第58話 緋色の斬撃
「いやぁ、本当に凄まじい切れ味……」
逃げ出した四体の【アーマード・ライノー】の内、三体を手早く始末した瑠奈は右手に持つ大鎌の緋色の刃を見詰めて感嘆する。
しかし、そこへ駆け寄ってきた鈴音が少し戸惑った様子で言う。
「瑠奈先輩、良いんですか?」
「ん、何が?」
「何がって……あと一体逃げてますけど……」
鈴音が視線を向け先には、脱兎の如く逃げ去っている最後の一体のサイの背中があった。
鈴音は瑠奈のスタンス的に、視界に入ったモンスターを見逃すわけがないと思っていたので、こうして易々と一体取り逃がしている状況に首を傾げていた。
しかし、瑠奈は気にしていないように「あ~」と笑って答える。
「あれは餌だよ~」
「餌、ですか?」
「うん。このダンジョンに生息するBランクモンスターは肉食。だから、ああやって程よく怪我を負わせて血の匂いを漂わせながら走り回らせることで釣り出すの」
「な、なるほど……!」
鈴音は瑠奈の説明に納得すると同時に、改めて驚嘆していた。
(流石瑠奈先輩……戦闘スキルももちろん凄いけど、ダンジョンの中での立ち回り方が上手すぎる……)
普通、ダンジョン探索は数名の探索者が集まったパーティーで行う。
そうなれば当然人数分の目があるため、探索効率が良くモンスターの発見もしやすくなる。
しかし、瑠奈は基本ソロ探索。
たった一人で広大なダンジョンの中をやみくもに歩き回って、モンスターと遭遇するのを待っていては効率が悪い。
では、どうすれば自分一人でモンスターを見付けやすくするか。
むやみやたらに行動範囲を広げなくても済む方法はないか。
そんな中で、瑠奈の探索テクニックは身に付いていったのだろう。
ダンジョン内でも食物連鎖があることを理解し、そのピラミッドの下位に位置するモンスターを餌にすることで上位のモンスターを引っ張り出す。
他に聞いたことのないテクニックだった。
「さっ、尾行するよ鈴音ちゃん!」
「はいっ!」
瑠奈と鈴音は、一定の距離を保って餌となるサイのあとをつけていった。
そして、およそ五分後。
瑠奈の作戦は早くも成果を上げた。
「瑠奈先輩っ!」
「掛かったね……!」
餌として逃がしていたサイに、周囲の小麦色の雑草に同化するかのような体毛を生やしたモンスターが群がる。
顔面は凶暴な猫。大きな体躯に四足歩行する脚。
メスライオンに酷似したそのモンスターらはCランクの【プライド・ライオネス】。
そして、群れが狩りを行っている様を遠巻きに眺めている立派な鬣を有した個体がBランクモンスター【プライド・メイネス】だ。
「Bランク一体に加えてCランクの【プライド・ライオネス】が七体……私も援護しましょうか、瑠奈先輩?」
「ううん、大丈夫だよ。これくらいじゃないと、この大鎌の機能を試せないからね」
瑠奈はそう言って鈴音の一歩前に出ると、グッと身を低くして地面を踏み締める。
両の瞳で獲物が餌にしっかりと喰らい付くのを確認してから――――
ダッ!! と一気に地面を蹴り出した。
瞬く間に距離を縮め、まずは用済みとなった餌である【アーマード・ライノー】の首を、湾曲した大鎌の刃で一思いに撥ね飛ばす。
いくら餌とはいえ、元々は瑠奈の獲物。
自分達を狩人と思い上がっている獲物に、それを横取りされてはたまらないので、真っ先に始末。
「餌を取り上げちゃってごめんねぇ~? でも、問題ないよね。だって死ねばもう餌なんて食べなくても良いんだからさ」
グルルルゥ……と低く唸り声を上げて、七体のメスライオンがゆったりとした警戒の足取りで瑠奈の周囲を回り歩きながら取り囲む。
そんな包囲網の中央で、瑠奈は大鎌を肩に担いで悠然と佇みながら、未だ離れたところで戦況を見守っている群れのリーダーに呼び掛けた。
「ねぇ~? まだそんなところで見てるだけで良いの~? 仲間全員死んじゃうよ~?」
瑠奈としても勝負に負ける気はない。
だが、呆気なく片付いても興醒め。
ゆえに、ここでBランクモンスターである【プライド・メイネス】が群れと共に戦えば、少しは熱い戦いになると考えた瑠奈の善意による提案だったが、それに対する答えは――――
「ガァアアアウゥッ!!」
「……そっか」
群れのリーダーは沈黙。
代わりに瑠奈の背後を取っていたメスライオンが飛び掛かってきた。
猛獣に相応しい鋭い牙が生え揃っており、容易に肉を斬り裂く爪も煌めいている。
しかし、その爪も牙も、緋色の大鎌の刃の切れ味には遠く及ばない。
「じゃあ、仕方ないね」
瑠奈はそう呟くと、その場で自転し振り返りざまに大鎌を薙ぎ払い、背後から迫っていたメスライオンの胴体を両断する。
迸る血飛沫。
響く断末魔。
だが、そんな仲間の屍を超えて前後左右、そして上からも次々とメスライオンが襲い掛かってきた。
一体一体対処していては遅い。
隙を突いた攻撃によって不要なダメージを負うかもしれない。
(……なら、全部まとめて斬り払うだけッ!)
