第62話 竜殺し!
赤竜の口から吐き出される火炎が轟々と唸りながら視界を埋め尽くした。
真っ赤な景色に瑠奈の姿が溶ける様を目撃した視聴者らが、コメント欄で驚愕の声を上げる。
○コメント○
『うっわぁ……』
『群れで襲ってブレスはえぐいて……』
『ちょ、ルーナちゃんヤバくない!?』
『思いっきり炎の中だぞ!?』
『流石に草も生えん……』
『ルーナちゃんでも流石にソロでBランクモンスター複数体相手は無理だったか……』
…………
赤竜の翼と打ち合い、空中で仰け反ったところに側面を飛んでいた他の赤竜がブレス。
数的有利を存分に生かした連携戦術から繰り出される回避困難な一撃に、流石の瑠奈もここで沈んだか……と、視聴者の大半が思った。
しかし――――
チャリィイイイン!
渦巻く火炎の中から魔力で編まれた赤紫色の鎖が飛び出し、離れたところの岩の突起に絡みついた。
直後、鎖は巻き取られるように縮んでいき、真っ赤な景色の中から人影が引っ張られて飛び出した。
紛うことなき瑠奈だ。
瞬く間にコメント欄に流れる安堵と歓喜の声。
半ばあきらめを仄めかすようなコメントはどこへやら、『ルーナ不死身かw』『おっと人間じゃなくて悪魔だったのを忘れて思わず心配してしまった』などと調子の良い内容で埋め尽くされる。
「あっはは~、みんなゴメンねぇ。心配掛けちゃったけど何とか無事で~す。いやぁ、新しい防具様様だなぁ……」
流石に瑠奈も冷汗混じりに曖昧な笑みを浮かべると、自分の身に付けているドレスを見下ろした。
アリサ曰く、さまざまな特殊攻撃に対しての耐性を有しているとのことだったが、どうやら間違いではなかったらしい。
「前のドレスだったら今頃焼け焦げて素っ裸になっちゃってたよ~」
○コメント○
『是非、前のドレスに戻してもう一度ブレス喰らってもろて』
『↑人の心とかないんかw』
『↑酷いけど、わからなくもない!』
『ルーナたんの神聖な御身が……!』
…………
コメント欄で一部変態趣味の視聴者が本性を表したので、瑠奈は呆れたような半目で「わぁ、正直だねぇ~」と反応を示した。
しかし、戦いはまだ終わっていない。
赤竜があと四体残っている。
ブレスを受けて消し炭になるのは免れたが、流石に高い防御性能を持つドレスでも、露出している顔や腕、脚などを完全にカバーすることは出来ない。
その証拠に、瑠奈の肌色には所々赤くなってしまった箇所が見られるが、逆に露出箇所でもこの程度の軽傷で済んでいるのが驚きだ。
「……ちょっと痛いけど、アドレナリンで無視無視。うんっ、戦闘継続に支障なし!」
瑠奈はスゥ……ハァ……、と一度深く深呼吸をして集中力を高め、大鎌の柄を握り直す。
「あはっ……行くよッ!!」
ダッ! と瑠奈が再び駆け出した。
まだ赤竜に初見の攻撃方法が存在する可能性を考慮しながらも、警戒しすぎて動きが硬くならないよう注意。
相変わらず赤竜は一体ずつ瑠奈の前後を陣取り、残り二体が山道の側面で飛んでいるという立ち位置。
先程は手っ取り早く正面の個体から倒そうとした瑠奈だが、やはり側面で遊撃の役割を担っている二体が鬱陶しい。
瑠奈は真っ直ぐ疾走して狙いは変わらず正面の赤竜と見せ掛けておいて、互いの間合いの少し外で靴底を滑らせ急停止。
その勢いと共に鎖を引き出し、大鎌のリーチを大幅に伸ばすと――――
「あはっ! 飛べないトカゲはただのトカゲだよねっ!?」
大鎌は鎖に繋がれて山道を飛び出すように円周を描き、斜め上から先程ブレスを放ってきた赤竜の右翼の付け根に襲い掛かった。
ズパァン! と鱗、肉、骨を瞬時に断つ音と共に、赤竜は空中で身体のバランスを崩し、浮力を失った。
「ギシャァアアアアアッ!!」
「あっははは!」
山道に落ちてくる赤竜――否、大きな赤いトカゲ。
瑠奈は金色の眼に鋭利な眼光を灯して口角を吊り上げ、すぐさま鎖で引き戻した大鎌を両手に構え――――
「《バーニング・オブ・リコリス》ッ!」
炎の恨みは炎で返す。
深紅の焔を灯した大鎌の刃で赤竜の巨体を両断。
新鮮な亡骸は彼岸花の形を描くように迸る炎に呑まれて焼却処理された。
「さて、残り――――」
――三体、と視聴者の誰もが瑠奈の続く言葉を想像したが、やはり瑠奈は常人の想像に留まるような人間ではなかった。
