第75話 第二次試験の先陣ッ!
「これより、Aランク探索者昇格試験の第二次試験の説明を始めます」
試験会場となるAランクダンジョンのゲート前。
受験者二十七名に向かって、ギルドの女性職員がタブレットを片手に口を開く。
「事前のお知らせ通り、第二次試験ではこのAランクダンジョンで四十八時間以内に指定された素材を収集してきていただくことになります。長時間の試験となるため事前に必要最低限の食料はこちらで支給しますが、探索者に必要なサバイバル能力の審査も兼ねているので、個人での食料の持ち込みは禁止させていただきます」
また――と、ギルド職員による説明は続く。
「Aランクダンジョンでの試験ですので命に係わる危険が充分に考えられます。もし試験継続が不可能だと判断された場合は、あらかじめ皆さんに信号弾を支給いたしますので、そちらを打ち上げてください。そうすれば、こちらにお呼びした三名――」
ギルド職員の合図によって、控えていた人物らが一歩前に出る。
長身で金髪オールバックの強面な青年。
銀髪ボブカットで凛とした女性。
幼い外見ながら悠然とした態度で構える幼女。
「――Sランク探索者の【雷霆】【天使】【武神】がすぐさま救助に向かいます」
そんな説明に、【雷霆】は腕を組んだままフンと鼻を鳴らしてそっぽを向き、【天使】は静かに目蓋を上下させ、【武神】は高らかに笑った。
「ハハハッ! 良かったな、皆共。この試験ではどこのどんな救助隊より早く駆け付け、確実に脅威を打ち払うワシらがついておる」
文字通り一騎当千のSランク探索者。
その中でも最強と名高い【武神】の心強い言葉に、受験者達が表情を明るくし、安堵の息を吐く。
しかし――――
「じゃが、安心はするでないぞ? いくらワシらとて呼ばれた次の瞬間に到着できるわけではないゆえ、今まさに死にそうな奴を助けるのは無理じゃ。ま、せめて死ぬ十秒前くらいには信号弾を打ち上げてくれよ? ククク……」
自分が死ぬ十秒前がいつかなんてわかる人間はいない。
つまり、生き延びたければ危険をいち早く察知し、冷静に自分の限界を見定めて助けを求めろ――ということだ。
それが出来ない奴は、死ぬだけ。
一時は安堵していた受験者達も、そんな【武神】の話を聞いて再び表情を険しくしてしまう。
何やら前の方では【武神】がギルド職員に「試験前に受験者を怖がらせないでくださいよ……」と文句を言われていたが、その張本人は愉快に笑っているだけだった。
「コホン。それでは、皆様に収集してきていただく素材の発表をしたあと、食料と信号弾の支給を行ってから試験開始とさせていただきます」
ギルド職員が一呼吸の間を置いてから発表した素材は――――
◇◆◇
「魔力ポーションの原料となる『トレイポロニアの実』、Bランクモンスター【アサシンズ・ラプトル】の魔石五つ、そしてAランクモンスターの巣の撮影・マッピング。フムフム、なるほど……」
試験開始の合図と共にAランクダンジョンゲートを潜った受験者総勢二十七名は、これから試験をどう攻略しようか考えるために、まだ出発せず皆で集まっていた。
そんな受験者らの意見を取りまとめ、進行する役を買って出ようというのか、二十代半ばの一人の青年が皆の前に一歩出て口を開く。
「みんな、聞いてくれ! 僕の名前は加藤義。ここで無駄な時間を浪費するのは誰にとっても得策じゃないから、取り敢えずこの場の進行役をしたいと思う。良いかな?」
腰には片手剣。
左腕には盾。
胴体や肩、腕、また足元をプレートメイルで覆った、正統派の剣士といった風貌。
そんな彼――義の呼び掛けに、一瞬皆が顔を見合わせて困惑する素振りを見せたが、かといって代わりに自分が進行役を務めると名乗り出る者はおらず、皆が納得の意思を頷きと沈黙で返す。
その反応に義は「ありがとう」と一言お礼を言ってから本題を切り出した。
「聞いての通り必要素材は三つ。どれもこれもがそう簡単に手に入る代物じゃない。おまけにフィールドはこの広大な樹海だ――」
義が振り返るにしたがって、皆も視線を共にする。
視界を埋め尽くすのは低木から高木まで無造作に群生した樹海。
見渡したところで樹海の終わりは見えず、文字通り果てしなく広がっている。
「この樹海の中で四十八時間以内に必要な素材を集めるのは、極めて困難だ。特にAランクモンスターの巣をマッピングするなんて、危険すぎる」
そこで――と義が声を大にする。
「僕はみんなで力を合わせてこの試験を突破したいと考えている! 単独での突破は難しくても、みんなで協力すればきっと乗り越えられる! ボクはそう信じている!!」
「お、おぉ……」
「おぉ……」
「だな……だよな……!」
「「「おおぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」」」
義の演説に感化、激励された受験者らが高らかに叫ぶ。
拳を突き上げる者、自身の得物を掲げる者。
そんな光景に、義も胸を熱くして大きく頷いた。
「じゃあ、みんなの気持ちが一つになったところで、作戦会議を――」
「――あはっ、みんなじゃないかなぁ~」
義の話を遮った声の方向に、皆が振り向く。
受験者らの集まりの最後方に控えていたその少女が、にこやかに皆の視線を迎え入れた。
「えっと、どういう意味かな。【迷宮の悪魔】早乙女瑠奈さん。それとも、配信者ルーナさんって呼んだ方が良いかな?」
瑠奈は自身の認知度も昔に比べてかなり高くなったなと嬉しくなりながら、「どっちでもいいよ~」と返事をする。
「ま、みんなが協力して試験を攻略するのは勝手だけどね。ワタシは……というより、ワタシ達は遠慮させてもらうよ」
「ちょっ、瑠奈先輩……!」
この一致団結ムードの中、堂々と離脱を宣言する瑠奈。
隣であわあわしていた鈴音は、ギュッと瑠奈に腕を引き寄せられて色んな意味で鼓動を加速させる。
そんな二人を見て、義がため息を吐いた。
「なるほど……【剣翼】を姉に持つ天才魔法師、向坂鈴音さんもいるのか。確かに君達は充分な実力を持っているだろうね。でも、だからこそその力をみんなで試験を乗り越えるために使ってくれないかな?」
義がゆっくりとした足取りで近付いてきながら、握手を求めるかのように片手を差し出してくる。
瑠奈は義を正面にしても笑顔を保ち、伸ばされた手は無視して言う。
「この試験で協力することのメリット・デメリット……気付いている人は気付いてるだろうから、ここでわざわざ水を差すようなことは言わないでおくね。ただ、ワタシは信用出来る人としか組まないってだけだよ」
あくまで自分の意思を伝えているだけ。
相手を不快にさせたり挑発したりする意志は瑠奈にはないため、穏やかな口調と可愛らしい笑みを保っている。
だが、暗に握手を断られたことを察した義は少し残念そうにしながら手を下ろし、最後に仲間に引き入れられないか試すべく、駄目元でもう一押ししてみる。
「でも、探索するには人手が欲しいだろ? まして、【魔法師】の実力を最大限発揮するには、せめて前衛が三人はいないと――」
「――ご心配ありがとう。でも、大丈夫」
瑠奈は鈴音の手を引いて、義の横を歩いて通り過ぎていく。
「ワタシが前衛三人分以上の働きをすれば良いだけだからね」
そう言い残すと、瑠奈と鈴音は他の受験者達を置いて、第二次試験の先陣を切って広大な樹海へと足を踏み入れて行った――――




