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第67話 悪魔の凱旋

「はぁ……はぁ……はぁ………!」


 緩慢に落下していったAランクモンスター【ヴォルカニック・フレイムドラゴン】の亡骸すべてが黒い塵となって散っていった。


 その始終を、瑠奈は背に生やした二翼一対の黒い翼をもってして空中から見詰めていたが、バトルハイによって麻痺していた身体へ一気に疲労が押し寄せる。


 玉汗がいっぱいに浮かんだ顔で空を見上げ、激しい疲労感の中、精一杯の笑みを作った。


「あっはは……勝った、けど……流石にもう駄目だぁ……」


 パラパラと、まるで完成したジグソーパズルのピースが欠け落ちていくかのように黒翼の原型崩れ、一枚一枚の羽毛となって散っていく。


 浮力を失った瑠奈はそのまま地面に落下。


 仰向けになって倒れたまま、未だ続くLIVE配信の向こう側でAランクモンスターソロ討伐成功を喜ぶ視聴者らに言う。


「遠足は家に帰るまでが遠足って言うけど……流石にもうダンジョンから帰る気力も体力も残ってないからさぁ……ゴメン、ちょっと寝るねぇ……」


 そんなとんでも発言に、視聴者らを包んでいた歓喜はどこへやら。

 ドラゴンとの戦闘中と同じくらいの慌て様を見せる。



○コメント○

『ちょちょちょ! 寝んな!』

『寝る!? 嘘だろ!?』

『馬鹿すぎる……!』

『ダンジョンだぞここ!』

『死ぬ気で帰れ! でなきゃ死ぬぞ!?』

『Aランクダンジョンはルーナの寝室だったのか……』

 …………



 当然だが、ダンジョン内にはモンスターが生息している。

 ギルドが定めるランクが上がるにつれて、生息するモンスターの脅威度も数も増える。


 Aランクダンジョンともなれば、犬も歩けば棒に当たるなんてことわざの比でないくらいに探索者も歩けばモンスターに当たるのだ。


 確かに今瑠奈がいる場所は、このダンジョンにおけるボスモンスターとも呼べる【ヴォルカニック・フレイムドラゴン】が居座っていた空間であり、他のモンスターは近寄らないだろうが、それはドラゴンがいることが前提である話。


 こうして瑠奈がドラゴンを討伐してしまった以上、この場所にも他のモンスターがやって来る可能性は充分考えられる。


 いつ何時モンスターが襲い掛かって来るかわからない場所で、見張り役も立てずに――というか、パーティーを組んでいないので立てられない状況で睡眠をとるなど、自殺行為に他ならない。


 遠足は家に帰るまでが遠足――それは学びを持ち帰らなければ意味がないから。


 探索も家に帰るまでが探索――それは生きていなければ意味がないから。


 いくら英雄的な偉業を成し遂げたとしても、その英雄が凱旋しないことには意味がないのだ。


 瑠奈もそれは重々承知しているが、無茶、無理、無謀のツケには抗えず、その意識が徐々に遠退いていく。


 これは、そんな中瑠奈の耳に入ってきた音、声――――


「――た! いましたっ! ……ぱい! 瑠奈……丈夫……か!?」


 瑠奈の傍まで駆け寄ってきた足音。

 その主が、今にも泣きそうに声をひっくり返させて叫んでいる。


「……っかりして……さい! る……先輩……!」


 少女の声だ。

 耳に馴染んだ少女の声。


 それから少しして、新たにもう一人駆け寄ってきたようだ。


「落ち着い……鈴……」

「おねぇちゃ……でもっ……!」

「大丈夫……ちゃんと連れて……から……人手も……充分……し……」


 最後にぞろぞろと複数人の足音が近付いて来たのを聞いたところで、瑠奈の意識は完全に沈んでいったのだった――――



◇◆◇



 Aランクモンスター【ヴォルカニック・フレイムドラゴン】討伐後、気絶した瑠奈がその後どうなったのかを語れば単純な話だ。


 一部始終をLIVE配信していたお陰で、瑠奈が無謀な試みをしていることを知った鈴音が、すぐに姉でありSランク探索者である凪沙と共にギルドへ向かい、瑠奈救出隊を編成するよう要請した。


 要請を受けたギルドがすぐに編成したのが、凪沙を隊長とした、Bランク探索者で【魔法師】である鈴音、他Bランク探索者一名とAランク探索者三名による、計六人パーティー。


