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第70話 Sランクの資質

「――というワケで、瑠奈には……十月始めに行われる、Aランク探索者昇格試験を受けてもらわなくちゃいけなくなった。ついでに言うなら……確実に合格してもらわないと、色々問題が……」


 八月末。

 夏休み最終日、凪沙の誘いを受けて向坂宅にお呼ばれした瑠奈は、客間で鈴音と共に凪沙の話に耳を傾けていた。


 何でも、Aランクモンスター【ヴォルカニック・フレイムドラゴン】をソロ討伐したのを切っ掛けに、ギルド上層部で瑠奈の話題が持ち上がり、その扱いをどうするかがSランク探索者らと話し合われたらしい。


 そして、その会議の結論はこうだ――――



“早乙女瑠奈の探索者としての功績は輝かしいものであると同時に、その狂気性を看過することもまた出来ず、万が一犯罪者化した場合の対処が困難であることから、ダンジョン・フロートの治安維持を最優先に考えた結果、ギルドによる監視下に置くのが最適である”



「そんなっ! あんまりだよ!!」


 声を大きくしたのは鈴音だった。

 正座したまま大人しく聞いていられず、腰を浮かせてバンッ! とテーブルを叩く。


「別に何も悪いことしてない瑠奈先輩が犯罪者予備軍みたいな言い方して……その理屈なら、瑠奈先輩だけじゃない。人間誰しもいつどう転ぶかわからないんだから、みんな揃ってギルドの監視下に置かれるべきってなるよ!」


 まぁまぁ落ち着いて、と瑠奈は自分の代わりに声を上げてくれる鈴音を宥めようとするが、鈴音は首を横に振る。


「こんなの認められない! そりゃ、確かに瑠奈先輩は青春全部ダンジョンに捧げてるような女子高生だし、嬉々としてモンスターの群れに突っ込んで行ったり、死ぬかもしれないのに笑いながら敵いっこないモンスターに立ち向かって行ったりするし……満面の笑みでモンスターの血の雨を降らせるし……」


 みるみる鈴音の話が尻すぼみになっていく。

 やがては血色の悪くなった表情を瑠奈にギギギ……とぎこちなく向けて、


「る、瑠奈先輩……し、仕方ないですよ……監視対象になるのは……」

「鈴音ちゃんっ!? 擁護! 擁護するの諦めないでぇっ!?」


 一番身近な存在とも呼べる鈴音にまで見放されるのはたまらないと、瑠奈はちょっぴり涙目になりながらギュッと鈴音の服の裾を掴んだ。


「二人とも……落ち着いて……」


 カラカラン……、と麦茶に氷の浮かんだグラスを口許に運んだ凪沙が、テーブルの対面から静かに言う。


「流石に、そんな結論を私が放っておかない……」


 再び瑠奈と鈴音の視線が凪沙へ向く。


「瑠奈が危険視されてるのは、その狂気性……Bランク探索者として分不相応な力と言ってもいい。なら……いっそのこと、瑠奈が自分の力に相応しい地位に就いてしまえば、問題は解決される……」


 そこまで聞いて、瑠奈は「なるほど……」と合点がいったように声を漏らす。


「それでAランク探索者昇格試験に合格して、Aランクになれってことですか?」

「ん……五十点……」


 どういうことだろう? と瑠奈と鈴音が向かい合って首を傾げる。


 Aランク探索者昇格試験を受験して合格しないといけないという話の流れだったため、瑠奈がAランク探索者になることが求められているのだと思うのは当然だ。


 しかし、それでは五十点。

 半分……ということは、もう残りの半分があるワケで…………


「Aランク探索者昇格試験合格は、あくまで前提条件に過ぎない……瑠奈には、少なくともAランクの実力があると証明してもらったうえで、ギルドから課される、Sランク探索者認定試験を受けて、合格してもらう……」


 淡々とした口調で告げられた凪沙の言葉に、瑠奈と鈴音は息を呑んだ。


 Aランク探索者昇格試験合格を前提に、Sランク探索者認定試験を受験して合格する――これが一体どれだけ無茶なことを言っているかは、駆け出しの探索者ですら理解出来るだろう。


 現在Sランク探索者はダンジョン・フロートに六人しかいない。


 恐らく多くの探索者が――主にAランク探索者が、その最強と誉れ高いSランクの座を目指して実力を磨いていることだろう。


 しかし、瑠奈が探索者登録して一年と数ヶ月が経過したが、未だにSランク探索者の人数は変わっていない。


 Aランク探索者の中には、もうそのランクに就いてから何年も……それどころか何十年かが経った者も少なくないだろう。


 それだけの期間ダンジョン探索を通して努力と研鑽を積み、実力を磨き上げても、Sランクの壁を越えられずにいるのだ。


 そう考えるだけで、Sランク探索者になるという壁がどれだけ果てしなく高く聳え立っているかは想像に難くない。


 それを凪沙は、探索者歴一年とちょっとの瑠奈に超えろと言っている。


 まぁ、普通に考えて――――


「無茶だよ、お姉ちゃん……!」


 鈴音の言う通りだった。

 まさに万人の意見の代弁そのもの。


 しかし、それでも凪沙は平然と言う。


「瑠奈が、瑠奈の実力に相応しい地位に就く……それが唯一の解決策。無理なら、ギルドの監視下に置かれる……それだけ」

「……不可能だよ……そんなの……」

「不可能、無理無謀……それらを斬って捨てるのが、Sランク探索者、だよ」


 鈴音は目の前の現実を恨めしく思わずにはいられなかった。


 こんなの、あってないような選択肢だ。

 大人しくギルドの監視下に置かれるか、絶対に超えられない壁を越えて免れるか。


 まだ人生という道を歩き出して二十年も経っていない女子高生が直面するには、あまりに早すぎる理不尽。


 しかし、それを可能にしろと誰でもない凪沙に言われれば、鈴音は黙り込むしかない。


 歴代最速、最年少。

 探索者歴三年、中学三年生にしてSランク探索者に至った凪沙に言われれば。


 そして、そんな凪沙が目蓋のカーテンを持ち上げて、鏡のような銀色の瞳を瑠奈に向けて問う。


「瑠奈、どうする? この理不尽を受け入れるも、足掻くも……瑠奈次第」

「当然、やってやりますよ。Aランク探索者昇格試験に合格したうえで、Sランク認定試験も突破します!」


 即答だった。

 迷い一つない、晴れ晴れとした爽やかな笑顔。


「ダンジョンの中で理不尽なんて日常茶飯事。どんなに不公平で不平等な条件の戦いだったとしても、それを理不尽だと叫んだところで救いはない。勝てば生き負ければ死ぬ世界」


 でも、と瑠奈は飄々とした顔で肩を竦めて見せる。


「今回は違います。勝っても負けてもギルドの監視下に置かれるかどうかってだけの話で、別に死ぬわけじゃない……あはっ、負けても死なない理不尽なんて即行斬り殺してあげますよっ!」


 そんなことを語る瑠奈に、鈴音は隣で呆れたように頭を抱え、凪沙はどこか満足そうに微かな笑みを浮かべていた。


(ん……やっぱり、瑠奈は異常……私達(Sランク)と、同じ匂いがする……)


 どこかしらで頭のネジが外れていて、常識なんてクソ喰らえとぶち壊す。

 そんな者でなければ、Sランクの高みには至れないのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
むしろこういう理不尽で犯罪者化を推進させかねないと思うんだが
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