第76話 樹海と二人の(戦)乙女!
加藤義の誘いを断り、他受験者らとパーティーを組むことなく樹海に足を踏み入れた瑠奈と鈴音。
森林系のダンジョンは珍しくない。
瑠奈がこれまで探索してきたBランクダンジョンやそれ以下のランク帯のダンジョンでも多く見られるフィールド形態だ。
だが、やはりここはAランクダンジョン。
一括りに森林系と言っても、数え切れないほどの多種多様な草木が混生していたり、無造作極まり所狭しと植物が群生していたりと、やはり険しさが段違い。
街にポツンとある低山と、アマゾンの奥地くらいには別次元だ。
しかし、瑠奈はそんな歩きにくさ極まる環境をむしろ楽しんでいるかのような様子で、瑠奈ほど身軽でない鈴音に所々手を差し伸べたりする余裕まである。
「そういえば、鈴音ちゃんと日を跨ぐ探索するの何気に初めてだよね~」
腐朽して横倒しになった木を乗り越えるため、先に幹の上に立って下で待つ鈴音に手を伸ばす瑠奈。
「そう言えばそうですね」
鈴音は差し伸べられた手を借りて、足を踏み外さないように気を付けながら倒れた木を登る。
「昔お姉ちゃんとダンジョン内で二日間ほど過ごしたことはありますが、瑠奈先輩はどうですか?」
「ワタシもあるよ。残念ながら一人寂しくだけどね、あはは」
「なるほど……って、でも一人だったらどうやって夜営するんですか? 見張りが立てられませんよね?」
当然だがダンジョン内は脅威に満ち溢れている。
昼だろうが夜だろうが、モンスターは構わず襲ってくる。
なので、夜営する際はパーティーメンバーで見張りと休息を交代で行うものなのだ。
しかし、ソロで探索する瑠奈にはそれが出来ない。
なので、鈴音は自然と浮かぶ疑問を口にしたのだが、それを聞いた瑠奈はキョトンとした様子で――――
「夜営、見張り……? あぁ! あはっ、ワタシ寝ないから~」
「えっ!?」
「二日間くらいだったら全然徹夜でモンスター狩ってるよ」
「そ、それは……凄まじいですね……」
もう瑠奈に関しては驚くだけ驚いたと思っていた鈴音だったが、どうやらまだまだ驚愕の余地は残されているらしい。
一晩くらいの徹夜と甘く見てはいけない。
ダンジョン探索は単純作業ではないのだ。
常に命を狙い狙われ、死の恐怖とプレッシャーに向き合う必要がある。
単に体力があればどうにかなるワケではなく、強靭な精神力が必要とされる。
それを、寝ることもせず夜通しモンスターと戦い続けるなど、もはや瑠奈の精神力は女子高生のそれではない。
鈴音が相変わらずな瑠奈の異常さに苦笑いを浮かべながら、倒れた木を乗り越えて再び歩き出す。
そのとき――――
「鈴音ちゃん伏せてっ!」
「――ッ!?」
硬く響く瑠奈の声。
一体何事か、と考えるより前に鈴音は瑠奈の言葉を信じてその場にしゃがみ込んだ。
刹那、瑠奈の大鎌が鈴音の頭上を走り、バシュン! と何かを斬り裂いた。
瑠奈は鈴音を背に庇うように立ち、鈴音はその後ろで長杖を構える。
「鈴音ちゃんコレ何? なんか飛んできた。手応え的に物体じゃない」
「物体じゃないものが飛んでくる……?」
そう言っている間にも、続けざまにまた飛んできた。
遠くでキラリと光ったかと思えば、その黄緑色の閃光が物凄い速さで迫ってくる。
「フッ!!」
メジャーリーガーの投球を倍速にすれば競り合えるだろうかという速度の黄緑色の弾丸を、瑠奈は器用に大鎌を振るって弾く。
背中越しにそれを見た鈴音が、正体を口にする。
「そ、それは【ピストル・プラント】の攻撃です!」
「ピストル……あれ? なんか聞き覚えが……?」
「一次試験対策の勉強で教えたじゃないですか~!」
もう忘れたんですかっ!? と瑠奈の後ろで不満げにぷくぅ、と頬を膨らませる鈴音。
「お、覚えてる覚えてるよ! えっと、アレでしょ? あの……生命力の高い木に寄生する植物型モンスターで……」
「ですです。吸い取った生命力で作った魔力を弾丸にして飛ばし、近くを通り掛った獲物を仕留めて、更なる養分とします。ランク自体はDと低いですが、正直厄介さならそこらのCランクモンスターの方がマシですね」
敵の正体がわかればもう心配はない。
瑠奈が前衛に立ち、鈴音がその後ろで長杖を掲げる。
キラッ……キラッ、キラッ、キラッ……とあちらこちらの木の上で煌めき、黄緑色の魔力弾が無数に襲い掛かってくる。
「あはっ!!」
瑠奈は金色の瞳を見開き、バシュバシュバシュッ!! と次から次へと降り注いでくる黄緑色の雨を斬り捌いていく。
その後ろで、鈴音が掲げた長杖の周囲に冷気が集い、宙に幾本もの鋭利な氷柱が形成される。
合図はない。
言葉を介さぬ、阿吽の呼吸。
「《アイシクル――》」
一通り魔力弾を防いだ瑠奈がシュッ! とジャンプして鈴音の前から退く。
「《――レイン》ッ!!」
ビュビュビュンッ!!
鈴音が長杖を向けるに従って、氷柱が一斉に射出される。
瑠奈がしばらく魔力弾を防いでくれていたお陰で、その射線から【ピストル・プラント】が潜んでいる場所は割れた。
全部で八体。
寄生している木は皆バラバラで距離もある。
それでも――――
ザシュッ!! と放たれた氷柱は狙い違わず、八体すべての【ピストル・プラント】を刺し穿った。
「ふぅ……」
「ナイスショット、鈴音ちゃん!」
「えへへ、ありがとうございます」
「結構距離あるのに全部命中させるなんて……」
「まぁ……瑠奈先輩に置いて行かれるわけにはいきませんからねっ」
「ん?」
まだまだ樹海に入ったばかり。
二人の探索は、ここから更に激化していく――――




