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人間不信の俺が恋なんてするわけがない。  作者: 長谷川雫
第一章

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72 小さな意味

 下手に踏み込む事を憚られ、かける言葉が出てこなかった。


幼少期に幾度となく見てきた光景が脳裏によぎった。


仲良くしてほしいが、自身の力では仲裁することもできず無力をただひたすら感じる時間。


苦しくて、悲しくて....少し思い出すだけでも心をナイーブな気持ちにさせられる。


「かずとくんはどうして嫌だったんですか...?」


朝比奈さんはかずとくんの手を握り優しく聞いていた。


「だって、ぼくのせいだから...」


「お母さんとお父さんに何かしちゃったんですか?」


かずとくんは小さくコクンと頷き、次第に瞳から涙が溢れていった。


「ぼくが、わがままいっちゃったから....それでけんかになっちゃった」


「お母さんとお父さんにごめんなさいしなきゃいけないですね」


「うん...」


「そろそろ迷子センターにいきましょうか。事情的にもアナウンスをかけてもらわないと探すのも大変そうですし」


「そうだね、ありがとう朝比奈さん」


大事なところで言葉が出なくなった不甲斐なさを一旦胸にしまい動く事にした。


「かずとくん歩ける?」


俺が問いかけると腕を伸ばしてきたので俺は察してかずとくんを抱きかかえた。


「それじゃあ、お母さんとお父さんに会いに出発だ!」


元気よく、おー!っと返ってきたので子供の切り替えの速さに思わず笑ってしまう。


朝比奈さんもその光景をみて微笑んでいた。


小さい頃、子供ながらに理想を抱いていた光景がここにあったーー。



****



迷子センターに向かう途中、かずとくんもだんだんと俺達に慣れてきたのか笑顔が増え楽しそうにしていた。


だけど、朝比奈さんとお話しする時だけは照れくさそうに俺の肩に顔を埋めながら会話していた。


「なぁ、かずとくん。お父さんとお母さんの事大好きか?」


歩きながら俺は小さなかずとくんにとって当たり前な質問をした。


「うん!すき!ママはおこるとすごくこわいけどやさしいし、パパはいつもぼくといっぱいあそんでくれる!」


満面な笑みで答えてくれたかずとくんの頭を撫でた。


「しゅうはパパとママ好き?」


「そうだなぁ。難しい質問だなぁ」


「えー、きらいなの?なかよくしなきゃだめだよ」


俺は微笑んで誤魔化しておいた。


「るなおねえちゃんはママとパパすき?」


「もちろん!大好きですよ」


かずとくんは朝比奈さんの返答に満足そうに頷いていた。


「ママとパパと仲良くするんだぞ。あまり悪い子だと嫌われちゃうからな」


「うん!ちゃんとごめんなさいする」


やりとりを終えると俺はかずとくんを降ろした。


少し先に見える迷子センターの前に狼狽えている男性と女性が見えたからだ。


「ママー!パパー!」


かずとくんも気付いたのか大きな声で大好きな両親を呼びながら二人の元へとかけていった。


「一応俺達も事情を説明しに行こうか」


「そうですね」


俺と朝比奈さんも遅れながらかずとくんのご両親の元へ向かった。


「初めまして。自分は一ノ瀬柊と言います」


「しゅうがここまで連れてきてくれた!」


俺がご両親に挨拶すると不思議そうにしていたご両親にかずとくんが説明してくれた。


「ご迷惑おかけして申し訳ございません、本当にありがとうございます」


「いえ、全然平気ですよ。自分の方こそ早くここへ向かうべきでしたが、かずとくんに飲み物を買ったりなど身勝手な行動申し訳ございません」


「いえ、そんなお気になさらないでください、こうして貴方みたいな誠実な人に無事にここまで連れてきていただいて母親としてはありがたいかぎりです」


「そう言っていただけるとありがたいです」


「お嬢ちゃんもありがとな」


