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第102話 七人目のSランク探索者

「……そ、そこまで! 勝者、早乙女瑠奈っ!」


 ジャスカーのエーテル体が瑠奈の一撃によって完全に爆散して数秒後。


 審判役を務めていた【天使】はしばらく呆然と目を見広げていたが、我に返ってSランク探索者認定試験である決闘(デュエル)の決着を高らかに宣言した。


「ククッ、愉快痛快な勝負じゃったなぁ~」

「楽しそうですね、【武神】」


 中二階の手すりの上に腰を下ろしていた【武神】が満足そうな笑みを浮かべて伸びをするので、【魔王】は傍まで寄って微笑み掛ける。


「もしかして、最初からこうなると予想していたのですか?」

「いやまさか。ワシの目にも、九割九分【剛腕】めが勝利する戦いに見えていたぞ」


 じゃが――と、【武神】はその幼い外見に似つかわしくない他を圧倒するような眼光を湛えた眼を細め、口角を不敵に吊り上げた。


「だからこそこの決着に意味があったのじゃ。百度戦えば九十九回【剛腕】が勝つ戦いで、たった一度の勝利を一番最初に手繰り寄せてみせたこの決着にな」


 確かに今行ったのは、命の取り合いではない。

 安全が保障された模擬戦闘。


 しかし、これが実戦であったなら。


 弱肉強食がダンジョン世界での摂理。


 では、強いとは何か。


 ステータスか。

 戦闘経験か。

 装備の良し悪しか。


 否。


 勝者こそ強者。

 戦う前に持ちうる能力など関係なく、強者とはただ戦いの結果のみが示すもの。


 仮に勝率一%の相手だとしても、戦いにおいてそれを下したなら己が強者。


 なぜなら、実戦においてもう一度戦えば、もう九十九度戦えばという仮定は存在しえず、ただ初戦の勝敗のみが事実として刻まれるゆえだ。


「……なるほど。理不尽の中からその一勝をここで示して見せられる者こそ、Sランクの資質があるということですね」

「ククッ、何を他人事のように言っておる【魔王】。お主もその資質を持ち合わせる一翼じゃろうが」


 片や【武神】と【魔王】がそんな話をしているとき、また少し離れた場所では【雷霆】が腕を組んでいた。


「ちっ」

「なんだ【雷霆】、まだ不服なのか?」


 忌々しそうに舌打ちをしていた【雷霆】に【天使】が呆れたような口調で尋ねると、【雷霆】はふいっと顔を背けた。


「別に文句はねぇよ。【剛腕】に勝ったんだからなぁ」

「そうか? 文句がないような態度には見えないが」

「俺は元々こういう態度なんだよ」

「なら改めた方が良い。お前は何かと衝突を生みやすいからな。これで新たにSランクになる早乙女瑠奈と頻繁に揉めでもされたらたまったものではない」


 想像しただけで頭痛がしてくる光景に思わず【天使】が頭を押さえていると、二、三歩距離を置いた位置に立っていたフルプレートアーマー姿の【要塞】が静かに呟いた。


「……同意だ。間違っても実戦などして、どちらかが死なれても困る」


 そんな【要塞】の言葉が引っ掛かったのか、【雷霆】はピクリと片方の眉を動かして睨みを利かせた。


「おい【要塞】。聞き間違いかぁ? まるで俺の方が死ぬ可能性もあるみたいな言い方に聞こえたんだけどなぁ?」

「聞き間違いではない。そのように言った」

「あぁ!? ふざけんな! この俺様があんな女に殺られるワケねぇだろうがよ!」


 大きな声を上げる【雷霆】に動じることなく、ただ【要塞】は肯定も否定もせず沈黙する。


 代わりに声を発したのは【天使】だ。


「……本当にそう思うか、【雷霆】?」

「あぁ!?」

「正直私は確信をもって言い切れないぞ。早乙女瑠奈と戦って勝てる、とな」


 右手で左の二の腕辺りを掴む【天使】。


 もちろん自分の実力には自信を持っている。

 唯一無二の戦法である、上空からの弓による一方的な殲滅攻撃は負け知らずだ。


