パシャの苦労
コクピット。いや艦橋と言ってしまった方が覚悟が決まるのかもしれない。
吹きざらしではあるのだが。
吹きざらしである意味はある。そうしないとデボンが「凪」の瞬間を感じにくいからだ。
「――よし。行くぞ」
すっかり目が据わったデボンが座席に潜り込んだ。
「動力安定してる。でもやっぱり『凪』の間にケリを付けたいな」
「それは大丈夫。速さには随分慣れた」
この時、要求されているのは決して「速さ」ではないわけだが、今の状態のデボンにものを言うことも躊躇われる。
目の下には幾重にもクマが取り巻き、疲労の極地であることも見て取れるのに、異常なほど元気だ。
元々、同行する予定だったパシャだが、緊急時のメンテナンス以上にデボンを気遣うことも自分の仕事と自認してしまった。
何しろデボンの状態がすでに緊急である。
その上――
「ひゅ~! こんなものに乗れるとはな! さぁ、ズバッと行こうぜ!」
ダスティまで同行している。
不良少年のメンタルはそのままで、テンションが上がりきっていた。
「落ち着いてくださいよ。あなたには絶好のタイミングで仕掛けを動かして貰わないといけないんですから」
「わかってるよ。心配するなおっさん!」
どうにも信用ならない。
だが、ダスティに関しては切り札がある。
「ちゃんとしないとイブさんがどう思われるか……」
パシャがそう告げた途端、ダスティが黙り込んだ。
そして自分の座席に座り込んで、
「――わかった。わかったからよ」
どうにか落ち着いたようだ。ただパシャへの文句を付け足すことは忘れなかった。
「俺はちゃんとやってみせるよ。慣れた仕事だしな。……そりゃちょっとは違うけどさ。問題はおっさんの仕掛けだよ」
「……直前になって色々組み入れましたからね。あなたの主張で」
どうしても、この「艦橋」の雰囲気は悪い。まさに危急であることを象徴していると言えた。
「ようし今だ! 行くぞ!」
何より、デボンが人の話を受け付けない。その状態でこの船は動き出す。
繰り返すが「ポッド・ゴッド」には港が無い。
~・~
そして宵の口、あるいは夜が世界を覆い尽くそうとする時。
「クーロン・ベイ」の市民は目撃する。
夜に抗うように現れた巨船を。
ただの船ではない。まばゆい光に包まれたその姿、まるで巨大な鳥。
大きく翼を広げ、海の上を滑るようにして「クーロン・ベイ」自慢の港に近付いてゆく。
その巨大な姿を目撃した「クーロン・ベイ」の市民達は大騒ぎになった。
恐れる者はもちろん、その姿にも見とれているものもいる。
とにもかくにも「クーロン・ベイ」の市民達は我先にと港へと向かった。
この光景を目に収めなければ、人生の損失だと言わんばかりに。
そして、そういった市民達の声に応えるように巨船はさらに変化する。