 凪沙が先陣を切って、濁流のように押し寄せるモンスター群を次から次へと斬り伏せていき、瑠奈がいる山脈頂上を目指して超高速ダンジョン攻略。


 その末、丁度瑠奈がドラゴンを討伐し終えた頃に山頂へ到達。

 気絶した瑠奈が他のモンスターに襲われる前に、無事救出することが出来たのだった――――



「瑠奈先輩のバカ!!」

「うぅっ……」


 これは、その日の夜。

 向坂家、鈴音の部屋での一風景――――


 Aランクモンスターソロ討伐というジャイアントキリングを果たし、大量の経験値が手に入ったことで探索者レベルが上がった瑠奈。


 そのため身体的には完全回復したが、精神的な疲労まで消えるわけではない。


 念のため安静にしておくべきだということで、気絶状態の瑠奈はダンジョンから救出されたあと鈴音の部屋で寝かされていたのだが、目を覚ますなりこうして説教を受けていた。


「ほんっとうに馬鹿。瑠奈先輩が戦闘馬鹿なのは知ってましたけど、それでも考えナシの馬鹿ではなかったはずですよ!? 馬鹿さ加減に拍車が掛かってますね? 磨きが掛かってますね!?」


 恐らく鈴音か凪沙が着替えさせたのだろう。

 浴衣姿の瑠奈が、布団の上に正座して首を垂れている。


「そ、そんなに馬鹿馬鹿言わなくてもぉ……」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いんですかこのお馬鹿先輩ッ!」

「ご、ごめんなさいぃ……」


 まったく……と、鈴音は腕を組んだままため息をする。


「私が目を離した隙にコレなんですから……」

「は、反省してます……もうしません……」

「ウソです! 瑠奈先輩は絶対また無茶します。無茶しないことが出来ない人間ですから」


 あまりの酷い言われように流石の瑠奈も泣きそうになるが、それでも自分がどれだけ鈴音に心配を掛けて、救出隊として来てくれた凪沙やほか四名の探索者に迷惑を掛けたかを思えば、文句の一つさえ出てこなかった。


 反論ひとつせずシュンとする瑠奈。

 鈴音もそんな瑠奈の姿を見せられれば、説教の熱も冷めていくというもの。


「瑠奈先輩、一つ約束してください」

「や、約束?」

「はい。破ったら私、瑠奈先輩を殺します」

「重いっ! 怖いっ!」


 思わず距離を取るように上体を仰け反らせる瑠奈だったが、鈴音の表情は真剣だった。


「ど、どんな約束なの……?」

「……瑠奈先輩は、またいつか絶対無茶します。何度も何度も懲りずに危ない橋を渡るでしょう。多分、それを止められる人なんていないんです」


 鈴音は呆れた口調でそう語る。


「だから“無茶しないで”なんて約束はしません。数日後に破られる未来しか見えませんから」

「ワタシの信頼ゼロっ!?」


 じゃあ一体どんな約束だろう、と瑠奈は半泣きの瞳で鈴音を見詰める。


 鈴音は一呼吸置いてから、瑠奈の手をギュッと両手で握り込んでから言った。


「なので、約束はこうです――」


 包まれた瑠奈の手に、鈴音のじんわりと優しい温もりが伝わる。


「私の目の届かないところで勝手に死なないでください……約束です……」

「す、鈴音ちゃん……」

「無茶してもいい。無謀な戦いをしてもいい。もう好きなように暴れ回ってください……だから……」


 だから、死なないで――と、鈴音は切にその願いを瑠奈に告げた。


 瑠奈は丸くした瞳でしばらく鈴音を見詰めてから、ふっ、と優しく微笑んだ。


「……わかったよ、鈴音ちゃん。ワタシ、鈴音ちゃんの見てないところでは絶対死なないよ」

「凄い死亡フラグ臭いですけど?」

「あはっ……死亡フラグなんて、ワタシがぶった斬ってあげるよ」


 両者、手を握り合ったまま、頭を傾けて互いの額と額を触れ合わせた。


「約束ですよ? 破ったら……殺しますから……」

「わかった……」


 額が、鼻先が触れ合い、互いの吐息と睫毛の繊細な振動すら感じ合える超至近距離で、瑠奈と鈴音は固く約束を結んだ――――

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