第56話 病み上がりの一歩
五月中旬。
一学期の中間テストが終わったその日、ジャスカーとの戦闘で負った怪我のため静養という名のドクターストップを掛けられていた瑠奈は、ようやく医者からダンジョン探索再開の許可を言い渡された。
医者は本当はもう少し安静にしていて欲しいと付け加えていたが、むしろ瑠奈が半月大人しくしていたことの方が奇跡だ。
それもこれも、毎日鈴音が監視を兼ねた看病に通ってくれたお陰というもの。
だが、それでもこれ以上ジッとしているのは無理だった。というのにも、理由がある。
ドクターストップと同時にお休みしていたダンジョン探索の動画を投稿しなければならないし、視聴者らからは次のLIVE配信を期待されている。
しかし、それ以上にジャスカーに敗北したのが大きい。
瑠奈は自分で自身の成長を感じていた。
大鎌を振るう度に強くなっていく感覚。
昨日の自分より確実に今日の自分が、明日の自分が強くなっているのをその身で実感していた。
それでも、ジャスカーには届かなかった。
あと一歩というところまで追い詰めはしたが、それはジャスカーが手を抜いていたからだ。
初めは左手をポケットに突っ込んだまま。
その余裕を崩したかと思えばまだスキルを封印していた。
さらに、仕留められると確信した矢先、【剛腕】という二つ名通りの左腕に阻まれた。
初めからジャスカーが左腕を解禁してスキルを使って戦っていれば、瑠奈は恐らく何も出来ずに終わっていただろう。
相手は元Sランク探索者だから仕方がない?
実戦経験の差があるから仕方がない?
……関係ない。悔しいものは悔しい。
ゆえに、瑠奈は思った――もっと強くなりたい、と。
そのための一歩目として、瑠奈が鈴音と共に放課後真っ直ぐにやって来たのは――――
「鉄平さん出来たっ!?」
「おぉう、嬢ちゃん。もう来たのか――って、鈴音たぁ~んもお帰りぃ~! 早速お爺ちゃんに会いに来てくれたのかぁ~?」
「あはは……お爺ちゃんただいま。でも用事があるのは瑠奈先輩だよ」
向坂家の立派な屋敷の敷地内の一角にある、鈴音と凪沙の祖父母が営む装備店。
実は瑠奈は、半月の間何もせずただ安穏と自宅で大人しくしていたわけではなく、鉄平に自身の大鎌を預けていたのだ。
なぜかと言えば、理由はこの大鎌を鉄平に作ってもらったときに遡る――――
『良いか、嬢ちゃん。その大鎌は進化する大鎌だ』
『進化? 武器が、ですか?』
『ああ。その刃には斬ったモンスターの魔力を喰らって蓄積していく機能を持たせた。魔力が溜まれば溜まるほど刃は赤く染まっていく。そんで、限界まで魔力が溜まったとき、またオレんとこに持って来い……真の姿に打ち直してやるからよ』
………………。
…………。
……。
初めは純粋な透明だった瑠奈の大鎌の刃も、今では大量のモンスターを斬り続けた甲斐あって真っ赤になっていた。
なので大鎌を打ち直して進化させてもらうために、静養している間預けていたというワケだ。
「出来たっ? ワタシの大鎌出来たっ!?」
「まぁまぁそう急かすんじゃねぇよ、嬢ちゃん。今持ってきてやっから待ってな」
鉄平は一旦店の奥へ姿を消すと、少ししてからその手に布でくるまれたモノを持ってきた。シルエットからして大鎌であることは間違いない。
早く布によって隠されたその中身を見せてくれとソワソワする瑠奈の気持ちに応えてか、鉄平が長テーブルに大鎌を置くなり、纏う布をシュルシュルシュル! と一気に剥がした。
「へへっ、どうよ!」
「おおぉ……!」
「わぁ……凄いですね、瑠奈先輩……!」
真っ先に目を入ったのは赤――よりもっと鮮烈で苛烈な緋色。
それは、赤系統一色で鍛え上げられた大鎌だった。
瑠奈の小さな手でもしっかり握り込めるよう設計された細い柄は暗赤色で、力を最効率で刃に伝えられるよう何度か波打つデザイン。
そして、大鎌の象徴とも呼べるその湾曲した大きな刃はまさしく緋色で、まるで透き通るような金属の中で液体が流動しているかのように揺らめいて見える。
簡単の息を溢して見惚れている瑠奈に、鉄平が説明を始めた。
「元は嬢ちゃんが取ってきたミスリルの刃は、大量のモンスターの魔力をその内に練り固めていき、その材質を昇華させた。名をヒヒイロカネ――軽量ながらも永劫不朽とさえ謳われる圧倒的剛性と靭性を併せ持つ金属だ」
その話を受けて、瑠奈は合点がいったように「ああ!」と声を上げた。
「なるほど! だから刃に斬ったモンスターの魔力を蓄積していく機能を持たせてたんですね!」
「そういうこった」
鉄平は最初からこうなることを見越していたのだ。
確かにミスリル製の武器は質が良く、普通にダンジョンを探索してそこそこのモンスターと戦う分には充分すぎる代物だ。
しかし、更に強敵――それこそミスリルよりも高硬度の鎧や外皮を持つモンスターを相手にするのであれば、やはりあと一歩性能が追い付かない。
ゆえに、鉄平はいずれ瑠奈がそんな強敵と相対する探索者になると確信して、ミスリルの刃の中で大量のモンスターの魔力を蓄積し、練り上げる機能を持たせ、ヒヒイロカネに進化させる設計にしていた。
つまり、今まで瑠奈が振るっていた大鎌は業物の武器であると同時に、素材生成器具でもあったということだ。
「まっ、素材はもちろん、武器としてもいくつか機能を持たせてあるからな。ちぃと説明が長くなるが、ちゃんと聞かねぇと使いこなせねぇぞ?」
「はいっ、よろしくお願いしますっ!」
早く使いたい早く使いたい早くこの大鎌でモンスターを斬りたい斬りたい――と思わずにはいられない瑠奈だったが、新調した大鎌を使いこなせないのでは意味がない。
昂る欲求をグッと堪えて、このあと瑠奈はしばらく鉄平の説明を聞くことになった――――




