第66話 悪魔による幕切り!
「決めるよっ!!」
飛来する石礫を足場に駆け抜け、跳躍を経た瑠奈が、ドラゴンの頭上に躍り出た。
大鎌を掲げ、ドラゴンを見下ろす瑠奈。
牙を剥き、瑠奈を見上げるドラゴン。
双方の視線が交錯し巻き起こる殺気の渦は、画面越しにも視聴者へビリビリと伝わり、勝者をどちらにするにしろ激闘に終止符を打つ場面はここなのだと固唾を飲ませる。
ドラゴンがギロッと両目を見開き瞳孔を細くする。
瑠奈を噛み殺さんと開かれる口には、大きく鋭い牙がズラリと並び、怪しく光っている。
そんな光景を眼下に湛え、瑠奈は宙を降下しながら大鎌を大上段に持ち上げて構えた。
「あはっ、大鎌ちゃん……ちゃぁ~んとお腹一杯になってるかなぁ?」
瑠奈の質問に答えるかのように、ヒヒイロカネ製の大鎌の刃がキラリと金属光沢を輝かせる。
武器は喋らない。
しかし、瑠奈は確かに自慢の得物である大鎌から肯定の返事を感じ取り、ニヤリと口角を吊り上げる。
そして――――
「リミッター解除。内包魔力……全開放ッ!!」
そう叫んだ刹那。
瑠奈の頭上に振り被られた大鎌が、カッ!! と眩く発光し、視界を白熱させた。
目を細めずにはいられない大閃光の中で、大鎌の輪郭はぼやけて溶け、やがて新たな像を結ぶ。
もとより小柄な瑠奈の身には、大鎌は持て余す程の重量武器。
それが、更に一回り二回り巨大化し、長く伸びた柄の先端で大きな三日月の刃が緋色に光り輝いていた。
――そう。
この大鎌を渡された際、鉄平は言ったのだ。
武器としても《《いくつか》》機能を持たせてある、と。
柄の尻から鎖を射出出来るようになり、瑠奈の戦術の幅は広がったが、それは大鎌が持つ一つの機能に過ぎない。
この大鎌の本質は、斬ったモンスターの魔力を蓄えるところにある。
そして、リミッターを外すことによって溜まりに溜まった内包魔力を一斉放出し、瞬間的に大鎌の攻撃性能を極限まで高めることが出来るのだ。
「アッハハハハハァ!! ぶった斬ってあげるよぉッ!!」
「グウォオオオオオオオッ!!」
空高くから落下しながら緋色の三日月を振り下ろさんとする瑠奈と、それを迎え撃つべく巨大な両翼をはためかせて飛び上がったドラゴン。
両者の距離はみるみる縮まり、やがて肉薄し――――
「いっけぇえええええええええええッ!!」
瑠奈が大上段から巨大化した大鎌を振り下ろした。
これまで葬ってきたモンスターらの魔力を糧に、起死回生とすべくこの一撃を振るう。
緋色に輝く巨大な三日月の刃は、ドラゴンの左肩口を捉えた。
スキル一撃では体表を覆う鱗に阻まれて肉を断つに至らなかったが、今回は確かな手応えを感じた。
ズッシャァアアアアアアア――ッ!!
一度切り口を刻んだ刃は、そのままドラゴンの左肩口から斜めに胴体を斬り下ろしていき、右腰から抜けた。
空中ですれ違う瑠奈とドラゴン。
大鎌を振り抜いた瑠奈は地面へと向かい、深い傷を負ったドラゴンは苦痛の声を押し殺しながらさらに上昇する。
確かな手応え。
鱗を砕き、肉を斬り、骨を断った感触。
これで決まった――と、瑠奈も視聴者らも思わずにはいられなかった。
しかし…………
チッ、チッ、チッ――――
「――ッ!?」
嫌な予感を覚えずにはいられない音が耳に届き、着地に向かおうとしていた瑠奈は落ちていきながら空を見上げた。
その光景に、思わず目を見広げる。
致命傷となる深い傷を負いながらも、ドラゴンの誇りに懸けて最後まで戦い抜こうとする姿があった。
数回のタンギングを経て、口内にチリチリと火の粉の気配を感じさせる。
翼を持つ者のみに許された制空権。
その圧倒的優位な立ち位置から、一方的にブレスを見舞う。
……対抗する術がない。
必勝必殺の一手だ。
もしこの戦いをパーティーで挑んでおり、仲間に【魔法師】などの遠距離攻撃手段を持つ者がいれば話は別だが、瑠奈はソロ。
一気に距離を縮めることが出来る魔力の鎖も、今は大鎌の内包魔力を全て開放してしまっているため作り出せない。
(……あと、一撃っ……!!)