「――二体。だよねっ!?」
いつの間にか後方の赤竜の首に鎖が巻き付いており、瑠奈はそれを引き戻す力を利用して飛ぶように肉薄すると、そのまま一閃。
それはまるで、どこかの世界のどこかの壁内人類が自身の何倍も大きい怪物を斬り殺す姿を彷彿とさせる挙動。
ただ持っている武器が諸手に交換可能の刃か、永劫不朽と称される湾曲した刃かの差でしかない。
綺麗な首の断面から雨の如く降ってくる鮮血を、頭上に掲げた大鎌を傘代わりにして防ぎながら歩く瑠奈。
ゆっくりとした足取りが向かう先はもちろん、一体の山道に足をつける赤竜と、もう一体の飛んでいる赤竜。
赤竜は馬鹿じゃない。
仲間の内三体が仕留められたことから、このまま戦い続けて行きつく結果がどうなるかを正確に理解している。
しかし同時に、プライドも高い。
もし仮に死が決まった戦いなのだとしても、散った三体の仲間の命を無駄にして終わることはない。
ゆえに、取る行動はたった一つ――――
「「ギキュァアアアアアッ!!」」
互いに互いを、そして己を鼓舞する雄叫び。
周囲の空気をビリビリと震わせてから、一体が正面から瑠奈に突進してくる。もう一体は空中でやや離れた位置から火打石の舌を打ち付ける音を響かせている。
(あはぁ~、なるほど。ブレスを嫌ってそっちを対処すれば正面からやられて、正面を相手取ればその間にブレスを仕掛ける……シンプルな二段構えだけど、それゆえに強いか)
赤竜の作戦を理解し、瑠奈がニヤリと口許を嬉しそうに楽しそうに歪ませた。
「面白いっ!!」
戦術は複雑化すればするほど相手を攪乱することが出来るが、同時に実行の難易度が上がり失敗する可能性や、敵に付け入る隙を与えてしまうデメリットもある。
その点、単純で古典的な戦法というのは相手に狙いを悟られやすい代わりに、実行が容易で隙がなく強固。
その強固な壁を目の前に、瑠奈は――――
「あっはははっ! 押し通るッ!!」
赤竜の二段構えに対し、正面突破。
前方から突進してくる赤竜に向かって瑠奈も一直線に疾走する。
○コメント○
『ブレスの熱で頭おかしくなった!?』
『頭沸いたか!?』
『無謀無謀無謀!!』
『↑いや元からぁあああ!!』
…………
焦る視聴者の気持ちなど露知らず、瑠奈はスキル《狂花爛漫》で赤いオーラを纏ってあらゆる身体能力を底上げすると、更に加速した。
「あっはははははははぁッ!!」
「ギャオォオオオオオオオンッ!!」
狂気的な笑い声と獰猛な咆哮がアンサンブルする。
突進してきた赤竜はグワッ! と鋭利な牙が並んだ口を開放して瑠奈を嚙み殺すべく首を伸ばす。
瑠奈もそれを見ながら眼光を滾らせ、緋色の大鎌を振り絞り――――
ガシンッ! と赤竜のその大きな咢が勢いよく締められることはなかった。
横薙ぎに一閃された緋色の斬撃が、赤竜の口を斬り裂き、そのまま胴体を二枚卸にした。
だが、散ったその鮮血は、命は無駄じゃない。
瑠奈が大鎌を振り抜くままに通り抜けたその先で、最後の赤竜がタンギングを終え、ブレスの準備を完了させていた。
そして――――
ボォオオオアアアアアッ!!
放射される渾身の火炎。
ただならぬ熱量の塊が瑠奈に襲い掛かる。
しかし、瑠奈は笑う。
赤竜の無駄な抵抗をではない。
その命尽きる最期まで抗おうとする意志のぶつかり合いに生まれる、至高のコミュニケーションの楽しさから生まれる笑いだ。
ザッ、と靴底のスリップで立ち止まる瑠奈。
その場で大きく大鎌を振り上げると――――
「んなぁあああああっ!!」
思い切り足元の地面を斬りつけた。
いや、削って吹き飛ばしたという表現の方が近いか。
抉られた岩や砂が、瑠奈の前方へ大量に巻き上げられる。
即席の防火壁。
視界を埋め尽くすほどの砂が、赤竜の火炎放射と衝突した。
もちろん完全にその火の勢いを防ぐことは出来ない。
しかし、確実に火力を弱められた。
肌にはジリジリと熱を感じるが、火傷を負うほどではない。
瑠奈は即席防火壁とブレスが打ち合って止まった瞬間を狙って宙に飛び出した。
赤いオーラを纏った瑠奈は空を駆けるとも比喩できる見事な跳躍を経て、キラリと緋色の刃を光らせる。
「あはっ!!」
ザンッ――と、激闘の舞台に幕を下ろす一太刀が、赤竜の首を斬り落とした。




