第59話 試練を求めて
ヒヒイロカネ製に鍛え直された大鎌を手に持つようになって数日が経ち、瑠奈はもう身体の一部のように使いこなせるほどになっていた――――
「あっはははっ!!」
今日も瑠奈は放課後、とあるBランクダンジョン内にてその大鎌を振るっている。
瑠奈を獲物と認識した鳥型のCランクモンスターの群れが、バサバサと羽音を鳴らしながら襲い掛かってくる。
地上に足をつける多くのモンスターとは異なり、鳥型モンスターは空中を自由自在に、縦横無尽に飛び回る。
加えて、Cランクと言えども一体一体が翼を広げれば一メートルにもなろうかという大きさで、突進されるだけでかなりの衝撃を受けることになる。
そんな鳥の群れに集られる瑠奈であったが、巧みに大鎌を回転させ、飛来してきたところを確実に各個撃破していた。
上空から急降下して勢いをつけ、斜め後方から突進してくる個体を振り返りざまに斬り裂き、返す刃で真上から鉤爪を立ててきた個体を打ち落とす。
鳥の群れはめげずに次から次へと襲い掛かっていくが、瑠奈の周りには鮮血と千切れた羽が舞うのみ。
「さて、あと何体かなぁ~って、あれ!?」
かなりの羽数を討伐した瑠奈が残数を確認するため上空へ目を向けると、数を減らした群れが撤退していくのが見えた。
既に満足のいく数を倒してはいるが、これを見逃す瑠奈ではない。
「こらこら逃がさないよぉ~!?」
瑠奈はすぐさま取り外した柄の先端部分を持ち、魔力で編まれた鎖に繋がれた大鎌の刃を頭上で何度か回転させて遠心力を乗せてから投擲。
巨大な円周を描くように飛んでいった大鎌の刃は狙い違わず、逃げようと背を向けて羽ばたいていた数体の鳥型モンスターを一蹴。
大鎌は確実に命を刈り取った手応えを鎖越しに瑠奈に伝えたのち、役目を果たしたかのように鎖を縮ませて瑠奈の手元に戻ってきた。
「ふぅ……」
瑠奈は大鎌を肩に担ぐと、周囲に散らばった大量の魔石を見渡して一息吐く。
「取り敢えずこれで明日投稿分の『ダンジョンで鳥に集られたので撃退してみた』の動画は大丈夫かな? いや、逃がしてないから撃退じゃなくて撃滅?」
数秒考え込んだ瑠奈だったが、結局面倒臭くなってどっちでも良いかという結論に至り、元の題名のまま登校することにした。
……ちなみに、明日その動画には『撃退じゃなくて撃滅で草』『これを見ると撃退がいかに生温いかがわかる』『鳥に恨みでもあるんか?w』などと言ったコメントが寄せられることになる。
「……でも、最近ちょっと物足りないんだよなぁ~」
散らばる魔石を一個一個拾い集めていきながら、そうぼやく瑠奈。
「刺激とか高揚とか……いや、それだけじゃないなぁ……」
ふとした瞬間、脳裏に過る光景がある。
それは、あの闇夜での惨敗。
元Sランク探索者だというジャスカーに手も足も出なかった自分の姿だ。
「確かにこうやってコツコツモンスターを倒していったら、探索者レベルは上がるし経験も積めるし、強くはなっていくんだろうけど……」
では、今のまま成長していったとして、いつジャスカーを上回ることが出来るのかと考えてみれば、当分先のように思える。
焦りは禁物だとよく言う。
急がば回れということわざもある。
今すぐじゃなくて良い。いつか必ず夢は叶うなんて言う美談もありふれている。
だが、この瞬間、瑠奈はそれらの意見に否を突き付けた。
「ううん。やっぱ死に物狂いで抗う者にこそ結果はついてくるんだよ。そう、死に物狂いで……!」
自身の記憶を思い返しても、瑠奈が大きく成長した瞬間はいつも窮地だった。
Dランクダンジョン内にイレギュラーで出現したBランクモンスターとの戦闘や、鉄平に大鎌を作ってもらうためにソロでBランクダンジョンを攻略したとき。
ピンチが瑠奈を成長させる。
死に際に立たされてこそ、真価を発揮する。
「……よし、き~めたっ!」
瑠奈は大きく頷くと、拾い上げた魔石を親指で弾き上げて、落下してきたところをパシッと片手でキャッチ。
「夏休みに入ったらやろう、LIVE配信――そう、Aランクダンジョン初探索LIVE配信を!」
これまで瑠奈が討伐してきたモンスターの最高脅威度はBランク。
しかし、それを難なく倒せるようになった今、いつまでも同じBランクモンスターを討伐していても飛躍的な成長は望めない。
倒せるモンスターを倒すのではなく、倒せるかどうかわからないモンスターを倒してこそ、大きな前進の一歩を踏み出せるのだ。
「告知は……えぇっと…………」
話題性を持った動画になる。
やはり配信者としては、あらかじめ告知をしておいて多くの視聴者を巻き込むべきだ。
しかし、瑠奈は公に告知をしたあとのことを想像してみた――――
『ちょっ、瑠奈先輩コレどういうことですか!?』
『え、何が?』
『何がじゃないですよ! この“Aランクダンジョンをソロ探索しま~す”っていうふざけた告知です!』
声を荒げる鈴音が、SNS上で発信した瑠奈の告知を映し出したスマホを突き出して見せてくる。
『ふざけてないよ? 真面目だよ?』
『知ってますよ! 真面目だからふざけてるって言ってるんです!』
『す、鈴音ちゃん日本語おかしい……』
『瑠奈先輩は頭がおかしいです!』
『えぇ……』
『ともかく! そんな危ないこと私は絶対に認めませんからね!? もしそれでも行くって言うなら、私も付いて行きますから!』
………………。
…………。
……。
と、そんな未来が容易に想像出来た。
瑠奈は「ん~」「んぁ~」としばらく困ったような唸り声を上げてから、一人呆れ笑いを浮かべて人差し指で頬を掻いた。
「ま、ゲリラ配信はそれはそれで話題になるか!」
これが、無告知LIVE配信が決定した瞬間である――――




