第61話 遭遇!飛竜の群れ!
「いやぁ~、結構長い洞窟だったぁ~。息が詰まるかと思ったよ~」
小一時間洞窟内を探索していた瑠奈は、次から次へと襲い掛かってくるモンスターらを退けて、何とか無事に日の当たる山道に出ることに成功した。
一度大きく深呼吸し、新鮮な空気を胸一杯に吸い込むと、両腕を頭上に持ち上げて伸びをする。
配信のコメント欄には『息が詰まってるような様子じゃなかったけどなw』『めちゃめちゃイキイキしてたぞw』と、瑠奈の言動と行動のギャップにツッコミを入れる内容が大量に流れていた。
ゲリラ配信のため最初はあまり多くなかった同時接続数も、こうして洞窟を抜けた頃には二万五千人に達しており、注目度が上がっているのがわかる。
「ふぅ。早速先に進もう……って言いたいところだけど、ここの山道結構広いし、ちょっと休んでから行こうかな。流石に洞窟抜けてすぐにモンスターが襲ってきたりしないだろうし!」
そう言って瑠奈が呑気に笑うと、視聴者らは一斉に嫌な予感を共有した。
○コメント○
『ワイ、めっちゃデカいフラグを目撃』
『立派なフラグだなぁ……』
『ルーナちゃんそれはフラグw』
『わざとやってんのかwww』
『これぞ一級フラグ建築士!』
…………
そんなコメントが押し寄せる中、瑠奈が一休みすべく腰を下ろそうとした矢先――――
「あれ? 何か暗く……?」
突然瑠奈の足元に影が落ちた。
初めぼんやりとしていたその影は徐々に色を濃くし、大きくなり、翼を広げた巨大なコウモリのような形を描く。
そして――――
「……っ!?」
ドダァァアアアアアンッ!!
何か大質量の物が落下してきたような大音響。
山道はビリビリと震撼し、大量の土煙が舞う。
視界を埋め尽くすような土煙は、山道を吹き抜ける強風によってすぐに風下へ運ばれていった。
瑠奈が立っていた場所に姿を見せた、影の正体。
大きな体躯とそれを埋め尽くす赤い鱗。
一見巨大なトカゲのように思えるが、前足は巨躯を浮かす程の大きな翼と一体となっており、大きな口には鋭利な牙がズラリ。黄色い眼球には獰猛な細い瞳孔。
一緒くたにドラゴンと称されがちだが、正確には飛竜――ワイバーンだ。
個体名はBランクモンスター【レッド・ワイバーン】。
探索者界隈では、赤い鱗を持つ飛竜ということで通称“赤竜”と呼ばれている。
○コメント○
『見事なフラグ回収ぅううう!』
『綺麗に回収したなぁ~w』
『笑ってる場合じゃないけどゴメン笑ってしまう』
『ルーナたん大丈夫なのか……!?』
…………
赤竜の急降下からの一撃をまともに食らえば、探索者の一人や二人などあっさりトマトペーストにされるところだが…………
「あっはは~。危ないなぁ、もう……」
瑠奈はその超重量に圧し潰される前に、反射的に前方へ飛んで回避していた。
「急に襲い掛かってこられたらビックリするよぉ。それも、団体でお出ましとはさ~」
目の前の赤竜だけではない。
瑠奈がニヤリと笑いながら空を見上げれば、新手の赤竜が四体、いつでも襲撃できるようホバリングしている姿があった。
「Bランクモンスターが五体同時に襲ってくる……あはっ、流石Aランクダンジョン。そうでなくっちゃね……!」
「ギャオォオオオンッ!!」
目の前の赤竜が雄叫びを響かせた。
威嚇のためか自身を鼓舞するためか、両腕の翼を左右に大きく広げてから真っ直ぐ瑠奈に突進してくる。
いくら幅があって広い山道とはいえ、大きく動き回って端に寄れば、些細な攻撃を受けただけで標高が不明な山から突き落とされかねない。
瑠奈はその場で腰を低く構えた。
みるみる迫ってくる赤竜を見据えながら充分に引きつけ、腕と一体となったその大きな翼を振り下ろしてくるタイミングを見極る。
そして――――
「ふっ――!」
ダァアアアンッ!!
