衛は援護を!」
そう指示を飛ばしながら自身も前衛へ向かう義。
作戦自体は非常にオーソドックスなもので、正しい判断と言える。
曲刀を扱う男性が一体のラプトルと向かい合う。
そこに後方から矢が飛んできて、ラプトルの片目を穿った。
「ギシャァ……!?」
「ここだっ!!」
一瞬ラプトルがよろめいた隙に曲刀で斬り掛かる。
ザッ、と肩口を裂いて鮮血を散らすが、致命傷には至らなかった。
「くそっ!!」
「任せろぉおおお!!」
そこへ、サイドから掛けてきた両手斧を振り被る男性。
流石は重量武器なだけあって、振り下ろされた一撃は重く、容易くラプトルの首を打ち落とした。
「助かった!」
「おうよ!」
しっかりとパーティーとしての動きを成している五人。
作戦も指示も、各人の動きも間違ってはいない。
しかし、正解が常に勝利をもたらすとは限らない。
それが、ダンジョン。
「ぐあぁあああっ……!!」
もう一方でラプトルと交戦していた槍使いの男性が、尻尾で槍を弾かれて手放した瞬間に、他のラプトルに横から噛みつかれてしまった。
横腹に思い切り突き立てられた牙。
ラプトルはそのまま噛み千切ることはせず、しばらく引きずり回して傷を増やしてから、木の幹に叩きつけた。
まだ息はある。
いや、息が意図的に残されている。
一体のラプトルがそうやって槍使いを人質に取るようにして、残り五体のラプトルが義達へ圧を掛ける。
「ぐうぅ……!!」
「ま、待ってろ今助けるからな!!」
義はそう叫び、駆け出そうとする。
取り敢えず目の前のラプトルを突破しなければ、槍使いのもとまで辿り着けない。
足を踏み込み、長剣を振り上げる。
しかし――――
「うあぁあああ……!!」
「――ッ!?」
義が動いた瞬間に、一体のラプトルが人質である槍使いの身体を踏みつけた。
動けばコイツを殺す――言葉は通じなくとも、確かにそんな意思と殺意をラプトルから感じる。
義達は身動きが取れなくなる。
ラプトルはそれが狙い通りだとほくそ笑むように喉を鳴らしながら、一歩、また一歩と義達へ近付いていく。
「お、おい! どうすんだ!?」
「ねぇ、加藤君!?」
「このままじゃ私達が殺されるよ!」
パーティーメンバーからの言葉に、義はギュッと拳を握り固める。
そして、強い意志の籠った光を瞳に宿して言った。
「助けるんだっ!!」
「「「……っ!?」」」
「彼は仲間だ! この試験の間だけの関係かもしれないけど、それでもここまで一緒に頑張ってきたパーティーメンバーだ!」
キラリ、と長剣をラプトルへ向ける義。
「絶対に助ける!!」
グシャァ…………
「…………え?」
そんな義の宣言を最後まで吠えさせてから、ラプトルは人質に取っていた槍使いの男性の頭蓋を踏み潰した。
絶対に助けるという義の覚悟を、あざ笑うかのように。
義の瞳に宿っていた意志の光が消える。
義だけではない。
パーティーメンバー全員の表情が、絶望の色に染まった。
「酷い……こんなのって、酷すぎ――」
「――よっ!!」
モノクロームに沈む義の視界の中で“紅”が横切った。
ひらりと舞うドレスの紅。
振るわれる三日月のような刃の紅。
そして、放物線を描くラプトルの頭部から吹き出す紅。
「バトル終わった? じゃ、ここからはワタシ達が貰うね」
義の視界のど真ん中に、金色の瞳を爛々と輝かせる【迷宮の悪魔】の姿があった――――




