第74話 二次試験前の一悶着
Aランク探索者昇格試験第一次試験の合否結果が通知された二日後、通過者二十七名がギルドの指定したAランクダンジョンゲート前の広場に集まっていた。
時間は早朝。
まだ、東の空が薄明るくなってきたばかりのため、普段であれば布団の中にいる者も少なくないだろう。
しかし、それでもAランク探索者に昇格すべく半数が落とされた第一次試験の突破した者達。
これから始まる第二次試験を前に、眠そうな顔をしている者はいない。
ただ、一人を除いて…………
「ちょ、瑠奈先輩っ……しっかりしてください……!?」
「んむぅ……ねぇ、何でこんなに早いのぉ……?」
受験者の集まりの片隅で、起立したままうとうとしている瑠奈。
そんな瑠奈を、鈴音は隣で腕を引っ張ったり身体を揺すったりして何とか起こそうとしていた。
そんなとき――――
「ハッ、随分呑気じゃねぇか。そんなに眠りたきゃ、この俺が直々にベッドまで連れて行ってやっても良いんだぜ? 病院のベッドになぁ」
「――ッ!?」
ふと背後に現れた気配。
空気をピリつかせるような殺気を肌に感じ、瑠奈はその正体を確認する前段階で振り返りざまに回し蹴りを繰り出した。
バシィンッ!!
さも剛速球がキャッチャーミットに収まったかのような音が響くが、瑠奈のその蹴りはものの見事に殺気の正体である男に片腕で止められていた。
傍らに立っていた鈴音は、突然のことに呆然としていたが、すぐにその男の正体を見て目を見開く。
「え、Sランク探索者……【雷霆】……!?」
その通り、とでも返事をするかのように【雷霆】がニヤリと笑った瞬間、その全身から電撃が迸る。
瑠奈は鈴音を庇うように抱えながら、咄嗟にバックステップ。
EADの特殊空間に仕舞ってあった大鎌を取り出し、ここがゲートの前とはいえダンジョン外であることを忘れて臨戦態勢に入る。
好戦的に応じるわけではない。
ただ、ダンジョンの中であろうと外であろうと、ギルドのが取り決める探索者のルールがどうであろうと、殺気を向けてきた相手を見過ごせないだけだ。
そのただならぬ様子に、他の受験者らも騒めき出す。
「おいおいひでぇな。突然蹴ってくるたぁ」
「あはっ、パンチの方が良かったかな?」
「おまけにタメ口かぁ。俺、二十二なんだが」
「華の女子高生に殺気向ける人に、敬語はいらないよ」
「あぁ、華だぁ? 随分禍々しい花もあったもんだなぁ?」
「わぁ、酷い。ワタシ可愛くない?」
「ツラの話してんじゃねぇよ」
「へぇ、外見は可愛いって思ってくれるんだ~」
両者の言い合いが熱を帯びていき、場の緊張はみるみる高まっていく。
このままではマズいと思った鈴音が、慌てて間に割って入った。
「す、ストップストップです! あ、あの【雷霆】さん。瑠奈先輩に何かご用事でも?」
そんな質問を受け、【雷霆】の視線が初めて鈴音の方を向いた。
「んあぁ、【剣翼】の妹か。別に用事って程のもんでもねぇよ。ただ、噂の【迷宮の悪魔】がどんなもんか見に来ただけだ」
それを聞いて、瑠奈は「あっ」と目を丸くして声を漏らした。
「ワタシのファン?」
「ちっげぇよッ!!」
即行で否定された。
てっきり先程の殺気は熱烈な愛ある視線の究極系のようなものかと納得しかけていた瑠奈だったが、どうやら違ったらしい。
「そ、それは……例の件のため、ですか?」
こんな人目のある場所で、瑠奈がギルドの監視対象になるかもしれないなどという機密情報は言えない。
ゆえに、鈴音は濁して尋ねたが、【雷霆】はしっかりその意味を理解したようだ。
「まぁな。といっても上の指示じゃねぇぞ。俺が個人的にそこのバケモンを確かめてやろうと思ってな。だがまぁ……案の定、危険だったなぁ?」
「そ、それは――!」
鈴音が否定しようとしたとき、急に後ろから声が聞こえた。