瑠奈は大鎌の柄の先端付近を掴んだ。
その先端は鋭く尖っており、突けば大抵のモンスターの身体は貫けそうだ。
しかし、本質はそこにない。
チャリィン……!
先端が柄の本体から外れ、その二つを大鎌が内包する魔力によって生成された赤紫色の鎖が繋いでいる。
瑠奈は一巻き程度鎖を右手に巻き付けると、そのまま伸びる鎖を振り回し、大きく間合いが拡張され遠心力も存分に乗った大鎌の刃を縦横無尽に走らせた。
ロングレンジでの斬撃を可能とするその攻撃を見切れず、メスライオンは次々とその身体を切り刻まれ、残りの六体も数秒ののちに全滅した。
「あっははは! 良いね良いねこの鎖ぃ~!」
瑠奈は愉快に笑いながらそのまま鎖につながれた大鎌を円運動させ、離れたところに居座っていた群れのリーダーである【プライド・メイネス】へ狙いをつける。
そして――――
ビュゥウウウンッ! と内包魔力の量が許す限りどこまでも伸び続ける鎖に繋がれた大鎌は、瑠奈に投げられるに従って真っ直ぐ【プライド・メイネス】へと飛んでいった。
だが、見え見えの飛来物を喰らうほどBランクモンスターは弱くない。
これまで微動だにしていなかった【プライド・メイネス】は、その場から大きく飛び下がり、跳んでくる大鎌を回避した。
狙いを外した大鎌は、先程まで【プライド・メイネス】が立っていた地面に突き刺さる。
この状況だけ見れば単に瑠奈の攻撃が外れたかのようだが、最初から真の目的はそこになかった。
鎖が伸びるということは、縮もすると言うこと。
瑠奈の意に従うように鎖は大鎌本体の方へ縮んでいき、鎖によって繋がれる柄の先端を握っていた瑠奈は一種のワイヤーアクションのように飛んでいく。
「よっと……こんな風にちょっとした移動手段にも使えるってワケだねぇ~」
大鎌の刃が突き刺さっていた場所まですぐに移動してきた瑠奈は、柄の先端を元に戻して再び大鎌をその手に握った。
先程まで遠くにいた【プライド・メイネス】はもう眼前。
もとより瑠奈は逃がす気はないし、これまで静観を貫いてきた【プライド・メイネス】も殺気を見せている。
互いに間合いの僅か外で無言の視線をしばらく交錯させ――――
(来るっ――)
先に動いたのは【プライド・メイネス】。
空気を溜めるように胸を大きく膨らませるような動作を見せる。
直接【プライド・メイネス】と戦うのは初めての瑠奈。
ゆえに、どんな攻撃手段を持っているのかは不明だが、自分の直感を信じてすぐさま横に跳躍した。
刹那――――
「ガァアアアアアッ!!」
空気を震わす【プライド・メイネス】の咆哮。
衝撃波となった爆音が口から放射状に放たれ、今の今まで瑠奈が立っていた地面を抉った。
瑠奈は初見の攻撃に目を見開きながらも、【プライド・メイネス】の側面を取って距離を詰める。
刃がヒヒイロカネ製となりだいぶ軽量化されたため、一挙一動の隙が少なく、今までより高速で移動、攻撃が出来る。
右斜め上から大鎌を斬り下ろす。
返す刃で左右に二度払い、前に一歩踏み出しながら身体を一回転させ回し斬り。
並みのモンスターならこの一連の斬撃で斬り刻まれるところだが、Bランクに分類される【プライド・メイネス】はその軌道をしっかりと目で捉え、後ろに下がりながら瑠奈の攻撃をいなす。
とはいえ、やはり瑠奈の技量が一枚上手。
致命傷にはならないにせよ、振るわれる大鎌の刃は確実に【プライド・メイネス】の肌に切り傷を負わせていた。
このままではジリ貧だと考えたのだろう【プライド・メイネス】が更に大きく後方へ飛び下がった。
彼我の距離を開け、戦いの仕切り直しを狙っての行動。
しかし――――
「はぁっ!!」
瑠奈が右手で大鎌を持ちながら、その柄の先端を今度は左手で外す。
鎖で繋がれたその先端に振りを付けるように左手でクルクル回転させてから、シュッ! と【プライド・メイネス】へと投げつけた。
尖った柄の先端は狙い違わず【プライド・メイネス】の左前脚へと飛んでいき、そのまま巻き付く。
「いっくよぉ~!!」
瑠奈は鎖を元に縮ませる力も利用しながら、グッと思い切り鎖を引っ張り、【プライド・メイネス】の身体を吊り上げた。
大きく宙に放り出される【プライド・メイネス】。
続けて瑠奈は鎖を引っ張るベクトルを変える。
その向きは真下。
「ふっ!!」
ダァアアアンッ!!
鎖に引っ張られるままに強く地面に叩きつけられた【プライド・メイネス】は、苦しげな声を漏らし、地面を一度バウンド。
瑠奈は【プライド・メイネス】が体勢を立て直す前に、鎖を巻き付けたまま急接近し、身体の捻りを利用して振り絞った大鎌を――――
「あはっ!!」
――シュバッ!!
横薙ぎ一閃。
獅子はその立派な鬣を血の池に沈めた。




