秘密の協定
「ダイモスⅡ」の奥まった厨房。そこでミオは慎重に分量を量る。
各種果物、それにスパイスを配分。さらに熱を通し一体化させた液体――ソースの分量を計るのだ。
そこで改めて乳鉢ですりつぶしておいた「塩辛」、これもまた液状化しているわけだが、それをとろりとソースに投入してゆく。
「ここで熱を入れすぎると、風味が飛んじゃうんです。後は余熱で――」
「なるほどですねぇ」
ミオの解説に、身を乗り出したマリーが熱心に頷く。
秘伝のタレを参事官の前で再現してみせる。各種食材を詳らかにして。
これで参事会からイチャモンつけられる要素は無くなったわけだ――タレに関しては。
最後にマリーが出来上がったタレの味見をして、再現できていることを確認すれば万全だ。
「で、マリーさん。仕入れの方法とか『塩辛』については参事会だけの秘密にして欲しいんです。別に隠すことは無いかと私は思ったんですが……」
「秘密にしておいた方が良いって俺からミオさんに言ったんです。。どうも先代店長にはそういう意図があった気がして」
店の独自性を守るため、味の秘密を守ろうとする事は珍しくない判断だ。
今回、仕入れの様子が無かったことで参事会から疑われたが、本来なら参事会としてもそこまで口出しはしたくは無い。
「わかりました。参事会だけの秘密ということで」
だからこそマリーも力強く頷く。
だが、パシャはさらなる要求をマリーに突きつけた。
「そこはマリーさんの胸の内に収めておいて欲しいんです。参事会にも内緒で。おかしな食材を使ってないことは確認していただけわけですし、本当に危険は無いわけですから、悪いことでは無いでしょう?」
「そ、それは……」
秘密の漏洩を防ぎたいということなら、知っている人数は少ない方が良い。
その理屈はマリーにもわかるのだが、ここで問題になるのは参事会でのマリーの立場の弱さだ。
「……ちょっと……難しいかと」
マリーの美しさに陰りが見える。
「わかります。ですから俺達がマリーさんにお伝えできるのはタレのレシピの他に、この箱です」
「箱?」
気が付けばパシャの背後に、不思議な光沢を放つ箱を持ったゴーレムが現れていた。
「前の時にマリーさんも気付かれたでしょう? この箱の中の食材は冷やして保存出来るのです」
「あ!」
思わずマリーは声を上げた。確かに保存されていたタレは冷たかった事を思い出したのだ。
「俺達はこの箱を提供できます。そんなに数は揃えられませんが。ですが、これは『ポッド・ゴッド』全体の役に立つと思うんです」
「それは……確かに」
長期間の保存が可能。それだけの前提条件だけで、いくらでも使い道が思いつく。
さらに、この箱を参事会から提供する形に出来ればかなり話が違ってくるわけだ。
そしてこの箱を参事会に紹介できるのが「マリーだけ」ということになれば――
「――わかりました。内緒、ですね?」
「はい。よろしくお願いします」
ここに秘密の協定が結ばれた。
その様子を手を洗いながら見ていたミオは首を傾げる。
パシャって、こんな感じだったっけ? と。