「やれやれ、これだから血気盛んなガキは困るのぅ。誰だって殺気を飛ばされればああいう反応になるじゃろうて」
驚きはしなかった。
瑠奈も、鈴音も、いきなり自分達の後ろから声がしたというのに、驚けなかった。
さっき【雷霆】が背後に現れたときは、その殺気と存在感をビリビリと感じて、驚きという形で反応することが出来た。
しかし、今回は違う。
声がして……つまり自分達の後ろに誰かがいるとわかった今もなお、反応出来ない。
声がするという物理現象からそこには人がいるという限りなく確証に近い推測を頭で理解は出来るのに、なぜかその存在を実感出来ないのだ。
だから、瑠奈と鈴音は数秒遅れてその存在を認知するために振り返った。
しかし、誰の姿もない。
声の場所はいつの間にか、先程まで自分達が向いていた正面へ移動していた。
「ワシとて同じ反応をしとったじゃろう……まぁ、ワシの場合、蹴りは貴様の腕をへし折ってそのまま首を千切り飛ばしとったじゃろうがな」
「……ちっ、何か用かよ。【武神】」
瑠奈と鈴音が顔の向きを戻すと、自分達と【雷霆】の間に一人の少女――というか、幼女が立っていた。
その幼女が、見た目とは裏腹にさも悠久の時を生きた仙人のような口調で【雷霆】に言う。
「遊んでないで早う来い。ワシらは前じゃ。二次試験の説明が始まるのに何をやっとるんじゃと、【天使】があそこで待ちかねとるぞ?」
そう言いながら【武神】が視線を向けた先――Aランクダンジョンゲートの前へ、【雷霆】だけでなく瑠奈と鈴音も一緒に視線を向けた。
すると、この試験を取り仕切るギルド職員数名と一緒に立っている銀髪ボブカットの女性が、腕を組みながらこちらをジッと睨んでいるのが見えた。
「ったく、めんどくせぇなぁ……」
そう毒づいた【雷霆】は、瑠奈達にこれと言った言葉を掛けることもなく広場の前の方へ歩いて行った。
そんな背中を見送っていると、「すまんかったなぁ」と【武神】が笑いながら瑠奈に謝罪する。
「知っとるじゃろうが、今ギルド上層部では早乙女瑠奈――お主の処遇を決めかねとる。特に何かしでかしたわけでもないのに酷じゃとは思うが、まぁ何かあってからでは遅いと考えるギルドの気持ちもわかってやってくれ」
は、はぁ……、と瑠奈が【武神】の見た目と口調のギャップに目を丸くしている中、【武神】は愉快そうに笑って言った。
「ククッ、まぁ安心せい。Sランクの中でも【雷霆】が特別気性が荒いだけで、他は皆常識人じゃ。皆が皆、お主を危険視しておるわけではない」
他の皆は常識人? と今度は瑠奈の隣で鈴音が「ん?」と首を傾げた。
一番身近なSランク探索者の姉――凪沙からして早くも異常者なのだが、果たして【武神】の言葉にどれだけの信憑性があるのか疑問に思わずにはいられなかった。
「それに、じゃ。ワシも個人的にお主に興味がある」
「わ、ワタシに?」
「ああ」
困惑する瑠奈に、【武神】は興味深そうに笑って頷く。
「ワシは興味あるモノは大切に扱う主義でな。ま、ワシの目が向いている間は悪いようにはさせんから安心するといい。機会があれば、茶でもしながら語らおうではないか」
そう言い残すと、【武神】は身を翻して広場の前の方へと歩いて行った。
場の緊張が徐々に緩まり、鈴音は顎に流れ着いた冷汗を拭ってから呟いた。
「瑠奈先輩、彼女が【武神】……」
「ん?」
「……文字通り、言葉通りの……最強の探索者です」
「なる、ほど……」
その言葉を聞いて、瑠奈は納得した。
(確かに、あの子は最強だ……最強に、可愛かったっ……!!)
ちっちゃくて老人口調。
素晴らしいギャップ!
(でもあの子……あれ? 凪沙さんが史上最年少のSランクだよね? 今年大学一年生になったんだから……となると、あの子……いくつ……?)




