第100話 衝動!リベンジマッチ!!
「やれやれ痛てぇなぁ。つっても、エーテル体だから痛覚はねぇんだが……」
ボロボロォ……と、砕けた石柱に埋もれた身体をゆっくりと抜け出させるジャスカーが、首を左右に傾げて関節を鳴らす。
対して瑠奈は《ボルケーノ・クラッシュ》でマグマ帯と化していた地面が冷めて焦土となった場所に立ち、爛々と金色の瞳を輝かせていた。
そんな瑠奈の威容に、ジャスカーは微苦笑を口許に浮かべる。
「もうSランクの素質アリってことで良くねぇかぁ?」
「あはっ、無粋なこと言わないでよオジサン」
ジャスカーの声を拾った瑠奈が腰を低く大鎌を構え、口角を吊り上げながら言い放つ。
「この戦いの行く末を決めるのはギルドでもなければオジサンでもワタシでもない。ただ一つ、互いの刃がもたらす結果のみ――だよっ!!」
魔力消費の大きい《狂花爛漫》や《エンジェルフォール・ザ・ウィング》はここぞというときのみで、継続して使うには効果的でない。
しかし、そんな自己強化スキルがなくとも充分な加速力を自力で生み出して、瑠奈は激闘の過程で瓦礫が散乱したフィールドを疾走する。
「んまぁ、そういうと思ったけどよぉ!」
ジャスカーは吠えながら、グングンと距離を詰めてくる瑠奈を油断なく見据えた。
大剣の柄を両手で握り、構える。
そんなジャスカーの頭上に跳び上がって大鎌を振り下ろさんとする瑠奈。
それを見たジャスカーは大剣での迎撃姿勢を取るか。
否――――
「あははっ!!」
「っと!」
ズガアァアアアン!!
ジャスカーは寸前で大きく飛び下がって回避を選択した。
思い切り振り下ろされた瑠奈の大鎌は空を切り、半瞬前までジャスカーが立っていた地面を激しく穿つ。
舞い上がる土煙。
飛び散る小石。
その中から、ビュン! と何かが勢い良く飛び出した。
魔力で編まれた鎖だ。
瑠奈の大鎌の柄尻から放たれるその鎖は、距離を取ろうとするジャスカーを追い掛ける。
まだ飛び下がる途中で着地していないジャスカーの身体は空中にあり、更に回避することは出来ない。
「厄介なもん持ってんなぁ!?」
そう毒づきながらも、ジャスカーは空中で大剣を振り、難なく飛んできた鎖を弾き返した。
直後に左腕の武装義腕を突き出し、開いた掌――そこにある銃口のような穴の照準を合わせるようにして、土煙の中にいるであろう瑠奈に向ける。
そして――――
シュダンッ!
シュダンッ!!
シュダァンッ!!
魔力の弾丸を三連射。
宙から真っ直ぐ降り注ぎ、土煙に三つの穴を開けた。
だが…………
「あはっ、盾並みの強度と遠距離攻撃を兼ね備えた厄介な義腕持ってる人に言われたくないなぁ~?」
魔力弾三つとも斬り捨てたあとの瑠奈は晴れた土煙の中から姿を現し、楽し気な笑みを浮かべてジャスカーを見据える。
筋骨隆々とした身体が誇る剛力は大剣を軽々振り回し、攻防一帯の左腕は近接戦闘はもちろん遠距離攻撃手段としても用いられる。
瑠奈は表面上余裕を見せながらも、内心でその隙のなさに舌を巻いていた。
(さてどう殺し切るかなぁ……)
数秒の間にいくつもの展開をイメージする。
そして、それは中二階で観戦していたSランクの面々も同様だった――――
「瑠奈先輩凄いです……元とはいえSランクの相手とまともに戦えてる……」
感嘆すると共に一種の戦慄を抱きながら息を漏らす鈴音だったが、その表情はすぐに曇ってしまう。
「でも同時に、決め手にも欠けてる……」
「うん……その通り」
「お姉ちゃん……」
どこかで自分の戦況分析が間違っていることを期待していた鈴音だったが、隣に立っていた凪沙の肯定の声にか細い声を漏らす。
「確かに……スピードでは、瑠奈が上回ってる。でも【剛腕】の戦闘経験は、瑠奈の動きを読み切る……下手に接近すれば、カウンターを喰らいかねない……」
目蓋が下ろされたままでも正確なシミュレーションを行う凪沙に、鈴音は打開策を挙げる。
「なら《狂花爛漫》で身体強化して力比べに持ち込めば……!」
「あのスキルは、魔力の消費が激しい……のらりくらりと長引かされれば、魔力が枯渇してしまう……」
そんなぁ……と、鈴音は肩を落とす。
「……もし、瑠奈が豊富な遠距離攻撃手段を持っていれば……あの黒翼で、空中から一方的に畳み掛けられたかもしれないけど……それも結局はない物ねだり」
「じゃ、じゃあ、瑠奈先輩はどうやっても勝てないってこと……?」
鈴音の不安げに揺らぐ瞳が、ジッと凪沙の横顔を見詰める。
しかし、凪沙は意外にも――――
「いや……」
下ろされていた目蓋が開かれる。
光を映さぬ銀色の瞳が、フィールドに立つ瑠奈の姿を見下ろす。
「……活路は、ある」
(スピードでも、力でも、スキルでもない……)
凪沙が中二階で断言したのと同じタイミングで、瑠奈も幾度もの展開を想定した上で一つの活路を見出す。
それは衝動――――
何のために戦うのか。
戦いの中に何を見出すのか。
戦いに何を懸けるのか。
それらは単純なステータスの強度では表せないものの、ときに自身の限界値を超越させる可能性を内包している。
目を閉じれば鮮明に蘇る、これまで経験してきた激闘の数々。
その中で何度も窮地に立たされたが、今の自分の限界を振り切った力を発揮することで生き残ってきた。
その衝動のトリガーは、探索者によって様々だろう。
金のため。
レベルアップのため。
スリルのため。
モンスターとの出逢いのため。
ダンジョンの景色を見るため。
仲間のため。
そして、瑠奈の衝動のトリガーはいつだって――――
「可愛いは正義で神聖不可侵。正義は必ず勝ち、勝った者が正義。勝者のみが至高の可愛さへと辿り着けるっ……!」
心臓が高らかに拍動する。
巡る血潮が全身を熱する。
魂が猛り、精神が肉体を超越する。
「さぁ、オジサン。決着をつけようか! 最強に可愛いワタシが、引導という名のファンサービスをプレゼントしてあげるよ! あはっ!」