瑠奈は歯噛みする。
あと一撃、完全にドラゴンの命を刈り取るトドメの一撃を叩き込むしかない。
そうでなければ、勝利を目前にして降り掛かるドラゴンのブレスによって焼き焦がされ、ここに一人と一体の屍が生まれるだけだ。
「死ねない……こんなっ、ところで……!!」
空を見上げる。
手を伸ばす。
視線の先では、ドラゴンの口から灼熱の炎が零れ出そうになっている。
「届け……届けっ……届け、届け届け届け届けっ……!」
言葉とは裏腹に、落下するしかない瑠奈はドラゴンとの距離が、高度差がどんどん開いていく。
それでも、願う。
なすすべがないとわかっていても、手を伸ばす。
不可能の壁を目の当たりにしても、抗わずにはいられない。
「とっ、どっ、けえぇえええええええええええッ!!!」
ドォンッ!!
落下の果て、遂に地面に落ちた瑠奈。
巻き上がる土煙によってその姿は見えないが、願いは虚しく砕け散り、人間らしく地面に下ろされた。
配信のコメント欄にも『ここまでか……』『惜しいなぁ……』『勝ってたのに』『結局こうなるのか』と悔しさとやるせなさを滲ませる声が寄せられる。
その間にも、残り僅かな命の中でドラゴンが炎の熱量を最高潮に滾らせていた。
探索者と言えど所詮は人間。
いくら空に焦がれ、その場所を求めても、やはり脚は大地から離れることはない。
そんな現実を前に、瑠奈は――――
「……っはは、クソくらえ」
シュボァアアアアアッ!!
巻き上がった土煙を払い除けたのは、黒い炎。
開かれる視界の中で、瑠奈の背中から黒炎が噴き出していた。
その炎は瑠奈の背から左右に大きく広がり、バッ! と炎が振り払われると同時、その中から姿を現したのは黒い翼。
柔らかくも艶やかで力強い羽毛が寄り集まって形作られた二翼一対の黒い翼。
自分の身に何が起きたのかを瞬時に理解した瑠奈は、グッと地を這うほどに体勢を低くした。
そして――――
バサッ! と両翼を強くはためかせると同時に地面を蹴り出し、大地に別れを告げた。
自分が落ちてきた空の道を逆方向に突き進み、グングン飛翔してドラゴンへと迫る。
そんな瑠奈に向かって、遂にドラゴンが万全の準備を整えていた火炎を吐き出した。
決死の覚悟で放射される圧倒的熱エネルギーを見据えつつも進路を変えることはせず、瑠奈は大鎌を両手で強く握って更に加速し、炎へ突っ込んだ。
一瞬にして瑠奈の姿は真っ赤な景色の中へ消え去ってしまったが、その直後――――
ズバァアアアンッ!!
赤い景色を、緋色の刃が斬り裂いた。
巨大熱量が一気に宙へ霧散し、炎の残滓が辺り一帯に舞い散る。
「イカロスになるつもりはないよ」
「シュグルルルゥ……」
瑠奈の宣言に、ドラゴンはどこか清々しい表情を作る。
瑠奈は更に飛翔を続けた。
そして、すれ違いざまに、輝かせた緋色の刃をもってドラゴンの首を刎ね飛ばす。
まさに決着の瞬間。
物理法則はどこへやら。
巨体をゆっくりと傾け、緩慢に地面に向かって落下しながら黒い塵となっていくドラゴン。
その終幕の光景を眼下に、黒翼をもって空に居座る瑠奈の姿は、まさに二つ名に相応しいもの。
迷宮の悪魔だった――――




