第57話 新装の悪魔
「……まぁ、薄々そうだろうなぁ~とは思っていましたが……やっぱり来ましたか。ダンジョン……」
「当たり前だよ~!」
曖昧に笑う鈴音に腰に手を当てながら答える瑠奈。
そんな二人の目の前にあるのは、Bランクダンジョンゲート。
小一時間掛けて鉄平から新しい大鎌の機能について説明された瑠奈は、早く試し斬りがしたいと居ても立ってもいられずに、こうして足を運んできたというワケだ。
「でも、鈴音ちゃんまで付き合わせちゃってゴメンね?」
「いえいえ。私の方から同行させてくださいって頼んだんですし、気にしないでください」
今回ダンジョンに潜るのは、あくまで新調した大鎌の試し斬りのため。
そのため瑠奈は一人で探索するつもりだったのだが、やはり鈴音としてはまだ病み上がりの瑠奈を一人でダンジョンに向かわせるのは心配だった。
「それじゃあ、行きましょうか。瑠奈先輩!」
「だねっ!」
ゲートの前で、二人揃ってEADを起動させる。
瞬く間に二人にステータスが付与され、身体がそれぞれの装備に包まれる。
青と白を基調としたワンピース型の服とローブ。
先端に青い宝石が取り付けられた金属製の長杖。
いつもの装備に身を包んだ鈴音だったが、隣に目を向けて大きく目を見開いた。
「あれっ、瑠奈先輩の装備……!?」
「えへへ、実はこっちも新調したんだ~」
瑠奈は鈴音に見せるように、その場でクルリと一回転した。
瑠奈のイメージカラーである赤と、トレードマークであるゴシックドレス風味はそのままに、今までとは異なるデザインに変わっている。
ブラウスは黒を基調としており、前の装備のデザインを引き継いでか、肩を露出した形状となっている。
異なる点としてはデコルテ部分がレース生地で透けており、色っぽさが若干増しているところだろうが、肘下辺りまでの袖は軽い生地を重ねたフリルでひらひらとしており、可愛らしい印象も残している。
膝丈でふわりと広がるスカートは赤を基調としており、何層もの生地を折り重ねて作られている。腰の部分はキュッとリボンで弾き締められていて、蝶々結びが背中側で揺れていた。
「いつの間に用意してたんですか!?」
「えっとねぇ~」
……………。
………。
……。
およそ一週間前。
外出は認められていたものの、まだ瑠奈のダンジョン探索許可が医者から降りていなかった日――――
「瑠奈ちゃん、やっと出来たわよ」
「出来たって……えっ、まさかアレのこと!?」
久し振りにアリサと共同でのモデル撮影が終わったあと、アリサに声を掛けられた瑠奈は瞳を輝かせる。
「はいコレ」
アリサがEADの特殊空間から取り出したのは、赤を基調としたゴシックドレス風の装備。
ダンジョン探索配信を始めた頃からずっと同じ装備で戦ってきた瑠奈だったが、これから先、より強力なモンスターと戦うことになったときに、今の装備のスペックでは防御面が物足りない。
かといって、性能だけを見てデザイン性を捨てたくもない。
そんな贅沢を叶えるために、大手探索者装備メーカーの社長を父に持つお嬢様であるアリサに、瑠奈は前々から相談、依頼をしていたのだ。
それが遂に完成したようだ。
「わぁ~!! 可愛いっ!!」
「ふふん、可愛いだけじゃないのよ?」
アリサは得意げに腕を組みながら語る。
「ドレスに使用されている生地はどれもそうそう手に入らない一級品。布なのにそこらの金属鎧を凌駕する防御性能を誇るの! 並大抵のことじゃ破けないし、爪や牙も通さない。それどころか、防火防水防塵性能も充分よ!」
瑠奈は両手を握り合わせると、神へ祈りを捧げるかのようにアリサを拝んだ。
「ありがとうアリサちゃん――いや、アリサ様っ!」