かずとくんのお父さんが朝比奈さんにも優しく声をかけてくれていた。


「いえ、ほとんど彼が動いて行動してくれてたので、私はあまりお役に立てませんでしたが」


「お嬢ちゃんがいるから安心して兄ちゃんも動けたんだろうよ」


そう言ってはははっと笑っていた。


一通り話が終わるとかずとくんは俺と朝比奈さんの元へきて両親の方へ向き合った。


「ママ、パパ。わがままいってごめんなさい」


「ママとパパもごめんね。かずと」


しっかりと謝ったかずとくんは俺の顔を見てにっと笑い足元に抱きついてきた。


「ちゃんと謝れてかっこいいな、かずとくんは」


俺はかずとくんの頭を撫でながら褒めた。


「しゅうはパパとママにごめんなさいできない?」


「そうだね、素直に謝るのが苦手でそのせいで嫌われちゃったのかもしれないね」


笑って返したけれど、その言葉は完全な冗談ではない。


謝れる事がどれだけすごいか、かずとくんに伝える為に言った....けれど、それは俺自身の本音でもあった気がする。


嫌われてしまったから、ああなってしまったのか。


――いや、違うな。


あれはもう謝っても変わる問題でもなかった。


それに今はもう謝りたくもない、あの人に対しては下げる頭も持ち合わせていないのだ。


だから、少しでも伝えられる事があるかもしれない。


「かずとくんはママとパパと喧嘩しちゃったのが嫌だったって言ってました」


「そうだったんですね、お恥ずかしい限りです」


「家族それぞれに色があると思います。喧嘩する事だってもちろんあると思いますし、今回みたいにかずとくんが何かしちゃってとかもこの先あると思います」


 俺は人様に何を言っているんだろうと自覚しているし大きなお世話だろう。


それは自分でも理解している。


それでも、自分の口は止まらなかった。


「子供の頃って影響力が強くて、思ったよりもその傷は先まで続きます。なので少しでもこの先気にかけて上げてほしいです」


俺は最後まで言いきり頭を下げた。


「なぁ、兄ちゃん」


かずとくんの父親に呼ばれ、俺は身構えた。


怒るのも無理はない、たかが学生に色々言われたのだ。


だが、それは俺の思い込みなだけでどうやら違ったらしい。


かずとくんの父親は俺の頭に手を乗せ、わしゃわしゃ手をふり笑った。


「教えてくれてありがとな。気をつけるよ」


「生意気言って、すみませんでした」


「確かに生意気だが、君の目は真っ直ぐだった。かずとの事を思って言ってくれた事感謝するよ」


 そっか、伝わる事もあるんだな....


少しでも自分の暗い過去が役に立つことはあったんだ....。

少しでも意味はあったのだと、この家族の懐の広い心に救われた。


「それでは、僕達はこの辺で失礼します」


「本当にありがとうございました」


「またな、かずとくん」


「うん。るなおねえちゃんもばいばい」


俺が声をかけると頷き一つ返し、寂しそうな顔で朝比奈さんに手を振っていた。


 俺よりも朝比奈さんとの別れの方が恋しいらしい。まぁ、綺麗で優しいお姉さんだからな仕方ないか。


そんな事を思いながら先に歩き始めた。


ひと時の時間ではあったが、色々経験できた時間だったな。


「いい顔してますね、柊くん」


少し遅れて歩いてきた朝比奈さんが顔を覗きながら声をかけてくる。


「いつも通りだ」


隣を歩く朝比奈さんに言われ顔を隠す。


「ぼくはしゅうにいちゃんだいすきだからね!だから、おねえちゃんとはなかよくしてねー!!」


後ろからかずとくんの声が聞こえてくる。


「ですって、柊お兄ちゃん」


隣の朝比奈さんが茶かしを入れてくるので目を細めた。


俺は腕を上げ、手を振った。


....散々呼び捨てだったのに最後だけはお兄ちゃんか。


それにお姉ちゃんとは....か。


小さな子供ながらに気づいたのかもしれないな。


そう呟いて、俺達はその場を後にした。

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