酔ってはいけない
「マリーさん。『クーロン・ベイ』の事情はわかりました。ですが我々はそこまで踏み込まなくても良いという気がします」
イブは穏やかな口調で、まずはそこから切り出した。
「で、ですけれど、このままでは――」
「つまり、こちらの圧倒的な黒字をなんとかすれば良い。この目標は見失うべきでは無いと考えます」
反論しかけたマリーがそこで黙り込んでしまった。
それを端から見ていたミオも熱くなっていた自分の心が落ち着いてゆくのを感じる。
あくまでミオ達は「店長」――ひいては商売人なのだ。
そこを見失ってはいけない、と気付いたわけだ。メイとの会談でも感じたが、ここで熱くなっては多くの人の生活に影響が出る。
しかし「クーロン・ベイ」との関係が冷えてしまえば、もっと大きな意味で生活が立ちゆかなくなる。
その点はどう考えているのか?
その疑問にミオが辿り着くのを見計らったように、イブが先を続ける。
「私が思うに、穀物に付加価値を、という点にこだわる必要は無いと思われます。余っている穀物をなんとかしたいと考えるあまり、コンゲさん、でしたか? この方もまた考え方が固まっているのでは?」
イブの指摘はもっともなことだ、と頷くしかないような説得力があった。
マリーも、それを認めざるを得ず、
「――わかりました。その点は自由に考えてくださって結構です。確かに黒字がなんとかなれば、向こうはこちらを責める理由が無くなる、というか責める必要性が無くなるわけですし」
と、二人に告げる事になった。
賢明な判断と言えるはずなのに、何故か渋々妥協したかのような雰囲気。それがこの問題の厄介さを如実に表しているとも言えるだろう。
~・~
さて、以上のような問題点を受け取ってミオがパシャとマクミランに、相談を持ちかけた。ほぼ伝言ゲームのような状態だが「ポッド・ゴッド」の現状については、マクミランも想定していなかったようだ。
ミオに説明される内に、どんどん表情が曇ってゆく。
滅多なことでは表情が変わらないマクミランであるのに。
そしてパシャは――
「《《こんなこともあろうかと》》」
と、いつもの台詞が飛び出した。
ミオの説明が終わった瞬間にである。
このタイミングで? とも思うが、だからこそこの台詞、という想いもある。
そして慣れている二人は、早々に思考を放棄した。
そんな事よりも、今度はパシャが何を考えたのか? そちらに興味が向いてしまうし、何よりもそちらが急務だ。
ミオとマクミランは揃って説明を求めると、パシャは深夜の「ダイモスⅡ」の厨房から、コップを持ってきた。
そして――
「今はこれだけしか出来てないんですが……これ、新しい酒です。原料はエールと同じ大麦です」