 しかし、百度戦って九十九回負ける勝負で、最初に一勝を掴み取って見せた瑠奈の戦いぶりを見て、己が持つ自信も絶対でないことを思い知らされた。


 敗北するイメージはつかないが、確実に勝利出来る実感も湧かないような感覚。


 そんな【天使】の険しい表情を見たからか、【雷霆】も感情を落ち着かせた。


「……チッ。勝負に絶対はねぇ……それだけの話だろうがよ」


 吐き捨てるように告げられた【雷霆】の言葉だったが、それは【天使】の意見に同意しているに他ならなかった――――



◇◆◇



「ふぅ、疲れたぁ~」


 決闘(デュエル)が終了し、エーテル体から元の肉体へと戻った瑠奈。


 戦闘中に千切り捨てた左腕も無事に肩から先に存在していることを確認しつつ、疲労を和らげるように、組んだ両手を頭上に高く上げてうんと伸びをする。


 そんなところへ――――


「瑠奈先輩っ……!」

「おわっ、鈴音ちゃん!?」


 真っ先に駆け寄ってきた鈴音が、そのままの勢いで瑠奈に強く抱き付いた。


 突然のことに瑠奈はドキドキしながら、それを隠すように笑った。


「あ、あっはは、なになに鈴音ちゃん。ワタシのこと心配してくれてたの~?」


 そう尋ねると、胸の中でくぐもった返事が返ってきた。


「……じゃないですか」

「ん?」


 上手く聞き取れなかったので瑠奈が首を傾げると、バッ! と胸から顔を上げた鈴音が大きく息を吸った。


 そして――――


「ばっかじゃないですかッ!?」

「んにゃっ!?」


 まさかの罵倒が飛んできた。


「最後の何ですかアレ! 自分で左腕もいだんですか? 馬鹿ですか!? 死ぬんですか!? 決闘(デュエル)だから良かったとかじゃないですよ。だって瑠奈先輩コレが実戦でも絶対同じことしてましたし!」


 ビシッと立てられた人差し指の先端を向けられ、瑠奈は後退りを繰り返すが、その度に鈴音が距離を詰めてくるので逃げられない。


「す、鈴音ちゃん落ち着いてぇ……!」

「コレが落ち着いてられますか!? あぁ、もう何で瑠奈先輩はこういつもいつも頭のおかしなことを……!」


 はぁ~! と長く強いため息を吐き出す鈴音。


「ハッ、なんだ嬢ちゃん。お前さんみたいな狂犬にも飼い主がいたのか」


 二人の様子を見て我慢出来なかったのか、フィールドに座り込んでいたジャスカーが愉快そうに笑う。


「いやぁ、良いじゃねぇか。嬢ちゃんは確実にSランクの資質を持ってるが、同時に諸刃の剣染みた危うさがある。その点安全装置がいてくれた方が、上手くやっていけるんじゃねぇか?」


 そんなジャスカーの意見に、あとから歩み寄ってきた凪沙が静かに頷いた。


「ウチも、同意見……瑠奈の危なっかしさには、際限がないから……鈴音がちゃんと、手綱を握っておいた方が、良い……」


 瑠奈はまるで自分が理性のない猛獣のような言い方をされていることに「酷いですよ~!」と不服を訴える。


 しかし、その傍らで鈴音は何やら一人でブツブツと呟いていた。


「私が、飼い主……瑠奈先輩の、飼い主? え、じゃあ瑠奈先輩の面倒を見るのも躾をするのも私の仕事だよね。ふふっ、つまりずっと一緒にいなきゃダメってことだよね。目を離したらすぐに危ないことするんだから、私がちゃんとついてないとね……」


 何だろう。

 何か目覚めさせてはいけない危なっかしい――これはこれで狂気を感じさせるスイッチが入った様子の鈴音。


「す、鈴音ちゃん……?」

「私が、私が瑠奈先輩の手綱を……」

「も、もしも~し……鈴音ちゃん戻ってきて~?」


 完全に自分の世界に入ってしまった鈴音には、虚しくも瑠奈の声は届いていなかった――――



 後日。

 瑠奈はギルド本部に改めて召喚されることになる。


 見事に不条理と理不尽を斬り捨て、その先にある可能性を掴んだ証。


 ダンジョン・フロート七人目のSランク探索者――【狂姫】の称号を授与されるために。

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