赤竜が振り下ろす翼が容赦なく地面を抉ったが、そこに瑠奈の姿はない。
瑠奈は赤竜を跳び越すように跳躍していた。
眼下には自分の姿を見失った赤竜の背。
瑠奈は空中で大鎌を頭上に持ち上げるようにして構え――――
「ガラ空きだよっ!」
ズパァアアアン!! と小気味よい切断音と共に、赤竜の長い尻尾が根元から落ちる。
「ギギャァアアア……!!」
「あっはは!!」
痛烈な一撃を受け、悲鳴を上げながら咄嗟に身を翻す赤竜。
しかし、既に瑠奈は目と鼻の先まで肉薄しており、
「まずは一体目ぇ!」
緋色の刃一閃。
赤竜の鱗を抵抗にすら感じず、その長い首を一刀両断。
最期は断末魔の叫びを上げる間もなかった。
ドシィン……と巨体が山道に横たわる様を背に、瑠奈は空を見上げる。
「さぁて、次はどの子かなぁ~?」
「「「「ギギャオォオオオッ!!」」」」
瑠奈の質問の答えとばかりに、空中で様子を窺っていた四体が同時に降下してくる。
ドォン! と重たい音を響かせて一体は瑠奈の前に、更にもう一体は背後に着地して瑠奈を挟み込む。
他二体は側面で翼をはためかせ、とんだまま瑠奈を睨みつけている。
「なるほど、まとめて掛かってくるワケか――いいねぇ!」
スッ、と瑠奈が大鎌を自身に引き付けるようにして構え直すと、地面を力強く蹴って駆け出した。
まず狙うは前方の赤竜。
身体の輪郭が霞む速度で疾く駆け、飛び上がる。
そして、身体の捻りを利用して引き絞った大鎌をそのまま横薙ぎ一閃。
しかし、その一太刀は赤竜も同時に振り被っていた翼の先にある鋭利な爪と打ち合い、ガキィイイイン! と甲高い音を奏でて火花を散らすだけに留まる。
「あちゃ、防がれたかぁ~」
互いに互いの攻撃を相殺したような構図。
だが、決定的な違いとして、両者の質量がある。
互いに打ち合ったとしても、赤竜はその重量ゆえにビクともしないが、瑠奈の方はそうはいかない。
ただでさえ小柄で華奢な身体の作りで体重が軽い上に、今は宙に身を投げ出している状態。
巨体の赤竜と刃を躱せば、その体勢が大きく崩されるのは必然だった。
その隙を狙って、側面を飛んでいた赤竜がスッと瞳孔を細くする。
チッ、チッ……と口から聞こえる音は、赤竜が舌打ちしている音か。
(タンギング……? イラついて舌打ちしてるってワケじゃないよね?)
初めて対峙するモンスターの初めて見る奇怪な行動。
無性に嫌な予感を覚えながら、瑠奈が苦笑いを見せていると、赤竜がその疑問の答え合わせをしてくれた。
カッ! と大きく開けられる口。
見えたのは鋭い牙の列――ではなく、タンギングすることによって口内に飛び散る火花だ。
「これっ、まさか――!?」
瑠奈が両目を見開いた刹那――――
ボォオオオオオッ!!!!
赤。吹き出される高熱の赤。
赤竜が内蔵に持つ燃料袋から管を通って口から放出される可燃性ガスに、火打ち石代わりの舌を口内で打ち付けることによって着火。
そんなブレスの仕組みを、瑠奈は押し寄せる火炎に身体を抱かれながら初めて理解した――――




