第80話 各受験者の状況
瑠奈と鈴音が【アイアンスケイル・グレータースネーク】と遭遇したのと同時刻。別所にて――――
「あぁもう! 全然集まんねぇじゃねぇか素材!!」
瑠奈と鈴音を除いた受験者二十五名の第二次試験攻略同盟とでも言うべき、加藤義率いる大規模パーティーの中から、そんな不満の声が上がった。
声の主は、三十代の男性探索者だ。
「Aランクモンスターの巣なんて一向に見付かる気配もないし、この人数で探してもトレイポロニアの実も一粒も見当たらない。成果があるとすりゃ【アサシンズ・ラプトル】の魔石だが、それもまだ二十三個だろ? 二十五人全員分となると全部で百二十五個必要だ」
とても現実的な数字とは言えなかった。
それはそうだ。
本来試験というのは合格者を選別するためのものではなく、実力不足の者を篩い落としていくためのもの。
それを、二十五人全員で合格を目指すということは、自然と実力が足りない者をその他のメンバーで支えることになる。
いや、支えると言えば聞こえはいいが、充分な実力を持った者は多大な足枷を嵌めた状態でこうすることになってしまう。
「大丈夫っ!!」
不満を口にする男性を励ますように声を上げたのは、義だ。
「確かにまだ全然素材が足りない。でも、Aランクモンスターの巣は別動隊の五人が探索してくれているし、トレイポロニアの実と魔石だって、この人数で探索すれば――」
「――わりぃけど」
男性はもう何度聞いたかわからない義の励ましの言葉に聞く耳を持たず、キッパリと言う。
「俺達は抜けさせてもらう。行こうぜお前ら」
「おう」
「だな」
「りょーかい」
男性について三人――合計四人がパーティーから離脱した。
その様子を見た他の探索者らも騒めき始める。
そして――――
「じゃ、じゃあ私達もゴメンね……」
「僕も……」
「ウチも行くわ~」
「あっ、ちょっとみんな……!?」
義の制止は虚しく、三人、三人、五人……と離脱者が増えて言った。
この場に残ったのは義含めて五人。
Aランクモンスターの巣を探している別動隊五人がまだ存在するが、この流れだ……義のもとに帰ってくるかどうか保証はない。
「た、義さんどうする……?」
義のもとに残った一人の青年が不安げにそう声を掛ける。
義は悔しそうに俯いていたが、すぐに両頬を手で挟んで気合を入れ直した。
「大丈夫! まだここには五人もいる。問題ないよ!」
さっ、とみんなに呼びかけた。
「ぐずぐずしてる時間はない。行こう!」
もうそこに第二次試験攻略同盟と呼べるものはなく、一般的な五人パーティーとなってしまったが、それでも義は残ってくれたメンバーを引き連れて探索を再開した――――
◇◆◇
「瑠奈先輩、この場所が良いかもしれません」
「おぉ~」
戦闘後、夜営場所を探していた瑠奈と鈴音が良い場所を見付けた。
傍に小川が流れ、水の確保が出来る。
一つテントを張る程度のスペースもある。
「瑠奈先輩、身体はどうですか?」
「もうほとんど毒も抜けたよ。問題なく動ける」
瑠奈は貸してもらっていた鈴音の肩から腕を外して、その場で軽くステップを踏んだりジャンプしたり蹴りを繰り出したりしてみる。
もう変に身体が麻痺する感覚もない。
いつも通りだ。
「鈴音ちゃん、ありがとね」
「いえいえ。回復したなら良かったです」
では――と鈴音は生い茂った木々の葉の間から、茜色のダンジョンの空を見上げてから言う。
「暗く前に夜営の準備をしましょう。私はこの場所にテントを張るので、瑠奈先輩は枯れ枝を集めてきてくれますか?」
「了解だよっ!」
ビシッ、とわざとらしく額に手を当てて敬礼して見せた瑠奈が、すぐに動き出す。
鈴音はそれを見送ってから、EADの特殊空間に収納していたテントを取り出し広げていく。
一人用のテントしかないが、夜営するときは片方が起きて見張りをするため、同時に二人が使用することはないので問題はない。
「でも……」
もし、何かの都合で二人同時にテントで寝ることになったら――と、鈴音は無意識のうちに想像を膨らませる。
『あはは、やっぱり狭いですねテント……』
『鈴音ちゃん、もっとこっちに来て良いよ?』
『え、でも瑠奈先輩のスペースが……』
『大丈夫』
『あっ……』
瑠奈が鈴音の腰に手を回して引き付ける。
脚と脚、胴と胴がピタリとくっついて、互いの吐息すら感じられる距離で見詰め合う。
『る、瑠奈先輩、ちょっと恥ずかしい……』
『ん? 何で?』
『そ、それは……』
鈴音の顔がカァ、と熱くなる。
それを見た瑠奈がクスリと微笑んだ。
鈴音の心の内を見透かす金色の瞳が、スッと細められている。
『んもぅ、瑠奈先輩意地悪です……』
『あはっ、鈴音ちゃんやっぱ可愛いなぁ』
瑠奈が鈴音の頬に右手を触れさせた。
それによって、鈴音はビクッと身体を震わせる。
『る、瑠奈先輩っ……モンスターの警戒もしないと……!』
そう。
モンスターはいつ襲ってくるかわからない。
探索者が寝ているからそっとしておこうなどという道徳心があるワケもない。
しかし、瑠奈はそんな言葉すら可笑しそうに笑った。
『確かにね。でも、いつ襲ってくるかわからないモンスターより――』
瑠奈が鈴音の身体の上に四つ這いになって跨った。
薄暗いテントの中に、瑠奈の金色の瞳がよく映える。
『今、襲い掛かってくる相手を警戒した方が良いんじゃないかな?』
『~~っ!?』
蠱惑的に笑った瑠奈が、鈴音の服の下に手を滑り込ませた。
細い腰を撫で、その手は上を登り、鳩尾を経て、思春期で成長過程の少女の膨らみに指先を――――
「んあぁぁあああ!! そんなの駄目です瑠奈せんぱぁあああいっ!!」
現実に意識を引き戻してきた鈴音が、ボッと顔を真っ赤にして叫ぶ。
「えっ、この枯れ枝じゃ駄目だった!?」
丁度そこへ両手いっぱいに枯れ枝を抱えて戻ってきた瑠奈が、鈴音の声にビックリする。
当然鈴音の頭の中での出来事など知る由もない瑠奈は、頼まれていた枯れ枝集めの話だと受け取った。
「あっ、瑠奈先輩!?」
「もっと集めてきた方が良いの?」
「あぁ、いや! 全然それで充分です! すみません、いきなり叫んじゃって……」
もちろん事情を話すわけにもいかない鈴音は、紅潮した顔でもごもごと歯切れ悪く謝ることしか出来なかった。
瑠奈はわけがわからず「そう?」と首を傾げていた――――