「良いのよこれくらい。パパも瑠奈ちゃんが使ってくれるなら会社の宣伝にもなるって言って、大喜びで最先端技術を織り込んだオーダーメイドを仕立ててくれたわ」
――と、時は現在へと戻る。
「――まぁ、そんな感じかな。前にアリサちゃんを助けたり、ワタシが使うことで宣伝になるってことで結構割り引いてもらってね~」
「へぇ……ちなみに、いくらだったんですか?」
「えっとね~。五千七百万円」
「ごせっ!? 七百ぅ……!?」
とても世間話のようにサラッと言って良いような金額を遥かに超えていたので、鈴音は思わず声をひっくり返してしまった。
「探索やら配信やらモデル活動やらで結構稼いでたつもりだけど……あはは。ほぼ全財産使い果たしちゃった!」
「る、瑠奈せんぱぁい……」
やはり想像の枠に収まらない瑠奈の価値観、行動に、鈴音はダンジョンに入る前から体力を半分以上削られたのだった――――
◇◆◇
一言で言えばサバンナ。
背の低い小麦色の雑草が平らな砂の大地に生えており、まばらに木も見られる。
見渡しが良くモンスターを見付けやすいが、それはモンスターの方も同じで、決して警戒を怠ってはならない地形と言える。
とはいえ、今の瑠奈にはその条件が好都合だった。
手早くモンスターを見付けて、早く戦いたい。
と、そんなことを思っていると早速――――
「第一待ち人――じゃなくて、待ちモンスター発見!」
瑠奈が瞳を輝かせながら指を向けた先、およそ百メートル前方に、五体のモンスターを発見した。
短く太い四本の足を持ち、身体は大きく皮膚は分厚く硬い。
頭部には大きな角が生えており、自慢の武器だと思われる。
まさしくサイ――Cランクモンスター【アーマード・ライノー】だ。
「距離あるのによくそんなすぐに見付けられますね。サバンナの捕食者顔負けですよ、瑠奈先輩」
「あははっ、あとでその捕食者にも会いに行きたいね~」
「い、言うと思いました……」
このダンジョンにおける食物連鎖の頂点と言えば、やはりライオン型やジャガー型のBランクモンスター。
だが、ランクはやや劣るものの空を飛び回って死角から急襲してくる大きな鳥型のCランクモンスターも充分脅威だ。
今から瑠奈はそんなモンスターらを試し斬りに使っていくのだろう……そう考えると、鈴音は頭を抱えずにはいられなかった。
(もぅ、瑠奈先輩まだ病み上がりなのに……)
だが、そんな心配など露知らず、瑠奈は一言「行ってくるっ!」と言って駆け出してしまった。
「あ、ちょ――瑠奈先輩!」
「あっははっ!!」
一陣の風となってサバンナを疾走する瑠奈。
そのしなやかに駆ける姿はチーターを彷彿とさせるが、こうも嬉々として獲物に襲い掛かる動物はいないだろう。
サァ――と背の低い草を掻き分けて走りながら、新調した大鎌を右手に携える。
初め百メートルはあった彼我の距離が、七十、五十、二十五――とみるみる縮まっていき、やがて五体のサイ型モンスターの一体が瑠奈に気付いたときには…………
「あはっ、一体目ぇ~!!」
ザシュンッ!!
飛び込み様に振り抜かれたヒヒイロカネ製の緋色の刃が、サイの分厚く硬い皮膚を抵抗なく切断し、そのまま大きな頭を切り落とした。
断末魔の声を上げる間もなく絶命に至った一体。
大量の流血でサバンナに赤色のオアシスを作りながら倒れ込んだサイは、瞬く間に黒い塵と化し、その場に魔石だけ残して消え去った。
瑠奈はヒュンと大鎌を振って刃に付着した血を払うと、満足そうに笑って言った。
「うんっ、最高の切れ味だねっ!」
仲間の一体が瞬殺された現実を目の前にして、残りの四体は一斉に逃げ出す。
しかし、それはただ寿命をほんの数秒伸ばすだけの行為であり、辿る末路は結局変わらなかった――――




